第2話 いつも世界はKontonだ

 絵里がクスクス笑う顔もいつもと変わらない。いつもと変わらない事は十二分にわかっているはずなのに、何故か意味を追い求めてしまう。

 人が少しでも外見を変えようとするには勇気が要る。

 その踏み出す勇気はいつも現実を知る恐怖と隣合わせだ。

「しかし思い切ったな」

「ん~……」

 短い思い悩み声の後に続くのはほんの些細な怒り。

「いつも誰かさんが隣で思い切ろうとしないからだよ。

 それこそわたしの手が届かないくらいのポテンシャルを持ってるんだから、想像を振り切るくらい遠くに行っちゃう程弾けちゃえばいいのに」

 絵里が海彦の顔を覗き込むため、海彦はしばしの間どきまぎしながら小声でぼそっと返す。

「俺はそんなんじゃないよ。お前が思ってるような……」

「自意識過剰だよ? まずそういうとこだと思うんだけどなー」

 それ以上返す言葉がない。

 海彦はそっぽ向く事しかできなかった。

 それを見ている靖希はじれったい以外の何者でもない感情を持っていたが、どこかでそれを海彦や絵里に押しつけるのも違う事をわかっているから苦笑いしか浮かべられない。

 ただ一言だけは海彦に声を掛ける。

「ウミ。お前もうちょっと素直になれれば、なんだがな」

「……ほっとけ」

「やれやれ。ま、そういうとこ含めて俺はウミもえりりんも好きなんだけどな」

「え、と…… ヤス君は……」

「えりりん。そういう意味じゃないスから」

 腐れ縁ともいえる奇妙なトライアングルはいつまで続くのか。続けられるのだろうか。知れない。

 ただこの笑顔でいられる時間がいつまでも続けばいいのに、と、ふとそんなありもしない恒久平和的な願いに近い感情というのは簡単にぶち破られるのだ。

 人はものではない。だから立ち止まり続ける事はできない。

「あんまクラス離れてないといいねぇ」

「……ヤスがそう言ってて離れた試しが一回もないから、俺はそろそろ」

「わぁ。三人とも一緒だよ?」

「絵里。ちょい待て……」

 海彦がものすごく突っ込みたかったのは年に一回のクラス分け。ましてや入学式というイベントで貯めに貯めてボードを見て、感動の雨あられというシーンをあっさりと絵里という人間は静寂に変えてしまう。

 そうした所自体は嫌いではないのであるが、正直、困る。

 空気を読まない。読めないのではない、読まないのだ。

「はぁっ……」

(ま、いっか。別にこれですべてが終わる訳でも始まる訳でもないし)

 ともあれ事実を目の当たりにすると感慨が半分、もう半分はどこか諦めに近い気持ちが湧き上がる。どこか整理しきれないもどかしさを覚えつつ、海彦がふと視線をやった先に……

 確かにいつもと違う景色を見た。

(すげぇ美人……)

 それこそ桜が咲いてひらひらと舞う景色に似合う、そのポニーテールとかわいらしさとは裏腹に物憂げにボード見つめる表情は清楚のなかにも確かな女性らしさを感じて、海彦の中では確かなヒロイン然として刻まれる。それは今朝、絵里に対して抱いていた感情とはまた別のものだ。

「あ。あれって……」

「絵里!お前、あの子と知り合いなんか……」

「む~…… 勘違いかもしれないから後でお話してみるね」

 正直海彦にとって高校なんてただの通過点で自分の闇歴史の一部くらいにしか刻まれない程度のものに思っていたのだが、周りはどうもそう思っている人間は少ないようでそのキラキラさ加減が嫌で、嫌で……

 自分だけが世界から取り残されているようで、しんどい。

 それでも逃げ出したくても、逃げられないのは最後の一線のようなものが海彦の中にもあって、飛び越えきれないからだ。

 それがまた息苦しい。


 教室に入ると見知った人間、そうでない人間で徒党を組む。誰が何も言わなくても関係が築かれていく。そうやって社交性のようなものはできていって、人という生き物は勝手に成長していく。

 きっと社会人という奴になったってこうなんだろう。

「またウミ君は現実に対して冷めた感情抱いて溜め息ついてたでしょ?」

「……むしろお前のそういうエスパーじみたトコに一番溜め息をつきたいよ」

「わたしは今のウミ君に一番溜め息をつきたいけどね」

「お前、それどういう……」

 問いただそうとするのを遮るように予鈴が鳴り響き、担任の先生が入ってくる。よくよく立ち去る絵里を見るとあかんべえをしているのが視界に入るから若干気分が悪い。

(こんな俺に何か求められたって何も出ないっつーの……)

 後ろ向きな滅入った感情のまま膝の上に握り拳を作って馴れ合いの自己紹介をぼんやり聞き入っていると、またもや視界にさっきの女の子が視界に飛び込んでくる。

(あの子、一緒のクラスだったんだ……

 そういや絵里の奴、さっきあの子と楽しそうに話し込んでたみたいだけど何者だ、あの子)

 だが次に彼女がその名前を口にした瞬間、すべての点が蘇る。

「芳川 乃亜です。父が海外勤務から日本に戻ってくるのを機にこの桃ノ瀬学園第一高等学校でお世話になる事になりました。まだまだ久々の日本で慣れない事も多いですが、皆さん、宜しくお願い致します」

(なん…… だと)

 海彦の頭の中ではまさかの「第二の幼なじみ」フラグが立つ。

 そしてそれは今の自分を形成した根幹へと繋がる。

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現代っ子はどうしてこんなにも迷えるのでしょうか? Say.We @amase28

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