2-20.剣士ゾル

 突然、ゾルの肩に乗っていた黄金色きんいろのトカゲがテーブルの上に飛び降り、その端から戸口とぐちの化け物をジッと見つめた。


「おお……トカゲ……恐ろしい」

 ミイルンの母親が……、トカゲを見て言った。


「トカゲだ……毒虫を喰らうトカゲだ……殺される……喰われるぞ」

 ロウデンの頭部が言った。


 ロウデンとミイルンの母親(と、ミイルンの父親)をつなぐ巨大蜈蚣むかでの赤黒い体がずるずるとうごめもだえた。


「おい、ドラ公……めろ」

 旅人ゾルが、黄金色のトカゲを見て言った。


「キキッ……」

 黄金色のトカゲが鳴いた。


「くそっ」

 と、再びゾル・ギフィウス。ソファから立ち上がる。

「おい、ルッグさん、あんた、あの妖魔どもと何か因縁があるみたいだが……」ゾルが商人の顔を見た。意外な程、真剣な視線だった。「とにかく、この部屋から出なければ……いや正確には、あの戸口とぐちに近づかなければ害は無い……連中は、あれ以上この部屋に入って来られない。せいぜい戸口付近で挑発や誘惑を繰り返すだけだ。朝まで耐えて無視し続ければ大丈夫だ」


「言われなくたって……もとから妖魔なんて相手にするつもりは無ぇ」


「俺は、このドラ公と連中を。ひょっとしたら朝まで帰って来ないかもしれない……ここで出会ったのも何かの縁だ、妖魔からあんたを守ってやろうと思っていたが、そうもいかなくなった」


「ドラ公? その珍妙なトカゲのことか? 狩る、って……何を考えているんだ? 正気か?」


「ああ。正気さ。俺の一族とドラ公とのあいだには代々続く『契約』があってな。こいつが『妖魔を喰いたい』と言ったら、毎回その『お食事』に付き合わにゃならん」


 商人は、あらためて旅人の顔を見た。

 旅人の眼差しは真剣そのものだ。冗談をいっているようには見えなかった。


 また、黄金色のトカゲ……ドラ公が「キキッ」と鳴いた。

 ゾルは「ああ。分かったよ。連中がお前を恐れて逃げ出さないうちに、さっさとかたを付けよう」とドラ公に返事をした。

 ドラ公の黄金のうろこが輝きを増していく。


(なんだ? これは? ランタンの光じゃねぇ……光の反射なんかじゃねぇぞ……鱗そのものが光っているのか?)


 黄金のトカゲの背中にコウモリに似た膜翼が生えて、左右に広がった。

 驚く商人の目の前で、トカゲは翼をゆっくりと動かし、宙に浮いた。


 同時に旅人が叫んだ。

「ヴェルテブラリース・ドラコーニス!」


 黄金のトカゲの輝きが一層増し、その輝きの中で体の輪郭が崩れ、別の物へと形を変えていく。


 銀色の尻尾は輝く剣身に。

 脚はつばに。

 首が伸びて両手持ちのつかに。

 頭部は柄頭つかがしらに。

 赤い瞳は、黄金の柄頭に輝く赤い宝石に。


 ……ついに黄金のトカゲは、身長百九十センティ・メドールのゾルでさえ持て余しそうな大振りの両手持ち長剣に変化した。


 銀色の剣身にうろこのような文様を刻み、黄金のつばつかと、大きな赤い宝石をめ込んだ柄頭つかがしらを持った一振りのつるぎが、灰色の旅人の前に、切っ先を下に向けて浮かんでいた。


 ゾルがその脈動する輝きに右手を伸ばし両手持ち用の長いつかを握ると、一瞬、剣がパッと強く輝き、すぐに弱まって燐光りんこうの明るさで安定した。


 その様子をルッグはただおどろきの表情で見つめるしかなかった。


「ト……トカゲが大剣に……お……お一体いったい


 それだけ言うのがのルッグに、旅人ゾルが振り返ってもう一度言った。


「俺たちは、これから妖魔を狩る……いいか……扉には絶対に近づくな。近づかなければ……そのソファから離れなければ、妖魔が危害を加えることは無い。そこで朝までジッとしていろ」

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放浪剣士ゾル・ギフィウスと仮面の妖魔 青葉台旭 @aobadai_akira

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