第六話「ケイ」
「宝島 ~僕と二人の少女の空駆ける青春~」
原案:ロバート・ルイス・スティーブンソン
作:金谷拓海
第六話「ケイ」
あたりは既に夕暮れになっていた。
黄色から赤へ変化する世界。
山も雲も街もオレンジ色になっていた。
飛行船は駐機している時でも、若干浮いている。
空気嚢の入っている貴重なヘリウムを減らさないため、常に空気嚢はパンパンだからだ。
船の部分にロープを付け、それで地面と固定している。そのため、風向きが変わると駐機している飛行船がすべて向きを変える。それはそれで壮大な眺めだ。
買い物を終え、帰船した。
ゴールドは用があるとかで、そそくさと厨房に戻っていった。
今日は夕食を作らなくてもいい日だ。みんな、久しぶりの大都会、久しぶりのオフを満喫していた。
最低限の人員を除いてはみんな街に繰り出していた。
明日の朝10時までに戻ればいいのだ。
甲板に上がった。そこの側舷にはベンチがある。そう、ケイと一緒に座ったベンチだ。
≪あれ? 誰かベンチに座っている≫
近づいてみる。ケイだった。
≪そうか、ケイは極東の島国・日本から父親の仇を討ちに来たのだ。パリに知り合いがいる訳がない。また、僕と同じ16歳で大人の娯楽にもまったく興味がない≫
夕焼けをジーと見ているケイ。
横顔はなんだか涼しげでかわいかった。風にそよがれてキレイな黒髪がなびいていた。
≪僕は思い切って話しかけた≫
「やあ、ケイ。一人?」
びっくりしたように彼女は振り返った。
「ああ、ジム。お買い物から戻ってきたの?」
「ん、うん。いま、戻ってきた」
「君の日本刀には及ばないけど、いい剣を手に入れたのさ」
ちょっと自慢だった。チラッと短剣を見て、ケイは言った。
「フフフ。いい剣そうね」
「となり、座ってもいい?」
「どうぞ」
並んで座った。ケイが誘拐されて以来の二人きりの空間だった。
≪夕焼けっていいな。無言でも夕焼けを見ていれば間が持つ≫
しばらく黙って夕焼けを見ていた。黄色はすっかり抜けて赤一色の世界になっていた。
「あのさぁ、女の子が一人で敵討ちのために異国に来ているのって、さびしくないの?」
しばらく黙ってからケイが言った。
「さびしいこともあるよ、それは。でも、どうしても、お父さんの仇を討ちたいんだ」
「お父さん、顔はいかめつくって、愛想のいい事、ひとつもできないひとだった」
「でも、あたしにはすごく優しいおとうさんだった。あたし、一人っ子だから余計、お父さん、あたしをかわいがってくれたのかもしれない」
「いつもは京都ってところで働いていたんだけど、たまにあたしの住んでいる東京市に戻って来る。その時、いっぱいお菓子、買ってくれたんだ」
「日本のお菓子ってどいういうの?」
「おまんじゅうでしょ、それに桜餅、柏餅でしょ…。全部、『あんこ』っていう餡が入っているの」
「とっても甘くってね…」
ケイの横顔を見た。両目から涙がすっと垂れていた。
「ごめん、田舎、思い出させちゃった」
ジムは慌てた。
「ううん、いいの、気にしないで。あたし、絶対仇を討つ。それだけは決めたの。だから、それまでは日本に戻らない」
「うんうん」
だけど、そのあとも、ケイの涙は止まらなかった。
「夕焼けだけは世界中、どこで見ても同じね。綺麗…。汚れているモノも、あの赤がすべて洗い流してくれる」
≪本当にそうだと思った。夜の白黒の世界でも、昼のカラーの世界でもない。夕方だけが持っている単色の世界。その単色がめまぐるしく変化する≫
「ごめんね、ジム。いつもは気を張っているからいいんだけど、なんかここに来て、気が抜けちゃって」
≪それはそうだろう。ここはフランスの首都・パリ。いかに海賊といってもここは攻められない。しかも、ここは内陸で、不活性ガスの雲海も押し寄せていない。なんだか、雲海以前の平和な世界に戻ってきたようだ≫
グスッ、急に鼻をすする音が聞こえる。
「ジム、あたし、最中(もなか)食べたい」
「え? モナカ? それなに?」
「アンコが入っていてね、そのまわりをパリパリの皮で包んであって、丸くてっね、とっても甘い…」
ポロポロと涙がこぼれ出す。
居合いが出来て、剣術の腕が高くても、中身は16歳の女の子。
気が抜けるとやはりさびしくなるんだろう。
ジムはアッと思いついた。
「そうだ、そうだよ、ケイ。僕、ちょっとだけお菓子持ってるよ」
「これ、食べてみて!」
ゴールドに買ってもらったお菓子。大部分は証拠隠滅のため、船に戻って来る前に食べちゃったが、1個だけまだポケットに入っていた。
「はいっ」紙包みをケイに渡す。
ケイはその紙包を開けた。出てきたのはマカロンだった。
「わあ、かわいい桃色」
卵白、砂糖、アーモンドから作るフランス菓子だ。いろいろな色があり、形はモナカに似ていた。
両手でマカロンを持っている。子リスみたいだ。
ポリッ。両手で一口かじる。
「ジム、おいしい」
「形はモナカそっくり。味は違うけど、けどおいしい…」
ケイは一口ずつかみしめるようにマカロンを食べた。
「ありがとう。異国のお菓子もやっぱり甘いんだね。おいしかった」
涙が収まっていた。
「よかった。気に入ってくれて」
「ジム、あたし、がんばるね!」
「そうだ、僕、コック見習いだから、今度、マカロン作ってみるよ」
「今のうちにレシピを覚えておけば、いつだって作れる」
「うん」
短くケイが答えた。
大きな瞳、二重のまつ毛。鼻は西洋人と違って高くないが、とっても女の子女の子しているケイ。
ミニスカートから延びる太ももがまぶしかった。
風に吹かれて、セーラー服からお腹の肌もチラッと見える。
まだ大人じゃない、だけどもう子供じゃない、そんな端境期の16歳。
その年でしか醸し出せない魅力をケイは持っていた。
まだ、ケイは大声で笑っていない。今日も結局笑っていない。
たぶん、お父さんの仇が終わるまで心の底から笑うことはないだろう。
それはわかっている。だけど、できるだけ、この子のために何かをしてやろうとジムは思った。
その時だった。
「じーーむーーー、ケイと何しているの?」
後ろから声が聞こえた。ブリだ。
「わぁ、ブリ、びっくりさせないでよ」
「何してたの? ジム」
「あれ、ケイの目が赤い。もしかして、あんた、ケイを泣かしてたのね」
「違うよ、誤解だよ」
「あんたって子は!!」
「待ちなさい!!」
急にいつもの日常が戻ってきた気がした。
「ひやーー」
僕を追ってくるもう一人の少女。
こちらもこちらで魅力があった。
ケイに対抗したのか、いつのまにかミニスカートになっていた。
ケイの履いているヒダ16本のミニスカートとは違うフレアスカート。上は胸元がかなり見えていて、身体のラインを強調する上着。それに何か所かベルトが付いている。それがより女性らしいラインを出している。
風が吹いた。
また、ブリのパンツが見えた。
やはりピンクだった。レースの飾りがついていて、女のらしかった。
「あっ! また、あたしのパンツ見たでしょ」
「エッチなんだから、もう」
「事故だよ、事故」
走りながらも、僕は明日への活力があふれてくるのを感じた。
第六話 終わり
次回、またも変なおっさん登場。今度はセクハラオヤジだ!
次回もサービスしちゃうから!!
宝島 ~僕と二人の少女の空駆ける青春~ 金谷拓海 @Kanaya_Takumi
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