第五話「はじめてのお使い」

「宝島 ~僕と二人の少女の空駆ける青春~」


原案:ロバート・ルイス・スティーブンソン

作:金谷拓海



第五話「はじめてのお使い」


何かの偶然か、ヒスパニョーラ号はパリに来ている。

パリは当時から芸術の都で、現在のパリとほとんど変わらない、エッフェル塔がなことを除いて…。1987年当時、エッフェル塔は計画もされておらず、起工したのが11年後、完成は13年後だ。


ヒスパニョーラ号船橋。

ゴールドとブリジット、スモレット船長がいる。

ゴールド「さきほどのボヤ騒ぎで食材を大量に投棄してしまいました。これからの船旅での食料が不足しています。ですので、買い出しに行きたいのですがよろしいでしょうか?」


「うーーん、まあ、元はと言えばあたしが絵画空輸を言い出した訳だし、それで食材がなくなっちゃったんだから、致し方ないわね」

お金がかかることはブリの許可がいる。

臨時にお金がかかることは特に。


「わかったわよ。はい、1万ポンド」(※今の日本円で100万円程度の金額)

お金にうるさいブリが渋々とは言え1万ポンドも出すのは意外だった。


フィンさん事件でちょっと機嫌が良かったのかもしれない。

船橋前の廊下。

「ジム、やったぜ、やった! ほら1万ポンドだ」

「何言ってるの、ゴールド、それは食材買うためのお金でしょ」

「まあ、そうだがね、金と頭は使い様って言うじゃねぇか」

「さか、お前も買い出し、付き合え!」

「えー、荷物持ち?」

「いや、もしかしたら、いいことあるかもしんねぇぜ?」

「ほんとう? だったら行く」

なんか、カップルの会話みたいだ。いつのまにか、ジムとゴールドはすごく親密になっていた。


パリ中心部。

ジムとゴールドが歩いている。

「あれ、ゴールド、食材買うならこっちのバザーに行かないと」

「いや、いいんだ、ちょっと寄りたいところがあるんでね」

「もう…」

ゴールドが向かったところ、そこは、武器屋だった。

石造りが主体のパリ市街。その雑貨屋の二階にお目当てのお店はあった。


ペルリュー武器防具店。

ギィイ、木の古いドアを開けて中に入った。中は独特の鉄と錆びの匂いがした。

「ジム、お前はこれからの冒険、自分で自分の身を守らにゃならない。そのためには武器がいる」

「僕には折れたカットラスがあるから大丈夫」

ヒグマと闘った時使った西洋剣だ。折れたことで小柄なジムにちょうど合うようになった。

「ジム、折れた剣は折れた剣だ。これからの長旅、それで自分の身を守れるか?」

「…………」

「そうだろ。それでここに来たんだ」

「これを見ろ」

ギシギシ、床板を鳴らしながら、ゴールドは奥に進んだ。そこにはずらりと短剣が並んでいた。

西洋式そして、アラブ式、日本の脇差まであった。

「どれがいい?」

「って言っても、お前じゃあ決めきれないと思う」

「だから、オレが決めさせてもらう。これが欲しいんだ」

そういうとゴールドは1本の短剣を指さした。

それは刀身の背側がのこぎりのようにギザギザになっている短剣だった。よく見ると、その切れ込みは刀身深く伸びていて、切れ目は10か所もあった。

「ソードブレイカーって言うんだ。うまく使うと敵の剣を折ることが出来る」

「これがお前が持つのに最適の剣だ」

「へぇ、そうなの?」

実際の効能は使ってみなければわからない。ただ、その複雑な構造、ジムは嫌いじゃなかった。

「えっ、でも見て、値段値段。2万ポンドって!」

「とても高くて買えないよ」

「安心しな。この店はボッてる。値切りで1万までには下げさせられる」

「じゃあ、この食材買う1万ポンド、全部使っちゃうの? そんなことしたら、絶対、ゴールド、クビになっちゃうよ」

「そうだな、そりゃ、その通りだ」

「そこで、頭の使いようだ」

「さあ、もう一軒行くぞ」

足早に武器屋を後にした。

今度向かった先は、それは…!


景気いい音楽が鳴り響いていた。中には、ポーカーやルーレットをやる台が所狭しと並んでいる。

そう、カジノだ!


「久しぶりの雰囲気だぜ。嫌いじゃない」

「ゴールド、来たことあるの?」

「あたぼうよ、海の男がカジノ、知らねぇ訳ねぇじゃねえか」

「そうか、そうだよね」

ジムはちょっと苦手な雰囲気だった。特にたばこの煙が充満しているがイヤだった。


「さあ、この台にしようか」

ゴールドが選んだ台はルーレット。

しかもディーラーは丸メガネにダリみたいなひげの百戦錬磨の男に見えた。

「ねえ、なんか強そうなディーラーだよ、別の台にすれば?」

「いや、ここがいい」

「ジム、こういう大一番の時はまずは観察だ、いいな」

「はいっ…」

ルーレットは昔からある有名な遊びだ。

0と1~32までの数字があり、その数字に賭ける。1点賭け以外にも、2点賭けや、偶数、奇数、1~16、17~32、赤と黒に賭けることができる。曲者が0。

これは赤でも黒でも偶数でもない。この0に球が止まった時は、「0」に賭けた人しか勝てない。他は親の総取りだ。

つまり、この0に関しては圧倒的に親が有利なのだ。

長い目で見れば、0は必ず出る。その時、親は大きく儲けることが出来る。それがこのルーレットいうギャンブルの特徴だった。


ディーラーがホイール盤という盤を回しだした。そして、球を盤に入れる。入球だ。

そして、ベルを1回鳴らす。

チン。このベルが鳴ると入球したことになる。

みんな掛け出す。赤に賭ける者が多かった。中には1点賭けをする強者もいる。1点賭けは当たればすごい32倍になる。だが、逆に当たる確率は33分の一だ。33になるのは、もちろん0が加味されるからだ。


ほどなくチンチン。二度ベルが鳴る。この二度ベルが鳴ったら、それ以降の賭けは禁止だ。もし、賭けても、ディーラーから無効を言い渡され、無試合にされてしまう。

16の赤に止まった。

「おおおおっ」あたりから歓喜の声が聞こえる。

勝った人が多かったようだ。

ディーラーは表情一つ変えなかった。

次も赤が出た。

ギャンブルには不思議な特性がある。赤が出ている時は赤は出続け、黒に流れが変わると今度は黒が出続ける。

数学的な確率で言えば、黒赤黒赤と出そうなものだが、現実はそうではなかった。


そして、その次も赤だった。

こうなると客のテンションは上がる。

みんな現金を懐から出して、赤に掛け出す。

この当時のカジノにはチップはなかった。

みんな現金をそのままルーレット台の所定の場所に置いた。


そして、なんと次も赤だった。

お店側は大赤字だった。

それでも、口髭のディーラーは顔色一つ変えずに進行した。


チン。次の賭けが始まった。球がホイール盤の外周をくるくると回り出す。ホイール盤には軌道を読みづらくするために意地悪な突起が8か所ある。その突起に引っかかると、球は軌道を変える。

どこに落ちるか?読み切るのは至難の業だ。


他のお客はまた次も赤が来ると信じているようで、次々と赤に賭け出した。

すごい金額になっている。これで赤が来たら、お店はどうなっちゃんだろう。要らない心配すらしたくなるような感じだった。


その時、今まで静観していたゴールドの目が光った。

ベルの上にディーラーの手が置かれた。たぶん、あと1、2秒後にチンチンと二度ベルがなるはずだ。


その時、「あああっ、ここだ!」

突然、ゴールドが叫んだ。

すさまじい大声を上げて、赤に全財産賭けた。

バアアッン

すごい音がした。

すごい勢いで金を赤の場所に置いた。

その振動で、ルーレット台が揺れたほどだった。


賭けた金額は1万ポンド(現在の日本円で100万円)。ブリから食材を買うお金として預かったお金だ。


≪えええっ、大丈夫、もし、黒に止まったらどうするの?≫

不安がよぎった。

≪負けたら、ゴールド、クビになっちゃうよ≫

それだけはイヤだった。

チンチン。二度ベルが鳴った。もう追加で賭けてはいけない。逆に言えば、賭けたモノを撤回もできなくなった。


運命の球はまだがんばって外周を回っていた。

徐々にスピードが落ちていく。

ふとディーラーの顔を見る。

あれだけ無表情を貫いたディーラーの眉間にしわが寄っている。

≪あれ、どうしたんだろう≫

その時は、それぐらいしか思わなかった。

ディーラーが球の行方を必死で追っている。


意地悪突起のところで、球が引っかかった。

それからは早かった。

穴のところをコロコロと転がり、二度跳ねて、ある1点に吸い込まれるように動いた。

神の手で誘われているかのように進んだその先は、「0」だった。

ゼロに入った。まるでゴルフのホールインワンのように綺麗に入った。


「ああああ」みんなの悲鳴が聞こえた。

次の瞬間、カップに嫌われたボールのように球が0からはじき出て、隣の32に止まった。

すなわち、赤である。


「やったぁ」

「すげー」

「おおお」歓喜の悲鳴がお客から飛び交った。まるで、ワールドカップで優勝したかのようだった。


ゴールドの方を見ると、ニヤッと笑っている。


ディーラーは苦虫をかみつぶしたような顔をして、ゴールドの顔をにらんだ。

その時、ゴールドは見逃さなかった。

ディーラーが何か秘密のボタンを押したようだった。ルーレット台の裏についているボタンを。


ゴールドが動いた。

「会計を早く頼む。急いでいるんでな」

そういうと無理やり、ディーラーの前から1万ポンドの札束をつかみ、もちろん、元あった1万ポンドもすばやく回収して、出口に向かった。

一切無駄のない行動だった。

「ジム、急げ!」

ぼくも続いた。

そして、出口を出ると、すぐに人ごみの多いほうに進んだ。何度も後を振り返り、そして、もう大丈夫だと思える場所まで来て、初めて、ゴールドが口を開いた。


「どうだ、勝っただろ?」

「うん。でも、どうして勝てたの? その訳、教えて!!」

「どうしようかなぁ、ハハハ、嘘だよ、ジムには特別に教えてあげるよ」

ゴールドが取った作戦はこうだった。


まず、あのディーラー。百戦錬磨のディーラーをわざと選んだ。

世界各地のカジノに行ったことがあるゴールドはわかっていたのだ。

あのディーラーは思った場所に球を落とすことができることを!

そうじゃなければ、赤ばかり続かない。つまり、世界中のカジノではあのクラスのプロディーラーがウジャウジャといるのだ。


そして、みんなの財布のひもをゆるませて、いっぱい賭けさせておいて、0で回収する。

ゴールドは、いつ0にディーラーが入れるのかを計っていたのだ。


そして、みんなの賭け金額がマックスに達した今回、0に入れると読んだのだ。


「じゃあ、0に入るはずだよね。でも、実際に出たのは隣の32赤だったよ。それはなんで?」

「んん? そこよそこ。俺の賭け方を覚えているか?」

「もちろん、すごい勢いで賭けたよね」

「ああ、そういうことか」

「そういうことだ」

つまり、ゴールドはワザと大袈裟にお金を賭けるふりをしてルーレット台を揺らしたんだ。その揺れが球にわずかな運動エネルギーを与えた。

その運動エネルギーが最後の最後になって、0の縁を乗り越える力になり、隣の32に入った。


「ハハハ。見事な作戦だろう」

「うん、すごい。でもさぁ、ゴールド、0に入るってわかっていたら、そんなことしないで、最初から0に1点賭けすれば今頃、32倍の32万ポンド(3200万円)になっていたんじゃないかな」

「うーーん。そうだな、そうすれば、俺たちは勝てた。だが、他の客は文無しになっていた。それは俺の美学に反するんだなぁ」

≪僕はますますゴールドが好きになった≫

「ふふふ、そうだよね、みんなで勝って終わりにした方が気持ちいいよね」

「でも、もし、万が一に振動が足りずに0に入ってたらどうしてたの?」

「ギャンブルに絶対はないからさ」

ゴールドはしばし考えた。それから言った。

「そんときゃ、賭けた100万持って、猛ダッシュだ」

「それってズルじゃないの?」

「さぁ、知らねー」そう言って小悪魔的に笑った。

≪僕はもう一つ分かったことがある。それはゴールドは世界各地のカジノ、出禁(出入り禁止)になっているだろうってこと。だって、今日のカジノだって、もうゴールドは入れないだろうし…≫

勝っても負けても、もうそのカジノには行けなくなる。だけど、船乗りのゴールドは世界中旅するので、いくらでもカジノはあるって、そういう訳かぁ。

感心した。


それから僕たちは念願のソードブレイカーを買いに行った。ここでもゴールドの底力が発揮され、元々2万ポンドだった短剣がなんど7962ポンドまで値切ったのだ。


最後は1桁まで値切りだし、圧勝。武器屋のオヤジも呆れていた。

そして、1万ポンド分食材を買った。

買った食材は明朝、船まで業者が運んでくれるって。

≪ゴールドは、僕に武器を買わせるために連れて来てくれたことがこれで分かった。荷物持ちなんて言ってたのに、結局、手ぶらで帰路に着くんだから≫


僕は新品の短剣を腰につけた。軽いが、その特殊効果がある短剣がうれしかった。


余った2000ポンド(20万円)はどうしたかって?

それはゴールドの秘密のお酒と僕用のお菓子に化けた。

チョコレートやマカロン、キャンディーなんかを買ってもらった。


「まぁ、お菓子はワイロみたいなもんだ。ここで起こったことは誰にも言うんじゃねぇぞ」

「もちろんさ、ゴールド」



第五話 おわり



次回は、コドッキー(孤独)な日本少女・ケイのお話をちょっとします。

次回もサービスサービス!!


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