K4

@reonemekanika

K4


「おはようございます、郵便屋さん」

「おはようございます、占い屋さん」

 午前七時半、このゲームの朝に最初に起こるイベント。仲の良い街のNPC二人の挨拶。そんな些細で何の得にもならない小さなイベントだが、このゲームの星の数ほどあるイベントの中では結構人気がある。今日も数人、日課のように朝一のログインからこの店前まで来てイベントが始まるのを待っているプレイヤーが居た。近くで棒立ちしているプレイヤーも居れば、アクセスするとちょっとした金額で雰囲気のある食事が出てきてキャラクターがモーションを起こすテラスに座っている二人組、占い屋さんのバフが目当てだったのかこのイベント直後にバフを貰っていくプレイヤー。

「おはようございます。ご用はなんですか?」

 何時ものプランで、と使用回数特典でカーソル位置が保存されている事を洒落て言う人も居る。まるでNPCのようなルーチンワークを行う廃人、それと反対にNPCだと気付けない様なランダムイベントを起こし続けるNPC。朝は朝でも目まぐるしかったり、相応にゆったりとした時間が混在しているのがこういう街だった。


 郵便屋さんは日が昇る前からその日の配達を始めて、占い屋さんの開店前までには終わらせて店まで来る。それが毎日起こるイベントで、郵便屋さんは占い屋さんが好き。そういう設定だ。勿論NPCであるないに関わらず郵便屋さんは毎日仕事をこなしている。

「水曜日、一番何もない日ですよね」

 管理者チャットに打ち込まれる愚痴。

「まあ、リアルでも週の真ん中でゲーム側もそういう事情でメンテナンス日にしてるからね。その日に何をしようと言うのが間違ってる」

「そうですけど、自分が居る時に暇って単純に勿体無いというか、土日月だったら忙しいですし」

 現代日本の守られた週休の代わりに、特に連絡のやり取りに関わる郵便屋さんのNPCは確かに週末から特に忙しい。

「その点占い屋さんは良いですよね。不人気NPCショップのてこ入れでバフショートカット実装されて一気に一番人気で毎日仕事に事欠かないと」

「私は毎日忙しくても暇でもどっちでもいいのだ」

 ギルドの催しで皆で狩場に行くだとかで店前がごったがえすのも、夕方頃からログインして何時もテラスで雑談してるペアが珍しく外に出る前にうちに来るのだとか、そういうプレイヤー側の逆イベントを楽しむくらいの付き合いがこの仕事にはふさわしい。

「おかげで私も此処に居れば退屈しないってのはあるんだけど」

 半分中の癖から、半分は周囲のプレイヤーの噂話から。そうやって郵便屋さんの設定は作られてしまった。

「嗚呼、今日もとてもとても素敵ですよー! 占い屋さんっ!」

「はい……」

 見飽きたエモーション。彼女のせいでこの親愛エモーションは、プレイヤーから求愛エモーションと呼ばれるようになってしまった。毎日行われるこの私への賛歌はふさの直打ちである故、パターンは無限。新機軸統合集積AIを売りにしているこのゲームでは、NPCの台詞もゲーム内のプレイヤーのチャットログから随時生成される為、何処がそのNPCの定形文なのか見破る事が難しくなっていっている。が、これに関してはふさの類稀な才能、情熱、愛情、色々な要素が組み合わさって完璧な独立したキャラクター性を作り出していた。

「私は毎日毎日感謝しています! 朝寝ぼけ眼で仕事をこなしながらも此処へ来れる事が、そしてここに佇む貴方の存在が、私がこうして貴方に愛を囁ける事を!」

「はい……」

 反面占い屋さんは、毎日毎日郵便屋さんの熱烈なアタックに辟易している。ふさの毎日飽きないボキャブラリーの深さにも、その本心の如何にも。占い屋さんの性格設定もそんなもので間違っては居ないし、彼女のおかげでそういうキャラクターに至ったのだが。

 あーでもないこーでもないと言いつづける郵便屋さんと占い屋さんのこのイベントは、郵便屋さんが店前に来てからランダムイベントが発生するか、お互いがキャラクターから離れるまでずーっと続く事になる。朝一から少しずつ、店の利用者、イベントの見物人、特に何するでもなくログインしてからさ迷いここで足を止めたプレイヤー。そんなこんなで人が増えていく。

「あら、郵便だ郵便だ。それじゃあ私お仕事行くね。占い屋さん」

「はい……」

 そうして私は解放される。


 彼女のランダムイベントがここから見える範囲で起こるのはとても珍しい。拡大し複雑になっていく街故に。まだ片手で数えるくらいも遭遇していないだろう。物理的にはすぐ隣に当たるが、イベントの都合上わざわざ彼女は遠くへ飛んで行き専用のルートから届け先へと至る。

「お郵便でーす!」

 とチャイムを鳴らしたにも関わらず声高々に来訪を告げていた。今回のお宅は判りやすい玄関とチャイムの配置で、そうでない時では彼女はチャイムも家の入り口も判らず建物付近でこうして叫び続ける事になる。

 今ではこのイベントが実装されて珍しくもなくなった為にスキップするプレイヤーも多いが、キャラクターの人気のおかげで偶然イベントに当たる事に喜んでメールを受け取る人も居る。勿論ゲームシステム上のメールなので物理的に手紙を届ける必要等ないのだが、イベントの有り難味と風情を優先した開発者がこのイベントが終了するまでメールをチェック出来ない仕様にした所為で、ランダムで郵便屋さんがメールを自宅に届けてくれるイベントには苦情が殺到した。そうしてイベント中でも対象のメールにアクセス出来るようにされたが、それでプレイヤーは来たメールをすぐにチェックするのが常なので生返事の相手をするばかりになってしまったのは彼女が可哀想と思わないでもない。

「今日の人は珍しく対応してくれたじゃん。良かったね」

 半分茶化すような気持ちでチャットを送ると、

「失礼な、人気が出てからはメール受け取ってくれる人も多くなりましたもん」

 と真面目に返された。確かに、誰のおかげかはともかくこのNPC二人に関しては開発がとても優遇している。ロード画面のCGは全28種中、郵便屋さんが2種、占い屋さんが3種、二人のサブイベントの様子を描いたCGが7種類とたった二人のNPCの扱いにしてはとても多い。期間限定のユーザー投稿イラストの掲載数も上げたら現在のバリエーションよりはるかに多くなる。

 そうこうと思考を巡らせている内に、郵便屋さんは先ほどの面倒な物理現象から再び店に辿り着いた。

「戻ってすぐでごめんなさい、私お休みするね~……」

 と表情豊かなこのNPCはいくつものエモーションを組み合わせて別れを惜しんでいた。

「ええお休みなさい。御苦労様」

 そうして、私に絡みかかるNPCは他に居ないので静かな時間が始まるのだった。



 先ほどふさが愚痴ったように、水曜日は暇なのは間違いなかった。水曜日は朝から精力的に活動するプレイヤーは少ない。昔この店が螺旋回廊の最奥にあった名残で街の入り口から右半身をこすりつけて店の左側のアクセス範囲ギリギリから話しかけてくるあの人とか、バフのタイムテーブルが特定の周期で変更されてるのに気付いて分単位で話しかけてくる時間を調節するような面白みのあるプレイヤーも来ない。まあそんな中で外へ街へと往復する数少ないアクティビティな人に目をやったり、私たちのおかげで人気スポットになったテラスに腰掛けた人に手を振ってみたり、近くのチャットログを漁ってゲーム内の事情把握に努めたりと暇は暇なりに暇を満喫していた。

「あら……」

 街中のNPC地点からランダムにゲーム開始位置が選ばれるのだが、久々と思えば久々に新規プレイヤーの案内イベントが発生していた。

「ようこそAOへ!」

 そう発言する占い屋さんに、まだ使い慣れないインターフェイスで新規プレイヤーはアクセスしていた。

「はじめまして、私は占い屋です。こうして会えたのも何かの縁。この世界の説明をしますので、少しお時間をください」

 定形文、生真面目に台詞が全て表示されてから会話送りするのに好感を覚える。

「AOはあなたにとってどんなオンラインでもいい、始まりのオンラインでも、終わりのオンラインでも、戦い続けてもいい、生活をするオンラインでもいい、だからAOはタイトルの略称ではなく、AOがこのゲームのタイトルなのです」

 その謳い文句に偽りはなく、このゲームではゲームとしての内容以上に1キャラクターとしての生活が作り込まれている。

「このゲームに貴方を制限するものはありません。今お腹は空いてますか? そこのお店で食事をしてみても良いでしょう。すぐにでも戦いたいですか? 勿論何処へでも行けます。ただ始めたばかりでなら東の門から向かってみる事をオススメします」

 レベルによる移動制限が無いので、この街から東西南北何処へでも行ける。ただデスペナルティが重いこのゲームですぐに自分に見合っていない狩場に行く事は非推奨。開始のイベントでもやんわりと伝えられるが、実際にそちらの方に行くと門番のNPCがとにかくしつこく粘着してくる。可能な限り気をそらせるよう遊んでいる節すらある。PKが運営の公式ロールであるからPKの主戦場に行く事もあまり好ましくない。露天もこのゲーム唯一のレベル差による取引制限で序盤は特に取引が出来ないので、薦めるべきは初心者用のレベリングマップか街中をゆるりと歩き回る事くらいになる。

 忠告通りピカピカ冒険者は東の方へ進んでいった。次に顔を合わせるのはもう少し逞しくなって、この店のシステムを利用する時だろう。

「貴方に幸あらん事を」

 と、占い屋さんらしい台詞だろうか。最近ふさとの付き合いでキャラが、いや自分のアイデンティティすら崩れかけている気すらしてしまった。

 珍しいイベントはあったと言ったものの、その後はまばらに来る客を相手にしつつ周囲を眺めて過ごすだけだった。数時間ズレで私もAOを後にした。


 ふさと郵便屋さんは全くと言って良いほど似てなかった。例えAOの郵便屋さん本体と、ふさ本人が紐で結び付けてあって、この二人が同一人物ですと言われても納得出来ない。ふさは出来るなら今この場でも郵便屋さんのように、言える事なら言えるだけ言いたい、とまでは伝えてくれたが見た目通りそれは出来ないみたいだった。似ても似つかない郵便屋さんに毎日愛を囁かれ、ささやかなふさからはそれを感じる事は難しく、日々AOと交じり合って行く様な感覚に陥っている自分と彼女の自我に戸惑っていた。

 ふさは一言で言えば地味な子で、控えめな性格だった。気ままな自分とはあまり馬が合う様に感じなかったけど、占い屋さんが郵便屋さんにこれでもかと告白されてから、一体何が起こっているのかと画面外に目をやった。

「好きなんです」

 と何通りの解釈が出来るのか判らない一言を頂いて、奇妙な関係が始まった。私とふさと、占い屋さんと郵便屋さんと。

 ふさは何時も目を伏せがちで――そんなのは画面に向かう事が多いこの集団でそれほど珍しくはないが――前髪も長くて典型的な根暗そうな女子の風貌。座っていても肩を縮こまらせていて、デスクに向かっている時は猫背で背中の筋肉がおかしくなりそうな体勢で居た。普段はペットボトルのお茶に昼食の入ったコンビニ袋が置いてあるだけだが、一人の時は椅子の上に体操座りなり正座なりをして、細かなお菓子を傍らに広げて気を緩める。コミュニケーションも少ない、自分から何かする事も滅多に見ない、あの時度肝を抜かれて部屋を飛び出して探し回らなければ、同じ建物に居ても後数年は知らなかったんじゃないかと思ってしまうような、普段の人柄はそういうもの。

 鬱屈とした日常生活のストレス解消にでも愛を叫び回ってるんだろうか、邪推してしまうものがある。

 占い屋さんとして店番をしているのは好きだ。暇でも忙しくても、性質の悪い客だろうが、常連だろうが、それがああ世界の中であるんだなと感じられるのが面白い。AOのこの街がとても小さな状態だった頃を知るプレイヤーは殆ど居ないだろう。サービス開始直後のログイン人数に合わせて一気に発展してしまったのだから、本当に初期の初期状態を知っているプレイヤーはホンの一握りで、景色なんて意識して見たプレイヤーは居るか居ないかといった具合。ただ私は周りを見て、日々世界が構築されていく様を見続けていた。まだシステムも理解されていない時代のプレイヤーの噂話、不便なバフ屋への愚痴、アップデート後の浮ついた会話。私個人でも遊んでもいるが、NPCとして感じられるものはそれはそれで面白かった。若干皮肉の利いたNPCのキャラ付けも受けて、NPC同士の掛け合いや新キャラも実装される機会が恵まれた。郵便屋さんが出来たのも占い屋さんよりも少し後だっただろう。その時はまだAOの自治には種族差別が存在していて、郵便屋さんは街の奥の奥から毎日仕事に外に出て行く設定だった。占い屋さんは仕事柄偏屈な人間で、わざわざ奥まった場所に店を構えていた訳だ。

 郵便屋さんなのかふさなのか、どこでどう知ったのかは定かではないが私が占い屋さんとして気ままに楽しんでいるのを知った、とふさは初めて話しかけてきた。

「占い屋さんは素敵ですね」

 その時の一言の関わりが、その内に大熱弁に変わるようになるとは夢にも思っていなかった。

「お仕事頑張ってくださいね」

 きっと、占い屋さんにだろう。そう思ったから、占い屋さんらしくと台詞を打ち込んでいた。可愛らしい身振りで羽を弄る様を見て、こんなエモーションがあったのかと不思議に思ったが自分に羽がないのだから出来なきゃ知るよしもないではないかと少し羨ましかった。


 ふさ本人が喋るのと、郵便屋さんとして喋る量は不衛生な事に逆なので、何かしかもそちらで話し出す事が多い。気取っている反動で普段何も言えなくなっているのかもしれない。

「週末お暇でしたら、一日御一緒してもらえませんか?」

「暇なので、いいですよ」

 何にと聞く前に答えて、勝手にエモーションが出るなら今占い屋さんはじとりと汗が垂れただろう。嬉しいです楽しみにしていてくださいと喜びまわる郵便屋さんを尻目に、何になのか、御呼ばれの意図だとか、そういう疑問がぐるぐるとしていた。ふさが自分から誘ってくるのはこれが二回目だろうか。

 一度目は初めてふさ個人をはっきりと認識した日。帰りが近くの駅ですとだけ告げられて、明らかに言葉足らずなコミュニケートに一緒に帰りたいと言う事だと一人ながら考える事にして、自分の帰路とは全然違う方向だったけど、控えめな相槌しかしないふさと長く感じる帰り道を行く。初対面で、ふさの人柄も口下手だ程度の印象しかなくて、流石に自分から誘うなら一つ二つ帰り道に話題でもあるだろうと思っていた自分が甘かった。それはあまり良い思い出とは言い難い。

 とはいえその間に私からは何度も遊ぶなり帰りなり誘ったのだから、流石に今回はマシになっていると騙まし込む事にする。あの時みたいな行きがけという訳ではなく、何時と何は彼女の中ではっきりしているのだから、大丈夫だろう。自分ばかり話す事になって話題がもたなくても、行き先がイマイチ理解出来なくても、今ならそれ程気をもむ事はなさそう。


 晴れて良かったと月並みな天気への感想から、外出の支度を始める。

 昨日言葉を引き出すのに苦労した末、力尽きて寝てしまったメールの返信は「行きます」との事。結局舞い上がりっぱなしだった郵便屋さんではまともに会話も出来ず、帰りがずれたのでメールで待ち合わせ場所と時間、最低限約束を取り付けるのに必要そうな事だけ聞いて、後は多分ふさは恥ずかしくて気が気ではなさそうだったのでそれ以上は聞かなかった。

「う~ん」

 とひとしきり唸って、ふさ相手に気合を入れるのは少し変に感じるものの、1時間余分に身支度に時間をあてる。ふさもこういう時はそれなりの身繕いをしているだろうか? 何時もの芋っぽい服ではなくて、少しは女の子らしい格好とか、ネイル塗ったりしてたり。

「うーん……」

 想像が出来ない。郵便屋さんみたいな見た目が頭に浮かんでくるだけだった。流石に手ぶらかコンビニ袋ぶら下げてるとかはないだろう。でもハンドバッグなんて普段から使ってないし、リュックを背負っていてももう考えてしまったから驚かない。髪は結んでるかな。あんなにざんばらな髪で綺麗に結ぶのも難しいだろうし、飾り気の無いゴムでくくった程度も有り得る。そんなに気にしてるんだ、と止まった手と、動き続けていた時計とを見比べて思った。時間とっておいて良かった。


 女の子らしいイベントとまではいかなくても、彼女の趣味か何かに付き合って、その辺のお店で食事して、頑張って会話するくらいは出来ると思ってたんだけど。

 待ち合わせ場所には少し早めに向かったけどふさももう居た。割と常識的な身繕いをしていた事に暫し驚いた。でも地味だ。ネイルもしてない。靴は普段履きより綺麗だけどスニーカーだし、髪もただのゴムではなかったけど後ろでひとくくりにしてるだけ。服も暗色ばっかり。俯きがちで判り辛いけど、化粧してるのは判った。何処かの部分くらいは褒めるべきかと少し悩んで、今日一日使いようが無くなるくらいなら後で言えば良いかと近くの駅へと歩みを進める事にした。


 目的地は想像の斜め……下でも上でもどちらともなく、丁度斜めを貫く謎の目的地。ごうごうと風の流れが喧しくて、オレンジ色の光源が世話しなく動き回る。そして熱い。

「えーっと、ガラス?」

 こくりと頷いて、ふさは奥へ進む。どう見ても作業場何だけど、着いて行っていいものなのか……。等間隔に炉が並べられていて、人が前に居る場所は煌々と燃え滾っている。その中に突っ込まれた棒を抜き出すと、練り飴のような状態のガラスが引っ付いていて、それに手早く菜箸のような物を当てていたり、直接鉄板につけて回していたり。熱されたガラスに別の色のガラスを垂れ流してぐるぐるしてイメージ通りの作業をしている人も居る。粉々になったガラスの破片が詰まった箱は複雑に光を反射していて真っ白に見える。燃え盛る炉の音圧と、時折聞こえるとても軽いガラスの割れる音。

 まあまあ、見回して面白い景色ではあるけど、突っ立っているのは限界に思うと、野暮ったい作業用エプロンをしてふさが戻ってきた。こっちの方が似合ってるように見えるのが何とも言えない。こんな失礼な感想を抱いているのも勿論言えない。カチューシャもしておでこ丸出しになっている。確かにあのままの前髪だと燃えかねない。つけましてるのが判った。

 いくつか小さな鉄の棒とガラス片を握り締めていて、こんな子にあのどでかい棒とガラスが扱えるのかと思っていたけどもっとミニマムな作業に挑むみたいだった。端の方の作業台に二台のバーナーが設置してあって、その周りに物を置くと何を言うでもなく作業を始めてしまった。どれくらい時間かかるのか知らないけど作業を眺める事になるのか、私に何かしろと言うのか。

「ふさちゃんが友達つれてくるの、びっくりしたよ」

 ぼけーっとしていた私が不憫に思ったのか、炉の方で作業していた人が話しかけてくれた。外でもそういう風なのかと安心してしまう。

「ガラス細工っていうんですかね、これ」

「そうだね。バーナーワークって言うんだけど」

「なるほど」

 話しているうちに、ふさの手元では切り分けたガラス片を熱して複雑に絡み合わせている。熱をもっていると変色していて光量も強いので何を作っているのかはまるで想像出来ない。

「よく来るんですか? あの子」

 かなり、気になる。連れて来てこなれた手付きで作業する辺り、趣味でいくらかしている事だろうとは予想出来る。

「休みの日は来てるってくらいかな? あまり話をしないけど、ここで始めてバーナーワーク触ったみたいで、気に入ってるみたいだね」

 あまり、というのは彼なりの心遣いなのは間違いない。ふさが連れてきた自分だから当然それなりに彼女の事を知ってるとは考えているだろうし、何より言い淀んで苦笑いしていた。暇かも知れないけどゆっくりして行ってねと相変わらず気まずそうな笑みで戻っていった。ふさの方に視線を戻すと、良く判らない軟体を棒で弄繰り回していた。集中出来ているのは何よりだけれど、連れてきた手前もうちょっと気を回してくれても良いんじゃないだろうか。難しいか。内気だし恥ずかしがり屋だし、趣味を明かしてくれただけでも大進歩なんだろう。自分が物作ってるのとか普通見られるの恥ずかしがると思うんだけど、そうじゃない辺り変な所もずれてるのかなあ……。あ、汗かいてる姿珍しいとか、そりゃあこんな作業するなら爪を弄る訳にもいかないし。服も熱したガラスが飛んだりするなら穴開くし良い物着るのも憚られる。没頭してて構う訳にもいかないから作業を見ているしかなかった。

 趣味が何なのかは気になっていたけど、知れたらそれでそれ以上趣味の事自体には興味が向かなかった。ふさがどうして趣味にしているかとかは聞きたいものだけど、今話そうとは思わない。作業を見ていても細かくて慎重にやってて、膨張しながら明るみを持つガラスは確かに綺麗に見えるけど、それほど気を引くものでもなかった。部分部分熱い風が吹いてきたりして嫌に気持ち悪く眠気が出る事もない。ああ、退屈。

 退屈。退屈に思う事がふさの事を許容出来ない自分に自己嫌悪しかねないと、頑張ってそこかしこに目をやっているけど難しいものは難しい。無機質な倉庫内に炉と鉄の棒と、材料らしい鈍い色をしたガラス棒は沢山あるものの、肝心の作品は殆どここには置かれていない。煤とか付くからかも知れないけど。他の人が触っている物も、何度も炉に突っ込まれては変形を繰り返していて、あれに興味を持つのはスライム好きとかでないと厳しいんじゃないだろうか。

 改めてふさの手元に視線を戻すと、今度は鉄金具の上でガラスを触っていた。大分形が見えてきていた。色味の強い赤色の細い線が複雑に絡められて、大きな金具の平面の中央から伸び広がっていく。外周には少しずつ落ち着いた色が散りばめられていて、彼女の見た目に反して作品はかなり豪奢な感じ。ずっと集中しっ放しでこちらの事など気にも留めていない様子だけど、頑張って気長に待っていよう。


「似合ってる?」

「えっと、私は……はい……」

 行きに付けて来た空色の髪留めを外して、ふさがくれた出来立てほやほやのバレッタで髪型を作ってみる。大分派手だ。

「そう、似合ってるように見えるなら、良いよ」



 不摂生な占い屋さんが散歩に出かけるというのは、珍しいイベントだ。近くの広場までのろのろと歩いていって、その辺のベンチに腰掛けて鳩に餌をやるだけの不定期に起こるイベント。道中の発言では主に日に当たる為にしてるらしいが、例え天気が悪くても行く時は行く。

「本日は晴天なり……」

 ちんたらと店から出て、代わりの店番が出てくる。希少価値の所為なのか、このロボット風のNPCにすらファンらしいファンが居るのだから世界の広さを知れる。切り替わるとすぐに話しかけに行くプレイヤーが数人居た。後はゆっくり歩いているうちに郵便屋さんが飛んできて適当な会話をしていく事になるだろう。

 予想通りまだ店が見えるうちに手をぶんぶん振りながら近付いて来る郵便屋さん。五月蝿くなるチャット欄。苦笑いする私。

「お散歩ですか? 何時もの広場までですか?」

「そうですよ」

「一緒に行きます! お天気ですね! 私は晴れてるの大好きです!」

 相変わらず甘言垂れ流し状態で目的地まで尽きる気配が全くなさそうなのには感心しかしない。普段帰る時もキーボード持たせたら饒舌になったりしたらどれだけ楽な事やら。

 広場に着いて、その辺の空いているベンチに二人で腰掛ける。すぐに足元に集まってくる鳩は相当卑しくなってしまっている。大きな時計台が中心にあるこの広場は最も大きいもので、待ち合わせ、溜まり場、露天、その他イベント様々な事で利用されていて人は常に多い。

 AOのUIには時間表示が無くて、時間はAO内で設定されているので時計を見る事は日常的に頻度の高い行為で特徴的なもの。携帯時計もアイテムとして存在しているが、そこそこのお値段が付いているので時計台に目をやる人のが多いだろう。それとは別に、この広場でオープンチャットで時刻を読み上げているプレイヤーが居たりもする。特に時計台の真下のベンチの右側に座り続けている彼女、自身で時報をする事が自分の使命だと言わんばかりにずっと同じようにしている。外部ツールはかなり厳密に弾いているので、中の人の手打ちで。暇な時、居ない時、イベントの時とそれぞれ疎らな頻度で時間を読み上げる。

「あれ、先週の追加コスとかなり初期の方のコスの組み合わせだね」

「そうなんですか? 郵便屋さんの服っていじれないから私疎くて」

 彼女は目立つ事を自覚しているので見た目に相当気を配っている。新しく追加されるコスチュームや細かなアイテムは多分全てコンプしてるだろうし、それを自分のセンスで組み合わせている。広場の一つの名物として1プレイヤーが存在してるのは興味深いものがあったし、散歩に行くおかげで度々程度の頻度で見るのが丁度良かった。

 かなりの羽数が集まってきたので遠めに餌を投げながら、広場を見渡す。時報彼女の周りには何の理由か知らないが人だかりが出来ていて、イベントでも、ゴールデンタイムでもない今、開きっぱなしにされている露天は見ている人は殆ど居ない。騎乗スキルを活かして此処で旅の足代わりの客引きも珍しくは無いが、ギルドの集まりで数人居る人らは乗せられないと断っていた。そこそこ大きなギルドになれば集団移動用の大型牽引が出来る人がメンバーに居たりするものだけれど、当然何時でも居る訳じゃあない。

「郵便屋さんの鳥のモチーフって何ですか? 鳩?」

「えっ、えぇ!? 鳩みたいに見えます……?」

「いいえ? 近くに鳩が居たから」

「燕です燕! 綺麗でしょ?」

 新しく追加された会話文だ。完全にネタだ。占い屋さんと私の表情がシンクロする。隣で上機嫌に愛を囁く郵便屋さんは特に変わりなく、滞りなく。増え続ける鳩は平和の象徴だった筈だ。ただまあ、聞くのも飽きないレパートリーには舌を巻く。

「私の事、可愛いって思います?」

「え……?」

 不思議な問いだった。ふさ本人が打ち込んだものなのは判断が付くのだけれど、オープンチャットでの発言だった。考えようと思って、ゆっくりと息を吐いた。ふさ本人は可愛くはない。郵便屋さんは人気通り可愛く出来ている。どちらが、何故聞いたのか判らない。

「郵便屋さんは、可愛いですよね。人気もありますし、人受けが良いですよ」

 無難な、占い屋さんが口にする言葉。

「私も、郵便屋さんって可愛いと思います」

 今ポジティブなエモーションをしていない郵便屋さんが居る。私の隣に居る時にはとても珍しい。

「ふさ大丈夫? こっちでチャットした方がいいと思うけど」

 管理者チャットに打ち込んで、占い屋さんと郵便屋さんの関係はしっかりしていると思っていた、異常なふさに心配する。せめて、散歩で目立つ広場に来ている時なんかじゃなくて、何時もの店の前でならこれほどはらはらする事もなかっただろう。何が彼女の動機になったのか知らないが、発言もエモーションも止まっているのは不気味ですらある。

「ごめんなさい。郵便屋さんって、素敵だと思ってます。私の理想で、体現で」

 はっきりと本人の自覚を聞いて、思う。

「占い屋さんも、いけずな感じでも、郵便屋さんの事が好きなんですよね」

「……そうだね」

 その通りだった。占い屋さんは、感謝していた。螺旋回廊の奥に店があった頃からふさは高頻度で通っていたが、それはまだ郵便屋さんの設定として出来上がるより前からだ。偶然見れる逢瀬が少しずつ話題になって、店の場所が不便だという要望も相まって街の奥の奥から日の当たる所まで来た経緯がある。ゲーム内のチャットログ自体は何処に居ようが見れるのは変わらないが、自分が中に居るキャラクターに話しかけられるのは尊いものがあった。

「私は、郵便屋さんの言いたい事が言えるのに、憧れます」

 郵便屋さんとふさはあまりにも乖離していた。そんな役作りが出来るのなら何をおくびれる必要があるのかと思うけど、ふさを見るに出来ないものは出来ないといった様子なのは判る。それで苦労もする。

「今何も待たずにふさの前に行ったらダメ?」

 何を不安に思ってこんな事を言い出したのか判らなかった。

「それは……困ります。何も言えなくって」

 ふさがガラス細工を作りに行く時に私を連れて行ったのは、趣味を知って貰いたかったからだろう。アプローチとしては充分じゃないだろうか。

「ダメだよだってふさ、全然可愛くないもん」

 服だって髪だって全く気を使ってないし、バレッタだって私の髪飾りを見ずに自分の好きな物を作ったんだろう。普段話す時でも話題を出してもくれないから大変だ。相槌だけでは間が持たないものがある。ただ本人が自覚している事をわざわざ小突き回す必要はない。

「あの時私が何色の髪留めをしてたか覚えてる?」

 長い間があった。気にかけてないだろうから、覚えているとは思えない。

「ごめんなさい。覚えていないです」

「だよね。でもね、髪飾りくれたのは嬉しかったよ」

 私達はあまりにも複雑に引っ付きすぎていた。郵便屋さんの占い屋さんへの好意が、はっきりとふさが私に伝えてくれれば良かったのに。今この時ですらそれを判断するのが難しい。ふさは出来るのならそうしたいと言っていた。一方的な好意を真っ直ぐに向けてくれれば良いのに。

「ふさ、全然可愛くないから、髪は綺麗に切りに行こうよ。服も一緒に選んであげる」

 ふさの事は全然判らなかった。私に好意を持っているのは判る。

「自分にだって可愛い小物持てば良い。今度作る時には私に似合う物を作ってね?」

 ちょっとくらい世話を焼いて女の子らしくしてもらっても良いだろう。饒舌で情けないんだからもう戸を蹴破ってどんな顔してるのか見てやりたくもある。

「私と付き合おうと思ったらこれっぽっちも足りてないよ、ふさ」




―――アップデートの詳細内容です

 システムアップデート

・ロード画面のCGを追加しました


 新たなアイテムを追加します

・召喚スクロール16を追加します

使用すると占い屋と郵便屋を召喚、ラブラブアタックを行います

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