第5話 ふぉーえばぁー駄女神様なのだっ!
ティカがやってきて2週間が経った。
冒険者としての仕事をミランがしようとすると無条件で付いてくる事が多いティカがいる為、比較的簡単な依頼しか受けれない日々が続いていた。
ただ、不幸中の幸いというべきか、マシートには大きな問題が発生する事が少なく平和であった事が救いであった。
簡単な依頼でも生活に影響出ない程度に同時に依頼をこなす事で穏やかな日々が送れていた。
そんなある日の朝食での出来事で新しい日常になりつつあったミラン家に一本の矢が放たれた。
「殺気なのだっ!」
前掛けをしながら食事をするティカが口の廻りを汚した状態で開いてる窓を睨みつける。
ビュッ、という風斬り音がしたのに気付いたミランが動こうとしたが対面に座っていて間に合わない。
「ふっ! 女神であるアタチを仕留める事ができると思ったのか!」
ドヤ顔するティカは、飛んでくるモノにタイミングを合わせて、捕まえようと手を動かす。
タイミングはばっちりであった。
ただ、飛んできたモノと握った場所が10cm程、距離が離れている事を除けばであった。
どうやら、ティカが思う程、成長が追い付いてなかったようである。
理想と現実の格差にティカは負けた。
飛んできたのは矢だったようで、ティカの脳天に直撃すると木箱の中でティカが引っ繰り返る。
「ティカ!」
「額に直撃している……」
コレットが悲鳴を上げるように名を呼び、飛び出しかけてたミランだが、余りに綺麗に入った所を見てしまい、絶望に包まれてティカに近づく。
すると、矢が刺さった状態のティカがムクリと起き上がり、コレットは悲鳴を上げ、ミランは駆け寄る。
「大丈夫なのかい、ティカ!」
「大丈夫じゃないのだ。このやり口はジジイなのだ。後で笑われると思うと業腹なのだ!」
ティカに近寄ると矢先が変である事に気付くミラン。
そんなミランを気にした風でもないティカは矢を握ると引っ張る。
引っ張ると、ポン、という音と共に矢は抜ける。
抜いた矢に付いていた紙を取ると読み始めるティカだが、ミランはそのティカの顔を見て口許を押さえて肩を震わせる。
どうやら無事と分かり安堵の溜息を零すコレットがミランの態度を見てプンプンという擬音が聞こえそうな顔をしてティカを見つめるミランの隣に来る。
「お兄ちゃん! 笑ってる場合じゃないでしょ! 無事と分かっても額の確認を……ぷっ」
ミランが笑うのを堪えていると見抜いたコレットが怒りながら、代わりに確認しようとすると噴き出す。
何故なら、ティカの大きなオデコには『バカ』という文字が浮き上がっていた為であった。
「ん? どうかしたのだ?」
何でもないと兄妹が息を揃えて手を振るので再び手紙に集中し始めるティカ。
ミランはティカが捨てた矢を拾って矢尻部分を注目すると吸盤みたいなモノの内側に文字が彫り込まれているのを見て納得する。
手紙を読み終えた残念な子が木箱の上で立ち上がる。
「ふっふふ、天界に帰る時がきたのだ!」
「えっ? その手紙、帰ってこいという内容だったの?」
ミランの言葉に、胸を張る残念な子、ティカは口許の汚れも気にせずに話す。
「正確には、女神幼稚園の再試験のお知らせなのだ。次は楽勝で主席合格間違いなしなのだ!」
いきなり帰ると言われて驚いたのもあるが、落ちたのは3人で再試験に主席合格などあるのだろうかとミランは首を傾げる。
それ以前にティカが受かれると思う根拠が分からない。この2週間一緒にいたが、何かを勉強している様子は皆無だったからである。
「で、再試験はいつからなんだい?」
「今日なのだ! すぐに迎えを出すと書いてるのだ」
いつかは帰る事になるとは分かっていたミランとコレットであったが、余りに急な事で驚きが隠せない。
驚いて固まる2人の目の前のティカに異変が起き始める。
ティカを包むように光の柱が生まれたからであった。
「ティカ!」
「大丈夫なのだ。天界へのお迎えのゲートなのだ」
思わず、声を上げるミランに珍しく女神らしい優しげな笑みを浮かべるティカ。
コレットは手拭を掴むとティカに駆け寄ろうとするがティカに止められる。
「お別れは辛いのだ。でも涙ではなく笑顔で見送って欲しいのだ」
「違うのよ、ティカ!」
ティカは分かってると言わんばかりの顔をすると光に包まれる。
眩しい光がダイニングを包む。
光が薄れると見つめてた先にはティカの姿も木箱もなかった。
溜息を吐くコレットがティカが向かった先か分からないが、窓から空を見つめて呟く。
「帰る前にせめて口許ぐらい拭っておいたほうがいいと思っただけなんだけど……」
「きっと、向こうで笑われて泣いてそうだね、ティカ」
本当に最後まで締まらないティカを思い、2人は肩を大きく下げて、溜息を零した。
▼
ティカという珍客が居候してた期間と同じぐらいの2週間が経ったある日、ミランは最近、忙しかったが、やっと落ち着ける状況になったので、休みを取った。
ダイニングで朝食を取りながら、ティカがいた頃は街は平和であった事を再認識し、その代わり、家が大変だったと苦笑しながらコーヒーを飲んでいた。
街が平和だったのは、あれでも女神であるティカの恩恵だったのかな? と思いながらテーブルの上にいるポッターの顎下を撫でていると玄関を叩く音がする。
「あっ、お兄ちゃん、ごめん。今、手が離せないから出てくれる?」
「ああ、いいよ。僕に任せて」
洗い物をしているコレットの頼みを快諾したミランは、何故かウンザリしたような顔をするリホウを連れて玄関に行くとドアを開ける。
玄関を開けると、デジャブに襲われる。
玄関の前には、少し前まで毎日見ていた木箱があり、そこから小さい紅葉のような手だけが覗いている。
ひょっこり、と顔が飛び出すように出てくる。
長い黒髪に垂れ目気味なつぶらな瞳なのに勝ち気な印象が覗かせる、オデコの広い幼女だった。
「拾えっ!」
「また女神幼稚園の試験に落ちたのかい?」
苦笑を隠さないミランが残念で駄目な子のティカと目線を合わせるようにしゃがみ込む。
すると、ドヤ顔するティカが短い人差し指を揺らしながら話す。
「今回はただ落ちたのではないのだ。行き先はアタチが指定したらジジイがあっさり認めたのと、子分を連れてきたのだ!」
ティカがここに来たいと言って認められた所までは容認できたが、子分の辺りが容認できなかったミランは、えっ? と声を上げる。
固まるミランにティカは隣の家との隙間に指差す。
指された場所に目を向けると、金に近い茶髪のフワフワの髪を肩で揃えて大きなリボンを付けたピンクのゴスロリ風の格好をした幼女が半身隠してこちらを見ていた。
ティカも垂れ目気味であるが、この子は本当に垂れ目で眉は細く、弱ったように眉まで垂れていた。
瞳の色はティカが黒でピンクのゴスロリ幼女は、緑という違いがあった。
口をパクパクさせるミランにティカは手紙を手渡す。
「ジジイが、ミランに会ったら渡すように、と言ってたのだ」
それを放心気味で受け取り、手紙を開き始めると後ろからコレットの声がする。
「お兄ちゃん、ごめんね。それでお客様は誰だったの……ティカ!? もう落ちて帰ってきたの?」
「落ちたんじゃないのだ! ちょっと、右手のキレがイマイチだったから、試験を辞退しただけなのだ!」
ティカの言い分を一切信じてないコレットは手紙を開こうとしてるミランに気付いて話しかける。
「その手紙、どうしたの?」
「そのう、まあ、神様からの手紙らしい?」
それに驚いたコレットだが、慌ててミランの肩に顎を載せるようにしてミランと一緒に手紙を読み始める。
『初めまして、ワシは神々の父である者じゃ。まずは先日はティカが世話になった事を礼を述べさせて欲しい。そして、今回、再び、ティカをそちらにやったのはワシの意思で送らせて貰った。本来なら飛ばされる者の意思は反映しないのだが、こちらの都合と一致したのでティカには言っておらんので内緒でよろしくなのじゃ』
この時点で、嫌な予感が止まらないミランとコレットであった。
『では、そなたらに関わる事になった経緯を話させて貰おう。この度、108回、女神幼稚園の再試験で今まで0点しか取れなかったティカが8点を取るという我々を驚かす事態が発生した。たまたま、運が良かっただけだと思うかもしれんが、神が受ける試験には、そのような要素は一切絡まんのじゃ』
色々、思う所はあるが、ティカが108回も再試験に落ちているのかと戦慄を感じる2人。
『ぶっちゃけると、ワシらはティカが女神になれる可能性は正直諦めておった。じゃが、わずかな変化が生まれた。そう、ミラン、そなたと触れ合う事で不変と言われる神、幼少期だけは体と僅かに変化があるとはいえ、動かした。これはある意味、運命を動かしたと同義じゃ。そこで、神々会議でこういう結論が出た。「その人間に任せちゃえばいいんじゃねぇ? たまたま、ティカだけだったかどうか知る為にティカのように100回落ち続けているアコも任せてみれば分かる」と結論に落ち着いたのじゃ』
一緒に読んでいたコレットが突然、大声を上げる。
「えっ、もう1人? アコってどこにいるの?」
耳元で叫ばれて耳を押さえるミランを見て謝るコレットにピンクのゴスロリ幼女、アコがいる先を指を指す。
コレットがアコを凝視すると怯えたようで目尻に涙を溜め始め、蹲るのを見たコレットが悪かったと思ったようで、脅かさないように近寄って抱き抱えて、「ごめんね!」と、あやし始める。
それを見送ったミランは手紙の続きを読み始める。
『まあ、ワシらもどうしたらいいか、分からんのだよ。はっはは……という訳でティカとアコをよろしく頼む。2人を面倒見るうえで、お主の生活が圧迫するようであれば、こちらでも手を尽くす事を約束するので、快く受けてくれる事を祈っておるのじゃ』
手紙を読み終えたミランは大きく溜息を零す。
神様って適当な人が多いんだ、と諦めるように項垂れる。
手紙を読んで、困った顔で溜息を吐くミランを見て、不安そうにするティカは珍しく伺うようにミランを見上げる。
「そ、そのなんだ、頭を下げろ、というなら下げてやらん事もないのだ? ここは楽しい所だし、コレットは怖いけど、ご飯を美味しいし、それから、それから……」
必死にミランに受け入れて貰えるように、お馬鹿な子なりに頑張って言うティカをミランは抱き抱える。
「お帰り、ティカ」
「あ、うん! ただいま、なのだ、ミラン!」
嬉しそうにするティカはミランの首に抱き付き、満面の笑みを浮かべる。
ミランと駄女神との生活は、まだまだ、しばらく続くようだ。
とりあえず 完!
木箱の駄女神様 ―お試し版― バイブルさん @0229bar
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
勝手に小説大賞/バイブルさん
★9 エッセイ・ノンフィクション 連載中 17話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます