ガーデン(下)

 ガタゴトと床が揺れる感覚で、ヤシロ目を覚ました。


 「ここはどこだ? 僕は確か、磁気嵐に巻き込まれて――」


 頭がぼんやりしていて、まるで目の前にモヤがかかっているみたいだった。


 何故だか背中も酷く痛む。眼の前には鉄格子。ヤシロはあたりを見回した。まさか逮捕されたのか? リルリは? リルリはどうなったんだ?


「リルリ様、目を覚ましたようですぜ」


 誰かの話し声がする。


 ――リルリ⋯⋯様?


 ヤシロは困惑しながら周囲の観察を続ける。どうやら巨大な宇宙船の中のようだが⋯⋯。


「そう、起きたの。ちょっと様子を見ようかしら」


 女の子の声。

 すると奥の部屋から極彩色の羽をもつ、見慣れた少女が姿を現した。


 ヤシロは目を見開いた。


 リルリ! 無事だったのか! リルリに声をかけようとしたヤシロだったが、何故か声が出ない。体も上手く動かない。


 動けないヤシロをよそに、リルリは横にいた黒い羽の男に向かってこう言った。


「丁寧に扱ってね。なにせ彼はこの銀河では最後の地球人なんだから」


 ――え?


 ヤシロは耳を疑った。今や地球の人類は銀河中にその生活エリアを広げ繁栄を極めている。絶滅なんてするはずがない。


 黒い羽の男が苦々しい顔をした。


「⋯⋯しかしこんな害獣をなにも」


 リルリはため息をついた。


「いい? 宇宙に進出した地球人が、他の惑星の生態系を壊す害獣として指定され、駆除命令が出たのはおよそ一世紀皆そのころの悪いイメージを引きずっているのかもしれないけれど、報奨金目当てに殆どの地球人は殺されて、たった百年の間に今では地球人は絶滅の危機に瀕しているのよ。可哀想にね。皆にその事実を知ってもらい教訓にするためにも、この子は必要なの」


 ヤシロには、リルリが何を話しているのか分からなかった。


 いや、彼らの言葉そのものは理解できた。理解できたのだが――彼らの話す内容はヤシロの知っている世界の歴史と全く違う。まるで現実のものとは思えなかった。


 リルリの態度も、姿かたちは同じだが同一人物とはとても思えない。


 ――夢? これは夢、なのか?


 ヤシロは困惑した。

 それとも時空の歪みに飲み込まれた影響で自分の生まれた世界とは全くの別世界に来てしまったということなのだろうか。


 クヌト族が銀河の覇権を握り人間が絶滅しようとしている、まるでコインの裏と表のような別次元の世界に――


 ヤシロが肝が冷えるような感覚に身震いをすると、背中が酷く痛んだ。思わずヤシロはうめき声を上げた。痛む背中に異変を感じ、恐る恐る触ってみると、そこには信じられないことに、羽のようなものが生えていた。


「――ヒッ!」


 ヤシロは声にならない悲鳴を上げた。

 あら、とリルリは小首を傾げる。


「背中の手術跡が痛むみたいね。トビ、例の薬を」


「はっ」


 トビと呼ばれた黒い羽の男が注射器を取り出してヤシロに近づく。


 ヤシロは激しく体をよじって抵抗したが、トビは手馴れた様子でヤシロの腕に何かの薬を注射した。


 ヤシロの痛覚は段々と鈍くなっていき、頭も朦朧としてくる。


「地球人だとバレると賞金稼ぎに狙われるから、やむなく羽をつけたんだけど、地球人の体には合わないのかしらね、やっぱり」


 リルリがため息をつく。


「そりゃ、我々と地球人では全く体の構造が違いますから」


 トビはため息をついた。


 銀河中探しても、地球人のような種は他にはいない。

 地球人以外とは繁殖できないし、同じ地球人でも同性では繁殖できない。臓器を移植すれば拒絶反応は起こるし、輸血も同じ型でないとできない。老いて醜くもなるし、そして何より空を飛べない。


「神様に見捨てられた種なのかしら? 羽を付けただけでこんなに私たちソックリになるのに。私たちとは全然違う」


 憐れみにも似た目でヤシロを見やるリルリに、トビは答えた。


「ナメクジという種をご存知ですか?カタツムリにも似た種なのですが、彼らはカタツムリとは全く別種なのです。カタツムリは巻貝の仲間なので茹でれば高級食材になりますが、ナメクジは食べても不味くただ作物を食い荒らす害虫なのだそうです」


「ふうん、私たちと地球人みたいね」


 トビは遠慮がちに話し始めた。


「正直、私も地球人は気持ち悪いです。こうして羽が生えていれば何とか見れますが、それもこの調子だとすぐに腐り落ちてしまうでしょう。⋯⋯リルリ様は、なぜこのようなものまでガーデンに?」


 リルリは答えた。


「生物多様性ってやつよ。例えこんな生き物でも、色んな生き物が銀河にいた方が賑やかでいいじゃない? だから保護してあげるの。檻の中でなら安全に生きられるわ」


 トビはこの金持ちの少女の道楽に、呆れたように肩をすくめた。


「薬がある間は大人しいし暴れないから、こちらとしても助かるんですがね。この分だと幾ら薬があっても足りませんよ。どうです?この際逃げられないように脚を潰しては」


 冷たい瞳でヤシロを見やるトビ。


「そうね。それも考えなくちゃいけないかも⋯⋯見て、薬が効いてきたみたい。いつもこれぐらい大人しければいいのになあ」


 リルリがそう言って檻の中を除きこむと、ヤシロは光のない瞳で、微笑みを浮かべて歌をうたいだした。


 リルリたちには人間の言葉は全く理解できず、その歌はラララだとかルルルだとかそんな音にしか聞こえなかったが、きっと切ない恋の歌なのだろうと、何となくリルリは思った。


「見て、この幸せそうな表情。⋯⋯彼はいったい、どんなことを考えているのかしら?」


 リルリは不思議そうにヤシロを見つめた。







 ――ヤシロは夢を見ていた。


 夢の中、磁気嵐を越えたには二人の飛空挺はとある惑星にたどり着く。

 その惑星はまだ誰にも知られておらず、警察もガーデンの連中も誰も二人を追ってこれない。

 ヤシロとリルリはそこでいつまでも幸せに暮らすのだ。


 そこは花と木で溢れた美しい緑の惑星。


 ――ラララ、ルルル


 二人は木の上でヒメリンゴを食べる。

 そして飛び交う美しい蝶や鳥たたちとともに歌をうたうのだ。それは美しい恋の歌。極彩色の幸せな夢の中で、いつまでも二人は歌うのだ。





END

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ガーデン~銀河絶滅危惧種保護庭園~ 深水えいな @einatu

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