ガーデン~銀河絶滅危惧種保護庭園~

深水えいな

ガーデン(上)

 G第三惑星の片隅に、強化硝子で覆われたドーム状の施設“ガーデン”はある。


 ガーデンの正式名称は、銀河絶滅危惧種保護庭園。絶滅の危機に瀕している宇宙生物を保護するための施設だ。


「見てくださいあの触角、面白いでしょう? 彼はR星に住んでいた宇宙人でヌルタ族と我々は呼んでいます」


 白髪混じりの博士が、観葉植物の葉の間を指さす。


 ヤシロが仕立ての良いシャツの襟を直しながらその指先を見つめると、ナメクジみたいな触手の宇宙人が、こちらをじっと見つめ返した。


「主食となるナスリの葉が乱獲によって伐採しつくされて、今ではヌルタ族は人口百人足らず。非常に希少な種です」


 博士の説明に、ヤシロは神妙な顔でうなずく。あまり気持ちの良い生物ではないが、おそらくは希少価値のある生物なのだろう。


 ヤシロがここへ来た目的は、父の遺品を整理するためだ。


 ここガーデンを作ったのは今は亡きヤシロの父親だった。


 人類が宇宙に本格的に移住しだしてから二百年以上。


 人々は生物の住む星を目指して、遠くへ、遠くへと行動範囲を拡大してきた。


 だがそれは宇宙に住む生物たちに必ずしも良い結果をもたらした訳ではなかった。


 人類と同程度、あるいはそれ以上の知能を持ち、対等な貿易関係を築いた種族もいたのだが、一方で人間のせいで存続の危機に瀕した種族も多数いた。


 奴隷として連れ去られたり、毛皮や角目当てに乱獲されたり、地球人が持ち込んだ病原菌によって滅んだ種族もあった。


 そんな絶滅間際の宇宙生物たちを保護するために作られたのが、ここガーデンというわけだ。


 ヤシロは生まれ育った地球から今まで一歩も出たことがなかったので、目を丸くしながら辺りを見回した。


 他の星は地球とは違い、砂と岩に覆われた荒涼とした大地だと聞いていた。緑豊かなここガーデンの景色にヤシロは驚きを隠せない。


 人工的に作られたとはいえ、美しい木々が生え色とりどりの鳥が飛びかう、ここはまるで楽園のようだ。


「すごいなあ。スケルトンの鳥だ」


 一つの鳥籠に近づく。中にいた鳥はスズメくらいの大きさで、中の臓器が透けて見える。


「この鳥は飛べないのかな」


「珍しい鳥ですからね、逃げられないように風切羽を切ってあるんです」


「へぇ」


 他にも空飛ぶクラゲや兎のような耳のカエル、岩のような肌をした魚など、面白い生物が沢山いて、ヤシロは夢中になってそれらの生き物を眺めた。

 

「こちらへ来てください。次はもっと珍しい生き物をお見せしますよ! あなたのお父様が見つけて保護したんですがね」


 博士は興奮した様子でヤシロを奥へと案内する。話を聞くに、彼はヤシロの父の弟子だったらしい。


 ヤシロはたまにしか地球に帰って来なかった父に、あまり良い思いは抱いていなかったが、ここでは父は随分と尊敬されているようだ。


 分厚い扉を開けると目の前には、巨大な滝。極彩色の鳥たちが舞い、亜熱帯の花々が鮮やかに咲き誇るその中に、孔雀みたいな羽をしたひときわ大きなその鳥はいた。


「リルリ!」


 博士が呼ぶと、リルリ、と呼ばれた巨大な鳥が二人の方へ飛んで来た。


 リルリがこちらへ近づいてくるにつれ、ヤシロは自分が思い違いをしていたことに気づいた。リルリは巨大な鳥などではなかった。


 天井から降り注ぐ光。緑から青、紫から赤へと、オーロラのように色を変える鮮やかな羽。


 ヤシロが見とれていると、人間のそれと変わらぬ脚が軽やかに着地し、細く白い腕が長い赤毛を軽く肩の後ろに撫でつけた。


 その豪奢な羽と琥珀色の瞳を除けば、彼女は殆ど人間に見えた。

 

 「リルリはクヌト族の最後のメスなんですよ」


 博士はリルリにヒメリンゴを渡した。リルリは鋭い八重歯を見せ、シャクシャクとヒメリンゴを食べ始める。


 ヤシロはその様をじっと見つめた。


 人間でいうならばまだ十代半ばだろうか。小さな輪郭に、微かに幼さの残る目や鼻が品よく収まった愛らしい顔。陶器のような光沢を放つ細く頼りないその体を白く薄い布で覆っている。


「オスは他にも沢山いるんですがね、メスは彼女ただ一人で」


 ヤシロはリルリがリンゴを一心不乱に食べる姿を唖然として見つめた。


「見ての通り、美しい羽を持っていますから、乱獲にあってしまって。この美しい羽を持つのはメスだけなんですよ。オスは黒っぽい地味な羽で。地球の孔雀と逆ですね。あれはオスの方が派手な外見をしていますから」


「オスは、ここにはいないんですか?」


「別の部屋にいますよ。オスだけなら彼らはおとなしいんですが、メスを見つけるとメスを巡って彼らは争いを始めてしまいますので。絶滅に瀕した大事な種です。数を減らしたくはない」


 博士はため息をついた。


「本当は、オスのうちどれか一匹とでもリルリが交尾をしてくれればいいんですがね。リルリはオスを見ると怖がって巣から出てこないんです。人工授精も地球の生物と勝手が違うようで上手くいきませんし」


「⋯⋯でも僕たちのことは怖がりませんね」


 ヤシロはリルリにちらりと視線をやった。リンゴを食べ終えたリルリは、博士の腕に掴まりながらヤシロのことをじっと見つめている。


「リルリは小さい頃からここにいますから。私たち人間のことを親代わりだと思っているんでしょう。彼らは人間の言葉は話せないんですが、不思議と私たちの言うことを分かるようで、私の言うこともよく聞きますよ。さ、リルリ、お客様のために歌ってごらん!」


 博士が言うとリルリは羽を広げ、天使のような澄んだ歌声で歌い始めた。


 リルリの歌には、歌詞らしき歌詞も無く、ただララララだとかルルルという音を発しているのみだったが、なぜかヤシロには、その歌が悲しい恋の歌のように聞こえた。


 染み入るような歌声に聞き入り、その場に立ち尽くすヤシロ。まるで永遠のような数分間。


 リルリの歌声に感動したヤシロは歌い終えたリルリに駆け寄ろうとした。だがリルリは、さっと恥ずかしそうに巣に向かって飛んでいってしまった。


「⋯⋯あ!」


「ははは、リルリはあなたが気に入ったようですな!」


 博士が冗談めかして言うと、ヤシロは少し赤くなった。


「まさか!」


 動揺するヤシロに、博士はにこやかに尋ねた。


「こちらにはどれ位ご滞在で?」


「ホテルを七日間とってます」


「それは結構。それだけあれば、この施設を隅々まで見て回れますな!」


 博士はヤシロに関係者用のパスカードを渡した。


「またここに来ても?」


「ええ、いつでもどうぞ」


 ヤシロの問いに博士は笑って返事をした。



 その晩ヤシロは夢を見た。極彩色の夢の中、ヤシロの背には黒い羽が生え、リルリと一緒に空を飛んでいる。


 飛び疲れた二人は木にとまり、一緒に小さなヒメリンゴを食べる。やがて二人は歌いだす。甘く切ない恋の歌を。


「いい歌だ」


 ヤシロがリルリの肩を抱き抱えながら笑うと、リルリは嬉しそうに体を擦り寄せ囁く。


「ヤシロ、好き⋯⋯」


 絡み合う熱い視線。リルリの琥珀色の瞳が潤む。そして二人は唇を――


「――っ!」


 そこまで見てヤシロは目を覚ました。

 顔が茹でだこみたいに真っ赤だ。胸が熱い。鼓動が収まらない。ヤシロは戸惑った。どうしてあんな夢を――



 彼は熱に浮かされた頭のまま、再びガーデンへと向かった。


 リルリは今日も、鳥や蝶たちに囲まれ、楽しそうにあの歌を歌っている。


 ヤシロはぼうっとその歌を聞いていたが、やがて歌が終わると大きな声でリルリを呼んだ。


「リルリ!」


 その声を聞いたリルリは、大きな目を丸くすると巣の奥へと飛び去ってしまった。


「あ、驚かせちゃったかな」


 ヤシロは肩を落とし、人口岩に腰掛けた。そして閉館になるまでそこで父親の遺した本を読みふけるとホテルへと帰っていった。

 

 あくる日も、そのあくる日も、ヤシロはガーデンに行き、岩の上で本を読んで過ごした。


 ヤシロが通い続けているうちに、リルリは次第にヤシロがそこにいるのに慣れてきた様子で、彼が岩に腰掛け読書するその周りを飛び回ったり、楽しそうに歌ったりするようになった。


 ヤシロは彼女に触れてみたかった。しかし、ヤシロが彼女に触れようとすると、彼女はすぐさま飛び去ってしまうのだった。



 ヤシロがガーデンに通いつめて五日目。

 ヤシロが廊下を歩いていると博士とガーデン職員の話が耳に飛び込んできた。


「オスのうちの一体が繁殖期に入りました。今がチャンスかと」


「しかし、リルリはオスを怖がりますし、上手くいくかどうか」


 ――リルリ。その名前に思わずヤシロは立ち止まる。


「最悪、リルリに薬を打って寝ている間に繁殖させるという方法もある。このプロジェクトを何としてでも成功させなくては、彼らは絶滅してしまうのだ」


 ヤシロは、自分の背中が死体みたいに冷えていくのを感じた。


 ――嫌だ。嫌だ、イヤだ!


「リルリ!」


 彼はリルリの元へと走った。

 リルリはいつもと変わらず、日の光を浴びながら鳥や蝶たちと一緒に天使の歌を歌っている。


 リルリが⋯⋯リルリが無理矢理繁殖させられてしまう?


 頭上のリンゴの木からヒメリンゴが落ちてきてヤシロの足元に転がってくる。


 ヤシロがそれを拾い上げると、リルリは無邪気な顔でヤシロの元へ飛んできた。ヒメリンゴを欲しがっているのだ。


 ヤシロは反射的に彼女の細い腕を取った。ビクリと体を震わせるリルリ。瞳に困惑の色が走る。ヤシロは懇願した。


「リルリ! 一緒に逃げよう!」


 リルリが首を傾げる。

 ヤシロの突然の行動の意味が分からず、怯えているようにも見えた。


 やむなくヤシロは三文映画の主人公よろしく、リルリの小柄な体を抱きかかえると彼女を攫って逃げ出した。


 一心不乱にガーデンの外へと走るヤシロ。

 ヤシロはなぜこんな真似をしているのか自分でも分からなかった。


 抱きかかえたリルリの体はまるで羽のように軽い。


 リルリたちクヌト族の骨は、空を飛ぶために中が空洞になっており、そのため同じ体格の人間に比べ軽いのだ。


 ヤシロは彼女をガーデンの外に泊めた小型飛空挺の後部座席に押し込めた。


「止まりなさい。リルリをどうする気だね!彼女は貴重なクヌト族の最後のメスなんだぞ!?」


 ヤシロのしでかした事にようやく気づいた博士とガーデン職員たちが叫びながら後を追ってくる。ヤシロは構わす運転席に乗り込んだ。


「いいか! お前がどんなに思ったところで、クヌト族は人間じゃないんだ! 姿かたちは似ているが、カタツムリとナメクジのように別々の種なんだ! 結ばれる事などできないんだぞ!」


 ヤシロは博士の弁を無視して飛空挺を発進させた。


 しばらくして、警察の飛空挺がヤシロたちを追ってきた。警察の無線が告げる。


「止まりなさい! 君は、重大な銀河絶滅危惧種保護条例違反と窃盗罪の罪に問われている」


 ヤシロはそれを無視して飛びつづけた。リルリが不安そうな目でヤシロを見やる。


「大丈夫だ。二人で自由に暮らせる星へ行こう」


 ヤシロの飛空挺は小型でまるでおもちゃのように小さいが、短距離の星間飛行であれば耐えられるような構造になっている。ヤシロはそれで、近くの星へ逃げようと計画していた。


 しかし――例え他の星に逃げたところで、リルリの孔雀の羽は目立ちすぎる。


 いざとなったらこの羽を切り落として生きていくことすら考えなくてはいけないかもしれない、ぼんやりとヤシロは思った。


“お前がどんなに思ったところで、クヌト族は人間じゃないんだ! 姿かたちは似ているが、カタツムリとナメクジのように別々の種なんだ! 結ばれる事などできないんだぞ!”


 博士の言葉が頭の中でリフレインする。


 いつだったか、父に教わった事がある。

 カタツムリはアワビやアサリと同じ巻貝の仲間で、ナメクジは軟体動物。似ているようで全然違うのだということ。


 そしてカタツムリの殼は体の一部で、外したら死んでしまうということも。




「あ、あ⋯⋯」


「リルリ、どうした?」


 ふいにリルリが怯えた声を出し始めた。

 見ると、飛空挺の計器の針がグルグルと回転しおかしな動きを始めている。


「これは⋯⋯」


「止まれ! その先に磁気嵐が発生している! 巻き込まれるとバラバラになるぞ!」


 警察の警告。


 磁気嵐とは、巨大な磁場の乱れが嵐のように起こる現象である。


 ここG第三惑星は地球よりも恒星までの距離が近く、恒星から放たれる電気や磁気の影響を受けやすい。そして磁気を帯びたプラズマによって磁場の乱れが度々引き起こされるのだ。


 ヤシロは慌てて自動運転になっている飛空挺を手動運転に戻そうと、緊急切り替えスイッチを押したが、スイッチはカチカチと乾いた音を立てるのみで、全く制御が効かない。


「止まれっ、止まれ、このっ!」


 ガタリ、と大きな音を立ててコクピットが上下に揺れる。飛空挺は、無軌道にジグザグと飛び始め、磁気嵐の中へ速度を保ったまま突っ込んでいった。


「うわあああああああああ」


 ――もう駄目かもしれない。


 ヤシロが思った瞬間、ふいに飛空挺の揺れが収まった。

 恐る恐る窓の外を見ると、そこには奇妙なものがあった。


「あ⋯⋯あれは何だ!?」


 ヤシロが見たのは、磁気嵐の中で丸く回転しながら辺りのものを飲み込む真っ黒な穴だった。それは磁気嵐によって引き起こされた、時空の歪み。


 そしてヤシロとリルリを乗せた飛空挺は、まるでブラックホールのようにポッカリと口を開ける時空の歪みの中へ飲み込まれていったのであった。

 

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