第三話 廃部の危機(後編)
軽自動車に跳ね飛ばされ、宙を舞う南雲海。
それが彼女の最後の姿だった。
――とかなっちゃわなくて、本当によかったと能間美雪は胸を撫で下ろした。
美雪と藍川昴は保健室のベッドの前に立っている。ベッドには南雲海が腰かけており、その右足には包帯が巻かれていた。車に撥ねられてこの程度の傷で済んだのは不幸中の幸いだった。
軽自動車に撥ね飛ばされた南雲海は、宙をくるくると回転して、自分を撥ねた軽自動車のボンネットに両足で着地した。
あれが受け身か。
美雪は感動したが、南雲がすぐに悲鳴を上げたので偶然と分かりガッカリした。車を運転していたオバサンが飛び出してきて怪我はないかと声をかけると、南雲は大丈夫ですと言ってボンネットから飛び降りた。
悲劇が起きたのはその時だった。
車に轢かれても無傷だったのに、南雲は着地に失敗して右足首を負傷してしまったのだ。そんな南雲を、美雪と昴は保健室まで連れてきて今に至るというわけだ。
「私……もう柔道はできないかもしれない」
南雲は寂しげに窓の外を見ながらそんなことを言った。
「何言ってるんです、保険の先生は軽い捻挫だ、唾つけときゃ治ると言ってたじゃないですか!」
「いいんだ、無理に励まさなくても。自分の体のことは自分が一番よく分かるから……」
なんてことだ、こんな悲劇があっていいのか。出会って十二分しか経っていないが、南雲は随分とやつれたように見える。
「ごめんね、能間さん、せっかく入部してくれるつもりだったのに」
「そんな、私、待ってます。南雲さんの怪我が治るのをずっと待ってます。だから……だから、ごめんなんて言わないで下さい」
「うんうん、悪いのは私。呼びかけを無視した誰かさんを追いかけたせいでこうなったわけだけど……でも、悪いのは私。誰かさんを責めないで上げて!」
藍川に意味ありげな視線を送りながら南雲は言う。
「あぁ、私以外にも部員がいたら。誰でもいい、どんな性悪でもいい、柔道の経験者がいたらなぁ。その人が能間さんを教えてくれるなら、私も治療に専念できるんだけどねぇ」
「分かったよ、分かった!」
南雲の視線に耐えられなくなった藍川が大声を上げる。
「俺がこいつに教えてやるよ。ただし、お前の怪我が治るまでだぞ」
「本当か! やったぁ、これで部員が三人だ!」
南雲は歓声を上げてベッドから立ち上がった。その時、彼女の右足首が嫌な音を立てた。南雲はファールをされたサッカー選手のように床に崩れ落ちた。
「足がぁ、足がぁ!」
「南雲さぁああん!」
痛がる南雲を抱きかかえて、美雪は悲鳴を上げる。藍川は、そんな馬鹿二人を見下ろして、深いため息をつくのだった。
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