相沢美姫のメール2

それからは場所を転々としながら演説をしました。しかし誰も入信しようとする人はおらず、ときには警察官が来ました。

さすがにまずいと思って、その時は逃げましたが……。

 半月ほどした頃でしょうか。またお告げがあったんです。

信者が集まらないのはお前のせいではない。世の中が悪いからだ。

人々が馬鹿だからだ。そんな馬鹿な世の中を、お前が変えろ、と。

具体的には、殲滅ですね。

 まずは近所からということで、洗剤とかの毒入りのお菓子を作ってアパートの郵便受けに片っ端から入れていったんです。

で、数日待ってみたんですけど、下の犬が倒れただけ。他のものを入れて何度も試したんですけど、誰も死なないどころか病院へも行かなかったんです。まぁ、宛先人もわからないお菓子を食べる人がいる訳はないですよね。その当時は思考も鈍っていたんです。

 四回目を終えた日の夕方。そろそろ効果が切れるという時間に、隣の家の奥さんが部屋にいらっしゃったんです。要件は、光進教に入信したいということでした。詳しく話を聞きたいから、後日時間を取ってくれないかと言われました。できれば、夜中がいいと。

 入信してくれるのはとても嬉しいことでしたが、夜中という言葉に眉をひそめました。

光進教は、闇を憎み光を崇める宗派です。なのに自分が神殿を離れて闇の中を歩くなんて。とても考えられませんでした。

なので私は、光進さまにお伺いするから待ってほしいと答えました。

その日の夜。私は大声で光進さまを呼びながら例の件をお伺いしました。すると、何て都合がいいんでしょうね。神殿は明かりをつけていればそれでいい。優先すべきは信者を募ることだというお告げが来ました。翌日、さっそく私はそのことを報告したんです。

奥さんは、馴染みの喫茶店があるからそこで話がしたいといい、時間を決め、現地集合と言うことで話を付けました。

 その日の夜。私は部屋中の明かりをつけ、いってきますと光進さまに挨拶をして出ました。

指定された喫茶店は少し遠く、バイクも車もないので徒歩で向かいました。その道はポツリポツリと街灯があるんですが、いつも明るい中で夜を迎えていた私には暗闇も同然でした。何だか後をつけられているような感覚もありましたし、心なしか、段々歩を進めるにしたがって暗くなっているようにも思えてきました。最も、本当に暗くなっていたのかもしれませんが。

二十分ほど歩いたでしょうか。街灯から少し離れて処で、後ろから私を呼ぶ声が聞こえました。私は振り返ってみたんですが、遠くて誰だかわかりません。誰ですかって聞こうとすると、首に電気が走ったような痛みが襲いました。。そしてそのまま、気を失ってしまったんです。

次に目が覚めると、私は横たわっていました。

手足は何かに拘束されていて動かせない状態で、体全体には布がかけられています。そして床が小刻みに揺れていました。

もぞもぞと体を動かすと、頭だけ布から出せたんです。首を動かすと、自分がいるのが車の中らしいということがわかりました。窓の外の様子から、一般道ではないみたいでした。多分、高速でしょう。

 前を見ると、運転席と助手席に人がいるのが見えました。

どちらも頭の後ろで顔は見えなくて、何も言わないので男か女かもわかりませんでした。聞こえてくるのは、車に取り付けられたラジオの声だけ。アナウンサーがニュースを読み上げる声だけでした。

 私はそれだけ確認すると、騒がずに目を閉じました。そして、自分の家にいらっしゃるであろう光進さまに祈ったんです。

光進さま、どうか私をお助けください。この境地から救ってください。私を幸福にしてください、と。

 どれくらい時間が過ぎたんでしょうか。私が祈っていると、急にまた布をかけられました。目を瞑っていたので、顔が見えなかったのが悔やまれます。

走る速度がゆっくりになったかと思うと、車が停止しました。そこで男性と女性が話す声が聞こえてきます。くぐもってよく聞こえなかったんですが、どうやらここは料金所のようでした。

それがわかって助けを呼ぼうとした瞬間、また車は発信してしまったんです。

 それからまた少しすると、今度は車が大きく揺れ始めました。走る速度はそんなに速くはなかったんですけど、かなり揺れたんです。何度か私の上半身が宙に浮くほどでした。

これで私が想像したのは、やはり山道でした。

こんな夜中に山に入るのに、まさかハイキングというわけにもいかないでしょう。そこはやはり、死体を隠すなりなんなりの犯罪だと考えるのが普通です。しかしその時の私は、自分がなぜ殺されなければならないかなんてわかっていませんでした。自分は何も悪いことはしていないと思っていたんですから。

 五回目に座席に頭を打った頃、ようやく車がとまりました。

二回扉が開閉する音がして、三回目に開くと、覆っていた布が取り払われました。私はオレンジ色の光を当てられ、思わず目を瞑ってしまったんです。それに構わずに、足の拘束を解いて車から降ろされました。その時に、私は昨日入信したいといってきた主婦であることに気が付いたんです。

 私が想像した通り、そこは山でした。二人に挟まれた形で、道なき道を進みます。少し広い場所に来ると、私は肩をつかまれて地面に突き飛ばされました。その時にバランスを崩し、肩から地面に激突して頬を擦り剥いてしまいました。

 私は胸ぐらをつかまれ、顔をのぞき込まれました。

それは女性で、どこかで見たことがあるような顔でした。しかし、どこの誰かと聞かれると、わかりません。

「あんた、この子のこと覚えてる?」

 怒りを抑えるような口調でそう言われ、女性は写真を目の高さにかざしました。それはダックスフントの写真で、こちらを見て笑っていたんです。私は覚えがないので、怯えながらもゆっくり首を横に振りました。すると女性が、怒りを露わにしながら早口でまくしたてたんです。

正直、内容はそんなに覚えていません。ただその女性が写真の子犬の飼い主であったこと。私と同じアパートの一階に住んでいること。その子犬が私の毒入りお菓子を食べて死んだこと。

そして一番衝撃的だったのは、その女性は子犬を人生のパートナーとして見ていたということです。それは家族として、というには生やさしい。つまり、恋人として見ていたんです。私はやや違う戦慄を覚えました。

 子犬のことを思い出したのか、女性の声が湿ったものになってきました。息遣いも荒くなり、言葉も途切れ途切れになって。

大声で泣き出すかもしれないと思ったとき、女性は大きく足を振り上げました。そして私のお腹を思いっきり蹴ったんです。私は予想できたにも関わらず、その攻撃を避けられませんでした。

 それからその女性は、何度も私を蹴りました。主にお腹や胸、頭などの弱い部分を蹴ってきたんです。途中で隣の奥さんにも蹴るように指示し、二人で蹴られました。最も、奥さんの方はかなり遠慮していましたが。

 私はその間、痛みに耐えながら必死に祈っていました。

光進さまに、自分の運に、奇跡に。

しかし何度祈っても、一向に助けが来る気配はない。すると段々、光進さまへの思いが恨みに変わっていったんです。

こんなに祈っているのに、光進さまは助けてくれない。私を幸福にすると言ったから、言うとおりにしてきたのに。お金もかけて、綱渡りのようなことも実行してきたのに。

逆に考えれば、光進さまのせいで今の状況があるといってもいいかもしれない。そうだ、全部光進さまのせいだ。一旦そう考えると、もう止まらなくなりました。私はやっと正常な思考に戻り、今までのことがいかに異常であったか、周りの人たちにどれだけ迷惑をかけてきたのかを考えて怖くなったんです。

正直、正常になんて戻らなければよかったと思いました。

戻らなければ、自分の犯した過ちも直視せず、自分は正当であると勘違いしていられたんですから。

 私は今までのことを懺悔していると、段々と痛みが無くなってきました。というより、麻痺してきたといったほうがいいでしょうか。

呻く気力もなくなり、湿った地面に頭をつけてぐったりとしていました。すると突然、蹴るのがやみました。奥さんの方が恐る恐る私に近づいて、肩をゆすったんです。私は反応できずにいると、奥さんの怯えた声が聞こえてきました。支離滅裂で何を言っているのかわかりませんが、所々「だましたのね」とか、「馬鹿じゃないの」など大きな声で言い争っているのが聞こえました。

 それからしばらくすると一段落着いたのか、二人の足音は遠ざかっていきました。しかし暫くすると、女性の方だけ返ってきたんです。何をするのかと思っていると、ナイフを取り出したんです。

私はとどめを刺されるのかと思ったのですが、女性は私の二の腕にナイフを当てたんです。痛いかと思ったのですが、予想以上に麻痺しているらしく何も感じませんでした。それこそ、触られているという感覚もなかったんです。

二の腕なんか切り付けてどうするんだろうと思っていると、どこからか瓶を取り出しました。それを傷口に当て、私の血を入れてたんです。後に、血液混入事件に使われたものでしょう。

そうして瓶一杯に溜まると、今度こそ私を置いて行ったんです。

これが、血液混入事件の真相です。

早く本当の犯人を捕まえてください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る