53:一緒に
「シィーラさん、お願いします」
「ありがとう」
司書から書類を受け取った。あれから何年か経ち、自分も新人を指導する立場になった。年月が経つのは本当に早いものだ。そのままチェックしつつ図書館の中を歩いていると、見覚えのある司書の姿があった。
「なぁロンド~。前話した件なんやけど、」
「……何度言ってもその案は無理です。大体他国の司書との交流に、魔法での戦いは必要ないでしょう?」
「やけん、そういうのがあるからこそ、裏の仕事をしとる連中の士気も上がるってわけやろ?」
「上がるのはあなただけじゃないですかっ!」
ヨクとロンドが何やら言い争っている。
この感じはいつもの事だ。何年経っても二人は変わらない。
ロンドは呆れたような溜息をつく。
「新しい司書もどんどん入ってきているというのに、どうしてあなたはいつもそうなんですか。大体裏の仕事の責任者にもなってるんだから、部下達に余計な事を吹き込むのも止めてくださいよ」
「だって周りもおんなじ意見なんやし? ここはやっぱり案を通すべきやって」
「ヨクさん!」
可愛らしい声が聞こえ、こちらに向かって小走りで来る人物がいる。二つ結びをした可愛らしい顔立ちをした少女だ。だがヨクは呼ばれた瞬間ぎくっとして、その場に固まってしまった。まるでロボットのようにゆっくりとそちらに顔を向ける。顔はどこか歪んでいた。
「あ、えーと、な、なんかな」
「今日は私の仕事を見て下さる予定でしたよね? 今お時間ありますか?」
「え、あー、えと、そ、そうやなぁ。俺、今から」
「ヨクは暇ですよ。スミレさん、持って行ってください」
「はい。ヨクさん、行きましょう!」
嬉しそうに微笑んだスミレという名の少女に腕を引かれ、ヨクはそのまま引きずられていく。最近入ってきた司書なのだが、どうやらヨクに気があるらしい。ヨクからすればちょっと苦手なタイプなようで、いつも逃げ回っている。だがこのように結局捕まってしまう。ロンドからすれば、ありがたい存在なのかもしれない。
「シィーラ」
様子を見て立ち止まっていたところを、ウィルに呼び止められる。あれからウィルはさらに横にも縦にも成長していた。元々ドッズよりも年上なだけあり、顔はより大人っぽくなっている。
「ウィルさん、どうしましたか?」
「アレナリアにプレゼントしたいものがあるんだが……また仕事が終わったら、相談に乗ってもらってもいいか?」
二人はすでに結婚し、アレナリアは産休のため図書館にはいない。そのため、ウィルが率先して仕事をしている。当たり前のように今では昼間も図書館におり、司書達にも指導している。「顔は怖いけど中身は優しい。しかも説明が分かりやすい」と評判で、なかなか人気があるようだ。
そして、もうすぐ結婚記念日らしい。
相変わらず微笑ましいなと思いつつ、シィーラは笑顔で頷く。
「私で良ければ、大丈夫ですよ」
「ありがとう」
照れくさそうに笑った後、ウィルはまたどこかに向かう。シィーラもその場を歩き始めた。司書しか通れない廊下を歩きながら、とある一室から大声が耳に届く。
「だから! 私はこっちがいいんですっ!」
「だから、恋愛小説ばっかりだと利用者の層が分かれるんだって!」
「恋愛という名の愛の話は老若男女問わず必要なものでしょう!?」
いつにもまして力弁しているのはレナだ。
同じ部署にいる先輩司書とは相変わらずのようで、いつもこのようにバトルしている。
相変わらず恋愛小説を語るのがある意味彼女らしいとも言えよう。シィーラはその場をそそくさと移動する。少しでも目に入ればまた恋愛小説について色々と語り出すに違いない。しかも最近ではそれだけでなく、自分とギルファイの事で色々聞いてくるのだ。本の話ならまだしも、自分の話をするのは勘弁だ。
閲覧室に用があり、部屋をノックする。
するとどうぞ、と言われた。
「遅くなりました。か……ダグラスさん」
すると角ばった眼鏡をした男性がにこっとする。
「慣れないようだね、私の呼び名が」
「今までずっと『館長』でしたから……」
シィーラも苦笑する。
この図書館の館長であるダグラス・ウィプスは、今年に入って館長を辞める事になった。今では補佐として、若い司書達に色々と教えてくれている。館長がいきなり名前を明かすようになった経路はよく分からないが、ギルファイを始め、知り合いの魔術師達は薄々気付いたようだ。
誰に聞いても首を振って教えてくれなかったが、ギルファイだけはヒントをくれた。「ようやく一人じゃなくなったみたいだ」、という言葉だけだが。それでも、ダグラスや他の皆が嬉しそうにしているのなら、それでいい。今でも変わらず世話を焼いてくれており、ギルファイと自分の事を心配してくれていたりする。
「頼んだ本を持ってきてくれて、ありがとう」
「いいえ。そういえばドッズさんとセノウさんは、今フェルトニアですっけ?」
「ああ。図書館の方に挨拶をして、その後はセスターとロベルトのところに行くようだよ」
「けっこう頻繁に行くんですね」
今日は二人とも休みを取って行っている。
だがたまに行くのではなく、週に一度行く頻度だ。あまりに多い。
するとダグラスはおかしそうに笑う。
「あの兄妹は二人の事が大好きだからね」
その言葉は、シィーラも納得した。
一応二人は籍は入れたようだが、仕事が忙しい関係で結婚式はちゃんと挙げていない。結婚式を挙げるなら絶対こっちで! と特に兄妹から言われたらしく、多分その打ち合わせも兼ねてだろう。ドッズとあの兄妹が上手くやれるのか周りが気にしていたようだが、どうやら面倒見がいい所が気に入られたらしい。今では二人一緒に来てほしい、と懇願されるまでだ。ドッズは人を引き付ける何かがあるのかもしれない。
「ああ、そうだ。ジキルがようやく本を完成させたようだよ」
そう言いながら、まだできて間もない本を見せてくれた。シィーラやギルファイ、そして他にもたくさんの人の心理の研究成果をまとめた本だ。データはあってもまとめて本にするまでには時間がかかるらしく、ようやくできたとジキルも嬉しそうに話してくれた。
「在庫にある分がまだ届いてなくて、手元には一冊しかないけどね。届き次第、図書館に入れるつもりだ」
「じゃあまたそれは皆に伝えておきますね」
「お願いするよ」
ダグラスはいつものように優しく微笑んでくれた。
時計を見れば、お昼頃だ。
そろそろ約束の時間だと思って歩いていると、自分が探していた人はすぐに見つかった。背が高く、目立つ容姿を持つ青年。複数の司書と話していたので、シィーラは少し遠い距離からそれを見守る。話を聞きながらメモを取っていたので、おそらく新人の司書達だろう。
ギルファイも今では指導の立場におり、新人のサポートに回っている。前より雰囲気が柔らかくなった事もあり、やっぱり格好いい事もあり、ウィルに負けず劣らず人気なようだ。
終わるのを待っていると、急にギルファイが気付いたのか、手を振ってくる。自分も思わず振り返せば、こちらに来るようジェスチャーされる。何かあったのだろうかと思いつつ、そそくさと移動すれば、新人の司書達もシィーラを見ていた。
「俺と同じ指導に回ってるシィーラだ。困ってる事があれば、彼女にも頼るといい」
どうやら紹介してくれるようだ。
頭を下げ、挨拶をする。すると司書達も笑顔で挨拶してくれた。
軽い話が終われば、二人で食堂に移動する。
元々そういう約束をしていたのだ。
「まさかあの場で紹介されるとは思わなかったです」
「紹介しときたかったんだ。俺の大事な人だって」
「……そ、それいります?」
すると無邪気な顔をされる。
「伝える分には問題ないだろ?」
「…………」
前よりも周りとのコミュニケーションを取るようになったせいか、ギルファイは平気でそういう事をより口に出すようになった。前は本人も分からず言っていた事が多かったが、最近では分かってて言ってくる事が多い。からかうつもりもあるのだろうが、こっちの心臓が持たなくなる。おまけに自然に手も繋いできた。
シィーラは動揺を隠すつもりで、ある話をする。
「そういえば、契約の時に、魔術師には『鎖』が見えるって言ってましたよね」
「ああ」
「か……ダグラスさんが教えてくれたんですけど、当初はお互いに繋ぐものって言えば、『鎖』しか思いつかなかったそうなんです。でも、最近気づいたんですって。『赤い糸』みたいじゃないか、って」
お互いに繋ぐために必要な物。それが鎖だと思っていたようだが、「繋ぐため」ではなく、「繋がっている」、とダグラスは考え方を変えたようだ。すると、まるで書物に出てくる「赤い糸」のようだ、と思ったらしい。
「契約していた人達はみんな結婚したりしているし……確かにそうだなって思ったんです」
「そうか。じゃあ俺達が出会ったのも、やっぱり運命だったんだな」
「……ほんと、恥ずかしい事平気で言えるようになりましたよね」
「恥ずかしいと思わなくなったからな」
くすっと笑われる。これが大人の余裕か……! と少し悔しく思いながらも、シィーラだって負けてはいない。周りの事など気にせず、ギルファイを真っ直ぐ見つめる。
「私だって、ずっとギルファイさんの事好きですし、これからも支えるつもりですからね」
「ありがとう」
そう言いながら、繋がっている手を口元に持ってきて、軽く口づけしてくる。
「こ、公衆の面前で……!」
「手だからまだいいだろ」
ギルファイは呑気にそんな事を言う。
そう言われたシィーラは少しだけ笑いつつ、握る手を強める。
この手を離したりしない。
きっとこの先、いつだって。
同じ道を一緒に辿っていくんだ。
王立図書館の守護者<ガーディアン> 葉月透李 @touri39
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