52:愛の伝え方

 風がよく吹く丘の上に、同じような顔立ちをした女性が二人。足元は芝生で、風に揺られながらたまに足に当たる。それがなんだか、少しくすぐったいような、それでいて自然の良さを感じたりする。


 目の前には、一つだけ、立派な形のお墓があった。


 セノウはそっと花束を置く。

 白いダリアの花が好きだった母を思い浮かべながら。


 そして目を閉じ、祈る。死んでなお心配してくれた自分達を見守ってくれた事に感謝を込めて。そして、これからは家族と仲を深め、笑顔で過ごす事を誓うために。







「シィーラさん、この本ってどうすれば」

「あ、後でしておきます。私の机に置いてもらっていいですか?」

「シィーラさん、また取材の人が!」

「はーい! 今行きます!」


 無事に色々と解決し、少しは皆でまったりできるかと思いきや。現実はそんなに甘くはなかった。実際ユジニアを不在していたのは二日程度。だがドッズも不在だったため(館長も不在だったので)、責任者クラスの仕事が山のように溜まっていたのだ。しかも守護者ガーディアンも、元々人数が少ない事もあり、守護者ガーディアンしかできない仕事が溜まっていた。


 そしてそれだけでなく、シィーラは個人的な依頼の仕事が増えたのだ。守護者ガーディアンでありながら魔法書を複数使えるという事で自国含めて他国でも大きく取り上げられ、複数のメディアから取材が殺到。しかも光になれなかったものシュワーツ退治の時に、今回学んだ事を取り入れようと別のやり方を提案すれば、資料作りに明け暮れる日々。


 簡単に言えば、仕事がありすぎて休む暇もない。


 おまけにセノウは一度実家の方に戻っており、今後どうしていくかを決めるらしい。司書としてこのままこちらに残るのか、それとも家族との関係を良くしていくために、一旦フォルトニアの方に戻るのか。当主争いはローレン氏が元気になった事で、一旦保留だそうだ。だがおそらく兄であるロベルトが継ぐのでは、という話になっているとか(ローレン氏が危篤状態だった時に上手くまとめていた所を、周りに評価されたからだろう)。


 今日は確かセシリアのお墓参りをしてくると言っていた。手紙は毎日送ってくれており、ドッズに届く。その日何があったのか、何をするのか、守護者ガーディアン限定でドッズが教えてくれるのだ。そんなわけで、シィーラだけでなく、ドッズやその他の守護者ガーディアンも忙しなく動いている。フェルトニアで色々あったものの、自国でも色々ある。悩みは尽きないものだ。


 シィーラは次の作業に移ろうと、別の書庫に向かって小走りで向かった。




 その姿を本棚の角を使ってこっそり見ていた人物が一人。

 背の高い青年はその姿を見送った後、無意識に息を吐いた。


「憂いを帯びた表情もできるようになったか。お前にしては成長したな」

「…………」


 振り向かなくても誰か分かったので、思わず半眼になる。

 そのまま若干苛立ちながら声を出す。


「なにしに来た」

「ひどい言いぐさだな。私の屋敷にも来てくれた仲なのに」

「それは仕方なくだろ」

 

 振り返りながら言えば、美しい緑色のドレスを身にまとった少女が、こちらを見てにやにやしていた。付き人であるナギも傍にいるが、主人には何も言えないのか、苦笑いをしているだけだ。


「様子を見に来たんだ。慌ただしくこちらに戻った後、忙しそうで連絡もできなかったからな。真相は館長から手紙で聞いた。まさかダシにされるとは思わなかったが」


 噂の発端が館長だったのだ。グレイシアからすれば契約をしてくれた恩人ではあるものの、ちょっと気に食わないのだろう。現に今も少し不満そうな顔をしている。


 ギルファイからすれば、あの館長の事だからそういう事もするだろうと理解できた。昔から知っているからこそ、無茶もよくするし隠し事も多い。最も、その隠し事というのは、結局こちらのためにしていたりするのだが。だがグレイシアからすればすぐに許そうとまで思えない様子だ。まだ子供であるし、しかも魔術師一家を継ぐ身でもあるので、それなりにプライドもあるのだろう。


 だが彼女はすぐに話題を変えてきた。


「シィーラとギルファイが契約したと知って、さぞかし前よりもっと仲良くやっているだろうと思って楽しみに来たんだが……どうやら仕事にほとんど取られているみたいだな」


 実際その通りで、前よりもシィーラは忙しく走り回っている。司書としての仕事だけじゃない。個人の仕事が増えたのだ。それは分かるが、それでも彼女の場合、頑張り屋なせいで頑張り過ぎる。いつ倒れるか不安で仕方ない。


「しかも自分にも構ってくれない。そりゃあ憂い顔にもなるな」


 勝手に心を読んできた。

 だがどうしようもない。ギルファイは黙る。


 するとグレイシアはふう、と息を吐く。


「あんまり仕事ばっかりになるなよ」


 そのまますぐに瞬間移動する。

 気を遣ってくれたのだろう。


 思わずギルファイも息を吐いた。







「……終わらねぇ」


 一人なのをいいことに、呟いてしまう。


 まさか二日空けていただけで自分の仕事がここまで増えるとは思わなかった。責任者クラスになると、雑用や簡単な仕事は他の司書や守護者ガーディアン達にやってもらう。自分がやるのは自分が確認しないといけない事柄だけだ。だが残っていた守護者ガーディアンが優秀だったおかげか、ちゃんと自分まで仕事が上がっているのだ。それはありがたいようなもっとゆっくり仕事してくれてもよかったような。


 そうは言いながらもドッズは手は動かしている。手は動かしているのだから、誰も文句はないはずだ。……いや、実際は文句よりも憐れみが多い。将来の約束までしてる相手が今ここにいないのだから。もちろん彼女は今まで仕事ばかりだったので、家族と過ごす事はとても重要な事だと言える。特に幼少時代に家族と過ごしていなかったのだから。


 だが、正直に言えば寂しい、というのが本音だ。


 ずっと一緒にいたが、それはある意味本当に一緒にいただけで、互いに想いを伝えた後は一緒になっていない。だからこそ今いないのがなんだか不思議な感じがするし、より寂しさを感じるのだろう。


 思わずふっと笑ってしまう。

 いつも一緒にいたからこそ、気付いた事だ。


「お久しぶりですね」

「ジェイソン、お前いつの間に来た」


 いきなり目の前に現れた青年を見て、少しげんなりする。

 ジェイソンに会うくらいならセノウに会いたい。


「そうやってセノウの方が良かった、みたいな顔しないでくださいよ」

「よく分かったな」

「思い切り顔に出してたじゃないですか」


 そういえば確かにジェイソンと会うのは久しぶりだ。


 一緒に屋敷まで行ったが、結局あの後は会わなかった。本人も、大体使用人との会話が終わった後、そのまま帰宅したらしい。自分の出る幕ではないと判断したからだ。案内までは頼みたかったので、ある意味その行為は当然と言える。事情はすでに聞いているのだろう。気にせず勝手にソファに座っていた。


「で、今日は何しに来た」

「様子を見に、ですね。セノウも心配してましたし」

「セノウに会ったのか?」

「図書館の方に来てくれましたから」


 どうやらセノウとも色々話したらしい。

 お互いに腹を割れたようだ。


「これからは自分の幸せを考えろ、って言われましたよ。まぁそのつもりですけど」


 聞けば早くも気になる人がいるとかいないとか。

 手が早いというのか、すでに狙いを定めていたというのか。だがセノウの事は家族として好きだったようなので、これからは彼も自分の幸せに向かって動いていく事だろう。


「お前にも色々世話になったな。改めて、感謝する」


 するとこちらからそんな事を言うのが珍しいからか、苦笑される。


「それはこちらの台詞ですよ。セノウの事、支えて下さってありがとうございます。そしてこれからも、支えてあげて下さいね」

「当たり前だろ」


 すぐに答える。

 すると、「さすがですね」と笑いながら返されてしまった。




 コンコン。


 ジェイソンが帰ってしばらくしてから、ノックされる。


「お手紙が届いてます」

「ああ、入れ」


 郵便物を取ってくれた司書が、複数の封筒と共に手紙を渡してくれる。差出人はセノウ……ともう二通。ご丁寧にステンマ家の兄妹からだ。楽しみは取っておくに限る。そう思い、まずはセスターの方を開けた。


 あの姉とはあまり関わってない事もあり、自分の事をどう思っているのか分からない。手紙で少しでもそれが分かればいいのだが、と思いながら開ければ、丁寧な字でセノウに対する礼を書いてくれていた。感謝の言葉しかなく、いい印象を受けたが、最後の長い追加の文だけが気になった。


『P.S セノウの事、姉としてはまだ認めてないから。私が認めないと結婚までさせないからね。あと、しばらくセノウはこっちにいるつもりだから。ずっとあなたは一緒にいたからいいでしょ、それくらい。我儘だと言われてもいいわ。セノウを傷つけてしまった身ではあるけど、今ではあの子に対する愛はとても深いから。そういう事だから、じゃあね。セスター』


「…………」


 とりあえず思ったのは、あの姉らしいな、というところか。どうやら自分は認められていないらしい。だが、まずはお互いに色々話す必要があるようだ。今まで接点はなかったわけだから、警戒されるのは無理もない。今度はロベルトの手紙を開く。ロベルトも丁寧に感謝の言葉を書いていたが、すぐにくだけた書き方になっていた。


『そういえば私が手紙を出すのは二度目ですね。一度目は屋敷の招待の時でした。あの時は兄らしく「あなたがセノウに相応しいか吟味させてもらいますね」って書きましたけど、今は早くセノウと結婚してこちらに来てほしい気持ちでいっぱいです。忘れたわけじゃないですよね? 私に言った事。ここだけの話、あなたのような男気あふれる兄が欲しかったんです。いつでも遊びに来て下さい。その時は「お兄さん」って呼ばせてもらいますからね。セスターの事は気にしなくていいです。兄の権限として、何が何でも二人には結婚してもらいますから。そこは安心してください。では。ロベルト』


「………………」


 これは、喜んでいいのか複雑な気持ちだ。

 ドッズは顔を歪めた。


 確かに一度目は挑戦的な内容だった。

 だからこそ気が引き締まったとも言える。


 が、今回はかなり穏やかだ。どうやら結婚自体は許してくれているらしい。まぁセノウよりも自分のために許す、というのが強いだろう。セノウとの仲がどんなに深いか、ロベルトはずっと見ていただろうから、今更言われなくても知っている。だから二人の仲についてとやかく言うつもりはないのだろう。そこは大人だ。


 しかし、結婚すれば自動的にあの兄妹の義理の兄になる。年齢的にも自分が上だ。ずっと下しかいなかったロベルトからすれば、嬉しかったのだろう(この手紙によると)。が、書き方からして、やっぱりあの男はちょっと変なのかもしれない。


 まぁそれでも男に二言はない。

 ドッズはふっと笑いながら、その手紙を置いた。


 そして最後にセノウからだ。


 いつものように今日あった出来事を書いている。どうやら手紙を書いている姿を二人に見られ、自分達も送りたいと思って送ってきたらしい。色々書いているだろうが、気にしなくていいと思う、と書かれており、全くその通りだなとドッズは同感した。そして、最後に嬉しい事を書いてくれている。


『まだどうするかはっきりは決めてないけど、私はそっちに残るつもりだよ。これからもユジニア王立図書館の司書として働きたいと思ってる。ドッズの傍で、役に立ちたいと思ってる。だから、これからもよろしくね。離れていても、いつもドッズの事を想っています。セノウ』


 思わず微笑む。

 そして、目の前にある書類の山に目を戻す。


「よし、やるか」


 これが終われば、またセノウは帰ってきてくれる。

 そう思いながら、ドッズは手を動かし始めた。







「シィーラ」


 名前を呼ばれて振り返れば、自分よりも背の低い少女の姿。


「グレイシアさん」

「久しぶりだな」


 付き人のナギと一緒にいる。様子を見に来たという事で、元気かどうか聞いてくれる。変わりない事を伝えれば、嬉しそうに頷いてくれた。どうやら心配してくれたようだ。


「聞いたぞ。ギルファイと契約したらしいな」

「はい」

「これからはあいつの事も支えてやらないとな」

「……はい」


 少し表情が変わったからだろう、グレイシアは小さく微笑む。今日は挨拶をしに来ただけで、どうやらすぐ帰るようだ。出口まで見送ろうかと言えば、丁重に断られる。そしてこう言われた。


「ギルファイが寂しそうにしていたぞ。少しは相手してやれ」

「え」


 目を丸くすれば、グレイシアは子供らしく無邪気に笑う。

 そしてそのままその場からいなくなってしまった。







 今日の仕事が終わり、シィーラは部屋に戻ろうとしていた。すると司書達が使う廊下に、誰かがいるのに気付く。廊下には窓が複数あり、どうやらその人物は窓の外を見ているようだった。その横顔は遠くから見ても美しい。シィーラは声をかけた。


「ギルファイさん」


 するとこちらに顔を向けてくれる。


「……お疲れ」

「お疲れ様です」


 互いに挨拶をした後、シィーラは隣に並ぶ。

 夕暮れから夜に変わっていく空が、自然と綺麗だと思った。


 二人はしばし黙ったまま空を見続ける。


 思えばこうして帰ってから二人きりになるのは久しぶりだった。フェルトニアでは想いを伝え、それに返してくれ、ギルファイの育ての親である館長にも、これから共に支え合う事を伝えた。つまり、はっきりと口にはしてないものの、恋人関係になったと言える。


 仕事が忙しく、なかなか互いに会ったり話したりする時間もなく、帰ってから数日経った。だがこうして久しぶりに一緒にいて、同じ景色を見ているだけで、なんとなく幸せだと感じてしまう。


 しばらくすれば、まだ赤かった空がだんだん濃い青色になっていく。月もはっきりと姿を見せてくれた。月を見ながら、こういう時によく言われる台詞があったな、とシィーラは思い出す。本をあまり読まない人でも大抵知っている、有名な著者の言葉。だがギルファイは本嫌いなので、そこまでは知らないかもしれない。それに、あの言葉は――――。


「月が、綺麗ですね」


 思わず隣を見てしまう。


 すると、ギルファイもゆっくりこちらをに目を合わせた。その顔は、どことなく、何かを待っているような感じだった。シィーラは一瞬呼吸を忘れそうになる。まさか知っていたなんて。いや、言ってくれるなんて。思わず胸がいっぱいになるが、それでも返さないと、と思った。


 シィーラは笑みを作って、自然と答える。


「死んでもいいわ」


 するとギルファイは分かってくれたのか、頬を緩ませてくれる。恥ずかしいのか、笑みまでは見せてくれなかった。それでも、嬉しそうにしてくれた。シィーラには分かった。


 二人は自然と抱き合う。

 肌寒くなる季節に、その熱がとても温かい。


 今の二人には、それだけでよかった。

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