51:終末の時
「館長……!」
思わず声が大きくなる。
館長はにこっと笑ってくれた。
そしてその後にジキルを見る。
「首謀者とはまた失礼な表現だね、ジキル」
「すみません。ですが、ある意味当たっているのでは?」
あまり気にせず彼はそう返す。
すると「それもそうだな」と館長は返し、シィーラ達にまた顔を戻した。
「さて、ここで立ち話もなんだろうから、場所を変えようか」
「え、でも」
このまま黙っていなくなるのもどうなのだろう。そう心配したが、「邪魔をするのは野暮だからね」と全うな事を言い、こちらに近付くように指示をした。後で二人に咎められないかとシィーラは心配しつつ、館長が言うのだからと素直に指示に従う。
すると館長は宙に円を描くように手を動かし、指を鳴らす。
パチン、といい音が鳴りながら、一瞬にして景色が変わった。
古い書斎のような場所だ。
壁一面に本棚があり、数えきれないほどの本が敷き詰めれている。自分用の机もあるが、真ん中には大きい机があり、複数の椅子がある。来客用だろう。
「ここはフォルトニア王立図書館の一室だよ。イザベラにはすでに許可を取ってある」
館長は真っ先に椅子に座る。そしてシィーラ達にも座るように促した。館長の隣にジキル、ギルファイ、シィーラの順で座る。アッシュはいつの間にかチャームに戻ったようで、館長の司書の証にくっついていた。全員座ったのを確認してから、館長が口を開く。
「さて。ジキルも言ったが、今回の様々な件に対して一番動いていたのは私だよ」
「様々って……」
「大まかに言えば、セノウの家族の問題、ジキルの研究の手伝い、そしてギルファイの力の事だ」
自分の名前が呼ばれたからか、ギルファイはぴくっと身体を動かす。だが目は手元を見ていた。両手を拳にして、膝の上に置いている。どことなく緊張しているのが伝わってきた。
「あの、一つずつ説明してもらってもいいですか」
「そうだな。じゃあまずはセノウの家族について。セノウが屋敷に来るようにロベルトが手を回していたと思うが、私もそれに協力していた。正体は伏せておいたけどね。手紙でやり取りをしていたんだ」
「え……それで信用するものなんですか?」
いきなり手紙で協力する、と言っても、普通は不審がるものだろう。相手が分からない以上、容易に信じられないし、逆に利用されるかもしれない、と思うのが普通だ。
すると館長はあっさりと言い放つ。
「まぁ正確で確かな情報を逐一連絡すれば、相手も利用せざるは得ないね。どうやってセノウに来てもらうかを提案したのも、私みたいなものだから」
なるほど、実力行使で信用を勝ち取ったようだ。
聞けば大体の流れは館長が提案したらしい。ロベルトやセスターの思いなどは聞いていなかったようだが、それでも二人がセノウと和解したい意志があるのは手紙越しから伝わっていたらしい。そこはジキルを通して探らせていたところもあるようだ。
「私はすでに館長に協力する身でしたが、ロベルトさんからも個人的に協力の依頼を受けたんです。依頼の内容はセノウさんやジェイソンさんの観察ですね。館長からは、
「そして調べた結果、シィーラさんには他の
館長が続けざまに言い、ジキルがまた話をつなげる。
「調べたのはローレン氏のためでした。原因不明でお父様が倒れ、ロベルトさんも手は尽くしましたが、なかなか上手くいかなかった。そこで館長が提案したのです。
「……だから私を」
ジキルがなぜ能力を開花させようとしてきたのか不思議だったが、それは自分のためだけではなく、この力が使えるかもしれない、と踏んだからだ。知らず知らずのうちに観察されている事も初めて知ったが、そのおかげでこうして役に立ったのなら、よかった。
「複数の魔法書を持つ事ができる、という点で何か役に立ったわけではなかったが、より知識は増えたし、人に対する気持ちも理解できるようになったんじゃないかな。元々その素質はあったようだしね」
館長曰く、
ツ》は倒すべきものだと認識しているからだ。
自分がそれなりに勉強し、
「まぁでも実際に複数の魔法書を使えるわけですから、あの噂は嘘にはなりませんでしたね」
「確かに」
何気ないジキルと館長の話を聞きながら、なぜか矛盾を感じ、そしてすぐに気づいた。シィーラは思わずその場に立ち上げる。
「……まさか、フォルトニアに流したあの噂って、」
「その通り。私達が流したんだよ」
事もなげに館長が白状する。
「お、おかしいと思ったんですよ!」
噂が流れるのはシィーラの能力が開花する前だったが、それでも噂の発端はフェルトニアの方だった。だがおかしい。なぜなら
すると館長がはっはっは、と楽しげに笑う。
「あれはロベルトに頼んで流してもらったんだ。同じ有名な魔術師一家であるグレイシア嬢にも広まれば、他の魔術師にも一気に広まるしね」
「噂を流す事で、シィーラさん達にも警戒してほしかったんです」
ジキルが同情故か、憐れむような顔で言ってくれる。
「まぁ色んな事を企んで動いていたのは事実だが、それでもこうしてセノウは家族と和解する事ができた。ローレン氏の事はシィーラのおかげだ。私からも礼を言うよ。ありがとう」
すっと頭を下げ、シィーラは慌てた。
同じようにして自分も頭を下げる。
おそらく館長はずっと見てきた。セノウもドッズも、そしてその周りの事も。だからこそ時間がかかっても、解決してあげたいという気持ちは強かったと思う。自分も貢献できて光栄だ。
「それで、ジキルさんの研究というのは?」
話を進めようと聞けば、ああ、とジキルが答える。
「私は色んな方達の心理を研究している身でもあるので、色んな方のデータを集めていました。それだけでなく、珍しい力を持っている方の研究もしています。協力するなら二人の事を研究対象として見ていいと館長に言われたので」
つまり、自分達はダシに使われたようなものか。
「じゃあ、あの時監禁されていたのは」
ずっと黙っていたギルファイが、口を開く。
シィーラは知らない内容なので、静かに聞いていた。
だがジキルにはすぐ分かったのだろう。真顔になってギルファイと目を合わせる。
「あれも私自身で行いました。ギルファイさんの同情を誘うために」
「…………」
「その後の私に対する憎悪を増してもらうためです。あの時点で、感情が激しいとより魔法を制御するのが難しい事が分かっていたので。……しかし」
ジキルはゆっくり腰を上げる。
そしてギルファイの目の前に立った。
「結果的に騙すような事をしてしまい、申し訳ありません。私のために優しい言葉をかけて下さったのに」
一瞬で周りがしん、とする。
どうするのだろうとシィーラは心配したが、ギルファイは顔色を変えない。ただ、小さく息を吐き、ジキルの肩に手を置く。そして一言だけ告げた。
「いい」
ジキルは顔を上げる。
少し驚いたような顔をしていた。
ギルファイは居たたまれなくなったのか、顔を背ける。
「嘘であれ、俺のためだろ。だったら、いい」
「…………本当に、あなたはお優しい方だ」
年齢的にもジキルの方が上からだろうか、まるで弟から許してもらったように、嬉しそうな顔をする。ギルファイもしばらくしてから、また顔を合わせる。その顔は、小さく口元を緩ませていた。
「最後はギルファイの事だな」
頃合いを見て、館長がそう言う。
するとギルファイはぎくっとした。
そして何か言う前に、早口でまくし立てる。
「勝手に人の日記を見せる事ないだろ」
少し怒っているような口調だった。
いつもならもう少し抑えたような言い方をするか、ばっさりと切るような言い方をするのに(特にヨクに対して)。幼い頃から館長と過ごしているからだろう。なんだか新鮮に感じる。
「そうでもしないと、分からんだろう。それとも一から口でシィーラさんに説明しろと?」
「なんでそこでシィーラなんだ」
「ギルファイにとって必要な存在になるのは目に見えていたからな」
そしてこちらを交互に見る。
目を細めながら笑った。
「ちゃんと繋がっている。契約は成功したようだね」
「見えるんですか?」
「魔術師には見えるよ。一般人や
思わず隣をちらっと見てしまう。
「ギルファイさんも?」
「……なんで俺に聞くんだ」
少し嫌そうに身を引く。
だがシィーラはむっとした。
「だって私には見えないですもん。ギルファイさんは魔術師じゃないですか」
これにはギルファイも唸る。
根負けしたのか、答えてくれた。
「……ああ。見える」
それを聞いてシィーラは笑う
自分には見えてなくても、相手が見えているならそれでいい。
「それにしても、良かったです。お二人も契約できて」
二人の様子を見ながら、ジキルはほっとする。
館長も頷いた。
「ああ。一時はどうなる事かと思ったが」
「……やっぱりあのままだと危険だったんですか?」
聞いていいのか迷ったが、シィーラはおずおずと話を切り出す。過去のギルファイを知り、幼い頃から強大な力に悩まされていた事は分かった。館長が渡した指輪も力に耐えきれず壊れ、もはや「契約」しか方法がなかったかのような言い方だったのだ。
館長はしばらく黙ってから、再度口を開く。
「そうだね、あのままじゃ身体がもたなかった。ギルファイもセノウと同じく、成長する度に魔力が上がるようだったから……。セノウは大丈夫だったが、ギルファイは身体よりも魔力が強すぎて、制御するのが難しかったんだ。色々な方法を試したが、やはり契約する方が一番負担が少ない事が分かった。そして司書として働かせながら、ギルファイに合う人を探そうと思ったんだ」
「……だから、守りたい人を見つけろと言ったのか」
ギルファイの日記にも、それを館長に言われた事が記されていた。その頃のギルファイからすれば、なぜそうする必要があったのか分からなかった。それはシィーラもだ。だが、「契約」に相応しい人を見つけるため、だったのだ。
館長は静かに言う。
「契約は誰とでもできるわけじゃない。お互いにお互いの事を思いやる必要がある。よっぽど大事な相手じゃないと、契約を渋る者もいたからね。特にお前に関しては不安だったよ。人とどこか距離を置きたがる所があったし、もしそんな人が見つかっても、自分のために契約するのが申し訳ないと言って、契約しないと思っていたから」
どこか呆れたような口調だった。
ある意味図星なので、ギルファイは何も言えない。シィーラも苦笑しながら聞いていた。シィーラと出会った時もどこか冷たい対応だったし、契約をしようと提案した時も、渋ってきた。館長の言う通りだったわけだ。
「だが……どうやら押しの強い女性に出会ったようだ。こうして契約して、二人がこの場に並んでいる。私はそれが嬉しくてたまらないよ」
シィーラをちらっと見ながら、館長はゆっくり微笑んでくれる。ギルファイにとって館長は育ての親のようなものだ。自分の息子のような存在が、こうしてちゃんと生きてくれたら、確かに嬉しいだろう。なんだかこちらまで温かい気持ちになる。シィーラも微笑みながら、ギルファイの袖を掴んだ。
「これからも、ずっと手綱を引いていくつもりですよ」
「それは頼もしい」
するとギルファイが急に立ち上がる。
ついでにシィーラの手も握り、同じように立ち上がらせた。
「……これからは、シィーラを守っていく。もちろん他の皆の事も。……館長の事も、今度は俺が守る。今まで守ってくれた分、今度は俺が、その恩返しをしていく」
一瞬で周りがしん、となるが、それでもギルファイは、真っ直ぐ館長に顔を向けていた。こういう時に関しては真っ直ぐ相手に向き合う人だとシィーラは思いつつ、自分も握り返す。
館長は微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
「ああ。これからは君達に守ってもらうよ」
ギルファイからすれば、この上なく嬉しい言葉だった。
コンコン。
「お話は終わったかい?」
絶妙なタイミングでイザベラが入ってくる。
見ればその後ろにはセノウとドッズの姿もあった。
どうやら二人も事の真相をイザベラに聞いたらしい。イザベラも協力者の一人だったようだ。家族にも一旦ユジニア王立図書館の方に帰る事を伝えた上で来たらしい。
セノウはシィーラに近付いて、手を握る。
「シーちゃん、本当にありがとう」
「そんな。……でも、良かったです。セノウさん、今とても嬉しそう」
彼女の顔はとても輝いていた。
ここに来る前は戦いに挑む険しい顔をしていたものだが。
するとセノウも満面の笑みを浮かべる。
「うん。今が一番、幸せ」
そして持っていたある一冊の本を見せてくれた。
セシリアの日記だ。
シィーラもそっと触れると、声が聞こえてきた。
『ありがとう。主人を、子供達を助けてくれて、ありがとう』
セシリア本人の声のようにも感じられた。
シィーラ達は一度自国に戻る事になった。
そのまま下までイザベラに案内される。
残された館長とジキルも、その場から立ち上がった。
「では私もそろそろ失礼します。データは揃いましたから、急いで執筆したいですし」
今回の事を踏まえて、研究成果として本にするようだ。
館長は手を差し出した。
「また本ができたら教えてくれ。うちの図書館にも入れたいからね」
「はい。ではまた」
ジキルも満足そうな顔でその場を去っていった。
一人残された館長は、窓の外の景色を見る。
すでに夕焼けが見え始めていた。
やっと終わったのだ。やっと。
そう思いながら、そっと胸をなで下ろした。思わず息を吐く。
「ご苦労様」
急に声が聞こえ振り返れば、イザベラが立っている。
確か見送りに出たはずなのに、もう戻ってきたのか。
「簡単に済ませてきたよ。あの子達はもう大丈夫そうだからね」
「そうか」
イザベラはゆっくり隣に並んできた。
「……長年、あの子達のために動いてきたね」
「ああ。やっと幸せに笑うセノウやギルファイの姿を見れて、よかった」
「本当に、昔とだいぶ変わったもんだ」
ドッズやジェイソン、ロベルト達の事も言っているのだろう。
一応ここの司書であるジェイソンがステンマ家に関わっていたため、イザベラも何度かロベルトに挨拶をした事があった。セノウの事も知っていた。自分と同じくずっと見守ってきた側の一人だ。
「あんたもあんただよ。館長」
「うん?」
「あんたも契約すればよかったのに」
「その手のお説教は勘弁だよ」
館長は笑いながらかわした。
そう、実は館長も、ギルファイ達と同じく魔力が強すぎる類の魔術師だった。解決方法も見つからずどうすればいいのか迷い、それでも何か役に立てる事はないか遠方の国々も回り、魔力を人のために使い続けた。そしてギルファイに出会った。そして助けたいと思った。
そして、自分で魔法書を作る事にしたのだ。
「魔力を二人で分ける事ができる」という契約を結べる魔法書を。
「あの頃の私には契約できるような相手がいなかったからね。いたとしても、ギルファイと同じように拒んだだろう」
「だからって、自分の名前を犠牲にする事はないだろう」
イザベラが呆れるようにして言ってくる。
契約ではなく、館長は別の方法で魔力を抑える事にしたのだ。それが、「名前を消す事」。何かを得るには何かの犠牲の上に成り立っている。だから自分の名前を抹消し、その代わりに魔力が安定するようにした。名前を知っていた者はなぜか名前を呼ぶ事ができなくなり、新しく出会った人には名前を一切教えなかった。自分の役職でもある「館長」と呼ばす事にしたのだ。
だが唯一、仕事の同期で信頼もしていたイザベラにだけは、この事実を伝えていた。そして、なぜか彼女だけは自分の名前を忘れなかった。なぜかは分からない。魔術師さえも驚くほどの出来事だろう。もちろん彼女は周りにそれを明かしていないし、自分を名前で呼ぶ事などしない。お互い暗黙の了解だ。
「名前なんてなくても困らない。『館長』と皆が呼んでくれるなら私はそれでじゅうぶんだ」
すると溜息をつかれる。
「何度言ってもあんたは人の話を聞かないんだから」
「それはお互い様だろう」
それは言い返せないのか、イザベラが歪んだ顔をする。
館長は「だが、そうだな」と話を変える。
「うん?」
「一人は寂しいと身をもって分かったよ。だから皆には同じ道を進んでほしくない。出会うべくして出会った愛する人と幸せになってほしい」
「……それ、あんたにだけは言われたくないと思うけどね」
イザベラからすれば、その言葉をそっくりそのまま館長に返したくなった。なぜなら人のために尽くし、自分の幸せのために何もしてこなかった人だから。でもきっと、館長からすれば、皆の幸せが自分の幸せだ、と言うだろう。昔から彼はそういう人だった。
すると急に館長はこんな事を言いだす。
「今度料理をご馳走してくれ。私も頑張ったからね、労ってもらいたい」
「また急な。しかもそれ、自分で言うかい?」
ちょっと眉を寄せたが、それでもふっと笑う。
「お互いに、お疲れ様会でもするかね」と言って承諾した。
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