50:兄妹として、家族として

「セスターはずっとセノウを恨んでいた」


 知っている。いつ頃から恨まれていたなんて、今となっては思い出しようもない。それこそ生まれた時から、と言ってもいいかもしれない。自分を産んでから、母であるセシリアの体調は悪くなったのだから。


「でも、あの頃は私達も幼かった。構ってもらえない寂しさ、優遇されているセノウ、そして日に日に細くなっていく母の姿……どうしても恨みの対象はセノウになる」


 そんな事、言われなくても分かっているつもりだ。もし自分が逆の立場だったら、自分も恨んでいたかもしれない。幼かったからこそ、母の愛情を求めてしまう。それは仕方のない事だ。


「でも結局、いつまでもセノウを恨み続けるなんて無茶な話なんだ」

「……どういう事?」


 いきなり何を言っているのだろう。


 セスターだってずっと自分を恨んでいると言った。ロベルトも何かしら自分に対して思っている事があるはずだ。それなのにどうしてそんな事を言うのか。恨み続けるのが無理だ、というのはなぜなのか。


 するとロベルトがふっと笑う。


「だって考えてもごらんよ。例えばセノウが母を殺害したなら、恨み続けるのは分かる。大事な母を殺されたんだ、一生恨み続けるし、この手でセノウを殺してやりたいとさえ思うだろうね」

「…………」

「でも、セノウは実際何も悪い事はしていない。セノウを産んだら身体が悪くなるって事は、母も父も承知していた。していた上でセノウを産んだ。母はそれで死んでしまう。……結果的に悪いのは誰だ、って言えば、母の方じゃないか?」

「それは、」

「成長する事でそれだけ思考力も上がるし知識も増える。あの頃の私達はどうしようもない現実を受け止められなかった。それをセノウのせいにしていたんだよ」


 セノウは黙って聞いていた。


 そんな事を言われても、どう反応すればいいのか分からなかった。むしろそんな事、自分は当に知っていた。なぜ自分はここまで恨まれ、嫌われるのだろう。こんなにも疎まれるのならいっそ、生まれない方がよかったんじゃないかとさえ思った。


 どうしようもなかった。自分では何も解決できなかった。そしてここまで年月が過ぎた。本当は一生ここには戻らないつもりでいた。姿さえなければ、きっとセスターもロベルトも、自分の事なんてどうでもよくなるだろうと信じて。……それなのに、どうして今更そんな事を言うんだ。


 何も話さず下を見るセノウに、ロベルトは小さく息を吐く。


「それに、私達も気付くのが遅かった。もうセノウは家にいない時だった。そして父は病で倒れた。当主の話も持ち上がった。本当は私が継ぐはずだったけど、周りは抗議した。今はいなくともセノウも正式な当主候補で、勝手に話を進めるべきじゃないと。昔からセノウを憐れんでいた魔術師も多かったからね」


 それがなんだ。周りの魔術師だって、見ていただけで助けてくれたわけじゃない。それなのに自分の味方を気取ったのか。自分が当主になれば、その力を使って自分を意のままに操ろうと思ったんじゃないか。


 ロベルトの話を聞きながら、セノウの心はどんどんどんどん暗くなる。今まであった出来事を思い出してしまう。もう大丈夫だと、自分では思っていたのに。もう動じる事はなかったと思ったのに。


「だから、私が提案した」


 急にセスターが会話に入ってくる。

 こちらには背を向けたまま、声を絞り出すようにして言った。


「こっちが呼びつければ、セノウが来てくれるんじゃないかって」

「そう。そのために色々と手回しした。自分の意志では来たくなかっただろうけど、周りの協力があれば考え直してくれると思ってね」

「……そのために、周りを利用したの」

「言わせてもらうけど、利用したのはあっち・・・もだよ。まぁ私も分かってて利用したのだけど」


 おそらくジェイソンの事を指しているのだろう。どう利用されたのかまでは分からないが、少なくともこちらの味方でいてくれた。自分を犠牲にしてでも協力してもらった事は、本当にありがたい。


「セノウ」


 急にセスターに名を呼ばれる。

 びくっとしながらもそちらを見れば、こちらを真っ直ぐ見た。


「私は、」

「…………」

「あんたに殺してもらおうと思ったの」


 思わず目を見開く。

 一瞬で思考が停止した。


「……な、に、言ってるの?」


 どうしてそういう話になるんだ。

 今までの話からどうしてそんな流れになる。


「私はセスターを殺すつもりなんてない。恨まれていたのは分かるけど、恨んでは」

「嘘よ」


 はっきりと言われる。


「恨みがないなんてありえない。私が今まであんたにしてきた仕打ち、覚えてるでしょ!?」

「それは」

「だから私は、闇の呪文をたくさん覚えた。さっきだって、本当はあんたに止めを刺してほしかったのよ」

「!?」


 だから、抵抗せずに受け入れようとしたのか。

 あのまま何もしないなんて、おかしいと思った。


「……どうして、どうしてそんな事するの。どうして自分の命をもっと大事にしないの!?」


 思わず駆け寄り、セスターの両腕を掴んでしまう。

 掴みながら、何度も揺らした。理解できなかった。どうしてこんな事をするのか。


 でも、セスターは苦しい表情のまま何も言わない。

 代わりにロベルトが答えた。


「セノウのためだよ」

「……え?」

「セスターは昔から分かりやすい程ずっとセノウを恨んでいた。セノウはそのせいでずっと苦しんできた。だからセスターはセノウに決着をつけてほしかった。それで少しでも過去の苦しみから」

「そんなのおかしいっ!」


 話の途中で、セノウは大声で叫ぶ。


「恨みを恨みで解決するなんて、さらに恨みが募るだけじゃない。そんなの本当の解決なんて言わないっ!」

「でも私達で恨みを終わらせれば、もう誰も苦しまない。誰も恨む事はないはずだ」

「……ロベルト、あなたそれ本気で言ってるの」


 今度は兄に詰め寄より、腕を掴む。


「あなたは私達より年上で、兄という立場なのに、それなのにそんな事を実の妹にさせたの? 妹同士が血で血を洗おうと、あなたには関係ないから? ……あなたはいつもそう! そうやって見てるだけじゃない。見てるだけで直接手を下さない。血のつながった兄妹であっても平気で」

「待って、セノウ」


 慌ててセスターが入ってくる。

 だがセノウは離そうとしなかった。


「妹が死んでも気にしないんだ。あなたは本当に血も涙もない!」

「違う、私が相談した時にロベルトは止めてくれた!!」


 セスターの叫びで、場が一瞬静まり返る。

 姉の顔を見ながら、セノウは「え?」と聞き返した。


 するとセスターは今にも泣きそうな顔になる。

 

「……ロベルトに、最初相談した時は、『止めろ』ってはっきり言ってくれた。『そんな事をしても意味がない、実の兄妹なんだから』って」


 するとロベルトもゆっくり口を開く。


「私もセスターも、昔は恨みがあったけど今は微塵もないよ。むしろセノウの方が辛い目に遭っていたはずだ。セノウの言う通り、私はただ見ていただけだった。……だから、私ではどうする事もできなかった」

「……それに、」


 セスターは一度言葉を止める。


「どうしたらセノウが許してくれるか分からなかったから、だから実行する事にしたのよ……!」


 思わず顔を凝視する。

 しばらく黙ったままだったが、ゆっくりと言葉の意味を理解した。


「……だからって」


 どうしてこうも回りくどい事を。


 すると今度はセスターが腕をぎゅっと掴んでくる。

 それは、少し縋っているようにも見えた。


 思わず溜息が出てしまう。


「許してほしいなら、素直に許してって言えばいいだけでしょう?」


 するとセスターは目を丸くした。


「……許して、くれるの?」

「許さない」

「えっ」

「嘘よ、冗談」


 少し笑って見せる。


 そしてセノウはそっと姉も中に入れ、二人の手を握る。

 それぞれの顔を見ながら、口を開いた。


「二人には話したい事が山のようにある。だから、もう一度時間を作りたい」


 するとロベルトとセスターは、ゆっくりと頷いてくれる。


「兄妹として、遠慮なく全部話してもらうから。それと、私もはっきり話すから。昔の事とか、二人の事をどう思っていたのかとか」


 すると今度は返答に困ったような顔をしつつ、またゆっくり頷いた。


 きっとこの二人は、自分のために色々考えてくれたのだろう。許してもらえるか分からない。許してもらえないなら、自分の命を差し出すしかない。そこまで追い詰められていたのだろうか。自分もずっと逃げていた。逃げていたつけが、これだ。自分にも責任はある。


「でも、二人が私のために考えてくれてたのは……嬉しかった」


 ずっと要らない存在だと思っていた。

 その上で邪魔だと思っていた。


 でも、自分のために考えてここまでしてくれた。

 それには感謝しないといけない。これでやっと、本当の兄妹に戻れるんだから。


 すると急に二人が勢いよく抱き着いてくる。

 セスターは泣き出していた。


「うっ、セ、セノウ、ごめん。ごめんなさい……!」

「……悪かった」


 ロベルトも小さい声で謝ってくる。

 本当に心から思ってくれているのだと、伝わった。


 三人の様子を傍で見ていたドッズは、優しく見守っていた。何もかもロベルトに聞いたからだろう。清々しい表情をしていた。そしてその上で、とても嬉しそうにしている。


 すると急にどたどたと廊下を走る音が聞こえてきた。

 勢いよくドアが開かれ見れば、そこには父であるローレンが立っている。


 思わず「お父様」と呼びそうになったが、それよりも先にローレンがこちらに来た。そして抱きしめ合っている三人に対し、より大きい腕で包んでくれる。


「……セノウ、セスター、ロベルト、今まですまなかった」

「お、父様」

「目が覚めたんですか!?」


 セスターも驚きのあまり、そう聞いていた。

 するとローレンは、はは、と笑う。


「ああ。司書の方に助けていただいたよ。私の心が弱いばかりに、辛い目に遭わせてしまった。許してくれとは言わない。ただ、罪を償わせてくれ……」


 腕の力を込め、より強く抱きしめられる。


 セノウはまだ状況がよく分からなかった。そして父の言葉に驚いた。その上で、言いたい事はたくさんあった。あったが……なぜだか、もういい、と思った。そっとローレンの手に触れる。


「お父様、もういいんです。これからは、家族で仲良くしましょう」


 するとローレンの目から、一筋の涙が流れる。

 本当に嬉しそうに、「ありがとう」と頭を下げてくれた。







「よかったのか」

「うん?」


 場所を変え、セノウとドッズは屋上に来ていた。


 ひとまずどういう経路でローレンは戻ってきたのか、そしてこれからの事をどうするのか、ロベルトが色々と話し始めたのだ。そしてそれに乗っかるようにしてローレンもセスターも会話に加わる。セノウも最初の方は聞いていたのだが、あまりに話が長くなったので、ドッズと抜け出してここに来た、というわけだ。


 話し始めると周りの事さえ気にしなくなる三人なので、あのままでも放っておいてよかったと思った。ドッズが聞いてきたのは、あのままにしてよかったのか、という事だろう。セノウは笑った。


「大丈夫。あのままきっと話を進めてくれるだろうし」

「いや、そうじゃなくてだな」

「え?」


 てっきりそうだと思ったので聞き返す。

 するとドッズは頭を掻いた。少し間を空けてから、口を開く。


「正直、意外だった。お前の事だから、許さないって言うのかと」

「ああ……」


 過去の自分を知っているからこその意見だ。


 あんなにも会うのを渋っていたくせに、会えば会ったで呆気なく許してしまった。自分でも言いたい事はたくさんあったし、もっとビンタすればよかったかもしれないと思っていたりする。


 でも、セノウは苦笑した。


「自分でも、よく分からない。なんか許しちゃった」

「なんだそれ」

「ほんとにね。……でも、それが家族なのかも」


 お互い恨みはあった。

 それだけ言いたい事もあった。


 でも、それは結局どうしようもない事で、いつまでもいがみ合う必要もないんじゃないかと感じたりした。それよりも、許し合って、これから笑顔で一緒に暮らせる方が、きっと幸せだ。お互いそう思ったのだろう。


「恨んでたかって言われたら恨んでた所もあったし、そんなに簡単に許せるのか、って聞かれたら……ちょっと、どうかなって思う所もあるかも。でも、これからは一緒にいたいと思うし、もう少し、家族としての時間を大事にできたらなって」


(今まで築けなかったからこそ、時間を取り戻していけるように)


 セノウが嬉しそうに話すのを見て、ドッズは大きく息を吐く。


「そうか」

「……そうか、って、それだけ?」

「あ?」


 とぼけるような顔をされ、セノウは慌てる。


「もっと、良かった、とか言ってくれてもいいじゃん」

「……ふん」


 鼻で笑いながら、ドッズは少し歩き出す。

 ご丁寧にセノウの目の前に立った。


「これが終わったら籍を入れるか、って格好良く言ったのに、このままじゃ一回家に帰る感じだろ。俺はどうすりゃいいんだ」


 するとセノウは目を丸くして、瞬く間に顔を赤くする。「……あ、えっと」と挙動不審になるが、ドッズはその姿を見て少し笑った。すると笑った事に対し、セノウが怒る。


「なんで笑うのっ!」

「いや、別に」


 気に入らないのか、セノウは何度かドッズを叩く。

それをかわしながら、ドッズはしばらく笑っていた。


「セノウ」

「なに」

「改めて、俺と家族になってくれ」

「…………え」

「ちゃんと言ってなかったと思ったからな」


 すっとドッズは自分のポケットに入れていた、小さい箱のようなものを取り出す。それを出しながら、ゆっくりと箱を開ける。そこには控えめだが菫色の宝石がついた指輪が入っていた。


「え、うそ……」


 思わず両手で口を覆ってしまう。

 まさか指輪まで用意してくれているとは思っていなかった。


「どうなるか俺も不安だったけど、きっと大丈夫だと思ってたからな」


 取り出しながら、セノウの指にはめる。

 するとぴったりはまった。


 セノウは無意識のうちに涙がぽろぽろと流れる。


「返事は」


 恥ずかしくなってきたのか、ドッズが返事を急かす。

 セノウは涙を拭きつつ、頷いた。


「はい」


 やっとドッズは満足そうに小さく笑う。


 そして顔を近づけてくれる。

 セノウはすぐに目を閉じた。




 以前ドッズが言ってくれた。


『ずっとお前しか見えてなかった』


 それは、自分もだ。

 

 今日という日は、セノウにとって素晴らしい記念日になった。







「いつの間にか色々解決したみたいだね」

「だな」


 その様子をこっそりと見ていたアッシュとギルファイに、シィーラは慌てて服の裾を掴む。アッシュは身軽にそれを避け、ギルファイだけずるずると物陰まで引っ張られた。


「なんだ」

「なんだじゃないですよ! 邪魔しちゃだめでしょう?」

「? むしろ出ていかなくていいのか?」


 分からない、とでも言うように、ギルファイは首を傾ける。これにはシィーラも頭が痛くなった。この場面を見てそう答えるのがギルファイからすれば普通なのだろうか。どう説明しようかと言葉を選んでいると、ゆっくりとこちらに近付いてくる足音が聞こえてくる。


「本当に、よかったですね」

「!」

「あ」


 見れば優しい眼差しをした、ジキルの姿があった。


 ギルファイはすぐにシィーラの腕を掴み、自分の後ろに連れていく。なぜだが警戒しているように睨んでいた。それに対しジキルは落ち着いた様子のまま、こちらを見ている。


「全てが終わりました。私の事も、お話ししないといけないですね」

「「……」」


 なぜかギルファイとアッシュはずっと黙っていた。

 それにつられ、シィーラも何も言わなかった。


 するとくすっと笑われる。


「ですが私から聞くよりも、今回の本当の首謀者に聞いた方が早いかもしれないですね」

「え……?」


 ジキルがシィーラ達よりも後ろの方に目をかける。

 思わず振り返れば、そこには意外な人物がいた。 

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