49:決着の勝者は

「『崩せメイク・チェンジ』」


 足場に向かって、魔法を放たれる。

 セノウは急いでその場から離れ、自分も呪文を唱えた。


「『聖なる騎士ホーリー・ナイト』」


 次の瞬間、セノウの手に光が集まる。

 そしてそれは、小ぶりの剣になった。それを振りかざしながら、相手に向ける。


「……光の呪文」


 真逆の呪文だからか、セスターは嫌そうな顔になる。

 セノウは口元を緩めた。


「そう。仲間から教えてもらったものだけどね」


 言いながら走り出す。


 この呪文は、ギルファイに教えてもらったものだ。

 魔法という遠距離で放つ事ができるものではなく、真っ向勝負をしたい時に使うといい、と教えてもらった。自分の手で決着をつけたい時に、と。


 教えてくれたのはここ最近だ。裏の仕事をしているわけでもないし、自分には必要ないものだと思っていた。いきなり魔法を教わった時は驚いたし、同時にギルファイが魔術師である事を知った。でもギルファイは、それ以上何も言わなかった。ただ、魔法だけ教えてくれた。


 自分の秘密が分かる事になっても伝えようとしてくれた。それはきっと、仲間として心配してくれた面もあったのかもしれない。自分では望んでいなかったこの魔力の強さ。でもこれを生かせるなら、教えてもらったものと共に使いたい。


「『飛べフライ』」


 足に魔法をかけ、勢いよく上へ飛ぶ。

 その勢いのまま、セノウは相手の首元を狙った。


 焦ったのか、セスターは呪文を放つ。


「『遮るインターセープト』!」


 だが、セノウは勢いよく振り回した。







 三人は急いで部屋に向かう。

 見れば変わらず、ローレンはベッドで寝ていた。


 シィーラは急いで魔法書を取り出す。


「これが、原因の魔法書。でも、どうすれば」


 言いながらゆっくり開ければ、黒い霧のようなものが出てくる。その異変に気付いたのか、ギルファイとアッシュが焦った顔で「シィーラ!」と同時に名前を呼んだ。


 だがシィーラは、そのまま本の中に吸い込まれてしまった。




「ごほっ、な、なにこれ」


 見れば周りは真っ黒だ。

 そして、何もない。


 身体の感覚からして、本に取り込まれた事はなんとなく分かった。しかし、何の本かは分からなかった。見れば手には本を持っていない。この中を進んでいくしかないのかもしれない。


「う、うう」


 すると急にどこからか、すすり泣くような声が聞こえた。見れば少し先に、長い金髪の女性が座り込んでいる。顔を隠している姿に若干怪しいと思いつつ、シィーラはゆっくりと近づいた。


「あの、」


 すると女性はぴくっと動く。


 何やら華やかなドレスに身を包んでいるが、ゆっくりとその場から立ち上がった。立ち上がると自分よりも背が高い。しかも、顔だけは手で覆っている。なんとなく嫌な予感がしたが、シィーラはそのまま待ってみた。すると、女性はゆっくりと口を開く。


「どうして」


 ささやくような言い方だった。


「どうして、私は一人きり。どうして、こんなにも寂しいの」

「あの」

「一人は寂しい。寂しい。……ああ、ここに誰かがいる」


 最後の言い回しが、どう考えても自分を指している事が分かった。なんとなく、悪寒がする。この場から逃げないと危ない。直感的に感じた。


「ふ、ふふふふふ」


 今度は奇妙に笑いだす。

 そして女性は、ゆっくりとこちらに近付いてきた。


「ああ、私を一人にしないで」


 急に浮いたかと思えば、こちらに勢いよく向かってくる。

 動いたからか顔も露わになるが、普通の女性の顔だった。だが、泣きすぎて目は腫れている。そして顔も青白い。そんな顔をこの暗闇で見せられたら、恐怖しかない。


 咄嗟で魔法が浮かばず、思わず腕で自分を守ろうとする。

 すると、別の方向から呪文が聞こえた。


「『静止せよステーショナリー・ケース』」


 淡い紫色の光が、その女性を包み込む。


 すると女性は、まるで時が止まったかのように、その場から動かなくなった。シィーラがそちらを見れば、セシリアが微笑んで立っている。


「間に合ってよかったわ」

「セシリアさん!」

光になれなかったものシュワーツ同士、互いの本に入る事も、ある程度可能なの」


 それはまた初めて聞いた情報だ。

 だがセシリアはすぐに苦笑した。


「とはいっても、自我のある光になれなかったものシュワーツだけなんだけどね」


 なるほど。どうやら全員というわけではないらしい。つくづくセシリアの存在は貴重だ。本物ではないが本物に近い。それに魔法を使う光になれなかったものシュワーツなんて見た事がない。もしかしたら出会ってないだけかもしれないが。こんな時なのに、勉強になる事がたくさんある。


「さぁ、あの光になれなかったものシュワーツをどうにかしないと」

「あれは……どうしたらいいんですか?」


 固まった女性の光になれなかったものシュワーツを見ながらシィーラは聞く。裏の仕事でを退治した事はあるものの、一時的に消す事ができる程度だ。今回消す事ができても、また同じような事が起きてしまう可能性もある。


 するとセシリアは優しく微笑んだ。


「そうね。司書の多くは、光になれなかったものシュワーツを消そうと考える人が多いわ。でも、実際に消える事はない。それはなんでだと思う?」


 急に質問され、戸惑ってしまう。

 だが、シィーラは答えた。


光になれなかったものシュワーツも、本の一部だから、とかですか?」


 司書や利用者からすれば、光になれなかったものシュワーツは厄介な存在でもある。本の中の登場人物であるのに、それが勝手に動き回るなんて迷惑な話だ。本を読みたくても気軽に読めない。


 だが、本の登場人物からしても、こちらの都合なんて知ったこっちゃない。人に伝えたいと思って書いた本でも、結局それは著者の物。著者の思いが溢れてしまう。だからこそ魔力を通じて光になれなかったものシュワーツとなり、動き回るのだ。


 するとセシリアはくすっと笑った。


「さすがね。その通りよ。光になれなかったものシュワーツからすれば、消えるなんて事はできないの。だってそこが、自分の住処みたいなものだから」

「……だったら、どうすれば」


 結局そこに行きつくが、このまま野放しにもできない。

 するとセシリアは語り出した。


「この本はね、アジュール・ベルギン作の『悲しみに溺れた女性』っていう作品なの。著者が実際に体験した内容が綴られていて、この光になれなかったものシュワーツは著者であるアジュール。夫に先立たれ、不幸のどん底に落ちていくの。それを最初から最後まで、まるで詩のように永遠につづっている」


 題名や本の内容を言われ、シィーラはもう一度女性を見る。


 名前は聞いた事があった。とても有名な作品だ。表紙は確かこの女性が描かれていた。着ているドレスも一緒だ。有名な画家が表紙を手掛けたそうで、「有名絵画百選」にも載っていたと思う。


 永遠に悲しみ続ける女性の心理が繊細に書かれている、という評価を受けた本だったと思うが、それでもずっと陰気くさい書き方だったので、シィーラは結局最後までは読まなかったのだ。もちろんそれが良い、と評価する人もいたし、その当時流行り病で夫を亡くした妻が多かった事もあり、多くの共感を得た。


 セシリアは少し寂しそうな顔をする。


「この光になれなかったものシュワーツもそう。ずっと悲しみに溺れているの。一人は寂しくて、寂しくて……でもここから逃れる事はできない」


 じゃあずっと苦しんだままなのか。

 永遠に一人でさまよい続けるのか。


 先程シィーラを見つけた時も、「寂しい」と口にしていた。本当は一人が嫌なのではないか。でも、著者の思いとして出てしまう光になれなかったものシュワーツからすれば、ずっと本に縛られている。セシリアが言ったように、ここから出る事はできない。


「でもね、シィーラさんならできると思うの」

「え?」

「あなたなら、光になれなかったものシュワーツを助けられる」


 セシリアがそっとシィーラの手を取る。


光になれなかったものシュワーツも同じように感情を持っているの。だから、理解してあげて」

「……私に、できますか?」


 するとにっこりと笑われた。


「ええ。だってあなたは、人の気持ちを汲むのがとても上手だから」







 いきなり消えたシィーラに対し、二人はずっとそこでたたずんでいた。アッシュは黙り込んでじっとしていたが、ギルファイは心配なのかうろうろとその場を動き回っている。


「心配しすぎだよ」


 思わずアッシュが声をかける。

 だがギルファイは、難しい顔をしたままだ。


「俺も行った方がよかったかもしれない」

「シィーラなら大丈夫」


 するとむっとされる。


「何を根拠に」

「だってほら、」


 見れば、先程まで動かなかったローレンが唸り出している。しかも生気のない青白い顔をしていたはずなのに、今では血色の良い顔になっていた。そしてしばらくすると、彼の身体から黒い霧のようなものが出てくる。それは女性の姿になった。アッシュとギルファイがすぐにでも魔法を使う体勢になるが、吸い込まれた魔法書から「待って!」、と声が聞こえた。


 シィーラはすぐに本の中から現れ、呪文を唱えた。


「『想い出の花メモリーズ・オブ・フラワーズ』」


 すると複数の花びらのようなものが舞い始め、女性の頭上に降りかかる。複数の花びらはとても華やかだが、それよりも甘い花の香りがその場を彩った。それを見た女性は、ゆっくりと花びらを手で掴む。そして、とても穏やかな顔をした。


『ああ、綺麗……』

「ご主人は、今でもあなたを想ってくれています。いつまでも悲しい顔のままではだめですよ」


 シィーラも笑いかけながらそう言う。

 すると女性も頬を緩めた。


『そうね……。ありがとう』


 女性は笑顔のまま、白い光を放って魔法書の中に吸い込まれていく。そして消えてしまった。シィーラはそっと魔法書を拾う。中を開ければ、最後のページに女性の姿があった。


 微笑んでいる姿で、花束を持っている。


 先程魔法で出した花々だろう。

 笑顔を見せる女性を見て、シィーラはほっとした。


「大丈夫か」


 ギルファイが心配して駆け寄ってくれた。


「大丈夫です。セシリアさんも協力してくれましたし」

「一体なにがあったんだ」

光になれなかったものシュワーツの女性とお話しました」


 そう、シィーラが行ったのは「話を聞くだけ」だった。


 何か特別な事をするのかと思えば、それだけだ。なんでもセシリアからすれば、人は話を聞いてもらえるだけで、それなりに信頼を寄せてくれるようになるらしい。


 なのでシィーラはとにかく話を聞いた。

 聞いた上で、いろんな話をした。


 そしてセシリアから、この作品の結末を聞いたのだ。


「最終的にはハッピーエンドみたいなんです。作品自体は悲しいままで終わりますけど、あとがきで旦那さんと再会した事が書かれていて。旦那さんは病気で亡くなったはずだったんですけど、それは別の方だったみたいで。昔は身元を確認する術もそうなかったらしいですから」


 あとがきでは書かれていても、作品の最も深く書かれた箇所が、光になれなかったものシュワーツの思いに変わる。それだけ夫に対する悲しみが深かったのだろう。シィーラが光になれなかったものシュワーツである女性にその後の事を説明すれば、彼女はようやく明るい表情に変わった。


「ご苦労様。よくやったね」


 アッシュが労ってくれる。


「ありがとう」


 シィーラはお礼を言った。今回の事で、光になれなかったものシュワーツに対する接し方をまた一つ、学んだような気がする。裏の仕事でも、応用できるかもしれない。納得した上で魔法書に戻れば、光になれなかったものシュワーツも心置きなく出てきたりしないだろう。


「よかった」


 話を聞いたギルファイは、ほっとしたような顔をしてくれた。


「ん、んん……」


 見れば、ごそごそとベッドからローレンが起き上がる。

 綺麗な碧眼でこちらを見渡した後、不審そうな顔をした。


「君達は、誰だ?」


 確かにローレンからすれば不審者だ。どうにか弁解しようとシィーラが口を開きかけたが、それよりも先に、どこからか声が聞こえてくる。ギルファイとアッシュにははっきりと聞こえた。


「『記憶を伝えよトウ・コンベエ・ザ・メモリー』」


 するとローレンは撃ち抜かれたかのように一瞬頭を動かすが、やがてはっとして立ち上がる。おそらく数年の間寝たきりだったと思うが、あまりにあっさり立ち上がったので、シィーラはそれに驚いた。


「すまない。事情は分かった。また後で」


 早口でそれだけ言うと、ローレンはそのまま走り出してしまう。魔術師の身体能力というのは、一般的よりも高いのだろうか。あんな身軽に走れるとは。そう思いつつシィーラは見送ったが、そういえばなぜローレンは事情が分かったのだろう、と疑問に思う。二人に顔を向けて聞こうとすると、ギルファイとアッシュが、ある方面に目を向けている事に気付いた。


「どうしたんですか?」


 同じように見るが、誰もいない。

 ギルファイは少し深刻そうな顔をしたが、すぐに「なんでもない」と答えた。







 剣がセスターの喉元に突き付けられる。

 しかもセノウが身体の上に覆いかぶさっていた。


 無意識に目を閉じていたのだろう。

 だがセスターはそっと目を開ける。すると妹と目が合った。


「……なによ」


 セノウは黙って表情のない顔で見ていた。

 それがセスターにとってとても腹正しかった。


「さっさとその剣で私を殺したらいいでしょう!」


 するとセノウの表情が一瞬で曇る。

 そして顔を近づけて来た。


「殺さない」


 はっきりと告げて来た。

 セスターからすれば、信じられなかった。


「なんでよ。あれだけ罵倒されて何もしないなんて、」


 パンッ!


 左頬に衝撃が走る。

 いつの間にか、セスターは叩かれていた。


「何もしないなんて言ってない」

「……あんた、ほんと小憎らしいわね」

「私からも聞きたい事がある。どうして闇の呪文ばかり使ってきたの?」

「そんなの、さっさとあんたを」

「自分の身が削れるのを分かっておいて?」

「っ」


 セスターは言葉を止めた。


 闇の呪文はそれなりの知識と実力がないと扱えない。

 そしてもう一つ。


 使い過ぎるとその身を滅ぼす・・・

 正確に言えば、体力は削られるし自分の寿命さえも縮めてしまう。


「私に対する恨みでその魔法を使うのは分かった。それでも使い過ぎよ。しかも最初の一撃しか私に当ててない。私本体に当てる事だって、できたはずなのに」

「うるさいっ!」


 叫ばれ、セノウは口を閉ざす。

 セスターは下を向いた。


「それくらい知ってる。自分の命を削るつもりであんたに挑んだ。……でも、やっぱりあんたの魔力は本物だった。私なんかが太刀打ちできる相手じゃない」

「でも互角に、」

「それは最初だけでしょ! 後半はあんたに押されてばかりだった。だから死のうと思った。それこそあんたに殺されたらよかったのに」


 セノウは言葉に詰まってしまう。


「あんたもそっちの方がいいでしょう? 私がいなくなった方が、」


 勢いよく抱きしめられる。

 一瞬何が起こったのか分からず、セスターは目を見開いた。


「そんな事、言わないで」

「……なによ、今になって情が出てきたとか? 笑わせないで、私はあんたを」

「家族でしょ」


 そんな事を言われると思わず、言葉に詰まる。

 だがその動揺を悟られたくなく、セスターはまくし立てた。


「私はあんたが嫌いで、あんただって私の事が嫌い。お互いにそういう関係だったじゃない。それなのに」

「なんで死ぬなんて言うの」

「……え?」


 セノウは身体を離して、目を合わせる。


「私の事を恨んでたくせに。なんで自分が死ぬって言うの!? 私に勝てないって分かったから? 本当に嫌いなら、何がなんでも私に向かってくるんじゃないの!?」


 なぜ自ら死を望むのか。それほど自分が憎くて仕方ないのか。それでも、顔さえ合わせなければ、生きる価値はじゅうぶんあるんじゃないか。家があって、父と兄もいて、今まで普通に生きてきた。それなのにどうして過去から抜け出せない。どうして、未来を見る事ができないんだ。


 するとセスターは、分かりやすく苦しい表情になった。


「あんたに、何が分かって」

「そこまでかな」

「「!?」」


 急に乱入するような声が聞こえ、二人は顔を動かす。

 するとそこには、ガラス越しで見ているはずの、ロベルトとドッズの姿があった。


 ロベルトは息を吐く。


「作戦は失敗……だね。セスター、君の負けだ」

「そんな、私はまだ、」


 焦ったような顔になるが、ロベルトが首を振る。

 するとセスターはがっくりとし、両手拳を強く握った。


 訳が分からずその様子を見ていたセノウに、ドッズは何も言わずに傍に寄ってくれる。顔を見れば、なぜか頷いた。ここは素直にロベルトの言葉を聞けという事だろうか。見ればロベルトは微笑んでいた。


「教えてあげるよ。セスターがどんな思いでこの日を迎えたのか、ね」

「……え?」


 セノウは聞き返す事しかできなかった。

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