第1話 嵐は未だ来ず

プロル王国。


東と西の大国を隔てるように、縦に細長く領土を持つ国である。国との国境線との間には魔法を無効化する鉱石で作られた壁と門が建っているが入国審査や関税は無く、誰でも入国出来るようになっている。


それ故、商人や観光客が毎日絶えることなく訪れる。


商人が西国の名産品を仕入れれば東国の観光客が珍しいものだと購入する。商人の懐が潤う。

東国に帰った観光客はプロル王国で買った商品について、楽しい思い出と一緒に語る。

新たな観光客が東国から噂を聞いて商品を買う。


コレを繰り返す事によって商人は莫大な富を得る。それを知っているから商人は足を運ぶ。


結果、プロル王国は一番領土面積が少なく、軍事力に至っては皆無に等しいにもかかわらず、経済力だけで東と西の大国に肩を並べる商業国家となった。


そんなプロル王国には、こんな言葉がある。


『我が国に【赤字】の二文字、存在せず』


「師匠ー!もう今月もですよ!どーすんですか、ま~たお店のメニュー1つ減っちゃうじゃないですかー!」


……存在………せず…?



プロル王国第6商業区画、裏路地の喫茶店。

周りの建物が温かい太陽の日差しを遮っていることにより、陰湿な雰囲気がにじみ出ているこの店には、客は一人ともいないが二人の店員がいた。


「……売りモン全部の値段上げりゃいいんじゃねえか?」

先程起きたばかりだろう。全方位に髪の毛の先が向き、半目を開けたり閉じたりしている男は答えた。


「そうですねーじゃあ三倍くらいに引き上げましょうかーこの区画お金持ち多いですからそのくらいにしても買ってくれますよねー…なんてことあるかー!」

師匠と呼んだ男に怒声を浴びせている緋色の髪の少女、ルイナ。

「こんな立地に建てた時点でお金持ちが来るか!数少ない常連さんもにっがい泥水しか飲みに来ないし!」

「泥水じゃねえ、コーヒーだ」

「せめてその…コーヒー豆?ってやつをもっと安いやつにしましょうよ!」

「ダメだ、それだけは譲れねえ」

「なんで!?」

「俺がこの品種が好きだからだ!」

「私利私欲じゃないですか!」


この店のいいところを挙げるなら、大声出しても近所迷惑にならないことだ。


「もう家計が火の車なのは見飽きましたよぅ…」

「え、火の車?カッコイイどこに売ってんの?」

「比喩ですぅ!」


どうすれば師匠は本気になって考えてくれるのか…そんな事をルイナが考えていると、店のドアに取り付けている鈴が閑古鳥の鳴き声をかき消した。


「フォルテリアンとはここですか?」

文様が描かれた白と黒のローブ、天秤を掲げた男が描かれた帽子、メガネ。

聖職者のような格好。沼のドブの様なこの店の雰囲気とは全くの正反対だったので、神が降りてきたのかとルイナは一瞬思った。

「はい、そうですよ!」

営業スマイル、営業ヴォイスでルイナ。

「いらっしゃいませ!ここが喫茶『フォルテリアン』です!ようこそお越しくださいました!お好きな所におかけください!ご注文はいかがなさいますか?コーヒーに野菜炒め、ウリボーのレアステーキなどが」


「依頼を受けてくれるって聞いてきました」


依頼……その単語を聞いてルイナの雰囲気が変わる。その顔はもはや営業の顔ではない。仕事の顔だ。


「頼む、お願いします。国家の一大事だ、頼む」

「焦るな焦るな。喫茶店ってのは落ち着くための場所だぜ。国家の一大事位で取り乱すなや」

「師匠……取り乱さないのは師匠くらいです」

「あなたが、タルガか。あのタルガなのか」

「俺の名前知ってんのか、何者だ」

「プロル王国魔法研究部所長のフレルゥと申します」


フレルゥと名乗った男は右手で帽子を押さえるように、左手は胸に添えるようにして膝を曲げる。

プロル王国式の最上級の挨拶を意味する。

「あなたの名前は職場での教訓になっていますので……『タルガの名前を聞いたら逃げろ』」

「昔なにやらかしたんですか師匠」

「若気の至り」


恐怖の対象として使われてるじゃないですかとルイナは一言添えた。

「で、フレルゥとやら。俺らに何をさせたい」

「賊に奪われた魔法書の奪還」


タルガの目が見開く。

「魔法書か……お前さんレベルの奴がこんなとこまで足を運んできたということは……察するに『禁書』だな?」

「ええ」

「禁書?」

ルイナは首を傾げる。

「そういやお前はまだ見たこと無かったか。禁書ってのは魔法書のヤベー版だ。そこら辺に売ってあるのとは全くの別モンでな。文字読んだ瞬間に発動したり、森が1個消し飛んだり」

「そ、そんなの盗まれたんですか!?」

「……残念ながら」


驚いた様子のルイナを見て、タルガは含み笑いを浮かべながら

「報酬は?」

と口を開く。


「国家予算の半分までなら」

「こ……国家予算……!?」


大金と聞いて、先程まで大口を開けて天井の角を眺めていたルイナが目を輝かせて正気に戻った。

先程まで明日の食料にも困っていたのだ。彼女からすれば救いの手の方から手を繋いできた様な話だろう。


「師匠!受けましょう!受けなければ!受けるべき!受けるしか無いです!」

「ああーハイハイ、じゃそれで」

「ありがとうございます」

フォルリが頭を下げる。


「賊共は西の国の方へ逃げました。馬車に乗っているとの報告ですので街道沿いに移動しているでしょう」

「賊の処分は」

「生死問わず」

「分かった。ルイナ、仕度しろ」

「アイアイサァー!」


バダン!という音と共にルイナは奥の扉に消えた。

「騒がしくてすまねえな」

「お気になさらず」

「今日のうちにカタをつける。ランチの後にそっちに行くぜ」

今日のうち……?不可能では……?

「とでも思ってんだろ、フォルリ。安心しろ、馬車が西の国にたどり着くまでせいぜい2日半。

俺とルイナだと半日だ」


半日という言葉にフォルリは衝撃を受けた。

プロル王国は商業国家であるため、物流が生命線である。速く物を輸送する為の研究をフォルリはした事があるが、結果は芳しく無かった。


過去の屈辱だったのか、研究者としての探求心からだったのか。

フォルリはたまらず聞いた。

「宜しければ教えて頂きたい。報酬は」

「要らねぇよ、そんな大した事じゃねえ」

タルガは、先程ルイナが開いた扉の奥に消えながら言う。


「めーっちゃ速く走る」





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フォルテリアン 平無異特 @otakoara

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