鉄風楽土<カルニヴァル>

@rider555

第1話 夜、2人

 竜喰いのキルケゴー

 北を目指す

 彼の意思、折れるを知らず

 故に彼のたましい、未だ滅びず

 竜喰いのキルケゴー

 北を目指す

 果ての国へといざ行かん

 黄昏の国へといざ行かん



 ◇



 ひときわ強い風に火が激しく揺らめいた。薪が爆ぜる音もかき消すほどに枝々は揺れ、暗い森はごうごうとざわめきに満ちている。

 焚き火に、2人の輪郭が風が止んだ束の間浮き上がった。火の粉が弾ける。

 大柄な影と、小柄な影。

 差し向かって火を囲んでいる。鎧を着込んだ男達。

「しばらくは止みそうもないな。此の分では薪が尽きる」

 そのうちの大柄な方が鬱々と呟く。油紙をきつく体に巻きつけ、毛布でしっかり体を覆ってはいても北の森の寒さは身にしみる。分厚い肩掛けを突き抜けて風が身体の熱を絶え間無く奪うのだ。

「俺の故郷は年中こんな感じだよ。吹きっさらしの荒れ地だからな」

 薪をくべながら、小柄な影が飄々と答えた。声からして2人とも、まだ若い。だが僅かなやりとりにも旅人特有のすれっからしの雰囲気がある。それなりに長く、または、それなりに遠くから旅をして来たのであろう。

 旅に慣れているし、苦痛に慣れていた。

「こんな夜には、うちの爺さんが話してくれたことを思い出すよ」

 ちろちろと頼りない焚き火を見つめ小柄な方はポツポツと語り出した。

大柄な影は黙ったままだ。興味がなさそうにも見える。

 しかし、機嫌を悪くすることもなく、小柄な影もそれにかまわず続ける。

「俺の故郷あたりではかなり有名な話なんだけどさ。細いところは覚えちゃいねえが...」と話し始めたところで、

「...いる」

 大柄な影は低い声で囁いた。

「後ろだ。ゆっくり振り返れ。ジグ」

 小柄な影...ジグは頷くと武器を手元に引き寄せる。得物は幅広の分厚い剣。

柄が黒ずむほどに使い込まれた愛用の曲剣を確かめ、そうして、そっと肩ごしに背後を覗き込んだ。

「どこだ?」

 こんな夜に動くものがいるとは。まともには思えなかった。あるいは、路に迷って助けを求めてきた旅人か、あるいは人間以外か。どちらにせよろくなものではあるまいと、草木生い茂る暗闇の中を透かしみる。

「あっちだ。そこじゃない」

 毛織の肩掛けの下から手を突き出して、果たして指差した先にも暗闇があるばかり。だが、そこに目を向けると眉を潜めずにはいられなかった。

 何もない。しかし、

(...空気が、生暖かい)

 いや、それ自体を見つめることはできない。しかし、それに焦点を合わせようと試みる度に、視界がぼやけるのだ。ジグはざわざわとが逆立つのを感じた。むっとする生臭い匂いが鼻を刺激し、水の香りがただよっている。

「不味いぜ、カシャ。に近い」

 もはや言葉はいらず。安穏もない。

 ジグはどうしようもなく、武器を持って退いた。ここまでの深さのものだと、ジグでは傷の一つもつけられない。できるのはカシャの手助けのみだ。

「頼むぜ」

「わかっている」

 大柄な影...カシャがためらいなく彼の得物を抜き放つと同時に立ち上がった。

 装飾もなく無骨な直剣。

 彼の体躯に見合った重厚な長剣が炎の光を浴びて煌めく。

 くらやみも揺らめいた。

(来る...)

 明かりはもういらない。

ジグは焚き火を蹴り飛ばし、手に懐から取り出した指輪をはめる。蔓草の装飾が施された銀の指輪。武器は単なる気休めにしかならない。

指輪の方が切り札だ。を狩るために作られ、聖別された銀の指輪がジグの指で輝く。硬質な輝き。炎の反射でなく、それ自体が光を放っているのだ。

 対して、カシャの切り札はその剣。

 蚊の羽音のような高い唸りが風の音を突き抜けて鳴り響く。

 その剣はまるで生き物のように緩やかに表面をうねらせ、ぬめぬめとした光沢を刀身にさざなみ立たせた。

声もない緊張の中で真っ先にカシャがその長駆を滑らせる。

 焚き火が完全に吹き消え、暗闇が残る。


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