さきちゃんはさきちゃんだったって話

芥島こころ

さきちゃんかわいいよね

 どうしたもんかなって思う。さきちゃんは先に行っちゃうし他のメンバーも全然見当たらないしここどこだか分からないし、もうどうしようって感じだけどとにかくさきちゃんを探しに行かなくちゃいけないから立ち上がって歩こうと思ったんだけど足が痛くって立ち上がれない。え、どうしたんだろう足首でもひねった感じだなぁと思って撫でてみるとやっぱりそんな感じだった。今思ったんだけどすごく暗くってほとんど何も見えないし地面でこぼこだし岩っぽいしジメジメしてるし狭いし広いから多分細長い洞窟みたいなところだと思うんだよね。真上を見ると遠くの方にすこーしだけ明るいところがあってあそこから落ちてきたのかなって思う。あ、そっか、さきちゃんが先に行っちゃったんじゃなくて私が落ちてきたんだ。多分。結構高いところから落ちたみたいだけど足首痛めただけで他に怪我とかないし、制服のブレザーもシワになってるだけだし周りに合わせたミニスカも少し汚れただけだし靴も破れてはいないし、そこは不幸中の幸いってやつかな。ふふっ初めて使った。ふこうちゅーのさいわい。や、そうじゃなくって、ここから出てさきちゃんに合流しないといけないんだけどでも歩けないしどうしよっかなって思ったら目の前を小さな何かが横切った。なんだろってそっちを見たら手のひらサイズの羽の生えた人間っぽい何かっていうかつまり絵本で見たりする妖精みたいなのがふわふわ浮かんでてすごくかわいい、え、どうしよう、どうしたらいいんだろう、とりあえず呼びかけてみようかなって思ったら

「ねぇ、さっきからずっと私の方を見てるみたいだけど、何か用かい?」

 うわぁ喋った!声高い!かわいい!暗くってあんまり良くわからないけどショートボブっぽい緑色の髪がサラサラしてて青い目がキラキラでかわいい!すごい!フリルいっぱいの髪色っぽい肩出しミニスカワンピかわいい!

「や、褒めても何も出ないよ」

 わー、喋らなくても伝わるんだぁ便利だなぁ、私もさきちゃんの声がなんとなく伝わったらいいのに。ところで妖精さんはさきちゃんの居るところまで戻るっていうか行く方法わかる?落ちてきちゃったんだけど、私はさきちゃんと一緒に街中を歩いてて、あ、さきちゃんと他数人も一緒だったけど、地面に穴なんて何もなかったはずなのにスポって、ヒューンって。落ちる感覚はなかったけど多分そんな感じ。

「あー、落ちてきたのかぁ。道理で。このへんで見かけない顔だと思ったんだよね。飛ばないし跳ねないし、ここに居たらすぐに蟲に食べられちゃいそうだよ。蟲?地面から湧き出てくる食欲旺盛な蟲のことさ。しかし、落ちたのか。私に気付けたくらいだから注意力はあると思うんだけど、残念だったね。で、戻る方法かい?うーん、どうしようかな。私の労働力もタダじゃないんだよね。これでも私はなかなか優秀な“案内役”だからね。でも私がファースト・コンタクトで良かったね。でなきゃ骨まで食べられてるところだ。それにちょうど案内役だ。安くしとくよ。なに、通貨は気にしないさ、私にとって価値があるかないかという話さ。例えばそう、さっき私が見つけた君の鞄の中に入ってる手鏡とかね。あれは良い物だ。さぞかし名のある者が作った、もしくは名のある者が手にした物だろうと思うんだ。ああ、鞄はお返しするよ。ちょっとしたところに隠してある。ここでは落とし物は厳禁だ。誰かがすぐに食べてしまう。気を付けることだね。それで、どうするんだい?」

 ええと、その手鏡って、多分、いや、絶対さきちゃんにもらったやつだ。なんかピンク色だよねってくれたやつ。どうしよう。さきちゃんにもらった……ううーん、でも、手鏡を持ってるよりは一刻も早くさきちゃんに会えるほうが大事かな。お願いできる?

「よしきた。任せときな。いろんなルートが有るんだが、早く行くかい?ゆっくり安全に行くかい?それとも超特急?」

 超特急で。

「ほほう、超特急ね。それには信じる心が大切だ。案内人を心から信じなければならない。でないとはぐれるよ。気を付けな。いや、追加で何かを貰うことはないよ。私にとってはどれも似たようなものさ。本当に急いだらキミがついて来られないだろうしね。キミにとってすこーしだけ道中が危ないって話だね。大丈夫かい?うん、じゃあ早速出発だ。おっと、その足は私が不思議な力で治してあげよう。これはサービスだから安心してほしい」


 妖精さんすごいなぁ。捻って痛かった足首がすぐに治っちゃった。不思議な力すごい。ルートを超特急にしたから洞窟を超特急で走ったり崖を登ったりするのかな、私体力にはちょっと自身がないよ、と思ったら全然そんなことなくて普通に歩いてる。ほぼ真っ暗の中で妖精さんの姿だけがぼんやりと浮かんで見えるからおっかなびっくりって感じで足元を手触りっていうか足触りっていうかそういう感じで探りながら歩いてる。洞窟の広さも全然わかんないくらい。妖精さんって発光してぼんやり見えるのかなと思ったけどそういうのじゃなくて私の脳にテレパシーみたいな感じで存在感を伝えてきてくれてるみたい。私もさきちゃんの存在感なら判るし、そういうものなのかなって納得した。つまり妖精さんは信用できるってこと。体感的にはほんとに5分くらいなんだけど、妖精さんが言うにはもう1日以上歩き続けてるみたいで、そういえば思い出してみれば何度か座って休憩したし壁から湧き出る水を飲んだり頭の上に落ちてきた虫を妖精さんの不思議な力で焼いて食べたりした。したっていうか、そういう思い出がある。記憶がある。どんどん下へ降りていってるはずだ。階段があった、スロープがあった。覚えてるけど覚えてない。変な感じ。でも、妖精さんが案内してくれるんだから間違いはないと思う。

「そうそう、間違いなんて1つもないのさ。安心して私の後をついてくるといい。私はもう対価を頂いてるからね。きちんと案内するよ。それが“案内役”さ。きちんと対価分の仕事をしないとね。さ、もうすぐ広場に出る。通称『ヘラクレスの尾』さ。どこだよって話だよねヘラクレスの尾って。まぁそんな名前は気にせず、広場へ入ったらまっすぐ突っ切るんだ。向こう側までよそ見をせず、目の前に壁が迫っても避けたり立ち止まったり目を閉じたりせずにどんどん進んで欲しい。道は私が切り拓くからね。とにかく立ち止まったらダメだ。とにかくこれだけは守ってほしい。いいね?ああ、できれば走るのもやめてほしいなぁ。それじゃあそろそろ広場へ入る。いいかい、まっすぐ歩く、だよ」

 って声が途切れた瞬間に周囲が広くなったのがわかった。音の響きかたが違う。少しだけ明るくて物のシルエットだけ分かるなぁ。これなら普通に真っ直ぐ歩けるかも。うわ、足元がなんか動いてる……硬いけど、石の地面じゃない。ウォーターベッドにクラッシュゼリーと豚バラ肉を充填して上に野球のグローブを敷いてるっていうのかな、そういう感じ。硬くてグニョグニョ。それが少し上下してる。うわーキモ。でもまっすぐ歩かなきゃね。普通に、普通に。なんか靴裏ベチョベチョしてるけど、普通に。びみょーな段差でコケそうになっても歩くし、イカツい衝立みたいなのにぶつかりそうになっても歩くし、どう見ても先に地面がなくてもまっすぐ歩いた。無心でまっすぐ歩いていたらいつの間にかまた洞窟の通路みたいなところに戻ってきてた。

「よぉし、広場を抜けた。良い歩きっぷりだったよ。私も楽ができた。やはり私の見立ては間違いじゃなかったね。あんな手鏡を持ってるくらいだ、お節介ってもんかな。さ、先へ進もう。そんなに遠くはないさ」


「先に言っておこう。この先の通路では、キミのそのスカートはとても良くない。そう、とてもだ。具体的には大体キミの腰くらいまでの水に浸かりながら移動するんだが、ああ、水は綺麗だ、安心してくれ。で、そこには小さな生物が住んでいてね?それはひらひらとした物に寄ってくるんだ。そしてそれを食べる。ひらひらにつながっている物も食べる。つまり、そのまま水に入るとキミは骨になってしまう。我々なら骨だけでも生きていけるから特に問題はないがキミは肉が命を支えるタイプだろう?だから、とても良くないんだ、そのスカト、いや、スカート。キミたちの言葉は難しくっていけないね。や、そうじゃなくてだね。脱ごうか?」

 マジで。マジか。そうか……下着で水に入るのか。そっか…………


 靴と靴下とブレザーの裾と乙女心が水でダボダボになったけど、とにかく半ばまで水に沈んだ通路を通りきった。まぁ、水は綺麗でよかったけど。少しだけ後ろから自分に向かって流れがあってスムーズに歩けて楽だった。けどそれだけ。やっぱりどんどん下ってるみたい。どこまで深く降りていくんだろう。あと、水に入ってから体が冷えてヤバイんじゃないかなぁと思ったけどあんまり冷たくなくてよかった。時間も10分くらいかなぁ、そんなにかからなかった。どうせ妖精さんしか見てないし乙女心とその他もろもろを絞ってからスカートを履いた。よし、大丈夫。泣いてない。わたし強い子。またはじめに居たところみたいな岩の通路になったしこのまま歩くのもちょっと気が引けるし、スカート少し塗れちゃって気持ち悪いけど、仕方ないかな。さ、妖精さん、次はどんなところ?さきちゃんのところまであとどれくらい?

「せっかく水を絞って着てもらったところ悪いんだけど、もうすぐ湖があるんだよね。地底湖っていうのかな。通称『泥棒池』。身につけてるはずの物がいつの間にかなくなってしまうんだ。私たちは平気なんだけどね。で、その底に建物があって、その扉の先に“目指すところ”がある。だから、身につけている、つまり着ているものは全部鞄へしまってほしい。そうした鞄を私があずかろう。なに、鞄を持つくらいなら大丈夫さ。安心して欲しい。ああ、呼吸の心配もないよ。あの湖の中では自在に呼吸が出来るんだ。手触りは普通の水なんだけどね。飲めるし。」

 は?全裸?

「そう。急いでるんだろう?このペースで急ぎ続ければキミの体感時間で1時間くらい。なんたって、超特急ルートだからね。ここを通らないルートもあるにはあるんだけど、キミの体感時間で言えば……そう、多分、1年くらいだろうね。せっかくヘラクレスの尾を超えてきたんだ。あんまりオススメしないよ。ちなみに全行程ゆっくり安全ルートだと全部で500年くらいだ。これはちょっと私も案内したくないから提示もしなかったけどね。普通に行けば30年くらいで済むけどね。それが2時間だ。どうだい?超特急だろう?」

 500年、ないし30年が2時間。確かに超特急だった。すごい。超特急ルート以外ってどれだけ大回りするんだろう。

「うん?大回りっていうか、時間のズレがあるからね。そこはしかたがないよ」

 あ、そうなんだ。時間のズレ。へぇ。……わかんないけど、まぁいっか。よし、腹をくくった。さきちゃんへ会いに行くためだもの、躊躇していられないって感じだよね。超特急だ。全部スポポーンって脱いで畳んで鞄へ詰め込んだ。よかった、今日は弁当持ちじゃなくて。でなきゃ鞄にあんまり空きがなくって制服入らなかっただろうし、ブレザーなんて絶対無理だったけど今は大丈夫なんだから大丈夫だ。よし。さぁ行こう気合充分だよさきちゃん待っててね。

「早速脱いでもらったところ悪いんだけど、あと15分くらいは歩くよ。そのまま行くかい?」

 私は黙って服を着た。


 水の中で息をする感覚。初めてだ。なんだか気持ちいいしすごい。とにかくすごいって感じですごい。なんだこれ。ちょう楽しいテンション上がる。すごい。語彙を失った。すごくすごい。ちょっと危ない人になりそう。なってる。あはは。

「落ち着いて。ごめんよ言うのを忘れていた、というより気付かなかったと言ったほうが正しいかな、この湖の水はある種の生命に対して猛毒だ。キミならば大丈夫だろうと思って話さなかったがちょっと危ないみたいだね。仕方ない、私が押してあげよう。これはこちらのミスだ。追加料金はないから安心して欲しい。あれ、聞こえてないかな。こりゃ大変だ、急がなきゃ。よいしょ、よいしょ。……あっ」


 目が覚めた。あれ、おかしいな、水中散歩を楽しんでいたはずなのに壁に埋もれてる。なんだこれへんなの楽しいあははは。え、なにこれ、面白いわけ無いじゃん全裸で土に埋まってるなんて変態じゃんヤバイ服着なきゃでも服着ちゃダメなんだっけ脱がなきゃいけないから脱いだんだよねうん確かそうだよそうだった。あれ?

「お、やっと目を覚ましたかい?良かったこのまま目を覚まさないかと思ったよ。いや、さっきの水はキミにはとても有害だったようでね。その影響で記憶が混乱しているのさ。土に埋まっていたことに関しては、その、私が勢い良く背中を押したからだね。や、一刻も早くキミを水から出したかったからね。仕方なかったんだ。」

 って目の前の妖精が言うんだ。詐欺だ。

「あっ、ちょっと、それはいけない!はじめに言っただろう私を信用してくれないといけないよ。今すぐに訂正するんだ。このルート上からはぐれたらどこまで飛ぶか私にもわからないよ。さぁ急いで」

 ええ……まぁでもここまで連れてきてもらったしどんどん強くなってたさきちゃんの匂いが急に遠ざかっちゃったし、確かに妖精さんの言う通りかもしれない。ごめんね疑って。さ、どんどん進もう。今ので離れちゃったならその分を取り戻さなくっちゃ。でも体中に付いた土っていうか泥っていうか落として服を着たいんだけど。

「ああ、それでいい。これで大丈夫だ。うーん、水浴びが出来る場所なら知っているんだが……ちょっと危険な場所だ。あまりオススメはしないがどうしてもというなら案内しよう。どうする?出口までに水場はあるかって?うーん、無いね。ここで行く以外には方法がないだろうね。」

 って。さきちゃんに会うのに土だらけ泥だらけってありえないでしょおかしいでしょどう考えても。危険?そう、関係ないね。私はさきちゃんに会う時はせめて清潔にしてるんだファッションはよくわからないからいつもかわいいと思ったフリル付いたの着てくんだけどよくアニメ見てて出てくるかわいい娘ってかわいい服着てるし形だけでもってそうじゃなくて。水場案内して。はやく。

「ああ、もちろんだよ。ついてきて」

 って言われてついて行ったと思ったら着いてた。何が起こったんだろう。

「さて到着だ。正道から逸れたから合流が大変だなぁ。タイミング測らないと。ああ、キミはゆっくり汚れを落として欲しい。こっちの話さ」

 歩こうと思っただけでまだ一歩も歩いてない気がするんだけど。本格的に不思議空間になってきたなぁ。ちょっと面白いかも。で、周りを見渡して気付いた。明るい。今までめっちゃ暗かったのに。それでよく見えるようになってぱっと見えたのがさきちゃんだった。え、うそほんとマジでさきちゃんじゃんさきちゃんいつの間に石像になったの。さきちゃん石像めっちゃいっぱいあるすごい。壁にめりこんだ噴水みたいなのの周りの壁にめっちゃさきちゃん居る。ここに住みたい。ここ私の部屋にしよう。決めた。ねぇ妖精さんここから日本の学校に通えるように出来ないかな。

「ちょ、ちょっと待ってくれる?これがキミの探し人かい?わぁお……とういうことはもらった手鏡はこの方の……ああ、ごめんね説明するよう。この噴水と像、『女神達の力がが満ち満ちてゆく様』は私たちとその近しい種族に伝わる伝説、というか神話を元に作られた彫刻……と言われている。まさか実在、現在も生きておられたとは。いや、違うか、映し身かな。とにかく形に力が宿るというのはキミならば何かしらですでに実感していると思うが、もし本当にこの像そのものだったらそれはすでに女神様と言って差し支えない存在だろう」

 え?でもさきちゃんはもっとかわいいよ。反論。反論?でもなんか違うもん。もっとポワッとしててキュッとしてて、ヒュンって感じだから。もっとかわいい。いい?理解した?妖精さん?

「あ、ああ、わかった。わかったから私を握りつぶそうとするのはやめてくれ。痛くはないが顔を握られるとさすがに苦しい」

 そう、わかったならいいよ。大丈夫。さきちゃんはさきちゃんだからね。覚えておくように。

「ああ。覚えておくよ……で、ここに住みたいだって?流石にちょっと無理じゃないかなぁ。毎日15年ほどかけて通学するなら可能だろうけど、キミの魂がすり減ってしまいそうだ。やめた方がいい。この像が欲しいならミニチュアを持って行くといい。ほら、壁際に何体か持ち運ぶための像がある。それを部屋に飾ることで代用してはどうだい?本当はあまり良くないがあの手鏡がそんな由来だと知ったらもう少し協力しないとバチが当たりそうだ。管理人にはこちらから誤魔化しておくよ」

 やった。さきちゃん石像ゲット。妖精さんは神様だ。あ、神様はさきちゃんか。さすがさきちゃんいつも私の想像を斜めに越えていく。で。さ、さきちゃんに囲まれて水浴び……おお……これは緊張する……あ、ところでそのさきちゃんが女神だったって話はもうしないの?妖精さんが知ってることがまだあったらもうちょっと聴きたいな。手鏡はそれしかないけどさきちゃんがしてたヘアピンは15本くらいあるよ。あ、盗んだとかそういうのじゃないから。着替えの時に落としたのをさり気なく拾ったやつだから大丈夫だから。安心して欲しい。

「何も安心できる要素がないが、せっかくだから1本もらっておこう。話の対価としては十分だ。ふむ、手に取るとよくわかる。すばらしいね。それで、伝説かい?ううんと、端的に言ってしまえばそれは救世の物語さ」


「その時、私たちと近しい種族は絶滅の危機に陥っていた。天変地異みたいなもの、抗うことのできないものに襲われたんだ。それをご覧になられていた女神様、お名前はさきちゃん、というのだったね?そのさきちゃん様が我らに手を差し伸べてくださった。ただ助けるのではなくチカラを授けていただいたんだ。それが今キミと話しているような全言語翻訳能力さ。おおよそ意味のある音であれば理解できるし伝えることが出来る。え?抗う力は無かったのかって?無いよ。でも言葉が通じれば他のチカラある種族に助けを求めることが出来る。そもそもの元凶と対話することだって出来た。この辺りは省略するが、私たちは案内役や交渉役としての地位を確立していったんだ。その出来事のうちの私たちの代表に与えられたチカラが私たち全てへ満ちていく様を壁に彫り込んだ物が、さっきの噴水と彫刻だね。こうして話を聞くとありがたみが出てくるだろう?私たちにとってその噴水はとても大事な物であり、そこへ連れてきて、なおかつ水を使わせた、ということをまず理解して欲しい。信頼の表現さ。これは結果論だが、そのさきちゃん様とお知り合いでよかったよ。話も聞けたしね。さ、そろそろ行こう。準特急ルートに間に合わなくなる」


 さきちゃんって神様だったんださすがだしやっぱりって感じもするよねさきちゃんだし。それにさきちゃんがいなかったら私ここから出られなかったってことだしやっぱりさきちゃんに助けられたってことだよね。なんだかよくわからなくなってきたけどきっとそう。なんて考えながら歩いてたら目の前で急に止まった妖精さんにぶつかりそうになった。あぶないなぁ、気を付けてよ。

「さて、ここから先はキミだけで行かなくちゃならない」

 え?なんで?何の変哲もない……っていうと洞窟じゃん洞窟って普通だっけって感じだけど、前後で変わった様子なんて無いんだけど妖精さんはここでお別れだって言うんだから信頼してる妖精さんがここでお別れだって。なんかさみしい。いっぱいお話してくれたし。あれ、こんなんだっけ?妖精じゃん。というか、どんな顔だっけ。あれ?

「キミも少しは自覚していると思うが、私との会話はあまり思い出さない方がいい。散々話した後だが、まぁこれは趣味みたいなものだから許して欲しい。そもそもここはキミの種族は長く生きられない環境だ。キミだからこそ耐えられているけれど、それもさきちゃん様のお近くに居たからだと思う。今ずっと離れていたからそのチカラが弱まってきたんだろうね。これ以上は危険だと判断した。途中までですまない。ヘアピンは返すよ。これじゃ取り過ぎだ。さ、あとはまっすぐ道なりに歩くだけだから迷うことはないと思う。体感時間で5分もかからないんじゃないかなぁ。いいかい?今度はまっすぐ歩く、ではなく、道なりに歩く、だよ。間違えないで。気を付けて。さきちゃん様に……いや、ダメだなあ。なんでもないよ。ありがとうと伝えてほしいだなんて言ってないから。さ、本当にもう時間がない。普通に歩くんだ。それじゃあ、今後会わないことを祈ってるよ」

 一方的にバーッてしゃべって消えちゃった。予備動作とか何もなくパッて。へんなの。えっと、歩けばいいんだっけ。ふうん。まいっか、歩こう。


 さきちゃんの匂いだ。そう気付いたのは歩きだしてすぐ。もう居ても立ってもいられないんだけど普通に歩かなきゃいけないから普通に歩いた。けどもう我慢できないのでダッシュ。音を置き去りにする勢いでダッシュ。周りはぼんやりとだけど物の形ははっきり分かるくらい見えてる。大丈夫。妖精さんは道なりって言ったけどどう見ても脇道にそれた方からさきちゃんの匂いがする。そっちへ行こう。で脇道に入った瞬間、背後が閉じた。バッターン!って古いマンションのやたら勢い良く閉まる鉄の玄関ドアみたいな音がしてビクッとしたけど多分振り返ったらダメだからそのまま走った。ドアなんて無かったけどまぁそういうものなんだろうと思う。ほんの10秒くらいで崖の上に来たから立ち止まって周りを見た。左右に道はない。すぐ後ろからは何かの気配。動かないけどすぐ後ろにぴったり張り付いてる。なんだろうって考えそうになるけどこういうのって想像したらダメなんだって何かの怪談で聞いた気がするからこれもさきちゃんって事にしといて崖の下を覗きこんだらバンジー出来そうなくらいすっごい高さで下のほうにギリギリラジオ体操できそうなくらいの広場があってその真中に金属っぽいシンプルなっていうか質素な台座があってその上で虹色のモヤモヤがモヤモヤ光ってるのが見えた。わかった、アレがゴールだ。ゴールのすぐ横に横穴が見えるってことはあれが正解のルートかな。でも、妖精さんもダメだなぁ。絶対今私が通ってきた道のほうが近いよね。超特急ならこっちでいいのに。もちろん、ダイブした。アイキャンフライだ。私だってやる時はやるのだ。なめてもらっては困る。ヒューンと落ちていった私はモヤモヤに激突した。かてぇ。想定外だ……


 あれ、何してたんだっけ。そうだ、さきちゃんのところに戻ってきたんだ。疲れた。精神的に。でもさきちゃんの匂いっていうか存在っていうかそういうのと一緒に歩けたのはすごく良かったなぁ。またやりたいかって言われたら絶対やだけど。さきちゃんがいなかったらどうなってたんだろう。まぁさきちゃんが居ない世界なんてありえないんだけどね、だってそうじゃなかったら私も居ないし。あ、さきちゃんとちょっと離れちゃった急いで追いつかないと。ところであれ、なんだったんだろう。やっぱり立ちくらみから貧血のコンボで気を失って変な夢見てたってことかな。いや変じゃなくて最高だけど。壁全面さきちゃんの石像という発想はなかった。部屋作りの参考にしよう。って、そうじゃなくて。そんなこんなで色々考えながらさきちゃんのところまで小走りで行くとさきちゃんは

「あれ、どこ行ってたの?さっき探したら居なくって、今連絡しようと思ったところなんだけど」

 って。あはは、ごめんねさきちゃんちょっとボーっとしてたっていうか違う世界を旅してきたっていうか、ええーっとね、穴に落ちたら妖精さんが居てさきちゃんが神様だったんだよって言うとさきちゃんは

「あははは!私が神様かぁ……私が神様だったら毎日ソフトクリームを食べてもおなか壊さないだろうからすごくいいなぁ」

 って。

 よかった、さきちゃんだ。

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さきちゃんはさきちゃんだったって話 芥島こころ @CelsiusD6

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