第3話
常日頃から大声で何か大騒ぎしている吉村のことは探そうとせずとも見つけることが可能なのだが、今日に限って真広は吉村を探すことに手こずってしまっていた。
教室を出て、廊下の端から端まで駆け、いないとわかれば階段を下りて同じように廊下を駆けた。けれど校内に吉村の姿はなく、真広は校舎を出て中庭に向かった。
この高校の中庭は広く、複数に分かれているがその中でも生徒が行くような場所は限られている。昼休みになると生徒がよく集う、丁寧に手入れされた木々に囲われた庭。そして校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を挟み、グラウンドを見渡せる広場。普通はその二つしか行き来することはない。
「真広ー! ぼく、待ってるからね」
顔を上げると校舎の一番上の階、真広たちの教室の窓から君孝が身を乗り出し手を振っていた。
結局待つんじゃないか、と真広は肩を落とす。早く帰らなきゃいけないと言いながら、君孝は「昼休み終わるまでにユダくん連れてきてね」と言った。
昼休みが終われば吉村は勝手に帰ってくるだろう。真広はため息をついた。けれど一度引き受けたことだし、なにより久々に顔を見たのだからわがままの一つくらい叶えてやろうという気持ちがあった。
普段、君孝はわがままを言わない人間だというのを真広は知っている。気配りができて聞き分けの良い、心優しい性格。その容姿と合わせるとまるで意思を持ったお人形のようだった。そんな彼が最も親しい友人というのが粗野でガサツな吉村だというのが不思議で仕方ないのだが。
「すぐ見つかるって」
君孝に向かって片手を上げ、真広は中庭を捜索し始めた。
中庭の中心にある、大きな桜の木。それを囲むベンチ。小ぶりの木々の木陰。校舎下。渡り廊下の先、水飲み場のある広場。
吉村の姿はなかった。もしかしたら、入れ違いになって校内へ戻ってしまったのだろうか。吉村の行きそうなところはすべて見たはずなのだが。
真広はため息をおさえられなかった。また一から探しなおしなのだと思うと憂鬱な気分だ。それに、校舎は広い。急いで向かっても吉村を見つける前にチャイムが鳴ってしまいそうな時間である。
「それにしても、何してんだ吉村は」
吉村は見た目によらずインドアなので、いつも長時間教室を出ることはない。髪色は明るいのに実は根暗なのだと揶揄されることもある女々しい男だ。
それが今日に限って――君孝が久しぶりに顔を見せた日に、どうして教室を離れているのだろう。
不可解だが、その疑問は吉村を捕まえればわかることだ。
真広は校舎へ戻ろうと踵を返した。グラウンドに背を向け、足を踏み出す――その時だった。
視界の端に、走り去る影が見えた。
「吉村……?」
渡り廊下から繋がる、真広たち生徒が使っている校舎。そのさらに奥へ走る人物は金色の髪をなびかせ校舎の陰に消えていった。
真広はこの高校の中で、目の痛くなるような金髪の持ち主を一人しか知らない。思わず名前をつぶやき、次の瞬間には自分も駆けだしていた。
葉泉高校の現在使用されている新校舎はL字型で、後から建設された第二体育館と渡り廊下で結ばれている。そして新校舎の裏には、部活動などで利用される第一体育館、取り壊しが決まり立ち入り禁止となっている旧校舎があった。
吉村がどちらかに向かっただろうことは明らかだ。なんの理由があってのことかは真広にはわからないが、どんな理由であろうと問答無用で連れ帰るつもりだった。ここまで来ると、タイムアップとなってしまうのは悔しいのだ。
真広はまず第一体育館へ向かった。もちろんそちらの方が近いからなのだが、旧校舎は鍵がかけられて入れない状態にあるというのも大きな理由だ。体育館は部活動からの申請がない限り施錠されているが、逆に言えば申請があれば入れるようになる。日によって違えど、人の出入りがないわけではない。
――しかし、真広の予想を裏切り校舎裏はひどく静かだった。
体育館が使用されているなら近づくだけで物音が聞こえてくるはずなのだが、人の気配も感じさせない静けさ。
「……おかしいな」
確かに吉村はこちらへ来たのに。
あたりを見回しながらさらに体育館に近づく。人通りはなく、ただ風が草木を揺らしていた。
真広は出入り口の大きな扉に身を寄せた。ハズレかもしれないが、様子をうかがう必要はある。冷たい扉につけた頬はすぐに扉同様に冷たくなり始めた。
誰もいないかと思われた体育館だが、わずがに話し声が聞こえる。何を話しているのかまでは聞こえないが、人がいるのは確かであった。少なくとも、一人ではない。
吉村は誰と話しているんだ?
真広はさらに聞き耳に集中した。それでも内容ははっきりしない。真広は扉の取っ手に手をかけると、音を立てないようゆっくりと隙間から中をのぞいた。
「いい加減…………だろ」
「…………が折角話を持ち掛けて……」
息をのむ。
そこに吉村はいない。けれど予想外の人物が横たわっていた。体育館の床に散らばる赤色に背筋が凍り付く。これは、一体。
二人の男子生徒が中央に立っており、一人の手には赤いバットが握られている。何かを話している声は相変わらずはっきりしないのだが、それらはすべて横たわる女生徒に向けられていた。
何かの撮影でもしているのだろうか。演劇部、映画研究部――。一瞬、真広はそう思った。そう思おうとしたのだが、その光景はあまりにもリアルで、あまりにも凄惨なものだった。
長い黒髪に白黒のセーラー服。あの制服は、井沢 重だ。彼女はぴくりとも動かず、ただその頭部と足から流れる赤色を床に広げていた。
吐き気がする。真広はそっと手で口を覆った。遠目から見てもひしゃげているのがわかる足首はもはや潰れているという表現がふさわしい。あんなに鮮やかな赤色は人生でそう何度も見るものではないし、見るべきではないと思った。目の前がちかちかするのを感じながら、ふと彼女は生きているのだろうかと疑問に思う。あの出血量だし、何より彼女は声を上げることも動くことさえもしていないのだ。まるで、死人のように。
もし生きているのだとしても、あとは時間の問題だ。真広は吐き気が一段と強くなった。どうして校内でこんなことが起きているのだろう。
「いい加減我慢できねえよなあ」
真後ろで聞こえた声にぞくりとした。真広は慌てて振り返ろうとしたが、その前に背後の何者かにより頑丈な扉は蹴り開けられその勢いに押されるようにして真広も体育館内へと倒れ込んだ。重い衝撃音が体育館によく響き、しかしそれが鳴り止まぬうちに何者かは駆けだしていった。二人の男子生徒に飛びかかり、一人の顔面に一発。もう一人が振りかぶったバットを手で受け止め腹部に一発。
真広は息をのんだ。それからあいつは何をやっているんだと頭を抱えたくなった。金色をなびかせながら金属バットに素手で立ち向かう姿はさながらヤンキー漫画そのものだったけれど、その無謀さにそれでこそ彼であると感じさせられる。
彼は叫んだ。
「真広! さっさとそいつ連れてけ!」
殴りかかってきた男子生徒の腕をつかみ投げ飛ばした吉村は、井沢をさしてそう言った。
怪物少年少女達 羚 @ikasama0x0
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