第2話

 真広が情報収集に乗り出して二日が経ったが、新しい情報が入ることは特になかった。それもそのはず。誰も知らないことだからこそ、真広は調査しているのだ。


「特待生って本当にいんのか?」

「つか、前も同じこと聞いてなかったか? 真広」


 同学年のクラス中に聞いて回っては春先の調査と同じような返答をされる。時間を惜しみ相手から投げかけられた言葉には曖昧な回答をして次のクラスへ移った。

 夏を終え、学校行事をいくつもこなした現在。春より人脈は広がったために聞く相手は増えている。それに真広は全クラス回り終えて駄目だったなら、上級生に聞きこみ始めるつもりだった。

 昼休みを満喫する生徒の合間をすり抜けて隣の教室に入る。真広は友人知人を片っ端から捕まえては特待生について聞いていった。訝しげな反応をされることも多かったが、その程度で真広の心は折れそうにもない。やがてチャイムが鳴り響くまで真広は聞き込みを続けた。


 結果として、一週間経ったあとも真広は噂以上のことは得られなかった。

 噂というのはもちろん、『そもそも特待生はいない』というものだ。だが、それに加えてもう一つ、初めて聞く噂があった。


「特待生はね、自分がそうだと知られたら資格剥奪されるんだって。だから本当にいたとしても口外できないんじゃないかな。ま、聞いた話だけどさ」


 は優しく笑みながら真広にそう教えた。

 しかし上級生のクラスをすべて回り終えてからもそんな発言をしたのはのみであった。聞いた噂だと言うのなら、他にも知っている人間や広めた人間もいるはずだ。全校生徒に聞き込みしたわけではないとはいえ、だけが知っている噂などおかしい――真広は、やはりそうなのだと結論付けた。


 二年C組、丹崎陽炎たんざきかげろう――葉泉高校の生徒会長――彼は、確実に特待生だ。


 だが、真広は腑に落ちないことがあった。

 丹崎はなぜ『口外無用』という決まりを伝えたのか。特待生しか知りえないルールを他言するということは、彼が特待生だと言うようなものだ。真広にはそれが理解できなかった。

 ――本当に、誰かに聞いた噂だっただけだろうか?

 真広は首を振った。

 ――その可能性はない。他の誰も口にしなかったことだ。

 真広はもう、わからなくなっていた。丹崎がうっかりで情報を漏らすようには思えず、からかっているようにも見えず、丹崎が特待生なら合点がいくのだ。


「……ったく、わかんねえよ」


 可能性を考えては、思考を整理する。ぶつぶつと声を漏らす真広の姿は傍目に見ると異常なもので、それも教室の中心でそのような様子だったために周囲からすればなおさら近寄りがたくなっていた。

 昼休みも残り半分となったが、真広は弁当を出しはしたもののまったく手を付けずに座ったまま考え事にふけっている。朝はしつこく邪魔していた吉村も、無駄と諦めたのか今は他の友人と騒いでいた。


「……せめて、吉村が……ああ、もう」


 こうなったきっかけは吉村であるが、吉村は頑として隠していることを語ろうとはしなかった。真広としては無理にでも聞き出したいところであったが、自分と吉村の力量差はわかっている。それに吉村は見た目通りの短気さなため、無茶するのは得策ではないと判断したのであった。

 どうして特待生は公表されないのか、丹崎は特待生なのか、自分に噂を教えた真意は――考えはループし続けていた。他の生徒にとっては些細なことだが、真広にとっては大きな謎ばかりだ。解き明かさないと気が済まない。


「何をそんなに悩んでるの?」


 ループを止めたのは声だった。

 真広は はっとして顔を上げ、声の主を振り返った。その人物は真広の左に立っており、大きな黒目を真広に向けている。


「……君孝きみたか

「やあ、久しぶり」


 君孝は片手を上げてにっこり笑った。

 もう半月も空いたままだった左隣の席の持ち主、それが彼である。真広にとって君孝は吉村と同等に仲が良く、君孝が休みはじめる前はほとんどの時間を三人で過ごしていた。

 女子より可愛い女顔、女子より綺麗な漆黒の長髪。それが君孝の武器であり、長所であり、短所である。しかし好きでその姿をしているのか、コンプレックスと感じていないのか、常に余裕を持った振る舞いをするところを真広は尊敬していた。


「二週間も休んで、何してたんだよ」

「家の都合でちょっとね。ユダくんは?」

「吉村ならそこに……って、いねえ」


 先ほどまで大騒ぎする声が聞こえていたように思えたのだが、吉村もつるんでいた生徒も皆いなくなっていた。


「そっか、残念。ぼくもう帰らなきゃいけないんだ」

「え? 来たばっかだろ」

「久しぶりに顔見せようと思って、用事を抜けてきただけなんだ。ユダくんに会えないのは残念だけどもう行くよ」

「は、ちょ、待て待て。吉村ならすぐ戻ってくるって」


 帰ろうと背を向けた君孝の腕を思わずつかみ、次に真広は内心しまった、と思った。君孝は天使のような顔で悪魔のようなことを言うときがある。お互い心安い関係を築いてきて、真広は嫌な予感というのが当たるようになってきていた。


「じゃあ、真広に頼んでいい?」


 足を止め振り返った君孝は、にっこり笑ってそう言った。

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