サンタクロースを待っている。

唯希 響 - yuiki kyou -




 閑静な住宅街にある小さな公園。

 先刻、淡く輝いていた太陽が沈み、遊んでいた子供達は皆そろって家に帰っていきます。そんな中、いたいけな少女が一人帰らずに公園に残っていました。それ以外に公園に人影が。

 りっぱな白いヒゲを生やした老人が公園の隅のベンチに座りながらどうやら編み物をしているようです。


「ねえねえ、いつもここに座ってるけど、なにしてるの?」

 少女が老人に近づき尋ねます。

「え?ああ、夢を作っているんだよ」

 編み物を止め、微笑みながら老人は答えました。

「夢? 夢って誰の?」

「そりゃあ、みんなのさ、」

「夢っておじさんが作ってるの?」

「そうさ、大きいものや小さいもの、冷たいのや熱いの、たくさんさ。それを空を飛ぶトナカイが引くそりに乗って世界中のみんなに配るのさ」

「えー、嘘だあ! そんなに沢山みんなの夢なんかつくれっこないよ! それにトナカイは空を飛んだりしないよ!」

 少しの間の後、老人は答えます。その表情はどこか寂しそうにも見えます。

「ははは! そうだなあ、まったく最近の子供は賢いからなかなか騙せないよ」

「もー!! 嘘付いちゃいけないってお母さんが言ってたよ」

「ごめんごめん」

「もう! 嘘付いちゃだめだよ!」

「すまなかったねぇ。ああ、そうだ、お詫びになんでも欲しいものを一つプレゼントしてあげよう。なにがいい?」

「ほんと!? えーと、えーとね。うーんと…」

「なんでもいいよ、何か欲しいものを言ってごらん」

「んー…欲しいものがいっぱいありすぎて迷っちゃうよ」

「そうかー、じゃあ次、会うまでの間に考えておきなさい」

 老人は常に優しく微笑みながら彼女に語りかけました。

「わかった!」

「ほら、寒いし暗くなるから早く帰らないとお母さんが心配するよ」

「うん! またね! おじさん!」

「ああ、またね」


 そうして彼女は公園から去って行きました。老人は少女の姿が見えなくなるまで手を振り続けました。



 時は遡り、何十年も前。そこではさっきのまだ若者だったあの老人が賑やかな町中で沢山の子供たち囲まれながらプレゼントを配っています。


「メリークリスマス! 今日はクリスマスだよ! なんでも好きなものをもっていきなさい。遠慮はいらないよ、いっぱいあるからね」

 一人の少女が老人に近づいてプレゼントをねだります。

「サンタさん! ピンク色の毛糸の可愛い帽子が欲しい!!」

「もちろんあるよ、ほら、サイズも君にぴったりだ!」

「ありがとう! サンタさん!」

「喜んでくれてうれしいよ」

 今度は少年が老人に近づきます。

「サンタさん! 僕は赤い車のおもちゃが欲しい!」

「よしきた! かっこいいのがあるよ!」

 老人が白い大きな袋の中に手を入れて、

「みつけたこれだ!」

 少年に探し当てたミニカーを差し出す。

「かっこいいー! ありがとう!」

「大人も子供も関係ないよ! さあみんな欲しい物をもっていきなさい!


 そんな中、怪しい黒服の男が老人に近づきます。


「……お前、サンタクロースだな」

「いかにもそうだが……どうしたんだそんな変な格好で」

「お前にだけは言われたくないがな……そんなことより今すぐプレゼントを配るのをやめろ」

「なぜだ? お前はプレゼントいらんのか」

 サンタクロースは構わずプレゼントを男に渡そうとするが、人影はそれを一目散に捨て踏みつけました。

 周りにいた子供たちも、その親たちも、突然の出来事に唖然としています。

「……ついさっきサンタクロースの活動がこの世界全域で禁止された。だからお前はもうサンタクロースとして生きることが出来ない。さっさと荷物をしまい家に帰るんだな」

 サンタクロースは納得がいかない様子で反論します。

「いっ……いきなりそんなこと言われてもやめられるか! 私はこれで今まで生きてきたんだぞ!」

「反抗するのであれば……」


「——死んでもらうしかないな」


 突然、街に銃声が響く。


「…………え」

「次は、当てるぞ」

「お…お前は何者だ!」

「そう、だなあ。解りやすく言うのであれば役人、とでも名乗っておこうか。お前は国を敵にまわしてまでそんな無意味な活動を続けるのか?」

「無意味なのではない! 私は、子供たちの、みんなの夢を——」

「そんなことどうでもいい!!!! 早く活動をやめろっていってるんだ!!!!」


 その男はもう一度サンタクロースに銃を向けます。その気迫に押されサンタクロースはもう何も言えませんでした。


「そうだ、それでいい……これからサンタクロース本人だけではなくサンタクロースに関する文献などを持っているものも処罰の対象になっていく、サンタクロースの記憶自体をこの世界から抹消していく。まあその場で文献を処分することに了承さえしてくれれば罪には問わんがな」


 そういうと最後、男は去っていきます。恐怖を感じて逃げ帰ったのか、子供も大人もその場にはもう誰もいませんでした。



「認めない……認めないぞ……」


 クリスマスは廃止され、クリスマスに関係するイベントも、商品も、何もかもが罰則の対象となり、その検圧は酷く厳しく、時には捕まって牢屋に入れられてしまうものまでいました。もちろん、数多のサンタクロースも。

 年を重ねるごとにクリスマスという日の活気がなくなっていき、いつかただの冬の一日になってしまいました。

 何人かのサンタクロースは掟を破り活動を再開しようとしましたが、すぐに「役人」に見つかり処罰されてしまいました。


 そうして人々はいつしか、サンタクースという存在を忘れていってしまいました。

 いったい誰が何のためにそんなことをしたというのでしょうか。



 時は最初に戻り冒頭で老人と別れたあの少女が家に帰ってきたようです。






「ただいまー!」


 玄関を開け一目散に自分の部屋に向かいます。少女は絵本が好きな女の子でした。どうやらプレゼントを何にするか迷った彼女は絵本の中に出てくるものの中からめぼしい物がないかどうか探し始めたようです。


「うーんいいのがないなー……。あ、そういえばパパの部屋にも少しだけ私が読んだことのない絵本があったような気がする!!」

 少女は父の書斎へ行きその絵本を探し、ある一冊の絵本を手に取り、開きました。

「あはは、この絵のおじいさん、あのおじいさんに似てる」

 そのままその絵本を読んでいきます。そこには空飛ぶトナカイが引くソリに乗ってプレゼントを配る白い立派なヒゲが生えた老人が描かれていました。




「え……?」




 その絵本でサンタクロースとは何か、それが語られていました。

 そうして彼女はあの老人の正体を知ったのです。

 12月にどこからともなく現れ、子供達に夢を配る「サンタクロース」という、存在を。


 戸惑っていると女の子の父親が仕事から帰ってきました


「何をしてるんだい?」


 父親が少女の読んでいる絵本の存在に気づくと血相を変えて取り上げました。


「パパ、私、サンタさんに会った」


 驚いた父親は少女に全て話しました。

 サンタは大きな力によって滅ばされたこと。

 サンタクロースに関わると怖い人たちにひどいことをされてしまうこと。

 サンタクロースに近づいては、いけないこと。


「さあ、もう遅い。おじいさんの事は全て忘れて今日は寝なさい」



 「役人」も父親の書斎にサンタクロースの本があるとは思ってもみなかったのでしょう。





 老人は自宅で机に座って熊のぬいぐるみを作っています。


「きっとこれを渡そうとしたら私は……しかしどうせもう長くない命。最後に一つぐらい自分のしたいことをしてもいいだろう。明日はクリスマス。サンタを知らないあの子に夢を上げられたら、どれほどすばらしいことだろうか——痛っ……久しぶりだから手元が狂うな……。少し休憩しよう……」


 そう言って背もたれに寄りかかり目を閉じる。


「……しかし、本当に数年でサンタクロースを忘れられてしまった。……もしかして、私たちは最初から実はそこまで必要な存在ではなかったのかもしれない」

「……なんて私がそんなことを言ってしまっては元も子もない、よし、もうちょっとだ。頑張ろう」


 上体を起こして作業の続きを始めます。







「やっとできた!我ながらいい出来だ! ……しかし、最後のプレゼント、こんな簡単なものでいいのだろうか……。いや、大丈夫だ。出来はすばらしい」

 老人はすぐに身支度を始めます。

「よし、出かけるか」


 どこに、出かけるというのですか?


「え?」

 知っていますか? サンタクロースは、滅びたんですよ?

「誰だ……、どこから……」

 ああ、声だけ聞こえていると、まるでオバケみたいですもんね。

「え……」

 私の名前は語り部のテラー、と言います。今私の姿はあなたの目にはどう映っているでしょうか……ああ、そういえばあなたには一度会ったことがありますよね。

 あの冬の日、銃を向けたような、そんな記憶が私にはありますね。


「え……あ……」


 ねえ、なんでバレないようにひっそりとサンタクロースをやろうとしたサンタがすぐに見つかっちゃって殺されるんだと思う??


 こうやって、監視していたからなんだよ?????


 ずっと! ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと!!!!


 見てたからなんですよ!!!!!!??????


 ねえねえ、今これを読んでるお前らも!!!!

 オマエだよ、おまえ!!!!

 これはこれは楽しいクリスマスの読み物だと思ってた!!!!???

 ざーーんねん!!!!!!!

 あなたたちは証人なのです!!!

 あははハハハハハははははははははははは!!!!!!

 この老いぼれサンタが罪を犯そうとしたことをみんなみてたよねえ???

 僕と一緒に見てたよねえ?????????

 一緒にみてたよね?????????????

 さーてどうやって殺そうか??!!!


「……私は夢でも見ているのか」


 ずっとこの瞬間を待っていた!!!!

 さあさあ!!待っていました!!!!


 なにがクリスマスだ!!!


 夜は子供が怖がる時間なんですよ!!!

 なのにあなたたちサンタが現れた途端、クリスマスイブの夜中に夜更かしして!しかも笑顔で過ごしているなんて考えられない!!!

 夜は恐怖の時間なんだ!!!

 しかも何の苦労もせず何の努力もせずプレゼントが貰えるなんて!!!!

 いい身分だなあ?!?!?!?!?!?!

 それを夢だ希望だ奇跡だってへらへら笑ってるお前たちが憎くて憎くてしょうがなかった!

 でもそれをやっと今日!!!!!!!!!!!!!!

 報いを受けさせることが出来る!!!!!!!!!!!!!!!


 ……と思ったけどその必要もないみたいだね、あはは。


「それはどういう…————うっ…」


 あなた、この数年でどれだけ無理してきたのさ。サンタの仕事がなくなった途端ろくにご飯も食べなくなり少ない資金で渡す訳でもないプレゼントの材料をそろえて。そりゃ体にもがたがきてるだろうさ。もうあんたはそこから動くことすら出来ないよ


「く、そ……」


 熊のぬいぐるみよく出来てるねえ、それを渡せばきっとあの子喜んだだろうね!素敵な夢になっただろうね?


「やめろ……それに……触るな……」


 でも一つ教えてあげますね。あの女の子、サンタクロースのこともう知ってるんだよ?


「何……、なんだと……?」


 うちの部下たちが手を抜いたらしいくて、あの子の家からサンタの文献がみつかっちゃったんですよ。

 でもね。父親に危ないからおじさんにもう会っちゃいけないよって言われて今それを律儀に守ってるんですよ。


 今頃あんたのことなんて忘れてぐっすりでしょうね。


「………」


 まあ僕がこなかったとしてもそんな体じゃプレゼントはどっちみちわたせやしなかったのさ。

 諦めて、その無駄に長かった一生を今ここで終えなよ。





「……——夢を作ってるんだ」


 ……はい?


「私たちは夢を作ってるんだ。奇跡だって起こせる」


 あははハハハハハ!!!! 何を言い出すかと思えば。奇跡なんておこるわけないよ! もうこの物語は終わり始めてるんだよ。お前の命のようにね!


「……私たちはサンタだ。」


 サンタはもう滅んだよ!!!! とっくの昔にね!!!!!!!



「……サンタの掟を知ってるか」


 なにをいいだすかとおもえば、


「いつも…」


 なんていってるんですかー? 声が小さくて聞こえませんよー?


「いつも! 笑顔でいることだ!!!!!! 笑うのを止めたらサンタはサンタではなくなってしまうんだ!! 私はサンタクロース、子供たちに夢を与えるのが仕事なんだ!!!!」


 いまさらそんな熱血になられても、どうリアクション取ればいいんですか?


「せめて……せめて今日ぐらいは子供たちに笑っていてほしいんだ」

 

 ……え?

 &(&%&()))=()’&()????


 …何?@@@@@@@;;:;;。、、、l、@@「@何だ、これ …動けない……?! …しゃ___べれない…?

 ………………。。。。。。。。。。。


 








静まりきった部屋の中で少女が窓の外を見ている。


「おじさん……悪い人たちにいじめられてるの……? ……ただ、ただみんなに笑って欲しくて、プレゼントを配ってるだけなのに」


「もう、……会えないの?」


「プレゼントなんかいらないから、そのかわりまたお話ししてよ……。ねえ」


 鈴の音が、聞こえてくる。


「え……?」


 少女が窓の外に【何か】をみつける














 クリスマスの朝。


「おきなさーい! 朝よー!」

「はーい! 今いくー!」





 少女が去った後、机の上には真新しい熊のぬいぐるみが乗っかっている。






fin

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