第3話  お前を殺す!

「グギャァ!」


 人間の声ではない、何処か動物じみた声がした。黒丸は今、その声の主から必死に逃げおおせていた。


「くそっ」


 紅葉。黒丸は振り返りざまに三体のゴブリンの首を掻っ切った。しかし、後に続くゴブリン達が死体を踏み越えて襲ってくる。


「しっつこいな!」


 ゴブリンを蹴り飛ばし、その後ろ行列に押し戻す。黒丸は少し出来た猶予で、また後ろへ振り返り逃げ始めた。


「なんでこんな事に……」


 黒丸がこんな目に遭っているのか……それは今から10数分前へと遡る。





「ここが……グラフィリアか。地球とあんまり変わらない気もするな」


 黒丸がシオンとの契約の後に送られた場所は木と草と土くらいしか見えない森の中だった。辺りに動物などの気配はなく、しんと静まり返っていた。


「取り敢えず、この手の小説だと最初に向かうのは街……だよな?」


 黒丸は頭の中のWeb小説で得た知識を引っ張り出す。

 黒丸は結構な量のWeb小説を読んでいたのだが、いざ自分がその立場になってみると何をしたらいいのか分からなくなっていた。


「で、問題はどっち街があるかだけど……」


 右を見ても左を見ても景色は同じ。手がかりを掴めずに黒丸は嘆息する。


“あ、黒丸。ヘルナス様からの伝言を預かってるよ。西に進めだって”


 黒丸の腰にぶら下がる黒い刀、シオンが黒丸の脳内で意気揚々と話す。


「西、ね。うーん、西ってどっち?」


 方角の調べ方など知らない黒丸は途端に行き詰まる。腕時計での調べ方もあるのだが、黒丸はそんな事知りもしない。

 ポケットに何か使える物はないか……と色々探してみるが、入れていたはずのスマホも財布も家の鍵もなくなっていた。


「はぁ、これからどうしよ」


 そんな事を呟きながらも、歩みを進める黒丸。ジッとしている訳にはいかない理由がある。一分一秒だって早く、麗華の無事を確認したい。それだけが黒丸の想いだった。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ! 誰かー! お助けー!」


 とてつもない程の地響きとともに、女の声とは思えない程の口振りの悲鳴が聞こえてきた。


「なんだ?」


 地響きは徐々に大きくなって来ている。黒丸は目を凝らして悲鳴の聞こえた方向に目をやる。金髪の少女が大量の化け物達に追われていた。化け物は全身が黄緑色で、僅かな違いはあるが総じて身長150センチ程だ。数は10数体はいる。


“あれはゴブリンだね。個々の強さは大した事ないけど、あの数はまだ何の恩恵も受けていない黒丸じゃキツイと思うよ”


 シオンの言う通り。とてもじゃないが、手に追いきれない。見なかった事にする。それがベター、いやベストな選択肢だ。黒丸はこんなとこで死ぬ訳にいかない。見知らぬ少女を命懸けで助けるだなんてリスクリターンに見合わない。


「誰かーーー!」


 黒丸は少女に背を向けた。別に罪悪感なんて抱く事はない。誰だって自分一番。だから……


『砕恋寺君のそういう所、私は好きだな』


 黒丸の頭にいつの日か、麗華に言われた言葉が蘇る。


「あー、くそっ!」


 黒丸は再び踏み出した。どちらの方に向かってかは、言うまでもない。


「そこの君! そのまま走れ!」


 黒丸はゴブリンの群れに向かって全力疾走する。


「あんた……」


 金髪の少女がすれ違い様に、黒丸をちらっと見た。彼女は一瞬足を止めたが、再び走り出す。ここで黒丸が進路を変える事でこのゴブリンの群れは黒丸へと標的を変えるだろうか。可能性は高い……だが、100%ではない。それでは意味がない。


「すぅ〜〜」


 大きく息を吸い込む。そして、スイッチを入れた。何かが劇的に変わる訳ではない。しかし、黒丸は覚悟を決める時、いつもこうする。


「ギャャア!」


 ゴブリンが黒丸めがけて棍棒を振るう。黒丸はそれを躱し、ゴブリンの首を掻っ切る。ゴブリン達の猛攻はそれでは終わらない。黒丸に対して円を描くように囲み込んだ。

 それと共に黒丸はシオンの長さを短くする。ゴブリンは同士討ちを恐れて一斉には襲って来ない。背後にだけ気をつけて、確実に一体ずつ仕留めなければならない。


 紅葉。草烏頭とりかぶと。草烏頭。草烏頭。一夜草すみれ。紅葉。草烏頭。草烏頭。


 次々と襲い来るゴブリンの攻撃を草烏頭とりかぶとで受け、一夜草すみれで状態崩し、紅葉で止め。そんな攻防を繰り返し、黒丸は懸命に自らの命の灯火を守り抜く。ただし、無傷ではない。捌き切れなかった攻撃が黒丸の体を確かに傷つけていた。


 ーー嫌だ。死にたくない。まだ死にたくない。せめて彼女に想いを伝えるまで、俺は死にたくない!


「紅葉!」


 黒丸はシオンの長さを伸ばしながら体を回転させ、刀を一回転させる。その一閃で何体かのゴブリンが絶命した。すると、黒丸の目には1本の道が見えた。ゴブリンの集団からの逃げ道。黒丸はそこへ向かって全身全霊で駆けた。どういう訳か、出来てしまった。ゴブリンの集団から抜け出した黒丸はひたすら前へ足を進める。


「ギャャャャャャア!」


 黒丸の背後でゴブリン達が雄叫びを上げた。逃がすものか。殺してやる。そう言っている様に黒丸は感じた。


「くっそ……」


 なんで自分はこんな事をしているのだろう。どうして助けた。どうして庇った。

 金髪の少女の泣き顔が黒丸の頭をぎった。別にほっとけば良かっただろ。女の子の泣き顔一つで命をかけられるほど、黒丸は主人公思想ではない。他の誰でもなく、それは黒丸自身が一番理解している。なのに……


『砕恋寺君のそういう所、私は好きだな』


 いつの日か聞いた? 格好つけるな。しっかりと覚えている。小学5年生の頃、黒丸が彼女に惚れたキッカケになった言葉だ。忘れるわけがない。あの時の彼女の言葉が、声が、笑顔が、今でも黒丸の心の中で確かに息づいて消えてくれない。


「好きだ」


 もう彼女が黒丸の事をどうとも思っていない事なんて知っている。黒丸とのあった出来事の事さえ覚えていないだろうという事も理解している。全部ずっと前から知ってる事だ。何度も自分に言い聞かせてきた。だけど忘れられないから、消えてくれないから、今こうしている。


 ーーほんと、キモイよな


 未練たらしいことこの上ない。黒丸はゴブリン達と追いかけっこしながらそんな事を思った。後ろから襲ってくるゴブリン達を足止めする事はもう限界に近い。追いつかれるのも時間の問題だ。黒丸は身体中の傷を庇う余裕も無く、只ひたすら前へと進んだ。

 徐々に視界が暗くなってきているのを感じる。足が重い。体が重い。耳だって遠くなってきて、上手く音が拾えない。もう死ぬのか。そう感じてきた。


「ギャャア!」


 一体のゴブリンが黒丸の背中を蹴り飛ばす。黒丸は受け身を取り、地面に仰向けに倒れる。しかしゴブリンもそんな黒丸を待ってくれるはずも無く、逃さぬ様しっかりと馬乗りになった。ゴブリンが棍棒を高く振り上げ、トドメを刺そうとしてくる。


「ぐっ」


 黒丸はゴブリンの両手を左手で抑え、右手に持つ短刀を模したシオンで首を掻っ切った。大量の血が黒丸の顔にかかる。その血の温かみを浴びて、黒丸は妙に落ち着いた。


 ーーああ、もう死ぬのか。棍棒で嬲り殺しされるから、きっと楽には死ねないだろうな。不知火さん……好きだ。この想いを伝えたかった。馬鹿だよな。自分と全く関係のない奴の為に死ぬ羽目になるなんてさ。くそっ、嫌だ。嫌だ。嫌だ。俺は死にたくない。彼女を死なせたくない。だから、俺は……


「……殺す」


 黒丸は自分に覆い被さるゴブリンの心臓にシオンを突き刺した。


「喰らえ、シオン」


“うん、いただきまーす”


 体に僅かであるが、力が溢れてくる感覚がした。


「俺は……死ねない」


 黒丸はフラフラにながらもゆったりと体を起こす。そして、その鋭い目で残りのゴブリン達を見据えた。


「だから……お前らを、殺す!」


 黒丸はシオンの長さを元の長さへと戻した。そして、たったひと蹴りでゴブリンの目の前まで移動した。


 ーー特殊な歩法、呼吸法で敵との距離を一瞬で詰める技 【水仙すいせん


 黒丸は水仙の勢いを利用し、ゴブリンの心臓にシオンを突き貫く。


「喰らえ」


 暗黒騎士は通常、ヘルナスの神殿に心臓捧げる事で恩恵を受ける。しかし黒丸の場合、シオンが心臓を喰らうことによりヘルナスへ心臓を捧げたことになる。よって、黒丸はヘルナス加護を受けることができた。

 さっきまでは乱戦であった為に抜くのに時間を取られる突きをする事は黒丸はしなかった。しかし、今違う。こうでもしなければ、生き残れない。ヘルナスの加護によるドーピングがなければ動く事さえままならないのだから、手段を選んでいる場合ではない。

ただ、心臓を喰らう。黒丸はその事だけを考える。


“いいよ、いいね。黒丸。もっとだ、もっともっと……”


 黒丸はシオンの言葉を無視し、水仙を利用する事でゴブリンの集団相手にヒットアンドアウェイを繰り返す。体力の限界がくれば、地面に転がる自分の殺したゴブリンの心臓を突き刺し、自らの命を延命させる。


「さぁ、こいよ。お前ら全員、俺が殺してやる」


 黒丸は不敵な笑顔を浮かべ、ゴブリン達に向かって手招きする。言葉は通じずとも、ゴブリン達は死にかけの人間に挑発を受けた事だけは理解したらしい。黒丸へ向かって一直線に向かって来る。


「いち、にー、さん、しー……7体か」


 黒丸は再び大きく息を吸い、スイッチを入れた。水仙。

 先頭にいたのゴブリンの心臓を貫く。体を回転させ、その勢いでシオンをゴブリンの体から引き抜く。振り返った先にいたのは2体のゴブリン。そのどちらもが棍棒を振り上げていた。お陰で首ががら空きになっている。


 紅葉。


 赤い飛沫が宙を舞った。その飛沫が暗幕となり、他のゴブリン達は一瞬黒丸を見失った。黒丸はそれを利用して黒丸は他のゴブリンを次々と始末する。


「あと、一体……」


 他のゴブリン達とは違い、身長が170近くある。それに、持っている武器も棍棒ではなく剣だ。

 剣ゴブリンはじっとその場を動かずに黒丸の様子を伺っていた。黒丸の現状知っているわけではない。しかし、此方から敵の誘いに乗ってはいけないと理解しているようだ。敵が攻めてこない以上、タイムリミットのある黒丸は自ら攻めるしかなかった。しかし……


「くそっ」


 剣ゴブリンは今までの黒丸の動きを観察していたのだ。黒丸は手の内を読まれ、さっきまで使っていた技はまるで通用しなかった。

 黒丸には他の技はまだある。出し惜しみしているわけではない。しかし、頭に血が上りきっている黒丸はそういう起点は効かず、ただ使い慣れた技ばかりを使用していた。


「くそっくそっくそっ」


 懸命にシオンを振るう黒丸を軽くあしらう剣ゴブリン。剣ゴブリンはいつ攻め込むか淡々と黒丸の隙を伺っていた。そして、ついにその時はきてしまった。


「がはっ」


 剣ゴブリンの足下に膝をつく黒丸。もう、体力の限界だった。ヘルナスの加護による基礎体力の底上げも供物がゴブリン程度では微力なもの、すぐに尽きてしまう。ぜーはーぜーはーと肩で息をする黒丸に、剣ゴブリンは油断なく剣を振り上げる。それに気づいてはいても、もはや抵抗できない黒丸は固く目を瞑った。


「サンダーボルトォ!!」


 黒丸は頭上に何かが通り過ぎていくのをかんじた。それを感じた途端、目の前の剣ゴブリンが地面に倒れ伏した。その胸にはどデカイ風穴が空いている。それをした張本人であろう者へと黒丸は視線を移した。


「君は……」


 其処には、先ほど自分の助けた金髪の少女が立っていた。どういう訳か息を荒立てている。


「どう、して……」


 それだけ言うと、黒丸は意識を失い地面に倒れ伏した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暗黒騎士だけど勇者です! 凪谷 @nagiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ