第2話 いけると思った?

「やぁ、こんにちは!」


 黒丸の目の前に現れたのは長い黒髪の少年だった。


「……えっと、こんにちは?」


 黒丸は突然の出来事に頭が付いて行っていなかった。それもそうだろう、黒い空間に知らない女が居たかと思えば、今度は真っ白な空間に知らない少年だ。黒丸でなくても混乱する。


「元気がないね。まっ、いっか。ねぇお前、名前は?」


 長髪の少年は笑顔を絶やさず、黒丸へ話しかける。


「俺は、黒丸。砕恋寺 黒丸。で、君は? 後、ここどこ?」

「ん? 僕? 僕の名前はシオン。で、ここが何処かだっけ……」


 そう言ったシオンの顔から、途端に笑顔が消えた。次の瞬間、シオンは黒丸に向かって蹴りを繰り出した。


「--ぐっ!」


 黒丸は咄嗟に腕で蹴りを防いだが、勢いで後ろに飛ばされた。物凄い勢いで転がった黒丸は途中で手で床を押し、空中でバランスをとって地面に着地した。


「ヘルナス様は勝手に決めちゃったけどさぁ〜、僕は君を主人と認めてないんだよねぇ」


 シオンは右手にヘルナスの出したのと同じ黒い刀を出現させる。


「だからさ、証明してよ。お前が僕の主人に相応しいかどうかをね……」


 黒丸は蹴りを受けて痺れる左手を抑え、立ち上がる。見る限りでは相手は中学生位の風体の美男子だ。とてもさっきの様な蹴りを繰り出せそうな体には見えない。それに黒丸が何より理解できないのは、目の前の少年がなぜ自分を襲うのか……だ。微塵も心当たりがない。


「あっ……」


 シオンの手に握られる刀を見て息を飲む。


「君、さっき俺の頭に突き刺ささった……」

「そう、僕は無理やり君に押し付けられた魔剣、シオンだよ。で、話を戻すけど、ヘルナス様の命だから従わないわけにはいかないんだけど……」


 シオンは持っていた刀を黒丸の方へ投げ、その刀は黒丸の足元に突き刺さった。


「見込みもない奴と組むなんて、僕は真っ平御免なんだ。だから選びなよ。僕無しで魔王に殺されるか、僕と共に魔王を殺すか」


 シオンは改めて笑顔を繕う。その笑顔一つで世の中の女性はきっと虜になるんだろうな、黒丸は場違いにもそんな事を考えてしまった。


「それで?」


 黒丸は足元に突き刺さった刀を引き抜く。


「後者を選ぶにはこれでお前と闘えってか?」

「うん、そう。流石に僕も鬼じゃないからね、殺せとまでは言わない」


 シオンは自分の下唇に指を当てる。


「そうだなぁ〜、ヘルナス様の命令もあるし、僕に一太刀浴びせられたら認めてあげるよ」

「そうか……」


 黒丸は一つ深呼吸して、目の前の敵を見据える。


「あっ、そうだ。その刀、お前の好きな形に変えてあげるよ。イメージしてごらん」


 言われた通りに黒丸は想像する。想像するのは家で剣術の稽古をしていた時の模擬刀だ。長さは90cm弱、刀身の半分強が両刃、重さは2kg弱。

 黒丸の握っていた刀は想像通りの造形に変わってゆく。


「へぇ〜」


 刀に関して素人ではない黒丸を見て、シオンはその目をギラギラと光らせる。

 鋒諸刃造きっさきもろはづくり、黒丸が造形した刀の造り。それは刀身の半分以上が両刃になっており、突きにも便利になっている。黒丸は砕恋寺家で代々伝わる剣術に突きもある為、この刀を使って練習していた。


「それじゃあ始めよう--」


 --か。シオンがそう言う前に黒丸は駆け出し、シオンの首に向かって刀を横薙ぎした。


「おっと、危ない」


 しかし、平然と避けるシオン。


 今の技は黒丸が教わる殺人剣術の一つ。相手の頚動脈を裂き、殺す剣技--【紅葉もみじ】。

 黒丸も木や藁の人形以外にこの技を使うのは初めてだったが、彼は迷わず実行して見せた。


「それじゃあ、今度はこっちからっ」


 そう言ってシオンは右手に片刃の刀を出現させ、黒丸に襲い掛かる。

 襲い掛かってくるくるシオンに対して、黒丸は刀の両刃になっていない部分に手を添え、防御の構えを取る。


 --護身剣術、【草烏頭とりかぶと


 次々と襲い掛かるシオンの剣撃を必死に受ける黒丸。刀の向きだけでなく、腰や膝を使って威力を最大限まで削る。


「なかなかしぶといね。だけど、守るばかりじゃいつまで経っても終わらないよ!」


 【紅葉】と違い、散々父や祖父を相手に練習してきた【草烏頭】ですら、黒丸は攻撃を凌ぎきるのに限界を感じ始めていた。

 しかし、それでも黒丸はシオンの速度に目と身体を慣らす事に努め、虎視眈眈と反撃の機会を窺う。

 シオンは細心の体をしているにも関わらず、信じられないほど力なが強い。気を抜けば、刀が吹っ飛ばされる。

 力が強い攻撃を受け流す剣技も黒丸は知っているが、それはまだ発展途上、というか黒丸が使いこなせるレベルには達していない。力だけでなく速さもあるシオンの攻撃に試す程、黒丸は馬鹿になりきれない。


「ふんっ」


 剣戟の合間を縫って回し蹴りを放つ黒丸だが--


「よっと」


 シオンに簡単に躱される。


「なってないね」


 シオンはそう言うと、黒丸に向かって一直線に突っ込んだ。その無防備な状態を見逃さず、黒丸は返り討ちにしようと構える。


「--んぐぁっ!」


 カウンターをしようとした黒丸に、シオンは『待っていました』とでも言はんばかりに、黒丸の顔面に回し蹴りを決めた。

 回し蹴りがクリーンヒットした黒丸は、自分の視界がぐわんと歪むのを感じながらも、シオンに注意を向ける。


「イケる! っとでも思ったぁ? 駄目だね、甘すぎる。そんなんじゃ、僕に一太刀なんて夢のまた夢のその先だよ」


 距離を取って形成を立て直す黒丸に特に追撃もせず、ただただ煽るシオン。

 そのシオンを見て、黒丸は考えを改める。考えが甘すぎた。自分の持つ剣術は確かにそこらの人間相手になら遅れを取らない。だが、こいつは剣術だけでどうこう出来る相手では無かった。


「シオン、一つ聞かせてくれ」

「なんだい?」

「ここで俺が死んだ場合、どうなるんだ?」


 今はもう感じないが、蹴られた左腕は痺れたし、今さっき蹴られた頭もズキズキ痛む。この真っ白な空間がどう言ったものか黒丸は知らない。


「そりゃ、人は死んだらそれまでだよ。ここでお前が死ねば僕の糧となるだけ」

「……そうか」


 それを聞いた黒丸は、もう取るべき行動が決まった。目の前にいる男に何が何でも一太刀浴びせる。例え腕がなくなろうとも、脚がもがれようとも、手段は選ばない。眼前にいる敵を見極める事に全神経をそそぐ。


「させないよぉ!」


 シオンがまた人間が出せる速度を超え、襲い掛かって来る。黒丸は【草烏頭】の体勢に入る。

 しかし、黒丸は急にしゃがみ込み、地面すれすれにまで体勢を崩した後、シオンの膝へ向かって刀を横薙ぎした。


 --敵の膝を崩す、あわよくば砕く剣技、【一夜草すみれ


「--おっと」


 シオンは空中で一回転し、【一夜草】を華麗に躱す。

その身体技能は既に人間のそれではない。


「はぁっ!」


 黒丸は腹の奥から声を上げた。ただそれだけだ。普通の相手なら、対して効果無かったかもしれない。

 だが、感覚が鋭敏なシオンはそれ故に反応してしまう。


「しまっ」


 空中で一回転した後に更に体制を崩すシオン。そのシオンに向かって、黒丸は刀を振り下ろす。


「--っくっそ」


 苦渋の声を漏らしたのは、黒丸の方だった。


「今のは少し、危なかったなぁ」


 呑気に返すのは、黒丸の刀を受けるシオン。シオンは黒丸の刀を滑らせ、黒丸は状態を崩す。


「っじゃあ、ねっ!」


 シオンは黒丸に刀を振りおろす。しかし、黒丸もまだ終わらない。


「--うわっ!」


 シオンに足払いをかけた。状態を崩し、刀は黒丸を捉えず虚空を切り裂く。

 その瞬間、さっきまでの絶対的な立場は公転した。シオンに大きな隙が出来た。


「くっ」


 それにもかかわらず、黒丸は足を抑えて苦渋の声をあげていた。

 シオンはにっこりと笑う。今のはシオンにとっても失態だった。ここで黒丸が攻めてきていれば、少し危なかったかもしれない。

シオンは体勢を整え、再び黒丸へ刀を振り下ろす。

 しかし、シオンの持っていた刀が空を舞った。


 --敵の武器を持つ持ち手を砕く、又はその武器を飛ばす剣技、【山樝子さんざし


 黒丸は刀の柄頭でシオンの刀の持ち手を打ち砕いた。

実際、シオンの手にそれ程の損傷ないが、それでも刀を吹っ飛ばされる位の勢いがあった。


「ちっ」


 シオンは咄嗟に考える。体勢を立て直すか、このまま無手で黒丸を仕留めるか。前者は今の状況だと体制を崩しているので、追撃を掛けられると危険だ。だが後者ならどうだろう。現在、黒丸は右手に持った刀を居合のようなポーズで構えている。しかしどう見ても、片方の足を庇っていた。イケる、そう思った。

 シオンは黒丸との早打ち勝負を仕掛けることした。自分が黒丸を殺すのと、黒丸の一閃が自分に届く事を天秤にかけ、今までの戦いから問題ないと判断した。

 シオンは指を束ねて矛の様に形作り、黒丸の首を目掛けて突き刺す。もう少しで、黒丸の首に手が届く。それに対して黒丸の刀は自分には届きそうにない。

 

(悪いね、でも僕も犬死は嫌なんだ……)


 シオンは心で黒丸に謝罪の言葉を呟くと共に、手の矛で貫いた。首から鮮血が溢れ出る。まるで、秋に散るの様に……。


「イケる。とでも思ったか?」


 やられたらやり返す。黒丸は地面に鮮血を広がらせるシオンに向かって皮肉を込めた言葉を投げかける。

 最後の一撃の際、黒丸は【紅葉】を放つと同時に後ろにバックステップし、虚空を貫くシオンの頚動脈を掻っ切った。


「あれ? 殺して大丈夫だったか?」


 黒丸は一太刀浴びせる事で頭がいっぱいで、シオンの生死を機にする余裕が無かった。そして今更、白い地面を赤く染めるシオンを見て急に不安になる。


「くふふふ、あははははははははは。やられたよ、黒丸」


 不気味に笑い、起き上がるシオン。


「まさか、足を痛めていたのは演技だったのか」


 シオンが最後勝負に出たのは、黒丸が脚を痛めていたという事実が後押ししていた。きっとあれが無ければ前者を選んでいただろう。


「ああ、でも正直成功するかどうかは五分五分だったな」


 敵意が無いシオンを見て黒丸は警戒レベルを落とす。


「僕を殺す絶好の機会をわざと逃して、より確実な行動に出たのか……うん、いいね」

「という事は……認めてくれるのか?」

「ああ、認めるよ。いや、認めます。我が主人、黒丸」


 シオンは膝をついて、黒丸に頭を垂れる。


「この先、主人の牙となり、立ち塞がる者の悉くを葬る事を誓いましょう」


 シオンがそう言うと、白い地面を染めていた血が独りでに動き出し、黒丸とシオンの足元に魔法陣を描く。


「なんだこれ」

「主人、ジッとしていて下さい。私と主人あるじの契約の儀式の最中です」


 急な態度の変化に背中が痒くなる黒丸。


「いいよ、黒丸で……」

「そう? わかったよ、黒丸」


 シオンはさっきまでの恭しい態度が嘘かの様に元通りになった。


「黒丸、僕の頭に触れて」


 シオンが黒丸に頭を下げたままそう言う。


「こうか?」


 黒丸がシオンの頭に触れると、その右手の甲に変な紋章が浮かび上がり始めた。


「これは……」

「それは契約印。魔剣、シオンの所有者である証だよ」

「成る程……」


 黒丸はシオンの頭から手を離し、契約印をまじまじと見た。赤黒い色をしている。なんか見るからに禍々しい感じだ。


「契約も済んだし、改めて自己紹介するね」


 シオンは立ち上がり、両手を後ろで組む。


「僕の名前はシオン。特殊能力は【暗黒の恩恵ダーク・ギフト】」


「特殊能力?」

「うん、通常ではあり得ない力を発揮する剣の事を魔剣って呼ぶんだけど、その力は剣によって違うんだ」

「それで、シオンの【暗黒の恩恵ダーク・ギフト】ってのはどういった力なん--」


暗黒の恩恵ダーク・ギフト

 暗黒騎士のみに使用可能。供物を捧げた際、得られる恩恵が強化される。


 黒丸の言葉を遮り、シオンの特殊能力についての情報が雪崩れ込んできた。どうやら、ヘルナスに頭に突き刺さされた刀の影響のようだ。暗黒騎士やシオンについての情報が次々と頭に雪崩れ込んでくる。


「暗黒騎士……か。ヘルナスめ、嵌めやがったな」


 雪崩れ込んできた情報で暗黒騎士の実態を知り、悪態を突く黒丸。暗黒騎士という職業は騎士と呪術師の合体職。確かにそうだ。騎士とは強大な力やスキルを与えてくれ、呪術師も研鑽さえ積めば強力な呪術師を与えてくれる職業だ。しかし、暗黒騎士に与えられる膂力やスキルは僅かで、使える呪術師も大したものはない。とんだハズレ職だ。


「これでどうやって魔王を倒せってんだよ」


 確かに黒丸は騎士の職業によるスキルや力の付与が無くてもそこらの相手よりは圧倒的に強い。しかし、魔王相手となれば殆ど膂力に補正がかからない暗黒騎士では物足りなさが否めない。


「まだ諦めるのは早いよ、黒丸」


 シオンは項垂れる黒丸に声をかける。


「暗黒騎士にはその分、暗黒騎士だけのスキルや暗黒魔法があるじゃん」


 暗黒騎士に与えられるのは騎士と呪術師の劣化版の力だけではないものもある。


「だけど、それも大した奴はないんだろ?」


 細かな情報は知らないが、大した力はもらえない事だけは分かっている。


「まぁね。だけど、そこでこそ僕の特殊能力が光るんじゃないか」


「【暗黒の恩恵ダーク・ギフト】ねぇ……」


 暗黒騎士は自らの手で殺した生物の心臓をヘルナスへ捧げる事で恩恵を受ける事ができる職業だ。その恩恵を強化してくれるとはいっても、これまでの流れ的にそこまで期待していいものか分からない。


「その強化ってどれ位強化してくれるんだ?」


 黒丸の質問に微妙な表情をするシオン。


「ちょっと、いや、少し?」

「どっちも一緒だろ」


 黒丸は嘆息を吐き、これからの事に気を揉んだ。


「前途多難だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る