暗黒騎士だけど勇者です!

凪谷

1章 

第1話 別れを告げるために……

 砕恋寺さいれんじ黒丸くろまるは今、机の上で寝たふりをしながら、全神経を耳に集中させていた。


「それで、麗華。直哉君とは何処までいったの?」

「え? 直哉君? 別に彼とはそんなんじゃ……」

「またまた〜、昨日ショッピングモールに一緒に行ったくせに〜」

「ちょっと由梨、なんでそんなこと知ってるの?」

「それは秘密。でも、行ったことは否定しないんだ」

「それは、本当に偶然出くわしただけで」

「ーーはいはい、分かりました。そう言うことにしておきます」

「もう〜、由梨ったら〜」


 黒丸の隣の席、そこにいる不知火 麗華とその友人の黒百合 由梨の会話を黒丸は一言一句逃さず聞き取っていた。

 2人の話していた直哉とはこのクラスで1番のイケメンであらせられる織田 直哉の事だ。2人は高1の頃からそういう噂が出来ていたが、2人で出かけていたとなれば関係が進展してきている事は明らかだった。


「ん〜」


 黒丸は今起きたかのように伸びをしながら、さりげなく目を擦る。そして決意した。この片想いを終わらせる事を。でも、終わらせようと思って終わらせられるのなら6年間も片想いなんてしていない。よって思考の終着点は告白になってくる。告白して玉砕すれば、この想いもきっと砕け散ってくれる筈だ。黒丸はそう信じて疑わなかった。


「おっ、もうこんな時間だ。んじゃまたね、麗華」

「うん、またね」


 自分の腕時計を見た由梨は自分の席へと戻った。

 黒丸も彼女につられて腕時計を見ると、時計の秒針は既に5に差し掛かっていた。いつもならあと1分もしないうちに数学の先生が入ってくる時間だ。


「あの、不知火さん」


 こんなにもあっさり話しかけた自分に黒丸は驚きを隠せなかった。今までずっと話しかける理由を探して、やっと見つけた些細な理由を持って話しかけようとしてもうまくいかなかったのに、今はすんなりそれが出来た。それがタイムリミットがあったせいか、これで終わりにできるからか、それは分からないい。だけど、理由なんて今はどうでもいい。折角、チャンスが来たんだ。今行かないと一生行けない。


「ん、何?」


 麗華は肩に少し掛かる位の髪を揺らし、黒丸の方を見る。麗華の目と黒丸の目が合った。その瞬間、黒丸は二の句を継げ無くなってしまった。麗華の顔に見惚れていたのだ。

その鈴の音のような声が、その少し短めの髪が、愛くるしい目が、鼻が、口が、そのどれもが黒丸を魅了し、一度入れば抜け出せなくなる奈落へ突き落とそうとする。それは駄目だ。好きでもない人からいつまでも好意を受け続けるなんて、相手からすれば迷惑極まりない筈だ。彼女の嫌がることだけはしたく無い。だから今、ここで終わらせるんだ。


「あ、あの……俺……」


 しどろもどろになりながらも黒丸は必死に言葉を紡ぐ。いつも考えてきた筈のかっこいい告白のフレーズもポーズも表情も全部無駄になり、おまけにこんな所で告白すれば後で大変なことになることは目に見えているのに、今の黒丸にそんな事は眼中に無かった。


「不知火さんの事が」


--言え! 言うんだ! 言っちまえ!


「好きです!」


 黒丸は6年間の片想いを終わらせる言葉を発した。これで全てを終わりにできる。6年間付き添い続けた苦しみも、辛さも、楽しさも、嬉しさも……。その悉くを一言で終わりにできる。あまりに儚い。だけど、黒丸は麗華の幸せを何より一番に望むから。


 「ごめんなさい」、その一言で終わる筈だった。その言葉が麗華にとどいていたならば。


 黒丸が告白をする直前、黒丸の視界から麗華や周りの人、さらには教室まで消えて、代わりに黒に包まれた空間と豪奢な椅子に肘をつきながら座った1人の女が現れた。


「ん? 私の事か?」


 黒丸の正面に立つ黒髪に赤い瞳の女が自身に向かって指を指す。


「え?」


 彼女を見た黒丸は間抜けな声を上げ、静止する。体はピクリとも動かないが、頭の中ではこれでもかというほどに動揺していた。

 黒丸は頭を抑え、混乱する思考を落ち着かせて状況を理解する事に徹した。


「おーい、お前。聞いてるか? おーい」


 そんな事は気に留めず、黒髪の女は黒丸の顔の前で手を上下に動かす。


「えーと、これは、夢?」


 黒丸は長考の末辿り着いた結論を口にする。そうだとすれば全て合点がいく。通りで全てが上手いこといくと思った。自分があんないともたやすく不知火さんに告白出来るなんて……。


「夢ではない」


 黒髪の女が黒丸の結論を一言で打ち砕く。


「えっと、それじゃあこれは……」


「説明しよう。私は暗黒神へルナス。グラフィリアの死と闇を司る女神だ。そこで--」

「ちょっと待ってください」


 手を彼女に向け、ヘルナスの話を遮る黒丸。


「……なんだ?」


 黒髪の女は話を遮られ、不満そうな顔をする。


「あんたは今から、魔王を倒せとかおっしゃりやがるおつもりでしょうか?」


 今の状況に心当たりがあった黒丸は、たっぷりと皮肉を込めて自分の考えと整合するか確認した。


「ああ、そうだ。よく分かったな」


 驚いた表情をしながらもヘルナスは偉そうな口振りとポーズを変えない。


「よく分かったな、じゃねぇよ! なんで俺がそんな事!」


 思わずカッとなる。黒丸はネット小説で『異世界転移』系統の話を見るのは好きだったが、実際行ってみたいとは思ったことは一度もない。そんな黒丸からすれば、理由もなく命を懸けて魔王と闘うなんてご免こうむりたかった。


「お前が好きな女……不知火 麗華だったか? その女もグラフィリアに召喚されたぞ」


 ヘルナスは黒丸の心の一番揺さぶられる所を突いた。

 黒丸はまた感情的に行動しそうになる自分を感じ、冷静になる為にゆっくり目を瞑り、開いた。


「……それは、本当か?」


「ああ、だがしかし、お前を召喚する場所とは別になるがな」


「どうして……」


「不知火 麗華をグラフィリアに召喚した神は生と光を司る女神ルクアレス。あいつを深く信仰する者の多い場所に不知火 麗華は召喚されたが、私は其処に関与できない。よってお前は不知火 麗華と同じ場所には行けないのだ」


 ヘルナスは椅子の肘掛に肘をついたままもう片方の手に黒い刀を出現させる。


「そこでだ、砕恋寺 黒丸。お前にこれを与える」


 黒い刀は独りでにヘルナスの手を離れ、黒丸の頭に向かって飛んでいった。


「--痛っ……くない?」


 黒い刀はそのまま黒丸の頭を刺し貫いたが、猛烈な痛みも死も彼へ与える事はなかった。


「それは、私の持つ刀の中でも多分優れた一振りだ。お前にやろう」


 --今、多分って言わなかった?


「えーと、お前にやろうとか言われても……」


 黒丸は黒い刀を抜こうとするが、刀は黒丸の頭に突き刺さったまま動かない。


「これをどうしろと?」


 両手を肩の辺りまで上げ、疑問を体で示す。


「今はお前と同化中だ。それと、お前にはそれを使って魔王の心臓を止めて欲しい。成し遂げる事が出来たならば……」


 続く言葉を見つけられず頭を捻るヘルナス。彼女のその姿を見て、黒丸は内心呆れる。そこを考えていなかったとは、こいつはやる気があるのだろうか。


「あの、悪いんですが俺、何を言われようと魔王を殺す気なんてないんですが」

「まぁ別にそれでもいいが、不知火 麗華は魔王に殺されるかもしれんな」

「……それは、脅しか?」


 黒丸の表情は豹変し、鋭い目つきになる。その表情を見て、ヘルナスはニヤリと笑った。


「いいや、助言だ。そもそも私もこの件に関してはどうでもいいのだ。ただ、ルクアレスに付き合わされているだけ……」

「不知火さんがここにいない事はルクアレスとか言う奴と関係があるのか?」

「ああ、お前以外の奴らは皆ルクアレスによってグラフィリアに召喚された」


 --奴ら? って事は不知火さん以外の皆も……


「どうして俺だけ?」

「1つは私が何人も相手にするのが面倒だから。もう1つはお前が1番暗黒騎士に向いていたからだ。目的の為なら何でもする、そうなれる奴が1番向いているんだよ」


 『目的のためなら何でもする』、その言葉を聞いて黒丸はヘルナスが自分を買いかぶりすぎだと思った。自分はそんなたいした奴ではないのに--と。

 しかし、黒丸はヘルナスに対して特に訂正する事なく、次の疑問へ焦点を向けることにした。


「暗黒騎士ってのは?」

「私の加護を受ける人間には3つのうち1つ天職が与えられる。呪術師と死霊術師、それと暗黒騎士。呪術師は呪術を操る事を専門とする天職。死霊術師は死霊術を操る事を専門とする天職。暗黒騎士は神を尊び剣を武器に戦う騎士の天職と呪術師の天職を合わせたものだ」


 ヘルナスは一呼吸付き、黒丸を見やる。


「お前にはどうやら刀の心得があるようだしな。私は暗黒騎士を推すが、どうする? お前が望むなら別のでも構わないが」

「俺はあんたを尊んだりしていないんだが?」

「今はそれでもいい」


 ヘルナスは目を瞑り、僅かに口角を上げた。


「なら、暗黒騎士で頼む」


 意味深な言葉に少し引っかかったが、黒丸は首を縦に振った。すると、ヘルナスは了承の合図に目を開いた。


「なら、そろそろ向こうへ送ろう。案せずとも、暗黒騎士に必要な情報はお前の頭に刺さっている刀が教えてくれる」

「え? いや、不知火さんの居場所をまだ」

「ーーそれじゃあ、死んだらまた会おう」


 ヘルナスがそう言うと同時に黒丸の視界は暗転し、黒丸はその場に倒れた。頭に刀を突き刺さした黒丸は徐々にその姿を光の粒子へ変えていく。


「またすぐに再開などとつまらない真似はしてくれるなよ……黒丸」


 黒丸の体が全て光の粒子へ変わった後、ヘルナスが一人つぶやいた。

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