第2話 粗削りな"キセキ"の胎動!

 時は西暦を遥かに置き去りにした未来。

 技術の発展は、人類に輝ける進歩を与えた……かのように見えた。

 しかし、人類史は繰り返す。悪しき過ちも、悲しみの時代も。

 ロボット技術の進展は短い栄光と、兵器転用、支配戦争……悲劇に彩られた、血の歴史を再び招くことになった。

 ただ一つ、これまでの歴史と違うところを挙げるとするならば――。


















   杭打て! マルタンダー!

    第2話「粗削りな"キセキ"の胎動!」


















「ばっかじゃ……ねぇの……」


 そう漏らすしかなかった。呟くことしか、できなかった。あるいは、呪うことしか。

 蜷川にながわは現状に、乾いた笑いを浮かべた。足元には幼馴染肉塊が、熱を少しずつ失っていく。彼女の身体の半分は失われ、その下に敷かれているべき彼の膝から下の感覚も、ない。


 ――なんだよ、これ。


 心臓の音だけが彼の脳に響いている。飛び散る火花も、赤いランプと共に非常事態を告げるサイレンも、崩れゆく製造工場の断末魔も、遠くから自分を呼ぶクラスメイトの声も、耳に、届かない。


 ――なんだよ……これ。


 どく、どく。血の流れる音、アドレナリンが足先から地面に流れていく音……生きている、音。苦笑いを浮かべていた顔に、別の色が混ざる。唇が閉じ、開き、嚙み締めた歯が隙間から覗く。


 ――なんだよ、これ!


 自分を見下ろす"破魔の輝石オニキス"から目をそらさずに、蜷川は声を上げた。


「なんなんだよ、お前はあぁ!」


 どくん。鼓動が、うるさい。叫んだ言葉は、周囲の音の濁流にのまれて、響くことすらせず消えた。消えた。消えてしまった。

 最新型……"オニキス"は、有機体に置換され始めた顔を少年に向けた。雑音ほどもない声で鳴く羽虫に注意を向けた。向けて、しまった。

 しかし、蜷川は止まれない。つい数分も前にあった日常を、笑顔を……榎戸おもいびとを、まるで砂遊びでもするように消し去った"絶望"に折れるほど、彼は、彼の心は……。


「返せ、返せよお! 俺の世界をよおお!!」


 よわく、ない。

 その叫びに……破壊された日常の断末魔にすら吸収される、小さな人間の絶叫に……彼の足元でキセキが脈打った。


「――なら、戦える?」


 聞きなれた少女の声が、彼に応える。

 蜷川は、視線を落とした。冷えゆくばかりの榎戸の命の灯、その最後の輝きだろうか。そう思った彼の視界せかいを受け止めたのは、榎戸しょうじょの瞳。


「……榎戸エド?」

「ねぇ、あなたは、どうしたい?」


 じっと少年を見つめたまま、少女の唇が動く。

 つい先ほどまで彼の心を支配していた震えも、すっかり非日常に上塗りされてしまったのだろうか。「死んだはずの友人が動いている」ということに挟む疑問も違和感も投げ捨てて、「まだ想い人が助けられる手段があるのならば」と、彼は希望ひかりに手を伸ばす。縋る先が藁か、絶望かすら確かめずに――。


「――取り戻し、たい」


 そう、願った。友人を、日常を、クソみたいな運命メタリアに乗っ取られた人類の希望オニキスすらも、取り戻したいと。そう願った。


「そのためなら、戦える!」

「……なら、君に決めた」


 目の前の少女は、榎戸は、良く知った笑顔で、知らない笑顔を見せた。

 ドクン。心臓が高鳴る音が頭を冒す。

 榎戸は、上半身だけの身体を、膝から先のない蜷川の太ももに押し付けた。


「……戦おう、になっち」


 突如、榎戸の姿がどろりと銀色に溶けて……少年の失われた足を、白銀のそれに置き換えた。


 ――動ける。戦える……?

「……はは、なんだよ、これ」


 高揚感。不思議と、恐怖はない。それどころか、目の前の絶望に立ち向かえる気さえする。

 右手を、崩れた天井に伸ばす。生まれる前に死んだ部品に、装甲に、武器に、意識を向けた。


「お前らも、戦いたいよな……来いよ、絶望なんて――」


 笑う、嗤う。唇を歪めて、歯をむき出しにして。曲がった眼鏡のフレームが、ついに自重を支えきれなくなって、落ちた。


「――ぶっ壊してやろうぜぇ!」


 本懐を果たすことのできなかった、放置された決戦兵器の部品に、叫ぶ。

 応えるように、武器が、装甲が、彼の身体に吸い寄せられて――。




 ……パッチワークめいて機械群が彼の身体に組み合わされ、吸収され、つなぎ合わされ……子供が気まぐれに組み立てたロボットのおもちゃのような、バランスを放棄したシルエットが完成した。

 右手に太い丸太の杭を持ち、辛うじて人型といえる継ぎ接ぎの亡霊ラピエサージュの中心で……蜷川は、唇を、歪めた。


 "聖女オニキス"は、蜷川に向き直り、その使命を全うするかのように杭を構える。胸元から侵蝕する"誘惑の蛇メタリア"の望むまま、破壊衝動のために。


 ――異形の"怪物殺しヘルシング"同士の戦いが。始まろうとしていた。

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杭打て! マルタンダー! たり @euth

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