杭打て! マルタンダー!

たり

第1話 侵略兵器"メタリア"の恐怖!

 時は西暦を遥かに置き去りにした未来。

 技術の発展は、人類に輝ける進歩を与えた……かのように見えた。

 しかし、人類史は繰り返す。悪しき過ちも、悲しみの時代も。

 ロボット技術の進展は短い栄光と、兵器転用、支配戦争……悲劇に彩られた、血の歴史を再び招くことになった。

 ただ一つ、これまでの歴史と違うところを挙げるとするならば――。


















   杭打て! マルタンダー!

    第1話「侵略兵器"メタリア"の恐怖!」


















「オーライ、おーらぁい!」


 低く唸るような機械音、誘導するツナギ姿の企業戦士。学生たちの頭上で、淡々と機械がくみ上げられていく……。


 「歓迎! 社会見学ツアー ひがし南北西なぎに高校 御一行様」とでかでかと描かれた横断幕をくぐりながら、制服姿の学生たちは思い思いにツアー時間を過ごしていた。ある男子学生は生き生きした様子で友人と語らい、ある女子学生は退屈そうに昨日のテレビの話をし、ある学生は歩きながら携帯端末のチェックに執心している。

 縁の厚い黒メガネ越しに、携帯端末を熱心に見つめる学生の胸元。校章と彼の名前である「蜷川にながわ」の文字を刻印された名札が、頭上の溶接光でキラキラと輝いた。


「このように、えー、我が社では近年世界を騒がせている、えー、"メタリア"という、えー、地球外生命体……えー、に対して……」


 ガラス張りの大きな作業部屋床、その下をくぐる通路に間の伸びた声が響く。説明を担当する男性のものだ。教師と並んで歩く彼は、従業員と同じ緑色のツナギ姿をしている。胸元には「専務」の刺繍。


 ――専務専用に発注をしているのだろうか。


 一瞬だけ、端末の画面から目を挙げて蜷川にながわは唇の端で笑う。専務が案内役として登場して以来、話の内容よりもそのツナギの刺繍が気になって仕方ない。笑ってしまうのも忍びないと、携帯に意識を集中させているのだ。

 そのせいか、隣に忍び寄る影には気づけず……。


「……になっち、もしかしてエロいの見てる?」


 耳元で、甘い少女の囁き声。

 心臓と体が電気ショックを受けたようにビクリと震え、蜷川は反射的に声と反対の方向へ飛び上がった。


「……っ、エド、心臓に悪いっての……!」


 声の主をにらむ少年。

 視線を受け止めながら、くすくすと楽しげに笑うのは少女。本人が「成長期だ」と主張するつつましやかな胸元には「榎戸えのきど」の名札。オレンジ色のエアリーボブの榎戸は、八重歯を隠しもせずに笑っている。


「あーおかし。相変わらずみぃみ弱いよね、に・な・っち!」


 おかしくて仕方ない、といった様子で肩を震わせる幼馴染の少女。

 眉を寄せ、唇を「への字」にして目線を遣りながら、少年は溜め息をつく。


「お前さー……」


 黙ってりゃかわいいんだから、とうっかり口元にのぼりかけた言葉を慌てて呑み込む。呑み込みながら、頭の中で「アイツはただの幼馴染」と十回ばかり唱える。


 ――あっぶね。


 はぁ、と息を解放し、もう一度少女を睨みながら言葉をかけ……ようとした。


「エドは……」

「になっち見てよ、最新型だって!」


 かぶせるように、少女は華奢な指先を通路の奥に向ける。彼女の大きな声で、クラスメイトや専務の視線も、その指先に向けられた。通路の奥には「格納庫」の表示がある、大きな開けた空間があり――。


「え、えぇ、当社の最新型、えー、対外敵戦闘用えー、人型機動兵器……えー、γガンマ28番76式、通称、えー、”オニキス”ですね」


 手元の分厚い資料を何ページか飛ばし、専務は彼女の言葉をフォローする。


「"メタリア"は、えー既存の無機物を取り込んで拡大・強化する力をもった生命体で、えー丸太を打ち込むことでしか倒せない、ということは、えー、皆さんご承知のことだと思います」


 蜷川は、話半分にその「最新型」に見入っていた。

 大きな格納庫の中央に鎮座するのは、外敵に杭を打ち込むためだけに存在する異形殺しの機械兵器ヘルシング。あらゆる状況下で瞬時に対応が取れるよう、機械と人間の脳を繋ぐ「神経接続」という操縦法を選択したために人型で、ダメージが操縦者の脳を損傷しうるがゆえに、死と隣り合わせの棺桶もどきキャスケットとも呼称される、人類の希望。艶やかな黒いボディ、肩や脚部は加速装置で膨らみ、一見すると修道女のような印象すら覚えさせるその兵器の――。


「……故に、えー、"メタリア"が侵入しないよう、この工場でも、えー、細心の注意を払って……」

「ねぇ、あの新型って……」


 蜷川と同じように見入っていた榎戸が、話を遮るように声を上げた。

 注目を浴びる、最新型。静まり返る格納庫の中央で、祈りをささげるようにひざを折って座る機体の、まさにその胸元には――。



 あるはずのない紅い装飾……薔薇のような形が、聖女の胸元で脈打った。





















 何が起きたのか、蜷川には分からなかった。慌てたような叫び声と、一瞬の閃光。

 かすむ視界が、徐々に惨劇を映し始める。崩れた壁、ちぎれたケーブルの火花、目の前から引き抜かれる巨大な鋼鉄の拳……。


  ――なんだ、これ。


 地響きにも似た、鉄のこすれ合う咆哮。「最新型オニキス」は、天を見上げて神への呪詛を唱えているに違いなかった。


 手が、冷たい。


 ――ああ、こけちゃったのかな、俺。


 立ち上がろうと、力を入れる。何も感じない。腰が抜けたのか、と視線を下ろす。

 後悔した。






 足元には、数秒前まで彼の幼馴染だった少女の上半身が。蜷川の太ももにしがみつくように、倒れた彼女の下半身は、彼の足先と共に損なわれ、床に空いた大きな穴の中に呑み込まれていた。



 少年は、いっそ夢であるようにと願い、呪詛を呟いた。顔を上げた彼の視線の先には、絶望が。

 呪いが、死が、かつての人類の希望の姿をして、立ちはだかっている――。

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