第38話「エピローグ」
~~~
当たり前だけど、トワコさんが休学扱いとなったあとも時の流れは止まることなく、私たちの日常は普通に続いた。
梅雨が開けると、すぐに夏休みがきた。
文芸部に正式に復帰した世羅さん、私とマリーさん、真田兄弟、先生とヒゲさん。ついでに血の眼。
なんとも複雑な構成の我々は、ヒゲさんの知り合いの温泉旅館で夏合宿を行った。
ちょうどよく地元のお祭りがやっていたので、私は先生と世羅さんの腕をとって連れ回し、遊びまくった。
ふたりともまだ呆けたような感じだったけど、私がぎゃあぎゃあ騒いでいたら、最後には笑顔を見せてくれるようになった。
頑張った感じの笑顔ではあったけど、笑顔は笑顔だ。
夏が過ぎ、秋になった。
文芸部らしい活動をしようということで部誌を創り、学園祭で一部200円で売った。
売れゆきが悪く意気消沈していたら、突如として売れ始めた。
どうしたものかと怪しんでいたら、真田兄が夏合宿中に隠し撮った私と世羅さんの写真をおまけとして付けていたらしかった。
私がどうこうするよりも早く、世羅さんが電光石火の蹴り技でふたりをノックアウトした。
写真はすべて回収し、焚火の材料にくべた。
焼き残した1枚が風に乗って飛んでいたところを先生に拾われ、私と世羅さんは真っ赤になって奪い取った。
……どんな写真だったかは、あまり言いたくない。
秋はまた、勉強の季節でもあった。
私たちも遊んでばかりではなかった。勉強だってした。
中間テストの結果、1年2年3年のトップを文芸部が独占した。
1年は私、2年はまさかの真田弟(兄のほうは? まあ聞くだけ野暮ってものだろう)。
3年は世羅さんだったのだが、これがびっくり、同時期に行われた全国模試でもトップ10に食い込む大健闘だった。
そして12月24日の放課後。
私たちは部室にお菓子やジュースを持ち寄り、クリスマス会を開いた。
「かんぱーい!」
私の音頭で、みんながジュースの入ったグラスを持ち上げた。
『ハッピーメリー! クリスマース!』
ママの作ってくれた料理と、意外に器用な真田兄が作った料理が、テーブルの上を彩った。
「いっやーお疲れさんだったねー! みんなー!」
世羅さんはジト目で私を見た。
「……あんたは別に何もしてなかったでしょうが。ただ座ってぎゃあぎゃあ騒いでただけで」
「もー! カタいこと言わないの! 世羅さん!」
「痛いよ! 痛いから叩くなっての!」
「バイオレンスはいかんぞ、真理。なにせそなたは淑女なのじゃからして……」
最近口うるさくなってきたマリーさんが、スマホで指摘してくる。
「おおお……兄者! これは素晴らしいぞ! 外はカリッと中はジューシー! まさにお手本のようなトリカラだ! よくぞここまで成長したな! もう教えることは何もないな!」
「弟よ……我は貴様に何も教わった覚えがないのだが……。……というかだな。さっきから目玉のついた天秤が、思うさま我の料理を貪り喰ってるように見えるのだが……」
「うんめええええー! これうんめえええええー! おうおうやるな! 兄ちゃんの料理うんめえなあああ⁉」
「最近こういうことあるんだよな……。死兆星みたいなものなんだろうか……。あれか、我はもう長くないのか……?」
「おおーい新堂! 盛り上がってるかー⁉ せっかくのハレの席なんだ! 盛り上がらなきゃ損だぞ⁉ もっと食え! 飲んで騒げ! 今日は無礼講だ! ふぉおおおおおおおおー!」
「……あのね、ヒゲさんね? 俺たち仮にも聖職者なんですからね……? 羽目を外しすぎないようにね?」
この頃では、先生もよく笑うようになった。
だけどやっぱり、全盛期のそれにはほど遠い。
「やっぱりトワコさんがいないとダメなのかなあー……」
窓際の椅子に座ってため息をついていると、世羅さんがやって来た。
「何よらしくない、ため息なんかついちゃって」
「らしくないとは失礼な。こちとら思春期真っ盛りの乙女ですからね、物思いに耽ってため息ぐらいつきますよ」
「ふうーん、ま、いいけどね」
世羅さんは私の隣に座ると、ひらひらと細長い紙を振って見せた。
「出たよ。第一希望、判定Aだって」
得意げな笑顔。
「おおー。世羅さん、進学は東京の大学だっけ?」
「うん、民俗学部」
「ま、世羅さん頑張ってたもんね。当然の結果か」
あの日以来、世羅さんは人が変わったように勉強した。
もともと優秀な人間が、さらに本気で努力したのだ。
いい結果が出るのは当然だろう。
「しかし、民族学かあー……」
世羅さんが選んだのは、世界を飛び回ってのフィールドワークという道だった。
物語という存在を研究し、同時に自身の求めるもの……つまり結果的に霧ちゃんに行きつくための道だ。
「すごいねえ世羅さんは、ホントにまっすぐだ。脇目も振らないね」
「……あんたもある意味すごいとは思うけどね。聞いたよ? 進路希望」
世羅さんはジト目で私を見た。
「な、なんのことですかねー?」
口笛を吹いてごまかそうとしたが、ふすーふすーと空気の漏れる音しかしなかった。
「地元の大学の教育学部って、つまりは先生になるってことでしょ?」
「う……っ」
「あんたはけっこう計算高い女だもんね。先生と生徒の次は先輩後輩の関係になって、心身ともに近くにいようってんでしょ? もしこのままトワコさんが戻って来なかったら……そこまで考えたんだよね?」
「うう……っ」
「悪いって言ってるわけじゃないよ? 誰かしら支えになってくれる人が傍にいないと、シン
「い、一応言っておくけどね? それだけが目的じゃないからね?」
なぜか焦ってしまう私だ。
「春から先生にお世話になって、色々わかったことがあったの」
マリーさんのこと。
マリーさんだけでなく、他の物語や司書のこと。
「……世の中にはさ、色々と面倒な人がたくさんいるんだってことに気が付いたんだ。それに気がついてる人が、出来る人が、なんとかしなきゃって思ったんだ。世羅さんみたいに直接対峙する方法もあるけど、私は教育的な観点から……」
「ふうーん、ご立派ですねー」
「ちょっと、ちゃんと聞いてよー!」
私がぎゃあぎゃあ騒いでいると……。
ピロロロロ。
先生のスマホが着信した。
先生はびくりと震えて、慌てて外に出ていった。
私と世羅さんは顔を見合わせ、先生のあとについて出た。
「……うん。……うん。そっか……うん。わかった……すぐ行く。だからそこで、待っててくれ」
「……先生。今のって……もしかしたら……?」
「うん。ごめんな、真理。その通りだ。俺……行かなきゃ……」
言葉少なに、先生は謝った。
みんなに中座を詫びて、そしてすぐに、走って行った。
どこへかなんて、言うまでもないだろう。
「……速っ」
世羅さんが呆れたようにつぶやいた。
運動神経の鈍い先生の、しかし長いストライドを生かした全速力。
それは驚くべき速さだった。
「見たでしょ? 言っとくけど勝てないからね? 真理」
「世羅さんこそ、他人事みたいに言ってるけどさ……」
ふたり同時につぶやき、顔を見合わせ、同時にため息をついた。
電話に出た瞬間の先生の表情──泣き笑いめいたあの顔。
痛感した。
これから先どれだけ頑張ったとしても、きっと私たちには、先生にあんな顔させられない。
「ね、知ってる? 世羅さん」
肩から力を抜きながら、私は言った。
「なにがよ」
「先生のスーツのポッケにはさ、いつもメモ帳が入ってるんだよ?」
「そりゃまあ……社会人なわけだし。メモ帳の一冊や二冊……」
「それがさ、傑作なんだよ。そういった通り一遍のものじゃないんだよ。もっと特殊なもんなんだ」
「なにそれ。そんなもったいぶって……」
こほん、私は咳払いした。
「先生の物語なんだよ」
「……は? なにそれ」
「だからさ、先生の日常を描いたメモなんだよ。昨日何食べたとか、今日何したとか、明日どこへ行くとか」
「なんでそんなこと……」
「トワコさんの表象、覚えてる?」
「そんなの当たり前……ああ……そういうこと?」
私たちはタイミングを合わせた。
『ヤンデレ彼女』
ふたりで言って、ふたりでウケた。
「だから自分が謹慎してる間の日常を記しておけって言われたって? 監視的な意味で?」
「そうそう、どこへ行って誰と何を話したか。話の内容まで書いておけって」
「あっはっは。そいつぁ傑作だ。まったくもってトワコさんらしい……」
「ほんと、大変だよねー? 先生でなかったらちょっと無理だと思うよ?」
私たちは、互いの体を叩きながら笑い合った。
いつの間にか、笑いで涙がこぼれてた。
「はー、おっかしい! シン兄ぃも、とんでもない女の子を捕まえちゃったもんだね!」
世羅さんは、暗くなり始めた空を仰いだ。
「そうだね……だけどとても、先生らしい」
私も同じ方角を見上げた。
白いものが降り落ちてくる。
ふんわり軽い粉雪だ。
ゆらゆらと揺れながら、それは地上に落ちてくる。
「いいなあ……」
思わずといった調子で、世羅さんがつぶやいた。
あ……って感じで、口元に手を当てた。
「……当ててみせようか?」
にひひと笑いながら、私は言った。
「……いいよ別に。バレてるのなんて、知ってんだ」
世羅さんは唇を尖らせた。
「うん……そうだね。たぶん私も、同じことを思ってるよ」
先生の描いた、先生自身の物語。
それを読めるなんて、なんて羨ましい。
そんなふうに思ったんだ。
だってそれは、きっと他の人には読めないものだから。
頼んだって、見せてくれないものだから。
作者にとっての物語のように。
赤裸々な、自分だけのものだから。
「……」
不思議な感慨があった。
トワコさんがそうだったように。
マリーさんがそうだったように。
霧ちゃんがそうだったように。
先生は、自分自身を語るんだ。
駅まで走って。
トワコさんを抱きしめて。
ちょっと泣いて。
これまでとこれからを。
あの人は、物語るんだ──
~~~Fin~~~
黒歴史な彼女から逃げられると思った? ──残念、死んでも離してくれません。 呑竜 @donryu96
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます