第43話 そして念願の地上勤務
「キャシー、元気にしてるかナー」
「ああ、前の事件で組んでたネコ族のコだっけ?」
「そうそう。戦った後、メチャメチャ疲れて爆睡しちゃってサ。起きたら獣天界に戻ってて、それっきり会ってないんだよネ。一緒にテンチョーに謝ってやるって約束してたから、気になるんだよナ」
ここは、目黒区碑文谷にある大型スーパー六階にあるペットショップです。そう、以前下界から獣天界へ戻れなくなったガジュが、食料を求めてやってきた、あのお店です。
あれから――レクーのマシンとの戦いから、一年半が経過していました。丸一日眠りこけてから目覚めると、すべてが元通りになっていたのです。
謎の宇宙人による攻撃の事実は伏せられたので、あの数日間は世界じゅうで偶然に事故や不審火が多発したという不自然な時期ということで片づけられ、人間たちはいまだに納得いかない様子で論争を続けています。
獣天界は、それ以上に変化なし。「毛玉作戦」において、予想をはるかに上回る活躍を見せたガジュには、たくさんのフィリアがボーナスとして支給されました。余裕を持って最高の条件を揃え、下界任務を申請したのが一年前です。
「あー、おまえこないだジャジャマックスが遊びに来たとき、寝てたもんなー」
「エー。ナンダヨー、起こしてくれればいいじゃんヨー」
「おれが起こさないと思うかよ。ハンモックを超絶揺らして、次に体の上でウィーズル・ウォー・ダンスをひとしきり踊ってだな、首のところに穴掘アタックして、最後はデス・ローリングまでやったんだぞ? それでも起きないって、おまえ何者だよー」
「うはは、スマンスマン」
おなじみセーブルフェレットのガジュと同じケージにいるのは、アルビノフェレットのクマ夫です。白さが自慢のはずのアルビノですが、若干黄ばんでいるのがチャームポイント――らしいです、本人曰く。
二匹とも、このショップでは売れ残り組で、もうかれこれ一年近くここにいます。最初のうちは五万円がついていた値札が、先週ついに二万円を切りました。でも、二匹とも焦ってはいません。ここにいれば、ソウルマスターに会えるとわかっているからです。
「んで、ジャジャマックスがなんだって?」
「おー。キャシーちゃんな、謹慎解けたってよ。そんでもって、ようやく申請したらしいぞ、下界勤務」
「おおお! やっと行ったかよ、子猫ちゃん」
最初の生で虐待され、人間不信になり、ずっと長いこと獣天界から出たことがなかった、あのキャシーです。ついにもう一度人間を信じる気になって、今度こそソウルマスターを探しに旅立ったというのですから、これがめでたくないはずがありませんよね。
「でもなー、いくら良い人間に出会えても、キャシーちゃんが背中ギザギザにしてシャーシャー言ってたら、かわいがってもらえないだろ? ちょっと心配だよな」
「その点はナ、心配には及ばないゾ。このおれが、愛され子猫ちゃんになれるレクチャーをしてやったんだからナ!」それからハンモックによじ登って、くるりと体を丸めるガジュ。「じゃ、キャシーが幸せになってるイイ夢でも見るか」
「おいおーい、寝るのかよ」
マイペースなガジュに一応ツッコミを入れてから、クマ夫は水を飲み始めました。ウォーターボトルのある場所からは、スーパーのエスカレーターが良く見えます。ちょうど、一組のお客さんがやってくるところでした。
「おいガジュ、お客さん来たぞ」
「んー」
クマ夫は水を飲むのを止めて、ペットショップへとやってきた女性二人連れについて実況を始めました。
「親子かなあ、お母さんと女の子。あれ、こっち来るぞ。あれあれあれ、ガジュ、おいガジュ、起きろって。おれのソウルマスターじゃないってことは、おまえの唯ちゃんじゃないのか?」
「そうカモー」
そうこうしているうちに、女の子のほうが一足先に、フェレットのケージの前へやってきました。肩から下げている鞄には、フェルトでできたフェレットのマスコットがついていました。残念ながらあまりメジャーになりきれていないフェレットが、グッズになることはほとんどありませんから、おそらく手作りなのでしょう。そしてなによりも彼女の素性を明らかにしているのは――
「あの子、フェレットのマスコットつけてるぞ。しかも、背中に羽生えてるし」
そう、見たことなどないはずなのに、それは獣天使ガジュの姿にほかなりませんでした。
「おいおいおい、起きろってば。アピらないと、おれが買われちゃったら意味ないだろ」
「だいじぶだいじぶ。前のときもこんなんだったからナ。むしろクマ夫、アピっといてヨ。そのほうが、おれ感出るし」
「えー、そうなんか」
ハンモックに丸くなって、どこが頭でどこがしっぽだかわからなくなったまま、ガジュは動こうとしません。クマ夫は単純に、久しぶりに人間に構ってもらえるのはうれしいので、ケージの柵に張りついて歓迎の意を表します。
(やあやあ、よくきたね。お嬢さんがた、まあゆっくりしていきなさい)
「フェレットさん、こんにちはー」
ポニーテールの女の子が、クマ夫の顔を覗き込みながら微笑んでくれます。ついでに、柵の間から指を差し入れて、ピンク色の手のひらをくすぐりました。
(むふふ、くすぐったいよ)
床に手をついて、同じくピンク色鼻先を女の子に向けます。すると、その後ろからお母さんらしき女性が顔をのぞかせ、クマ夫の鼻の頭をつつきました。
「あら、この白い子、愛想がいいわねえ」
(そうだよ、おれはサービス精神旺盛なほうだからね)
でも、そんなことを言われたら、この二人――成田家に飼われるのは、クマ夫になってしまうのでしょうか。
「うんうん、だからあっちの寝坊助さんがガジュくんね」
ガジュの言ったとおりでした。言葉は通じなくても、ソウルマスターと獣天使は、絆でつながっています。たとえみずから死を看取った存在であっても、再び会えることを信じ、運命に引き寄せられ、そして見つけ出せるのです。
「触ってみますか? あ、セーブルのほうですね、少々お待ちください」
お店の人が来て、唯ちゃんたちに声をかけます。ケージの天井が開けられ、ハンモックに丸まるフェレット背中の皮を、問答無用でむんずとつかみ上げます。
ここでようやく、ガジュのスイッチが入りました。
(唯ちゃん、また会えたネ)
ひょうきんな隈取の中にある、真っ黒な目を輝かせて、ソウルマスター唯ちゃんを見つめます。お店の人に背中をつかまれて完全に脱力しているため、なんだかタヌキの干物のように情けない格好をしていますが、これが感動的な再会の瞬間です。
「ああ、やっぱりガジュくんだね。また会えてよかったー。探したんだよ」
(ウンウン。おれも待ってたヨ)
唯ちゃん、さすがわかっています。手渡されたガジュの、ヒゲの張り具合を確かめ、柔らかな手のひらの感触を十分に楽しみました。それから握手です。
「またよろしくね」
(こちらこそ、ヨロシクねー!)
獣天界最初のスーパーヒーロー、毛玉戦隊セリアンズのセリアン・アッシュことガジュは、こうして少しの間だけ、ただのフェレットに戻りました。 〈おしまい〉
毛玉戦隊セリアンズ! 草葉の陰からドンジャラホイ Ryo @Ryo_Echigoya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます