第42話 降り注ぐ歌声は宇宙を揺らし

「ガジュ、聞こえてるー?」

「みんな、アナタの味方よ!」


 どこかのスタジアムかというほどの熱気。床から伝わる振動のうねり。それらは、意識がもうろうとしていて、目がほとんど見えておらず、まるで水中にいるかのように音が遠くにしか感じられないガジュにも、しっかりと伝わりました。すると、ビームによって受けた傷が、できたそばから塞がっていきます。再生能力が驚異的に向上しているのでしょう、痛みばかりはどうにもなりませんが、それさえ我慢できれば、どうやら負けることはなさそうです。


「うへへ、こりゃあいける……ナ」


 一万近い人たちの応援を、肌で、心で感じ、スーパーヒーローとは何なのか、彼は本当の意味で理解できました。どことも知れない宇宙に放り出された人たちに、笑顔と勇気与えられた希望。そしてだからこそ、スーパーヒーロー自身も、彼らから力を与えられるのです。


「ガジュ、話は聞いたわ。わたしにはもう、何の力もないから、ここで祈っていることしかできない。でも負けないで、お願いよ!」


 何もない頭上に大きなモニターが展開し、病院のベッドに半身を起こした小さな女の子が映ります。雪子ちゃんです。獣天界との通信が開通し、ネコ族驚異のテクノロジーが、さっそく映像を送ってくれたようですね。


「よー兄弟、ワシも助太刀に駆けつけたいところだが、どうも遠いところにいるようだな。だが応援だけはさせてもらうぞ!」


 さらに別のモニターが展開すると、そこに写っていたのは以前会ったときは獣天界の門番をしていた髭面の獣天使です。ほかにも、顔見知りでよく一緒にごはんを食べる友だちや、同じ機動部隊の仲間たちもいます。

 さらにさらに、さらに。ガジュが戦う頭上には、モニターがいくつも点灯して、居並ぶ大勢の獣天使たちを映し出しました。現場での応援ソング「サンタが街にやってくる」が一周して最初に戻ると、モニターの獣天使たちも一斉に合唱に加わります。そう、彼らは獣天界の聖歌隊です。任務でどうしても参加できない隊を除き、待機中の隊と非番の隊の全員が集結し、その圧倒的な歌声でガジュを支援してくれます。


 そろそろ、期待に応えなければなりません。なぜならガジュは――セリアン・アッシュは、スーパーヒーローなのですから。

 降り注ぐ歌声に、なんとガジュの首に巻かれたセリアン・カラーが反応し始めました。淡く金色に輝いたかと思うと、ビーム攻撃を受けて砕け散ったはずのセリアン・スーツが、肩に、胸に、腰に、そして両腕に、再び装着されていきます。それも、今度のは少々攻撃を受けたくらいではびくともしません。


「よーしよし。じゃーいっちょ、決めるゼ!」


 満身創痍の体にむち打って、セリアン・アッシュは大きく飛び上がり、一際力強いステップを踏みます。ちょうど二十残ったマシン群は、スーパーヒーローとその味方たちが生み出す振動に翻弄され、今にも倒れそうにぐらつきだしました。少々抜けてはいますが、この隙を逃すセリアン・アッシュではありません。

 殴って殴って蹴って殴って体当たり。キックパンチキックキックキックパンチチャージ……。怒濤の連続攻撃が、鮮やかに二十チェーンのコンボをたたき出します。フィニッシュの跳び蹴りを決めて着地したとき、動いているマシンは一つたりともありませんでした。


「見たか、コレがセリアン・アッシュだ!」


 すでに前なんて見えちゃいないのに、胸を張り、こぶしを高々と突き上げ、ズタボロになった翼を広げて決めポーズ。とたんに拍手と歓声が巻き起こり、キャシーとカーラのタックルを食らってひっくり返りました。なんだかとっても幸せな気分になれる大ゴケです。頑張ってよかったと、心の底から思いました。

 でも、惜しむらくはそのときすでに、ガジュの視界がブラックアウトしていたことです。もし見えていたら、彼は衝撃の決定的瞬間を目撃できたはずでした。キャシーが――あの鉄面皮のお澄ましネコちゃんが、目尻に涙をためて笑っているんですからね。もちろんカーラも、全エネルギーを笑顔に変換する勢いで、輝くように笑っています。笑顔が本当に似合う女の子ですから、その破壊力はすさまじいものがあるでしょう。


「ええと、では皆さん」我に返ってしまったキャシーが、いつもの表情に戻って放送します。「これで脅威は去りました。あとは地上に到着するまで、各自おくつろぎください。ご声援、ご協力、どうもありがとうございました」


 これにはみんな、拍手で応えます。不安さえ取り除かれれば、自分たちが今いるのは見えない宇宙船の中です。宇宙のど真ん中で全方位見放題なのだから、満喫しないのが損。すべての景色を目に焼きつけようとします。

 キャシーとカーラに両肩を支えてもらいつつ立ち去りながら、ガジュは二人に尋ねました。


「唯ちゃん、喜んでくれたかナ?」

「うん。すっごいうれしそうだよー」


 カーラが何度も力強くうなずきながら請け負ってくれます。

 それを聞いて、ガジュもヒマワリのように暖かな笑みを浮かべました。


「ソウルマスターに会って、自分が以前飼っていたフェレットだって言って、話したい?」

「んー?」


 横から静かに問うキャシーの言葉の意味が、ガジュにはすぐにはわかりませんでした。


「世界規模でこんなに大きなことが起こっていたのだから、どのみち人間たちの記憶を多少いじることになると思うの。忘れてしまうのだったら、アナタが獣天使としてソウルマスターに会ってもいいかなと、思っただけよ。どうする?」

「んー、いいや」


 ガジュには見えていませんでしたが、そのときモンロー眼鏡の中で、キャシーのグリーンの目が大きく見開かれていました。ソウルマスターを持たない彼女でしたが、獣天使がその存在をどれほど大切に思っているかは知っています。ここで「ノー」という返事が返ってくるとは予想もしていなかったのです。


「おれだけなんて、悪いダロ」

「でも、アナタはあんなに頑張ったのだから、それくらいの見返りはあっていいと思うのだけれど」

「みんな、頑張ってたじゃないかヨー。雪子ちゃんや、獣天界のみんなだって!」


 肩を組んだまま、ガジュの両手が左右にあるキャシーとカーラの頭をなでくり回しました。


「あははー、くすぐったいよー」

「ちょっ……なんなのよ、もう」

「みんながソウルマスターに『おれだよ!』って言えるときが来るまで、待つさ。スーパーヒーロー頑張ってりゃ、そんな日が実現できるかもしれないしナ」


 喜び合う人間たちの前からそっと姿を消した獣天使たちは、操縦室に入り、最後の仕上げ――地球降下の準備を行ないます。といっても、実際に作業に当たるのはキャシーのみ。カーラは、部屋へ入るなりひっくり返ったガジュについていてあげました。


 キャシーは、地球の周囲を超高速で周回する何千もの人工衛星や、スペースデブリを回避するコースを計算し、大気圏突入準備を整え、獣天界へと連絡を入れます。厄介なことにこの宇宙船は目に見えないので、着陸地点の座標を指定して、救護部隊の一団を送ってもらう手はずを整え、さらに「世界規模の事件・災害を獣天界が強制収束させた際のマニュアル」に基づき、獣天使長に会議の招集を提言。最後に、自分ががレクーによる計画を知っていて黙っていた事実を話し、通信を切りました。

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