第41話 季節外れのクリスマスソング

 感情のこもっていない冷ややかな声は、今度は直接耳に入りました。手当されている左足から顔を上げると、そこには白衣とモンロー眼鏡がトレードマークの美人さんがいます。


「人間たちが無事地球に帰れれば、おれの勝ちダロ?」

「ダメよ。自分の足で立ってなければ無効」

「ウーン」口角を上げたおなじみの表情のまま、ガジュはあごをなでます。「オケ、ワカッタ。勝つよ」

「ひゃあぁキャシーどうしよー、バリアが切れちゃうよー!」

「セイクリッド・バリアー!」


 カーラの黄金の輝きが自前の髪を残して消える間際、そう叫んだのはキャシーです。物理法則が歪み、間断なく放たれるエネルギー波は、金色のイメージがあまりしっくりこないキャシーへと殺到します。


「安心することね。ほかに使い道がなかったから、ワタシのステータスはバリアに全振り。五分は保つわよ」

「頼もしいナ! ヨシ、その間にいくつマシンを倒せるか、だな」


 治療が済んで、ガジュはキャシーとカーラを下がらせました。キャシーの発動したバリアは、まだ続いています。それを確認し、妙に落ち着き払った顔つきで、ガジュはウォー・ダンスを一くさり、二くさり舞いました。


「痛くない踊りの効果が切れててナー。さすがに痛かったゾ」

「ええぇっ……」


 ふくらはぎが丸ごとなくなるくらいの怪我をしてなお戦い続けていたガジュの姿を思い出し、カーラ卒倒しかけました。


「サテ、じゃあタイムアタックだ!」両手のこぶしを打ち合わせてから、ガジュはあらぬ方向へファイティングポーズを取りました。「アレ? ゴメン、敵ドッチ?」

「まさかアナタ、見えてないの?」

「うはは、まさか! ただ、異様に視界が狭くてナー」

「ガジュ、こっちこっちー」


 カーラに腕を取ってもらい、マシン群を正面にとらえます。双眼鏡でものぞき込んでいるかのように狭い視界でも、見えていればこっちのものです。ガジュは歌いながらステップを踏みます。

 セイクリッド・バリアー解除まで、残り三分程度。キャシーはラボラトリー艦内すべての人間たちに向けて、メッセージを発信します。


「艦内の皆さまへ、コチラはヒーローユニット、毛玉戦隊セリアンズです。我々は現在も、危機に直面しています。どうかセリアンズに、皆さまの力をお貸しください。その場でかまいませんので、セリアン・アッシュに暖かい声援をお送りください。彼が立ち続けている限り、皆さまは安全です。ですから、なにとぞよろしくお願いします」


 その切実な声はラボラトリー艦全体に響きわたりました。多くの人間たちは、ヒーローとはなんだと議論をし始めます。ある国の集団は、すぐに歓声を上げて「セリアン・アッシュ!」と口々に叫びました。そして別のまたある一団は、ときの声を上げて駆けだしたのです。

 ガジュは、笑顔パンチの三連発でマシンを一つ倒していました。


「やったー! がんばれー!」


 カーラの応援にも力が入ります。力みすぎて、アップテンポのステップを一緒になって踏んでいるくらいです。フワフワの巻き毛が、アグレッシブに飛び跳ねていますね。

 その横で、こわばった表情のまま両手をにぎり固めていたキャシーも、動き出します。この二匹の履いている獣天使標準装備のサンダルには、当然、ステップで振動を起こすような仕掛けはありません。それでも、直立不動で見ていることなどできなかったのです。


「ガジュ、なにを歌ってるのかなー?」


 カーラが尋ねます。三十メートルも離れると、戦闘の爆音にかき消されて、ガジュのハミングはほとんど聞こえないのです。でも、ネコ族ハイブリッドの耳は、イヌ族ゴールデンレトリバーよりも多少、優れていました。


「時季外れのクリスマスソングよ。『サンタが街にやってくる』っていう」

「あー! 知ってる知ってる、歌えるよそれー。今どのへん歌ってるのかな?」

「……もうすぐサビ。……サンタクロース イズ カミング トゥー タウン」

「オッケー!」


 ステップを踏みながら、カーラが大きな声で歌いだします。有名な曲だったのが幸いですね。さすが、聖歌隊も視野に入っていたというだけはあり、彼女の歌声は力強く響きわたっています。きっと、ガジュの耳にも届いているに違いありません。

 そのときついに、キャシーのバリアが切れてしまいました。金色の輝きによる遠隔攻撃吸収がなくなり、次からエネルギー波は、正しくガジュへと放たれてしまうでしょう。もう力にはなれないのか……そう思ったとき、キャシーにできることは一つしかありませんでした。


「さああなたから メリークリスマス わたしから メリークリスマス」


 二匹はさながらチアガールです。足並みと歌声をそろえて、力の限りガジュへとエールを送ります。

 キャシーとカーラが見守る先では、ガジュがエネルギー波を食らい、放物線を描いて飛ばされていました。でも、声援と人間たちの応援に支えられたのでしょうか、追い打ちの対空攻撃を食らう前に空中で体勢を立て直し、開いてしまった間合いをすかさず詰めます。

 ステップ、ステップ。攻撃を受けてもひるまずステップ。


「セリアン・アーッシュ! 負けるなー!」


 遠くから、男の子の叫び声がしました。大勢の大人たちの先頭を、イガグリ頭の男の子が走っています。翔くんです。


「セリアン・アッシュー、負けんじゃないぞー!」


 髪を振り乱して、ちょっと怖いギャルがだいぶ怖いギャルになっていますが、叫んでくれています。


「がんばれー……って、なんでクリスマスソング?」


 小太りな男の人が問うのに、おばちゃんがビシリと返します。


「細かいことはいいんだよっ。あの二人のまねして応援すりゃあいいんだからさ」

「それもそうだな」スーツのサラリーマンが応じ、革靴のかかとを鳴らしながらぎこちないステップを刻み始めます。「結構速いぞ」


 唯ちゃんも、どこかで見たことがあるような気がするサングラスの青年が、何度攻撃を受けて飛ばされても立ち上がって敵に向かっていく姿を見て、胸が熱くなりました。体が勝手に動きます。みんなと一緒に、アップテンポのリズムを刻みます。そして、セリアン・アッシュの仲間の女性二人が、なぜかクリスマスソングを力の限り熱唱しているのに気づき、ちょっと笑いながら同じメロディーを口ずさんでしまいました。


「要はあれなのか、サンタの歌をノリノリで歌いながらリズムに乗れば、あのにーちゃんを応援できるんだな?」

「セリアン・アッシュだよ! 覚えて!」

「おう、それよそれ」


 二人が応援の輪に加わり、さらに周りの人たちが同調し……という具合に、ガジュの応援団は人数を増やしていきます。彼らの見守る先で、ガジュがエネルギー波に打ち落とされました。悲鳴と叫び声が上がりましたが、彼らのヒーローは無事です。もちろん無傷とはいきませんが、床に腹這いになった次の瞬間にはスリーポイントスタンスを取り、そのまま真正面のマシンへ、下からかち上げるようなショルダーチャージ。なんと一撃で倒してしまいました。


 もちろん、一帯は大歓声に包まれます。隣同士でハグをしたりハイタッチしたり。応援にも力が入るというものです。

 そこへ――なんと援軍が到着しました。離れた場所にいた別の国の人たちが、自分たちのために戦ってくれているヒーローを直接応援しようとやってきてくれたのです。みんな地球人。人種も国籍も、言葉が通じなくても、すぐに心が一つになります。応援歌――と言っていいのでしょうか――が、世界的に知られているクリスマスソングだったことも大きいのでしょう。あちらからもこちらからも歌声が聞こえ、足を踏みならす音が響きます。


「ガジュ、聞こえてるー?」

「みんな、アナタの味方よ!」

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