第40話 新人救護部隊員、カーラの全力
そして案の定、ガジュの姿が目に入ると、カーラの顔色がみるみるうちに青ざめました。いつでも絶やさなかった豊かな表情は、今や凍りついて能面のようです。さらに間の悪いことに、ガジュが着地を失敗して座り込むように降り立ったのも、彼女の不安をあおったようでした。
「うへ……」
「しゃ、しゃべんないで、いいからっ」
さすがに「元気だよ」アピールは失敗。なにがのどに絡んだのかと咳をすると、鮮血が盛大にまき散らされて、さらに空気が凍りつきました。固まっているカーラを見上げるという珍しいアングルのまま、安心させようと微笑みます。ちょっと苦しいのは本当ですが、まだ痛くないから平気。それがガジュの理論でした。
「表面だけ、で、だいじぶだから、ナ?」
首だけで何度もうなずきながら、ようやくカーラは動きだします。体の内部にまで達するダメージを受けた場合、応急処置を済ませて即獣天界へ強制送還――というのがセオリーなのですが、状況はそれを許してくれそうにありません。「キレテナーイ」と「リゲインRX」を胸の穴の両面と脚に使い、さらに緊急増血剤「チワキニクオドルン」を飲ませます。
「コレ、超マズいナ」
ガジュは笑って言いながら立ち上がります。そして、血を噴射しない程度の声量で「アリガトー」と述べ、おまけにサムズアップまでして見せてから駆けだしました。まだまだ二十五もマシンが残る戦いの地へ。
行かせても良かったのかと、カーラは考えてしまいます。救護部隊員としては、ドクターストップをかけるべきだったのかもしれません。でもガジュの仲間として過ごしてきた時間は、それが無意味だと彼女に教えていました。ガジュという、ちょっとどこか抜けている獣天使は、戦いにおいて引くということをしませんから。たとえカーラが足にしがみついて離れなかったとしても、彼女を引きずったまま戦いへと赴くでしょう。さらに、そんな足手まとい――というより邪魔になっていてさえガジュは怒ることなく、カーラを怪我させないように庇いながら戦うはずです。
いても立ってもいられず、カーラは走り出しました。ユニオンジャックのバンダナと、だいぶ軽くなってしまった医療バッグをひるがえしながら。
そして彼女は目撃します。乱れ飛ぶエネルギー波をものともせず、ハミングしながら果敢に攻撃を繰り返すガジュの姿を。
「キャシー、なんとか……ならないかな。このままじゃ……」
「カーラ?」いずこにあるとも知れないスピーカーから、なめらかでしっとりしたキャシーの声が返ってきます。「今ちょっとガジュの映像を開く余裕がなくて……なにがあったの?」
カーラは目の前の状況を説明しました。敵の数は減りつつあるけれど、それ以上にガジュへ蓄積されているダメージが大きいこと。だんだん、敵の攻撃を避けられなくなってきたこと。どんなに吹っ飛ばされて、背中から床にたたきつけられても、すかさず起き上がって立ち向かっていく姿を、もう見ていられないこと。
「ねえ、これいつまで続ければいいのかな? 全部倒さないとだめなの? ガジュに逃げてって、言っちゃダメかなー?」
「今は、まだ」
「でももう……死んじゃうよ。ソウルマスターがすぐそばにいるのに、こんなところで永遠にお別れなんて……」
「人間たちは、全員肉体との再結合を済ませたわ。世界じゅうの人たちがサンプルの対象になっていたらしくて、思ったよりも数が多かったの。それでね、カーラ。人間たちの力を借りられないかって、今思いついたのよ」
「ふぇ? 人間のちからー?」
ちょっとだけ泣きじゃくるのが収まるカーラ。頭の中は、たくさんのハテナマークが乱れ飛んでいます。
「そう。人間たちの応援は、獣天使にとってなによりの力の源よ。このラボラトリー艦には、一万人近くの人間がいるわ。彼らの力を貸してもらいましょう」
「う、うん! どうすればいいのかなー?」
「アナタ、『セイクリッド・バリアー』を知っているでしょう」
「えーと、頭の輪っかと翼が光って、無敵になるやつ……だよねー?」
「ご名答。それでガジュを保護して」
確かにカーラは、残留思念と戦ったとき、そして渋谷の交差点で、ガジュの「セイクリッド・バリアー」を見たことがありました。絶対無敵の効果に驚いたと同時に、効果時間が恐ろしく短いという感想も抱いたものです。うまくいくとは、とても思えませんでした。
「五秒ぽっちじゃ、どうにもならないよー」
「ああ、大丈夫よ。普通はもっと持つから。アイツは能力の振り分けで、『セイクリッド・バリア』の分をパワーに回した馬鹿だから、極端に短いの。初期値のままなら、一分は持つから」
それを聞いて、カーラは涙を腕でこすりあげ、かばんを後ろへ回しました。
「じゃあ、あたしでも大丈夫だねー。えと、今? すぐに?」
「ガジュが沈む前に、よろしく頼むわよ」
キャシーの言葉に、カーラはくすりと笑って応えます。そして初めて、頭の上へ無意味に浮かんでいるとしか思っていなかった輪っかに、意識を集中します。金色の愛が、心を満たしていきます。大好きな仲間を守りたい気持ちが、金色になって心に注がれます。まぶしくて、心の目を開けているのも限界です。
アンテナを一本立てたフワフワ金色、獣天使の女の子は、今、戦いの渦中へと飛び出していきました。
「セイクリッド・バリアー!」
マシンと自分の間に体を割り込ませてきた金色を、ガジュは不思議そうに見つめました。朦朧とした頭で、あのゴールデンレトリバーの女の子だと認識するのに成功します。
「ナンダ、カーラは思っていたよりずっと強い子だナ。怖くないか? 無理するなヨ」
「わっふー! 無理しちゃダメなのはガジュのほうだよー! さあ、治療治療」
マシンに取り囲まれ、エネルギー波が全方向から襲いかかってくるど真ん中で、さっそく応急手当てが行なわれます。頭上の輪っかも、緩くカールした髪も、背中の翼も金色のカーラは、なんだか本物の女神さまのように見えなくもありません。
「ガジュ」
「おー、ナンダ」
ごっそりと肉を持っていかれた左足を診てもらいながら、遠く近くに聞こえてくるキャシーの呼びかけに応えます。
「獣天界との通信を開いたわ、応答はまだないけれど。だからひとまず人間に応援を要請するわよ。勝てるわね?」
「子猫ちゃん、誰に聞いてるんだ? おれは負けないヨ」
「それは、勝てないってことかしら?」
感情のこもっていない冷ややかな声は、今度は直接耳に入りました。手当されている左足から顔を上げると、そこには白衣とモンロー眼鏡がトレードマークの美人さんがいます。
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