第39話 絶体絶命

「わかったよー。でも、もし向こうでヤバくなったら、助けを呼んでね。すぐに駆けつけるからねー!」

「ウム。頼りにしているゾ!」


 そしてすぐに、駆けだしていきます。あいかわらず足はあまり速くないのですが、遠ざかっていく背中を、カーラは頼もしく思いました。


 駆けだして一分もしないうち、なにかに蹴っつまずいて、セリアン・アッシュの体は宙に浮きました。


「おおっと」


 幸いにもここでは飛ぶことができるので、翼を開いて事なきを得ます。下を見れば、やはりというべきか、透明の床から例の平べったいマシンがいくつも生えてきています。真上は死角だろうと悠々旋回していると、突然、一条のエネルギー波が対空攻撃を行なってきました。腰のプロテクターが、ちょうど継ぎ目を撃ち抜かれ、脱落してしまいました。


「上、アリか」


 そうとわかれば、飛んでいるのは不利です。インメルマンターンで後方に戻り――そこから先は足を止めている時間はありません。マシンの一団と水平方向に駆けるセリアン・アッシュの、踵すれすれにいくつものエネルギー波が突き刺さります。でも、調子に乗って走っていると、今度は逆サイドをエネルギー波で迎え撃たれ――つまり、進行方向を狙い撃ちされ、吹き飛ばされてしまいました。


「あぶなっ」


 胸部のプロテクターを破壊されつつ転がり、追撃を奇跡的なタイミングで避けながら立ち上がります。逃げているだけでは一向に攻撃のチャンスが得られないと判断したセリアン・アッシュは、今度はまっすぐにマシン群へと突っ込んでいきました。


 もちろん、エネルギー波の集中砲火を受けます。ただ、マシンのエネルギー波照射角度の問題か、思ったよりも直撃は少なくて済みました。左腕のプロテクターを盾にして、三発まで耐えました。四発めでプロテクターが破壊され、左腕に直撃を受けます。痛覚は遮断してあっても衝撃はどうにもならず、速度が落ちてしまいます。


 それを見逃すマシンではありません。首をかすめる一撃、脇腹をつらぬく一撃、そしてよろめかなければ顔面のど真ん中をとらえていたはずの一撃。


 セリアン・アッシュは顔から首から肩から流血し、白い獣天使の装束が赤く染まっていきます。それでも前進を止めないのは、後ろにカーラがいてくれるから。獣天使はそう簡単には死なないし、フェレットのタフさにも自信がありました。だから、歩いてでも這ってでも彼女のところに戻ることができれば、また元通りにしてもらって戦える――そう思えばこその捨て身攻撃です。


 なんとかステップの有効範囲である十メートルまで接近し、ワンステップ、ツーステップ。振動を感知してエネルギー波の斉射をやめたマシンに、


「微笑みキーック!」


 確かな手応え。けれどもマシンは倒れません。一斉に再開された攻撃を垂直ジャンプでかわし、着地からのステップ連打で再度封じます。


「時間はかかりそうだけれど、なんとかなるナ」


 あまり時間をかけると、その前にセリアン・アッシュの体がバラバラにされてしまうのですが、その辺りのことは考えていないようです。

 ハミングでアップテンポの曲を口ずさみ、ステップを踏みつつ、攻撃を再々開し始めるマシンに集中。左肩をえぐられる一撃を受けながらも目を閉じなかったおかげで、最高のタイミングをつかみます。


「微笑みキック、キャンセル笑顔パーンチ!」


 左足でのキックから思い切り体を捻り、右手での――まあ、ただの正拳突きです。けれども効果はあったようで、プロテクターでの「防御し損なった結果防具が当ってしまった一撃」を受けたマシンは、後方に倒れて沈黙しました。


 一段落ついたら、一目散にカーラの元へと取って返します。幸いなことに、数々の負傷は痛くも苦しくもないのでこのまま戦い続けることも可能です。けれども、負傷した場所――特に左肩など、もう一度攻撃を受ければ、今度こそ腕がもげてしまいかねません。獣天界の救護部隊といえど、さすがに応急処置で腕をつなぐことは不可能ですから、ここは早めのリカバリーが必要だと判断したのです。


 移動速度はさほどでもないマシンを振り切って、待ち合わせ場所に戻ります。


「カーラ、手当頼むヨ」

「はーい……って、うわー! なんでこんなことになってるのー!」


 完全回復させて送り出した仲間が、ほんの数分後ズタボロになって戻ってくれば、そうも言いたくなりますよね。でももちろん、彼女も新人とはいえ、立派な救護部隊員です。


「もうちょっと、自分のことも考えた戦い方をしなよー」


 そう言いかけましたが、飲み込んで「キレテナーイ」をふりかけます。肩の傷が大きくて、開封したばかりの「リゲインRX」を丸々一瓶使いきりました。


「はい、おわりー。あんまり無理しちゃダメだよー」

「おお、アリガトー!」


 背中をぽんぽんと叩かれると、セリアン・アッシュは弾丸のように飛んでいきます。それを見送っていると、キャシーが敵の数を二十七と言っていたのを思い出し、全部を倒しきるまで薬品が持つかどうか、カーラは不安になってきました。赤い十字の描かれた白い鞄を床に下ろし、改めて薬品の数を確認します。


 さて、セリアン・アッシュは残りまだまだ二十六もいるマシン群の前へ取って返しました。最初のステップを踏むまでは、やっぱり大変。多少のダメージは覚悟の上で、敵の前へと飛び込んで行かなくてはなりません。ステップによる振動は、意外と効果範囲が狭いのです。


 エネルギー波の一撃、二撃。


「生身になったナ。ヨシ、ココからが勝負!」


 プロテクターがすべて破壊されてしまうと、セリアン・アッシュの要素はどこにもなくなってしまいます。彼は今や、ただの獣天使機動部隊員のガジュです。

 今度は、ステップで動きを封じてマシンを一体やっつけるまで、順調でした。なんと、胴体はノーダメージ。ただし足に一発もらってしまっていて、キックを繰り出すのに支障をきたしそうだったので、やはり一度戻ることにします。


 背を向けたところへ狙いすました一撃が炸裂します。背骨を直撃しなかったのは不幸中の幸いでしたが、そのすぐ横から入ったエネルギー波は、胸部を突き抜けていきました。

 さすがのガジュも、これは少しまずいことになったと思いました。このまま床に転がれば、確実にエネルギー波の餌食です。気合いで飛び続けるしかありません。カーラを驚かせてしまうかもしれないことが、少しだけ心配でした。


 そして案の定、ガジュの姿が目に入ると、カーラの顔色がみるみるうちに青ざめました。いつでも絶やさなかった豊かな表情は、今や凍りついて能面のようです。さらに間の悪いことに、ガジュが着地を失敗して座り込むように降り立ったのも、彼女の不安をあおったようでした。

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