断章、一

 水の滴る音がする。

 厚く苔をよろった梢は、蜘蛛の巣のように彼の頭上を覆っていた。枝先の苔を伝い、水はやわらかな泥の層を貫いては、彼の足もとに跳ねる。

 彼の足はくるぶしまでつめたい泥濘に浸かっている。

 抱えた服の包みから、樹脂ボムの香煙が漂う。包みの中身はやわらかく、熱をもっていたが、彼の幼い腕にはあまる重さだった。乳白色の皮膜にくるまれて、たえず虹色の体液をしたたらせている。今日、夜も明けぬうちに、彼と彼の母親がかきあつめたその中身。それを膝に抱いて口にした、あたたかなとうもろこし牛乳が、からっぽの腹に溜まっている。

 布の包みは、井戸の底に投げ捨てられた。

 それはあっけなく落ちていって、浅い水底に着地したのだった。ものの潰れる音に彼はとっさに耳をふさいだが、やがて井戸から身を乗り出し、暗やみの底をながめた。

 頭上には暗雲があった。

 しばらくして、ざんざん降りの雨が通りすぎていった。

 雨は彼の髪、その薄い肩や背中をしたたかに叩いた。彼はしとどに濡れ、孤児のように立ち尽くしながら、長いあいだ、青い闇の底をみつめていた。

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