25.
「かんぱーい!」
事件が解決したお祝いと千尋の歓迎会が大多屋で始まった。
面子は、美里署刑事課強行犯係の人たちだ。課長は欠席。権像、槐、生瀬、あと二人の初顔合わせの刑事と千尋である。
結局、今回の連続殺人は篠崎叶恵が素直に供述して送検して終わり。やりたい放題やって逃げようとしていたが、今は精神鑑定を受けながら拘置所にいる。
田沼、飯田、本元は、殺人こそ冤罪だったが、その場にいて被害者を追い回したり追い詰めたりしたのは事実なので殺人幇助などでこちらも送検して、一区切り。
いろんな書類を書いて今日無事にこの件に関しては全部の作業が終わった。その解放感の中でみんなお酒を飲んでいる。
「神崎がいつもお世話になっています。助けてもいただいてありがとうございました」
明良が、挨拶をする。
「こちらこそお世話になってます」
「ホント、無事でよかった」
生瀬と槐が答える。
「まったくだ。お嬢さんになんかあったら神崎のやつ追いかけていきそうなくらいで」
「そうなんですか?」
「そうそう。お嬢さんが犯人のタクシー乗ってるってわかったら顔面蒼白、まさに死人面だった」
「権像巡査長! それ言わなくてもいいじゃないですか」
「はいはい。で、いつ結婚するんだ?」
みんなお酒が回り始めた頃に、権像が酔った勢いかそんなことを言い出す。
「いいえ予定はありませんよ」
にっこり否定する明良。
ぴくっと千尋の頬が引きつる。それを権像が見逃すはずもない。
「おいおい、おまえさんの片想いか?」
「そんなわけないじゃないですか。な、明良?」
「誰があんたの嫁決定なのよ。もっといい男がいたらそっちにするわ」
「んだと、あ・き・よ・しー」
「なにかしらちーちゃん?」
「完全に尻の下じゃねえか。だから、結婚は怖いんだ」
槐がぼやく。
「おまえさんは、まだまだだな。今、おまえさんよりいい男がいないって言ってくれてんのに、怒るたぁ株が下がるぞ」
「そうなのか? 明良?」
「酔っぱらいには言いたくない」
「その辺にしとけ。うちは定食屋だ。犬も食わないモノは出せないんだからな」
「お父さん!」
「親でも見捨てかけてんのに、なにを生意気言ってるんだか」
「もう、やめてよね。わたしだって、この店の看板仕方なく背負ってるのに」
「あらあらあら。看板は私が背負ってるのよ?」
「お母さん、年甲斐もなくやめてよね。恥ずかしい」
「そんな古ぼけた看板さっさと捨てて嫁に行きなさい」
「まあまあその辺で……」
嫁にもらうのは千尋となっているので、保身と明良をかばう気持ちで止めに入った。
「ほら見なさい。あんたを守ってくれる人誰だか、よく考えなさい」
明良は、恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、店の奥に引っ込んでしまった。
どんと、権像に背中を叩かれる。
「今行かずしていつ行く、色男?」
千尋は驚いて目を丸くする。権像ってこういうことに疎いと思っていた。
「おまえ、ろくさんなめんなよ? こうやって、鋭く察知して穂澄野の姉ちゃんたちの気持ちをのらりくらりと二〇年に渡り躱してきてる男だぞ。聞いておけ」
「やめろ、さぶ。名誉でもなんでもねえんだからよ」
「権像巡査は、人間を愛してても個人は愛したくないということですか?」
「いや、理想の姉ちゃんが現れないだけさ」
じーっと、権像の顔を観察した。けども、お酒のせいもあってか、表情が鈍い。嘘の兆候は見られなかった。
「じゃあ、ちょっと、失礼しますね」
「ああ、戻ってこなくてもいいぞ」
「それは、わかりません」
店の奥に入り、二階の明良の部屋へ。
明かりも点けていない部屋の中で、明良がベッドに腰掛けていた。
千尋もそれに倣い、スイッチには触れずベッドの横に並んで座る。
「お酒くさい」
そういった明良の声は震えていた。恐らく、結婚とか権像ら知らない男たちの言葉に怯えているのだと思う。だから、千尋は弱々しい肩を抱き寄せた。
「大丈夫。オレはここにいる。オレは明良になにも強制しない。オレたちにはオレたちのペースがある。それを守ろう。な?」
「うん。あんた、まだこの仕事続けるの?」
「ああ、権像さんにまだ教わりたいことがたくさんある。しばらくは続けるつもりだ」
「そう。じゃあ、しばらくは面倒みてあげる」
「そうか。助かる」
しばらくして、明良の震えが止まった。
「でもね、千尋。あんたよりいい男が見つかったら乗り換えるからね」
「嘘つけ」
「なんで、わかるのよ?」
「オレはその道のプロだぞ。それに、おまえの嘘くらい目をつぶってたってわかる」
「また、そういう嘘をつく」
明良の言葉は事実だった。千尋は、明良の嘘をほとんど読み取ろうとしていない。明るい部屋の下でだって明良の嘘なんか見破れやしないのだ。
ただ強がって、明良には今日も見え見えの嘘をつく。それが二人の絆のような気がしているから。
<了>
神崎千尋は嘘をつく 終夜 大翔 @Hiroto5121
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます