第15話 リーナ
ミユルに家を追われた後、俺は舗装されていない道の小石の感触を踏みしめていた。
自然と共存するように存在する村の中には、人影はあまり多くない。
しかし、周囲からポツポツと視線を感じていた。だが誰も俺に話しかけてはこようとはしない。
それも当然だろう。俺が記憶を失い、職も失ったことはもはや周知の事実。
そんな環境におかれ、俺は笑っていた。
俺としてはもう笑うしかないという状況であったのだが、その様子は側から見れば狂人のそれだ。
空々しい空気の清らかさに、勝手に居心地が悪くなってくる。
しょうがないので、当面の俺の宿として差し出されたミユルの診療所へと足を向けた。
「あの!」
そんな俺の背中に、声をかける人がいた。
振り向く俺の視線の先には、一人の少女。
緊張した様子で胸元で手を結び、一文字に口を引き締めこちらを見つめている。
背丈は俺の肩くらいまでと言ったところ、女性としては平均的な体格だ。
青々しい緑の背景に場違いな赤色が目を惹きつける。フワフワと癖のある赤髪が、木漏れ日を受けキラキラと輝いていた。
(あの子は…)
見覚えがある。
ミユルの診療所で、俺の手を握ってくれていた少女だ。
彼女も、以前の俺のことをよく知る一人に違いない。まずは事情を理解してもらったほうがいいだろう。だが、
「ごめんなさい!」
謝罪の言葉を述べようとした俺を遮り、赤毛の彼女はそう頭を下げた。
「昨日は…色々と、頭がこんがらがっちゃって。コウの事情も、知らなくて。そのっほんとにごめんなさい!」
頭を下げたままそう続けた彼女の言葉に、俺はようやく彼女からプレゼントされたキツい一発の件を思い出した。
彼女は顔だけをこちらに向け、俺の言葉を待っている。
「あはは…アレは効いたよ」
悪気があったわけじゃない。
ただ、彼女の視線が余りにも真摯なものだったからか、つい正直なところを話してしまった。すると彼女は顔を真っ青にしてこちらに駆け寄る。
「痛むの?どうしよう…」
彼女は俺の腹部をさすりながらそう呟く。
ゼロ距離の女の子との接触、そしてすぐ側にある彼女の髪から香る日の匂い。
ブワッと背中に汗が広がるのがわかる。嫌なわけがないのだが、やはり慣れない、落ち着かない。
頭がグラグラ煮え滾るのを抑えつつ、理性をフル動員して彼女を安心させなければという答えを導き出す。
「だ、大丈夫大丈夫。平気だから。えーっと…」
俺は彼女の名前を知らない。そのため言葉は中途半端な所で途切れることとなった。
しかし、そんな俺の言葉でも彼女には思うところがあったらしい。
表情は見えないが、彼女は俺のお腹に手を当てたまま固まっていた。
「やっばり…わからないんだね」
か細く、震えた声が辛うじて聞こえた。
やはり、彼女は俺に村人達との記憶がないこちを知っている。
「ごめん…」
そんな彼女に、俺は空虚な謝罪を返す。
彼女に対する罪悪感、自分がしていることに対する責任感。そういったものが俺の中には存在しない。
只々場当たり的な俺の行動だったが、次の瞬間上げられた彼女の顔には、溌剌とした笑顔が浮かんでいた。
「どうしてコウが謝るの?大変じゃない、何でも言ってね。私協力するから!」
彼女、リーナとの関係は、所謂幼馴染というやつだったという。
幼馴染、そういえば俺にもそんな存在がいたかもしれないが、もう片手で数えれないほどの昔に縁は切れていたはずだ。
少なくともこんな愛らしい女の子ではなかっただろうことだけは確かだ。
ともあれ、リーナは俺のお世話を買って出てくれたのであった。
この世界に来て二日目、七転八倒どころか一倒してそのまま踏み続けられたような感覚で未来を悲観視していた俺だったが、この事態を前に、そんな暗い思いはどこかへ飛んでいってしまっていた。
(こんな女の子が………!!?いいのか、いいのか俺、こんないい思いして!!!?)
イルミアはもとより、ミユルもこうして考えると中々の美女だった。
この世界に来て、ロクなことがないと思い込んでいたが、間違いない。女運だけはグンバツに上がっている。
これからの俺次第で、未来は薔薇色に輝くのかもしれない…!
「ほんと、なんでも言ってね?」
俺の沈黙をどう受け取ったのかリーナは焦ったようにさっきの言葉を繰り返した。
『なんでも』
なんて素晴らしい響きだ、頭が茹で上がり視界が歪む。
俺を見つめるリーナの目は、その言葉が嘘ではないと証明するように澄み輝いている。
そんな彼女に対し、俺がする要求など、一つしかなかった。
「じゃあ…」
村の案内をお願いします。
リーナは二つ返事で引き受けてくれた。
手を伸ばす先には扉 @yumesigoto
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