第9話 それから

『案内』からおよそ半年後のある日、竹井さんがUSAGIにふらりとやってきた。何だかキラキラした高そうな箱に入ったお酒を片手に抱えて。

「おっすおっすー。これ差し入れー」

「何ですかこのキラキラしたのは」

「お礼。ウチの従業員の『案内』してくださって、ありがとうの気持ち」

 何でも、聡一さんは半年『ジェミニ』でアキラと不動のナンバー1、2として大いに売り上げに貢献し先日店を辞めたそうだ。これからは唐久郎監督のところで、助監督見習いとしてやっていくのだという。

「あいつ偉いな、竹井にスジ通して次の道に行ったんだ」

「いやー稼がせて頂きましたよ。これもお二人のおかげってことで、まま、冷えてるから飲んで飲んで」

 中身はシャンパンだそうだ。生憎USAGIにはシャンパングラスなどという高貴なお酒専用のグラスは置いていないので、ワイングラスを二つボスと竹井さんの前に並べ栓を抜きサーブする。ピンク色で綺麗。

「げ、モエのロゼじゃねーかこれ。店のやつ持って来たのか?」

「まさか。自腹に決まってるでしょ、お礼なんだから」

「私は飲みませんよ」

「というと思ってー、タバコ姫にはこちらをご用意致しました」

 姫って何だ。どこかで一杯ひっかけてでもきたのかなーなどと思い手元を見つめていると、マジシャンのようにスーツのポケットからじゃじゃーんとリボンのかかった箱を取り出した。何だろう。

「フィフスアベニューの生チョコレートでございます」

「なんですか、それ」

「とにかく食べてみてよ」

 何の変哲もない生チョコレートに見えるんだけどね。一つつまんで口に放り込んだ瞬間、私は冗談でもなんでもなく昇天するかと思ってしまった。滑らかな舌触り、口の中に広がる濃厚なチョコレートの味、何これ何これー!今まで私が食べて来たチョコレートとは格が違う!

「すっっっっ…………ごい美味しいです。泣きそうです」

「俺の胸で泣くかい?」

「それは結構です」

 ボスにも一つお裾分けしてあげると、『シャンパンに合う!』と絶賛していた。何でもシャンパンフレーバーなので、お酒のお供としても立派な役割を果たしてくれるらしい。

「お前これ、女口説き用のセットだろ」

「あ、バレた?でも美味しいでしょ?」

「何か企みを感じんだけど」

「いや企みというか……」

 竹井さんが言い淀んだタイミングを計るかのように、入り口のドアが開いた。真っ赤なバラの花束を持った男性が入って来る。あら、こっちもお久しぶりの顔じゃないですか。

「いらっしゃいませ、お久しぶりですアキラさん。お元気ですか?」

「おう。竹井さん、伝えてくれた?」

「いや、あのね、言おうとする前に来るとは思ってなくて」

 アキラは無言で私にバラの花束を突きつけた。え、くれるの?くれるっていうなら遠慮なくもらいますよ、何だか凄く高価そうだけども。

「いただいてもいいんですか?」

「俺と付き合って下さい」

「……はい?」

「あのーアキラね、タバコちゃんの戦いっぷりに惚れちゃったらしくて。見る目あるよねー、宮川ボス」

 見る目があるというより惚れるポイントがマニアック過ぎるんじゃなかろうか。真っ正面から、しかもバラの花束付きで告白などされたことないのでどうしたらいいかわからない。助けを求めて横のボスを見ると、何故か満面の笑みを浮かべている。

「まーまーお座り下さいよ。何飲む?」

「へ?あーじゃあジントニックを」

「タバコー、ジントニ」

 ジントニックを作ってアキラの前に置く。ボスは自分の前にあったグラスを掲げるとわざとらしく首をかしげた。

「あれーこれじゃタバコと乾杯できないねー。どうする?」

「そっか。タバコ用に何か作ってもらえますか?」

「オッケー」

「ちょっとボス、私お酒は」

「俺が作るから」

 シェイカーに氷とオレンジジュースとレモンジュースとパイナップルジュースを入れてシェイク、グラスに注ぎ『一枚失礼』とバラの花びらを一枚ちぎり浮かべて私に手渡して来た。シャンパンで酔っ払ったんだろうか?そこはかとなく気持ち悪い。

「こちら、『シンデレラ』でございます」

「おぉ綺麗っすね」

「じゃ、かんぱーい」

 早速ボスはアキラを質問攻めにしている。あーあ、月収から出身地から現住所から……アキラも律儀に答えなくてもいいのに。ドラマなんかでよく見る『娘さんを僕にください』のシーンを見ているような気分になってしまい、私はノンアルコールのカクテルを飲んでいるのに悪酔いしてしまいそうな錯覚を覚えた。

 竹井さんがトイレに立つついでに私を手招きする。

「保護者の方に、あとでこっそりでいいからウチのナンバー1破産させるなって伝えてくれる?」

「あぁ、やっぱりそっちに持って行こうとしてますよね、アレ」

「気づいてた?」

「ええ、ボスがシェイカー自分で振るなんて滅多にないので」

「一応確認しておくけど、アキラと付き合う気は?」

「……ないですね」

「だよねー。今時バラは引かれる可能性あるから止めとけとは言ったのよ?」

 ぶん殴ってでも止めるべきだったと苦笑して、竹井さんはトイレへ。

 私は賑やかに話しているボスとアキラをそっと見て、ため息をついた。


 夜の街には様々な人間が集う。

 皆『正しい方向』を向いて生きていけたらいいのだけれど、当然人生なんてそうそううまくいくもんじゃない。

 何かに迷ったら是非『Bar USAGI』にお越し下さい。

 貴方の『案内』、させて頂きます。

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うさぎ、かける 加田シン @kada-shinn

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