第8話 しんろ

まぁ狭い町の移動なのですぐ目的地に着いちゃうんだけどね。走り足りなーい。帰りジョギングでもして帰ろうかなぁ。なんてぼやっとしている間にボスがUSAGIの鍵を開けて素早く私たちを中に引き入れ鍵をかける。二人とも真っ青な顔でカウンターに座った。お酒は、出すのやめておいたほうがいいかな。ウーロン茶を二人の前に差し出す。

「驚かせて、あと男性だと嘘ついてて申し訳ありません。アキラさん、総一さん。改めて、タバコと申します、こちらは私の保護者兼雇用主の宮川オサム、通称ボスです」

「よろしくね☆」

「……お前らなにもんだよマジで……ユタカ、じゃねぇやタバコ?はすげぇ強ぇし何か変な魔法みたいなの使うし……」

「強ぇだろー!アレ仕込んだの俺、俺。超かっこよくね?」

「ボスちょっと黙ってて下さい。えーっとどこからご説明しましょうか?」

「全部だよ!」

「総一さん、アキラさんにお話ししても大丈夫ですか?」

「あ、はい……」

 この『Bar USAGI』は、今のボスが三代目を継いでいる歌舞伎町では割と老舗のロックバーだ。ボスが師匠と仰ぐ私にとっては大ボスがいて、その人がとてもお客様思いでお店を飛び出して困ってる方の人助けをし始めたのが『大人迷子の案内』の始まり。ボスは今の私みたいにアシスタントとして『案内』を学んだそうだ。大ボスが健康上の理由で引退となるにあたり、宮川ボスが誕生した。ただ、宮川ボスは数年はアシスタントが定着しなかった。理由は……察して下さい。私の口から言うとボスの心に大きな傷がつきかねません。そんな中アルバイト兼『案内アシスタント』が次々と辞めていくところにちょうどよく現れたのが私、ってとこです。

 何故だかわからないけど、『Bar USAGI』にはそんな『大人迷子』が一ヶ月に一度くらいの間隔でやってくる。表立って宣伝などしていないし、『案内』をしたお客様には『案内』のことは心に留めておいてくださいと言っているので口コミでもない。店に神様がついてるんだなんてボスはふざけるけど、あながち外れてもいないのかもしれない。私の『能力』にしろ、『大人迷子が途絶えない』にしろ、どちらも神のみぞ知るといったところですかね。

「それ、お金とってんの……?」

「いえ、無報酬です」

 続けて説明しようとしたタイミングで店のドアがノックされた。覗いてみると竹井さんだったので驚いてボスを見ると『一応呼んどいた』そうで……いつのまに。竹井さんは苦笑いしながらカウンターに座った。

「ショウやったの宮川?警察来てたぞ」

「そりゃそうだろ、公然猥褻ですもの」

「タバコちゃん無事で良かった、怖い思いさせてごめんね」

「いえ、平気ですよ」

「竹井さんもグルなんですか?」

 アキラが恐る恐るといった感じで竹井さんに問う。グルって。そう言うと悪く聞こえちゃうのが困りものだ。

「俺は宮川の幼馴染みで、ただのここの客だよ。たまーに今回みたいに『案内』の手伝いすることはあるけどね。ソウがここに来たのも全く想定外」

「竹井喧嘩弱いもんなー」

「お前とタバコちゃんが強すぎるの!俺は普通!」

 はてどこまで話しただろうか。ああ、そうだ『報酬』の話でしたね。解決方法が大抵力技というのもあるので、何ももらってません。ボランティアです。『案内』が完遂したあとでお店に来て下さって一杯奢ってくれるお客様はいますけども。

「謙遜しちゃって。『案内』された人間は百パーここの常連になるんだよ。なー、お金大好き宮川くん。『Bar USAGI』が不況知らずって同業者全員知ってる話よ」

 そう仰って頂けると身体を張りまくったボランティアをしている者としては救われます。ボスがお金大好きなのも否定しません。そこから私もお給料もらってるわけですからね。

 今回の『案内』に至った経緯を主にアキラに向けて説明する。ショウに騙されていたことを知ると、アキラはばつの悪そうな顔をして頭を抱えた。小声で『ごめん』と謝ったのを私は聞き逃さなかった。ま、もう大嫌いじゃないって言ってたしね。よきかなよきかな。

「説明ご苦労。そーいうこった。そーいっちゃん、これからどうする?」

「どうするって、どういう意味でしょうか……」

 ボスはジャックダニエルをグラスになみなみと注ぐと、一口飲みジーンズのポケットから一枚の紙を取り出した。聡一さんの前にずいっと突き出す。私も初めて見る。何だか和紙のようなものに毛筆で文章がしたためられているようだ。達筆すぎて読めない。

「唐久郎監督と話してきた。そーいっちゃんにやる気があるなら、弟子にしてくれるって。助監督見習いつってたかな?心配してたよ、今何してるかって。これは紹介状として一筆書いてもらった。勿論、竹井のとこでホスト続けるのもアリ。そのためにタバコ送り込んでイジメの元凶は退治したからな」

 『未来の選択肢』、口約束だけかと思いきやしっかり一筆もらってくるとは。紹介状を目の前にして、聡一さんは困った顔をしている。どちらの道を選ぼうか迷っているのだろうか。

「……俺、アキラさんと接客するようになって少し仕事が楽しくなってきたんです。でも、唐監督のところで映画のことを教わるのも想像するとワクワクします。何て言ったらいいんだろう……」

「迷ってるんだろ?わかるよ、だからすぐに決めろとは言わねぇよ。まだまだ若いんだ、腰据えて考えろよ」

「あ、両方っていうのはどうですか?二足のわらじ」

 掛け持ちしてどちらが楽しいか比べるのもアリなんじゃないの?思ったままに口にすると、私の頭をこつんとボスが叩いた。

「バーカ。こういう時はなぁ、二兎を追うもの一兎も得ずっていうんだよ。人生の分岐点なんだから」

 聡一さんはぎゅっと唇を噛み締めると、小さな声でハイと呟いた。ここに初めて来た時の死んだ魚のような目ではなく、しっかりと前を見据えた曇りの無い目で。

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