第7話 あんない
……なんて力を込めたところで、すぐに何かできるわけもなく。翌日はショウの不在をアキラはじめ複数人のプレイヤーから聞かれたものの無事に切り抜け(『竹井さんが知ってるんじゃないですか~?僕は知らないです!』は全てかわせる魔法の呪文だ!)、一日のお仕事終了。
その翌日にもなるともうショウの不在を違和感に思う人間の方が少なくなってしまったようで、少しばかり哀れんでしまった。一応ナンバー入りしてて、必死で総一さんを貶めてまでアキラに気に入られたかったショウ。そのナンバーワンのアキラは今や総一さんをいたく気に入ったようで、最近のヘルプはずっと総一さんだ。ワイルドタイプのアキラと繊細タイプの総一さん、ミスマッチなようで案外マッチした組み合わせをお客様は皆さん楽しんでいる。他のプレイヤーも総一さんとぽつぽつ話すことが増えてきて、ショウの不在に一日で慣れてしまったようだ。あれだけ悪口吹き込まれてて、結構ドライなところあるんだなーなんて感心してしまう。
「ユタカ~お前今日暇?」
「暇っちゃ暇ですけど、何かあるんですか?」
「ソウがクラブ行ったことないっていうから連れていってやろうと思ってさー。暇ならお前も行かない?」
「行きたいです!」
本当はクラブになど微塵も興味などなかったが総一さんが行くなら護衛についていこうと、即答した。何故か上機嫌のアキラとふわふわの総一さんと、戦闘意識満々の私。どんな三人組だよ!などと突っ込んではいけません。嫌な予感がレベルマックスで強くなってたから。私の予感は嫌な時ほどよく当たる。ほら、案の定目の前に——
「ご機嫌っすね~アキラさん」
「ショウ?どしたの?」
「どしたの?じゃねーよ!何でソウなんかと仲良く歩いてるんだよ!そこは俺の場所だろ!?」
「いや別に誰の場所でもないんだけど……何でそんなに怒ってるの?」
「そこの女みたいなヤツに聞けよ!そいつのせいだよ!」
「え?ユタカのせい?ユタカなんかしたの?」
うわー私への恨みの方が強かったか。こりゃ参ったね、なんて思いながら背後でこっそりスマホを操作してボスに電話をかける。私の目の錯覚じゃなければショウの背後にイカつい男性が何人か見えるんだよねぇ……。どう見てもカタギじゃなさそうな黒づくめの男の人たちが。
「僕のせい?ご自分のせいでしょう。僕の服を脱がせて写真に撮ろうなんて変態行為をするから竹井さんが怒ったんですよ、こんな人気のない公園の前で待ち伏せするなんて卑怯です!」
『ジェミニ』の近くで人気のない公園は一つしかない。これでボスに居場所を伝えられた、時間を稼げるだけ稼がないと。私はともかく二人に危害が及ぶのは最小限にとどめたい。
「うるっせぇなチマチマしたこと言ってるから女みてぇなんだよお前は!」
「そんなことされたの?ユタカくん」
「恥ずかしいので黙ってました、すみません」
「ユタカが謝ることじゃねーよ謝るのはショウだろ」
あーっアキラがそれ言っちゃったらまずい!なんて言葉より先に身体が前に出ていた。ショウに向けて催涙スプレーを構えて最後の説得を試みる。頼むから頭冷やして落ち着いて!
「……今、僕たちの前から大人しく去ってくれたらこれは使いません。これ、目に入るとかなりいた」
言い終わる前にショウの背後から音もなくぬるりと出現した男にスプレーを叩き落され手の甲で頬をビンタされた。あ、これ『戦い方知ってる人』だ。スプレーは哀れ蹴られて溝に落ち、私の頬っぺたもジンジン痛い。早く来て下さいボス、早く!
「お前ら三人とも殺すから。マジで」
「そんなことしたら刑務所に行くことになりますよ」
「もうどうでもいいんだよ!てめぇから殺すからな!」
「そりゃ困るなぁ、こいついないと俺の店の売り上げがさがっちゃうからさ~」
ボス!すっとぼけた顔で煙草なんか吸ってるのがちょっとムカつくけど助かった!
さぁ、役者は揃った。『案内』、開始しましょうか。
「てめー誰だよ」
「俺ー?正義の味方だよーん」
「ボス、後ろの黒い人たちかなり喧嘩慣れてます。気をつけて下さい、あと……ソウさんアキラさんすみません!」
ばさばさ顔にかかるのが鬱陶しくて私はウィッグを脱ぎ捨てた。二人とも目を丸くしている。ごめんなさい、でも説明はあと!今は目の前の敵を倒すことに集中しなければ!
「おーいタバコー飛び道具持ってるヤツいそう?」
「もしかしたら……」
「いかんねぇ、危険だねぇ。じゃあアッチの世界で『案内』しよっか。タバコちゃーん連れてって☆」
「いきますよ。【ギミー・シェルター】!!!!」
地面にしゃがみ込み右手をつき叫ぶ。空間がぐにゃりと歪み、アッチの世界こと『裏歌舞伎町』(と私とボスは呼んでいる)へ皆さんまとめてご招待。歌舞伎町のようで歌舞伎町とはほんの少し違う、もう一つの世界。
私がこんな力を手にいれたのは以前『案内』の最中にちょっとしたアクシデントで銃で撃たれて死にかけた時からだ。生死をさまよっている時に枕元に神様が立って……というのは嘘で、死にかけからの回復後本当にいつの間にか身についていた。本当はセリフとかなくても集中して気を込め地面にタッチすると『裏歌舞伎町』へは行けるんだけど、それじゃ面白くないからってボスが台詞を考えてくださいました。『それっぽいほうがおもしれぇじゃん!』だって。完全に遊んでるとしか思えないけれど、雇用主命令なので。死にたくない気持ちが強すぎてそんな能力身についたんじゃね?とはボスの弁。確かにこのもう一つの世界は私を殺しかけた『拳銃』が一切使えない仕様になっている。懐から見たくもない凶器を出した男たちがこぞって首を傾げているのが何よりの証拠。
「驚いたー?ここじゃ使えねーのよ。タバコが『それ』だいっきらいなんだわ」
「こ、ここどこだよ!何で歌舞伎町に人が誰もいねぇんだよ!」
「ショウさん、人がいたら私たちも困るんですよ。じゃあ、始めましょうか」
お前らやっちまえ!なんてきょうびコントでも耳にしないセリフをショウが吐くと十人の黒づくめの男たちが襲いかかってきた。一人目は鳩尾にストレートであっさり倒れた。ボスも景気良く的確に急所のみを狙ってボコボコにしているようで何よりです。警棒のようなものを持っている男が見えたので私は咄嗟にアキラに叫ぶ。
「アキラさん!ストール貸して!」
「お、おう!」
アキラからストールを受け取ると警棒男に急接近する。慌てて構えようとしても遅いですよ、本気で殺したかったら構えとかないと。顔を見上げにっこり微笑むと素早くストールで手首を縛り上げ、警棒を叩き落とす。よろけたところを膝蹴りで鼻に一発、よし二人目倒した!三人目は素手だったので顔面にパンチ一発で楽チン退治。四人目は拳銃で殴りかかってきたのでかわして首に回し蹴りで倒した。
「タバコーあと何人?」
「ショウ入れて半分、五人ですね」
「さくっとやっちまうか。後ろのイケメンにーさん達がすげー怖がってるみてぇだから」
「当たり前です、いきなりこんなとこ連れてこられて平然としてる人いたらむしろお目にかかりたいです」
「……あっ!思い出した、あんた達バーの……」
今気づくとか本当に可愛いですね総一さん。もう少し早く気づいて欲しかったかな~乙女心的には。ほら、ウィッグとったあたりでさ。あ、危ない!
「総一さんしゃがんで!」
ナイフを構えた男が総一さんに近づいていたのが見えたので、しゃがんだ総一さんの肩に足をかけてはずみをつけ飛び上がりナイフを蹴り飛ばす。後ろに素早く周り首を締めて、気絶させた。その間にボスがざくざくと残りをやっつけてくださったので、残すはショウのみとなった。ボスがゆっくりとショウの方へ歩いていく。逃げようとしたので私が後ろに回りこんだ。
「ショウだっけ?うちの可愛いタバコ襲った変態野郎」
「……どこが可愛いんだよ……化け物じゃねーかこいつ……」
やだー傷つくー。化け物で悪かったな、この町で生きてくためには強くなきゃねー。あんたみたいなゲスい野郎から身を守るためにも、あまねく全ての厄災から身を守るためにも。ここまで仕込んでくれたボスと不思議な力をくれた神様にも感謝してます。
「俺にとっちゃ可愛くてしかたねーんだよ。悪いね」
「何する気だよ!!!!」
「お前がタバコにやろうとしたこと」
静かに呟くとボスは目にも留まらぬ速さでショウの前に近づいていった。まごついているショウの両手を容易くひねり上げて、ジーンズに巻いていたベルトで拘束する。膝を思い切り蹴るとショウはずるりと崩れ落ちた。意識は……あるみたいだな。うぐうぐ呻いている。
「タバコーお前見なくていいぞー。きたねーもん見たくねぇだろー。イケメンにーさん達の後ろに隠れてな」
「でも……」
「殺しゃしねーよ、全裸にして写真撮るだけ」
どこまでも私に甘いというか実は一番陰湿というか……。私も嫌いな人間の全裸姿など見たくなかったので、大人しく総一さんとアキラの後ろに隠れてみた。二人とも呆然としてるね、うん。そりゃそうだよねぇ。わかるわかる。全部あとで説明するから今は隠れさせてください。
何発かビンタする音とビリビリ洋服を破る音が聞こえて、その後のことは総一さん曰く『エゲつない……』アキラ曰く『俺がやられたらトラウマになる……』だそうです。二人とも大きな独り言ですねぇ。ショウの始末も終わったようなので、元の世界に戻る準備をする。その前に一言。
「アキラさん、総一さん、元の世界に戻ったら私とボスのあとについてダッシュしてください」
「……まだこれ以上何かあんの?」
「や、単純にこのままの状態で戻ってしまうので警察沙汰になったら困るんですよ。ショウ、全裸ですし。では戻ります、【ノー・ストーン・アンターンド】!!!!」
またぐにゃりと空間が歪み、私たちは元の『歌舞伎町』に立っていた。ボスとアイコンタクトをとって走り出す。後ろにアキラと総一さんの姿を確認して、足のスピードをあげていく。『裏歌舞伎町』でひと暴れしたところだ、どこまでも走れそう!
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