第6話 いじと
急いでUSAGIに向かい、ボスと落ち合いここ二日であったことを手短に話す。つい先ほどショウに押し倒された件に関しては私よりボスの方がキレていた。巻き添えで竹井さんまでディスりそうになっていたので、あくまで悪いのはショウであることをお伝えして。さらにクールダウンしていただくためにカウンターに入りボスの好きなジャックダニエルのロックをグラスに注いで出す。
「これが更衣室に仕掛けたICレコーダーです」
「聞きたくねー」
「聞かないと終わらないですよ」
店のアンプにジャックで繋いで、音量を調整してICレコーダーを頭から操作する。人の声がするまで早送り、人の声がしてきたところで再生に戻す。アキラとショウの声だ。少しノイズが混じっているが十分聞き取ることができる。
『アキラさんおはようございます!』
『おう、おはよう』
『昨日ソウと随分盛り上がってましたね』
『ユタカもいたよ?』
『あいつ昨日も上がる時アキラさんの悪口すげー言ってましたよ。元芸能人って紹介してくれなかったーとか、俺と並んでアキラさん可哀想ーとか』
あらまぁ、拍子抜けするくらいあっさり言質取れちゃったよ。ご愁傷様。元芸能人なのは総一さん自身がそれを押しにしてないからわざわざ言わなかっただけ、二つ目に至っては完全に捏造だ。とんだ嘘つき野郎だな。どっちかっていうと『並んで可哀想』は私の方が思ってたよ。あれ?でもアキラ今日ソウさんをヘルプにつけてたよね。再生を続ける。
『うーん、そうなの?ソウとユタカと昨日一緒に接客してみたらすげーやりやすかったよ。ソウってお前が言うほど悪いやつじゃないんじゃない?少なくとも俺は昨日で【大嫌い】ではなくなったよ』
『……そっすか』
アキラはそのまま更衣室を出て行ったらしい。ガンッとロッカーを殴る?蹴る?音が入っている。『バカ正直』なアキラはもう騙せないって分かったんだろうな。次に入ってきた複数人のプレイヤーに『ソウがアキラさんの悪口言ってた』『顔だけだよなあいつ』『マジ目障り』などなど……こっちは結構信じてる感じ。ほーん、こんなやり口で総一さんを陥れてきたのか。女子中学生じゃないんだから更衣室でのヒソヒソ話って。ただ、そんな子供じみたやり口にハマっちゃうのもまた人間。ショウの口ぶりがさも本当のことを言っているようなのが怖い。この人心底総一さんが嫌いなんだろうな……。
「さて。どーすっかねぇ」
「ボスは唐九郎監督と会えたんですか?」
「会えた会えた。さんざん高い酒奢ってもらっちった」
「気難しい人だってネットに書いてましたけど」
「気難しい人オとすの俺が得意なの、お前が一番知ってるだろ?」
そうですね。たまーに来る洋楽語りたがりのウンチクおじさんと仲良くなるのほんっと早いもんなぁ。ていうか何だかボスの方はえらく楽しそうじゃないですかー?私は無理難題吹っかけられたり嫌味言われたり押し倒されたりロクなことないっていうのに……。今度店にも連れてくるからお前も高い酒奢ってもらえばー?などと仰ってますがね、私はお酒は飲みませんしウチの店で一番高いお酒ってカルヴァドスのソーダ割り・お値段しめて九百円じゃないですか。ボスが奢ってもらったお酒の100分の1くらいの値段ですよ。ま、情報諸々と総一さんの『未来の選択肢』を一つ手中に収めてきてくれたことはお金にも何にも変えられないか。
ああだこうだと今後の『案内』について話していると店のドアがバンッと開いた。息を切らせた竹井さんが険しい顔で入ってくる。そして何も言わずに土下座……え、何してるんですか!!!!お洋服汚れますよ!
「宮川、すまん!タバコちゃん守りきれなかった」
「ちょ、やめっ、頭上げて下さい竹井さん!」
何とかしようとちょろちょろと竹井さんの周りをうろつく私に反して、ボスは全く動揺することなくびっくりするくらい冷たい顔で竹井さんを見下ろし、竹井さんを力尽くで立たせて頬を思い切り一発平手で殴った。私は竹井さんに椅子を勧めて氷水を入れたビニール袋を渡す。あーあ、真っ赤な手形くっきり……。
「……ありがと。タバコちゃん本当にどこも怪我とかしてない?」
「先ほども説明しましたがピンピンしてます。ボス、結果私無事だったんですし……」
「結果だろ?そのショウとかいうやつにもしタバコがヤられてたら、お前どうするつもりだったの?」
「……何も言えないね。タバコちゃんが強いっていうことに胡座かきすぎた。本当に申し訳ありませんでした」
カウンターに手をついて深々と私とボスに謝罪する竹井さんに何を言っていいものか。流しっぱなしにしていたICレコーダーの録音を止めて、小さな音で竹井さんの好きなレディオヘッドをかける。しばらく三人とも無言でそれぞれの好きな飲み物を飲む。ボスはジャックダニエル、竹井さんはマイヤーズラム、私はオレンジジュース。ここは私が口火切らないと、空気戻らないだろうな……。
「ボス、竹井さん本当に悪くないんです。誰が悪いかで言えば、少しでもあの場で気を緩めた私が悪いです。もうこの話はお終いにしましょう」
ボスは無言で手招きすると、応じてカウンターから出た私の両手を一瞬で一まとめにひねり上げて壁に押し付けた。ローキックで応戦するも、びくともしない。……さっきは柔らかいソファだったから命拾いしたってことですね……。
「離してください」
案外あっさりと両手は自由になったが、たった数十秒の拘束で手首には真っ赤な跡がついていた。場所は違えど竹井さんとお揃いって嬉しくないなぁ……。カウンターに座りなおし、ボスはジャックダニエルを一気に飲み干した。
「今日で竹井の店の内勤は中止だ、証拠も手に入ったし十分だろ」
「俺に決定権はない。決めるのはタバコちゃんだよ」
「ショウは、どうなりましたか?」
「ペナルティで無期限出勤停止にした」
やりすぎー!ショウのことだから絶対に総一さんのこと逆恨みして何か仕掛けてくるに決まってる!せっかくアキラといい感じに接客できるようになってきたのに!少しキツめに何でそんなやりすぎのペナルティにしたか問い詰めたら、『だってタバコちゃんのこと襲おうとしたんだよ?当然の罰でしょ』って平然とのたまう歌舞伎町の性豪よ……とことん甘やかされてるなー私……。確かに悪いのはショウ、でもここは譲れません!
「嫌な予感がするんです。もう少しだけ内勤続けさせてください」
「……タバコ?」
「催涙スプレー持ち歩きますので」
「宮川、タバコちゃんがここまで言うんだから……」
「わかった。もう一つ、スマホの通話履歴の一番上絶対に俺にしておけ。すぐにかけ直せるようにな」
渋々といった面持ちでジャックダニエルのお代わりを自分で作ってぐっと飲み干す。何だか、初めてUSAGIに来た時の総一さんみたいだ。ボスがこんな顔でお酒飲むなんて、よっぽど腹が立ったんだろうな。実の親なんかよりよっぽど私のこと心配してくれることに感謝しつつ、早めに『案内』を完遂することを心に誓った。何が何でも総一さんを助けてみせる。女十八歳、意地の見せ所です!
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