第5話 ききとして
翌日。早めに出勤して更衣室にICレコーダーを仕掛けた。ボスが買ってくれたピンク色の可愛い私の相棒。最大十五時間録音可能の愛いヤツだ。仕掛け終わったら開店準備、今日はもう一人で大丈夫。竹井さんの手伝いもいらない。ぱぱぱっと掃除をして、プレイヤーの皆さんを待つ。宣言通り本日の狙いは『ショウ』。バーカウンターでグラスを磨きながら入り口を観察する。お、来た来た。まずはアキラ。
「アキラさんおはようございます、今日も宜しくお願いします」
「今日も俺のテーブルに、って言いたいところだけどダメだよな。お前みたいなできるヤツ俺が独り占めしてたら勿体ねーもん」
うわあ、なんかもう清々しいくらい『一度認めた人間には礼節を尽くす』人だな。がっちり握手なんかしちゃって、男の友情(『ユタカくん』の中身は女だけどね)を確認してアキラは更衣室に颯爽と去って行った。見送っているとその後ろから、トゲのある声が。
「お前何なの?」
「何なの、と言われましても。ただの内勤ですよ」
「初日からアキラさんに認められましたーってデカイ顔でもしたいの?」
腕組みをしたショウがカウンターの前に仁王立ちしていた。わかりやすいなーショウよ。これは嫉妬か。敵意ムキ出し、ただ腕力の方はそれほどないように見える。ああ、自分が中途半端だからアキラみたいながっしり系に媚びて守ってもらおうって思ってるのかも。女々しいぞー。かっこ悪いぞー。
「デカイ顔なんてしようなんて思ってませんよ、昨日は雪菜様が優しくて運が良かっただけです。アキラさんの話術は勉強になりますねぇ」
「どっかの店のスパイなんじゃねぇの?」
「そこまで仰るなら竹井さんに直接聞いてみたらどうですか?」
チッと舌打ちをしてショウも更衣室に去った。ああも性格の悪さが顔に出ますかね、って感じ。一瞬で嫌いになってしまった。ショウのあとに数人が揃って出勤、そして開店時間ギリギリに総一さんが出勤してきた。今日も暗い顔してるなぁ……。
「ソウさーん!おはようございまーす!今日も一日宜しくお願いしますね!」
「ユタカくん、あのね、俺と無理に仲良くしなくていいんだよ」
「先輩が暗い顔してたら後輩は気にしますよ!ほら、早く着替えないと開店しちゃいます!」
無理やり笑わせちゃったかな、と思わないでもない。今日もどこかでお酒飲んできたのかなぁ。痛々しいなぁ……。これは本当に早めになんとか『案内』を完遂しないと総一さん心が壊れちゃうよ……。
今日は金曜日ということもあって、お客さんの出入りはかなり激しかった。カクテルやフードのオーダーをこなしながらショウのテーブルにそっと近づいて耳をすませる。すると、めっちゃくちゃ甘ったるい声が聞こえる。声帯のどこから出しているのかさっぱり不明。さっきの舌打ち野郎と同一人物なのか、これ……。背中にチャックついてないか調べたい。ギャップありすぎでぐるぐる目眩がする。
「うにゃぁ~~~~~~~絵里ちゃん今日も可愛いねぇ~ぎゅってしたぁい!」
「ショウこそ今日も可愛いね☆なでなでしていい?」
ええええええええええええ!何この超甘えん坊キャラ!女の子も嬉しそうにキャッキャしてるから需要はある……のか。ナンバースリーに食い込んでるくらいだからアリなんだろうな。私の好き嫌いで言ったら完全にナシだけど。壁際に立ち尽くし呆然とショウのテーブルを見つめているといつの間にか横に竹井さんがいた。
「すごいよねー。俺にはできねーわアレは」
「僕もできないですね」
「今度保護者の方にやってみたら?何か買ってくれるかもよ」
「多分『脳外科とメンタルクリニックどっち行く?』って聞かれると思います」
二人でクスクス笑っていると少し暇になってきたのか、アキラがこっちに近づいて来た。お手洗いかと思いきや竹井さんにいきなり頭を下げた。おっなんだなんだ?
「竹井さん、次客入ったらソウをヘルプにつけてください!」
わー、昨日の今日で!アキラ男気あり過ぎるでしょ!いけいけドンドンでやっちゃってください!カクテル&フードの後方支援はお任せあれ!
「おー、いいよー」
「ユタカがいなくても、何かイケる気がするんだよ。何か俺今日絶好調でさ!」
絶好調なのは良いことです。それはいいんですけど、私の背中バンバン叩くのやめてくれませんかね。シンプルに痛い。
「アキラさん、痛いです」
「ごめんごめん!つかお前もっと鍛えろよー。ひょろひょろすぎんだろ」
そう言うといきなりお姫様抱っこ。絶好調とはいえこれは想定外だ……。竹井さんも固まってる。降ろして下さいとバタバタしてるのがおかしいのか、肩車までされた。視界が高くなったのは素直に気持ち良い。いつもボスやアキラはこんな景色を見てるのか。いいなぁ。などとのんびりした気持ちでいたら、いきなり肩から降ろされた。ん?何でそんな神妙な顔してるの?
「あのさぁ、ユタカって女?」
ええええええええええええ!本日二度目の心の絶叫。何でだ!何でわかるんだ!これヤバいやつじゃないの?正体バレたらどうなっちゃうんだろう。この野郎騙しやがって!とか言われてボッコボコにされたりするのかな……。内心のパニックを必死で押し殺して、平然とした顔を作る。ボスが貸してくれたバスケット漫画の先生が言ってた、『諦めたらそこで試合終了ですよ』を思い浮かべつつ。助けてください安西先生!
「まさか!何でそんなこと思ったんですか?」
「触感と、その、股間に何もないような感じがして」
「もんんんんんのっっっすっっっっっっっっっっごい小さいんです……僕。すごくコンプレックスで……。触感はアキラさんの言う通りもっと鍛えた方がいいですね」
ちょっと涙を浮かべつつ見上げると、心の底から気の毒そうな顔が見えた。苦しすぎる言い訳だけど通じた、のかな?横で笑いこらえるのやめましょうか、竹井さん。笑ってる場合じゃないですよ本当に。肝が冷えるってこういう時使うんだろうなってお手本みたいな例だよ。内臓凍るかと思った。そして恐るべし、『女のプロ』。アキラの場合、野生の感みたいなのもあるのかもしれない。バカ正直な人でよかった……。
「小さいならテクニックでカバーするとか方法はあるからさ、その、なんだ、気にすんなよ」
フロアに戻るアキラの背中にこっそりごめんなさいをして、また混み合ってきたので黙々と業務をこなす。どこからか妙な視線を感じたが、忙し過ぎて気にしていられなかった。宣言通りアキラは総一さんをヘルプにしてちょっとぎこちないながらもそこそこ盛り上がってる。お客さん、楽しそう。これで何かが変わればいい。少しずつでも聡一さんが笑えるようになれば。
ドタバタの金曜の夜が終わった。プレイヤーの皆さんが全員帰ったのを確認して仕掛けておいたICレコーダーを回収する。中身の確認はUSAGIでボスと一緒にすることにして、帰り支度をしていると何故かフラフラとショウが店内に戻ってきた。また何か因縁をつけられるのかと思いきや、何も言わずにソファに押し倒される。
……え?
「どれだけ小さいか写真撮ってやるよ」
酔っ払っているのか薄気味悪いニタニタした笑い、片手にスマホ。悪意しか感じないこの状況に血の気が引いていく。
「はい?」
「アキラさんに言ってただろ『すっごい小さい』って。どんだけ小さいのか興味がわいたんだよ」
「嫌ですよ、ちょっとやめてください!」
ベルトを外されそうになるも、ソファのクッションが柔らかすぎるせいで二人とも上手く身動きが取れない。鳩尾を狙って蹴りを入れようとしてもクッションが邪魔をしてうまくいかない。竹井さんは今同じビルのキャバクラの方に顔を出していてしばらく戻らないと言い残していっちゃったし、どうしようかなぁ……。大事にはしたくないが、ここで女だとバレるのは危険過ぎる。諦めた風に力を抜いてーー
「わかりましたよ。自分で脱ぎますから、手ぇ離してもらえます?」
一瞬手が緩んだのを思い切り振りほどいて、掃除道具入れに駆け寄る。道具入れにあった長めのモップを中段に構えて、呼吸を整えショウを見据えた。頭、は危ないな。足狙いでいくか。外せない、一発勝負だ。
「……何マジになってんの?」
「やらなきゃ、やられますよね。この状況って」
「男同士だろ?なんだよやるやらないって」
「僕はコンプレックスを無理やり写真に収められるのを良しとする性癖は持ち合わせていません。人が嫌がることはしちゃいけませんってご両親に習いませんでしたか?」
なるべく平静な声で諭すと何やら奇声をあげて殴りかかってきたのでそれをかわし、弁慶の泣き所を狙い澄ましてフルスイングで一発。念のため転んだところで裏太ももを思いっきり一発。悲鳴をあげて崩れ落ちたのを確認して、竹井さんに電話をかけた。すぐに飛んできてくれて感謝感謝。簡単に何が起こったかを説明して、ショウのことは竹井さんに任せてしまうことにした。
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