老人

今年で80歳、いや81だったかな。

老人はそう心の中でつぶやくと部屋の中を見渡した。


80余年-----


まさか自分の最期がこの汚い、4畳半の部屋だとは思ってもみなかった。


「昔は良かった。」


そう思うと、声にふと出していたらしく、自分の発した音声が耳を伝わって行く様を想像して吐き気がした。


昔。それは生まれた頃から今日に至るまで。


生まれて間もない頃は母と父の愛情を受けて育った。

何をしても、間違ったっていい。

全てが新鮮であったし、自分の行い全てが周囲に肯定された。


学生時代もまた良いだろう。

仲間内でバカやったり、互いの性事情を話すだけで世界一の幸福者のように笑った。


初めて彼女ができて、SEXした時だって。

え、そんな頃が本当にあったのかって?

あったんだよ。本当だって。


社会人になった。

上司に怒られ、学生時代では想像もつかないような辛さを味わったよ。

でも、仕事が終わる度に充実感もあったしね。

毎日が充実していた。

男尊女卑と問われてもしょうがないが、男は死ぬまで働くのが美徳だ。

これは自分の哲学であり、自分を形作るものとなった。






僕に子供はできなかった。


できなかったというよりは、相手がいなかった。

結婚しなかったのである。


結婚の機会がない可哀想なやつだって?

おいおい、一応結婚を考えていた彼女もいたんだぜ。


ただ、その時仕事が、、さ。


タイミングが合わなかったのさ。



どんどん歳をとっていき、僕はある種の感覚を抱いた。


疎外感。


いや、ハブられていたわけではないのさ。

僕はそういう空気を読むことに長けていたからね。


ただ、周囲を見渡してみると

幸せそうなカップル。

円満な家庭。

行く度失敗してもめげない後輩。


映画のように世界から取り残されたというわけではないけれど

ただ、感じる。孤独、疎外感、ひとりぼっち・・・。


もう僕には新しいことも、何か行動して喜んでくれる人も、生きる理由も、なかった。


だから僕は死ぬことにした。


もし輪廻転生があるとしたら、また赤ん坊となって生まれてこよう。


どんな生き物でも、愛情を受けたい、全てを受け入れてほしい。


---老人の部屋は密閉されており、煙が充満している。


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自殺 @INGLASS

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