057 対消滅が怖くて冒険が出来るか

 数分後にペロロンチーノの近くに転移門ゲートが開いたがシャルティアは逃げる素振りを見せない。

 つまり、いよいよ邂逅してもいい許可が下りたと思っていいのか。

 逃げたところで追う気は無いけれど。

 魔導国という国は逃げたりしないので。

 中から現れたのは完全武装したシャルティアとアウラと何故かコキュートス。

 マーレではなく、コキュートスというのは疑問だったが気にしても仕方が無い。

「うわっ! 本当にもう一人のシャルティアだ」

「……直接見ると怖いでありんすね」

 赤い鎧に対して文字がプリントされた全身鎧と髪の毛の一部が変色している自分達のシャルティア。

 二人を並べるとちゃんと区別出来そうで安心した。

 アウラも後頭部の髪の毛の色に特色があるが真正面からでは分からない仕様になっている。

 問題のコキュートスはペロロンチーノにとって想定外だし、何が変化しているのか分からなかった。

 何もしていないかもしれないけれど。

「一対三だ。逃げ帰るか?」

 正確には四人だが、自分を入れる事を忘れてしまった。

「……いえ、大丈夫です」

 地面に座ったまま対応する相手方のシャルティア。腰が抜けているのかは分からない。

「と思っただろう」

 と、消える前の転移門ゲートから勢い良く飛び出してきたのは喋る紅玉の粘体ルビー・スライムのモンスターだ。

 飛び出してそのままペロロンチーノの背中にびちゃっと張り付く様は気持ち悪い事この上ない。

「……うわっ、そそ、そのお方は……」

「卑猥な生き物だよ」

 と、ペロロンチーノが言うとスパンと叩く音とボキンという骨が折れる音が時間差で聞こえてきた。

「うおっ!」

「誰が卑猥な生き物だ、ボケっ!」

「く、首折れた。騎士系は先制攻撃しないじゃなかったっけ?」

「はっ? 知らねーな、そんなもん」

 と、ドスの効いた声でしゃべる粘体スライム

 強引に曲げられた首を戻し、手持ちのアイテムで治癒する。

 どうせなら治癒要員を連れて来てほしかった、と愚痴る鳥人バードマン

「は~い、そっちのシャルティアちゃん。初めまして、かな」

「……は、はい。初めまして、でありんす……」

 丁寧に対応するシャルティア。

 両手を地面に付いてお辞儀する様はとても可愛い。

「見事に同じ姿。平行世界ネタとはいえ、実物を見ると驚きの連続ね」

「シャルティア同士が触れ合うと対消滅するとか?」

 実際に互いの武器を合わせてみようか、と粘体スライムが言ったが危なそうなので却下する。

 別の世界のナーベラルに触れても何とも無いのだから別段、大きな事は起き難いとも言える。けれども、安全を考慮して互いに離れておくことにした。

「もし対消滅なら敵対した時点で色々とヤバイよね」

「それもそうね」

 特に互いにあいまみえる状況になれば世界規模の破壊現象とか起きたりする可能性がある。

「それで……。報告に戻るんでしょう? 仲良くなれるとこちらとしては嬉しいんだけど」

「そこまでは考えていんす。……ただ確認したかっただけで……」

「我々は転移して間もない。冒険したばかりだ。世界征服とかは……、随分と後になると思うけど……。今のところ魔導国と事を構える気は無いよ」

「こちらとしても様子見が目的なので……。いきなり攻められる事は無いと聞いております」

 部下にどういう説明や命令をしているのか、それを他人が詮索しても仕方が無い。

 素直にベラベラ喋るようでは階層守護者失格だ。

 言える範囲の事だとしても仲良くなりたい事に嘘は無い。

 敵対するのが面倒臭いだけ、とも言えるけれど。

「それより階層守護者達で囲んだらイジメじゃね?」

「慎重なギルドマスターを恨むんだね。それにしてもあのメイド達は何なの?」

「あの建物を管理しているメイドさんとしか知らない。宿泊施設になっている」

 さっきから全然動かないし、無表情が怖いんですけど、と粘体スライムは思った。

「そのメイドには手を出してはいけないでありんす。我々、魔導国でも手に負えない厄介な事態に発展するので」

 と、魔導国側のシャルティアは言った。

「はっ? なにそれ? えっ? それって……、ナザリック側でも厄介な相手って事?」

 粘体スライムの言葉に何度も頷くシャルティア。

 先ほどから座ったままだが、大人しくしているのでペロロンチーノは指摘しない事にした。

「守護者と同等の力を持つ相手でありんす。一体だけなら問題は無いのですが……、強制転移と多重召喚というスキルを持っていて……」

「多重召喚……。何となく嫌な予感はするな」

 手を出そうとすると反撃しようとするし、実力が守護者と同等というところは驚きだ。

 本当かどうか確認したくなるけれど。

「標的が我々ならいいでありんすが……。彼らは街を襲う可能性がありんす」

 つまりメイドに手を出せば魔導国にモンスターをたくさん放り込む、という事態に発展すると。

 それは結構な脅し、のような気がする。

 複数のメイドが連動すれば更に事態は悪化する。だからこそ手は出せない、という話しかもしれない。

「……うわっ、なにその悪質仕様。モモンガさんでもやらないんじゃない?」

「ウルちゃん仕様かしら?」

 粘着質な嫌がらせで言えばタブラ・スマラグディナもありえるけれど、と。

「この辺りにまだ十体ほどメイドが居た筈でありんすから。どうか、迂闊に倒そうとはしないでくんなまし」

「……俺たちの知らない厄介な事が存在するとは……。すげー気になるし、面白そう……」

 今まで知らなかった事件の臭いだ。

 調査したくなる。

 それよりもナザリックを擁する筈の魔導国がメイドに恐れを抱くのは何故なのか。

 現地に更に屈強な組織やギルドが居るって事か。

「押すなと言われると押したくなるんだよな」

「……弟。責任が取れるなら止めはしないが……。何だか、話しはマジっぽいぞ」

 シャルティアが手を組んで神に祈りを捧げるような潤んだ瞳を見せている。

 どうか、それだけは勘弁してくれ、と言わんばかりだ。

「そっちのナザリックでも歯が立たないギルドに頭でも押さえられているの? 正直、そこまでの規模は早々居ないと思うんだけど……」

「ギルドではありんせんが……。かの『マグヌム・オプス』の創設者が作り上げたものでありんす。施設防衛の過程で生まれたメイド達なので、それはもう強大な力を持っているでありんす」

 聞き覚えのある単語にペロロンチーノ達は呻いた。

 度々出てくる名称だが、より一層興味が出て来た。

 何なんだ、それは。ナザリックに対抗できる存在を作り上げられる施設は立派に脅威ではないか、と。

 粘体スライムもなにをどうしてそうなった、と混乱し始める。

「ぶくぶく茶釜様。この者の言っている事が真実とは限りませんよ」

 と、武器を構えて警戒するアウラ。それに対し、魔導国のシャルティアは黙って大人しくしていた。

 自分達のシャルティアも神器級ゴッズアイテムであるスポイトランスを突きつけているけれど、話しが難しくて分からない様子だった。

 コキュートスも難解な話しに割り込めなかったようだ。会話に参加できない代わりに周りへの警戒に意識を向けていた。

「……シャルティア。俺からの命令だ」

「は、はい」

 と、魔導国のシャルティアが正座したまま姿勢を正す。

 自分のシャルティアも命令を受けた気分になったらしいので、そっちは楽な姿勢で居るように小声で言っておく。

 自分達の創造者でもないのに素直さを見せるところ、至高の存在というのはいい加減なものではないらしい。

「今の話しに嘘はあるのか?」

「滅相もございんせん。聞かれた質問に誠実にお答えいたしました」

 それを素直に信じられないのは自分達のシャルティアではないからだが、ペロロンチーノとしては信じてあげたいと思った。

 階層守護者が恥を忍んで痴態を見せながら語った言葉に嘘はきっと無い、と。

 敵だと断じたならばもう少し傲慢さが出ていてもおかしくない。現に自分達のシャルティアは疑いの目を向けている。

 自害しろ、と言ったら死ぬのかは分からないが、多少は動きそうだ。

 簡単に死ぬようなNPCノン・プレイヤー・キャラクターに作った覚えは無いので不毛な命令になる気はする。


 それよりも正体不明のメイドは一旦横に置かないと駄目かも知れない。

 棚上げは好きではないけれど、今回ばかりは仕方が無いとして諦める。

 『マグヌム・オプス』の謎は深まるばかりだ。

「……それはそれとして……。こっちの組織が羨ましいか? 正直に言っていいぞ」

「ありがとうございます。……正直なところでは、はいでありんす。ですが、そちらに同一存在が居る時点で……、それはただの願望になりんした」

 そこに自分の居場所は無い。そういう理屈だから本当は飛び込みたい気持ちを殺している。

 手を伸ばせば届くところに希望があるのに。

 逆の立場であれば強奪するのか。結局は平行世界というだけで不毛この上ない。

 現地の宝としてなら価値はあるかもしれないけれど。

 すぐに飛びつかないところは賢いな、とペロロンチーノは感心した。

「こちらにNPCが誰も居なければ……。同じものが無ければ良かったのかもしれないけれど……。いずれは出会う運命だ。それで……。我々と戦う事になると思うのだが……。そっちのアインズ様とやらはいつ話し合いを持つんだ?」

 どうせ、検討したまま放置しているんだろうけれどな、と。

「それは……、分かりんせん。国を運営しなければなりんせん立場ゆえ、すぐに、とは……」

 国王になっているし、時間がかかるのは多少は理解出来る。そうであっても異常事態に早急に対処できないのは問題だ。

 いくら冴えない主人公であっても危機意識の欠如と言わざるを得ない。

 もちろん、普通ならば。

 こちら側の事情ばかり押し付けてはいけない。相手方にも様々な事情がある。

 そういう事ならば冴えない主人公だからと批判ばかりもしていられない。

 安易に飛びつかないので分かりにくいけれど、国王としてまじめに働いているのならば、それはそれで凄い事だ。

 こちらはまだ国ですらないので全く苦労が分からない。

 とはいえ、気軽に遊びに行ける仲になっていないので互いに探り合う事態になっているわけだが。

「……しかし、これではまるで説教しているようだな」

 ちゃんとした会談の場を持つべきだが都合よく場所が選べなかったので仕方が無い。

 監視されているという事だが監視対策は取られていなかったのか、それともそれを掻い潜る対策で監視しているのか。

 気にしなかったペロロンチーノにとっては無闇に戦闘行為にならなかっただけ良しとしたいところだ。

 多少の戦闘は許容するけれど。

 せっかく出会えたので連れて帰りたい気持ちはあった。だが、すんなりと事が進むよりは騒動が広がる可能性の方が高いかもしれない。

 個人的には世界は違えど自分のNPCだ。

 あまり戦力などを聞くと帰った後で絞られるかもしれないので、それは聞かないでおいた。

「……うん。……シャルティア、ちょっとこっちに来なさい」

 自分のシャルティアに声をかけ、引き寄せる。

 おもむろに抱き上げてみる。

「ぺっ、ペロロンチーノ様!?」

 魔導国側から見ればとても羨ましい光景だった。

 ペロロンチーノがシャルティアを持ち上げたのだから。

 出来れば自分がされたい行為だったので、魔導国のシャルティアが物凄く悔しがっているようにペロロンチーノには見えた。

「どーん」

 そして、無造作に魔導国のシャルティアに向かって自分のシャルティアを投げつける。

 レベル100で階層守護者にこんな事が出来るのは創造主の特権だ。

「きゃあ!」

「わっ!」

 同じ声の悲鳴が上がり、後ろに控えていたアウラ達が驚く。姉であるぶくぶく茶釜は粘体スライムなので表情や動きは一切不明だが、感じとしては呆れている気がした。


 完全武装した二人のシャルティアが互いの顔をものすごく近い距離で見つめる事態となり、急いで離れようとするが武器が邪魔して手間取った。

「ちょっと、離れいんす」

「そっちこそ」

 殴ったり蹴ったりの応酬が続く。

「……まあ、そんなもんだろ」

「……弟。随分と思い切ったな」

「挑戦する事に価値がある。これがモモンガさんなら小説五冊分約60万字相当くらいは手間取るだろうな」

 確かにそうだな、とぶくぶく茶釜も思った。

 一見、ただぶつけただけに見えるが、これは立派に危険な行為だ。

 平行世界の同一存在との接触だから。

 下手をすれば対消滅が発生し、自分達どころか世界ごと爆散する可能性だってあったはずだ。それを分かってやったのならばペロロンチーノはある程度の確信があった事になる。

「……あ~、ナーベラルが居たな」

「そうそう。複数人のナーベラルを許容する世界だ。この程度は何でもない気がするし、あの神様だって何も指摘しなかった」

 もし、何か不測の事態があれば現れて止める筈だ。それをしないという事は何も起こらない、という事だ。

 というのはペロロンチーノの勝手な解釈ではあるけれど。

 なんにしても何も起きなかったので内心では『良かった~』と大声で叫んでいた。

 確かに多少はビビっていたけれど、と。

「魔導国のシャルティア。お前達は赤い髪の神様を自称する存在に会った事はあるのか?」

 手間取っているシャルティアに尋ねてみた。

「神様でありんすか? って邪魔っ!」

「そっちこそでありんす」

 うるさくなりそうなのでアウラに引き剥がしを命じる。すると乱暴に自分達のシャルティアを投げ飛ばしたが指摘しない事にした。

「こちらにはそのような者は……」

 魔導国側には現れていない神様。それは少し奇妙ではある。

 転移した我々だけの恩恵だったりするのか、と疑問に思う。

 そんな筈は無いのだが、シャルティアが知らないと言っている以上はきっとんだろう、と思う。

 本当に何者なのか、あの神様は。

 不確定要素の塊。

 第三者的な存在はただのオリジナルキャラクターで済ませられるのか。

 考えるだけ無駄ってオチもあるし。でも、じっくりと話し合う必要性も感じられる。

「……それにしても。さてどうしようか。折角会えたからうちに来るか? 客人として」

「えっ!? そちらにお邪魔してもいいんでありんすか!?」

 大層驚かれたが、アインズ擁する魔導国側からすれば確かに驚く事かもしれない。

 敵がわざわざ招待してきたのだから。

 普通ならば慎重をするに違いない。

 シャルティアは驚きの声を上げたまましばらく長考した。

 様々な葛藤が渦巻いているのかもしれないので黙って待ってみた。

「……お申し出は大変嬉しいでありんすが……」

 と、数十分後に喋りだしたかと思ったらうつむいた。

「そちらはおそらく我々が待ち望んでいた者達の楽園……。それを知ればわわ、私は何もかも甘えてしまいんす……。もう戻れないほどに……」

 それは自分達の創造主が居ないからこそ渇望する気持ちだ。

 目の前の希望にすがってしまうと後戻りできない。そんな予感にさせてしまう危険性がある。

 甘い毒に身体を浸すようなものだ。

「ペロロンチーノ様の招待を断るとは……」

 アウラが武器に手をかける。

 敵ではあるけれど自分達の知るシャルティアと遜色ない相手だ。迂闊に手を出す事はしないが抵抗する様は驚きに値する。

「今のところ魔導国に行く予定は無い。だからといっていつまでも様子見では不健康だ。ここは思い切って突入することも俺は考えるけれど……。姉貴はどうなの?」

「んっ? んー、弟が思うようにすればいい。それもまた冒険だ。……いきなりだと仲間達に怒られるか……」

 突然の訪問よりは何処かで代表者同士の会談を設けるところから始めた方が無難ではないかとぶくぶく茶釜は思った。

 そうしないとうちのモモンガが発狂して転げ回りそうだから、という考えが浮かんだ。

 実際にはすぐ精神が抑制される筈だが、骸骨の悶える姿は気持ち悪くて見たくない。

「急な話しでごめんね、シャルティアちゃん」

「……い、いいえ。滅相もございません」

「……魔導国に俺達が居ないなら……。こうして会話している事自体、そっちのシャルティアにとっては玉音を聞いている感じなのかな?」

 聞きたくても聞けない至高の存在の肉声とあいまみえているのだから。

 一言も聞き漏らすまいと神経を尖らせているのかもしれない。

 それはそれで少し罪悪感があるけれど。

 たかが鳥人バードマンの声なのに、と。

 とはいえ、創造主の声や姿は失った者にとってはとうといものかもしれない。

 自分のシャルティアには悪いが相手方のシャルティアの頭に手を乗せる。

「!?」

 それだけで一気に浄化されるのではないかと相手方のシャルティアの興奮振りが手に伝わってきた。


 これはヤバイ。


 そうペロロンチーノは思ったし、感じた。

 シャルティアの目がグルグルと回っている。

 一生頭を洗いんせん、と絶叫しそうな雰囲気だ。兜越しだったけれど。

「……キャアアアァァァ!」

 その場で叫ぶシャルティアと羨ましそうに眺める自分のシャルティア。

 もちろん自分のシャルティアの頭だって撫でられる。今回は特別だから仕方がないと思ってほしい、と小声で伝える。

 横に控えるアウラも頭を撫でてほしそうにしていたが。

 さすがにコキュートスは黙っていた。まさか同じく頭を撫でてほしいとか思っているのか。その辺りは少し気持ち悪いと思って聞かない事にした。

 その図体で甘えられるのは流石に勘弁してほしい、とペロロンチーノは思った。

「別の世界の俺の性格の全ては知らないが……。お前の知るペロロンチーノは優しいのか、怖いのか。それとも変態か?」

 住む世界によって様々な自分が存在する筈だ。

 全てが同一の性格というのはありえない。

 魔導国側の至高の存在はすべからく人間的にクズかもしれないし、暴力的で粗野な部分があるかもしれない。

「……いや、それは無いか……」

 彼らの施行の存在は殆どが引退している話しぶりだった。

 ならば自我が芽生えた事など知らずに去ったのであれば、ペロロンチーノを含むギルドメンバーの性格はNPCにあまり伝わっていないかもしれない。

 あくまで理想のみが一人歩きした都合のいい神の如き存在として祭り上げられていてもおかしくない。

「わ、私をお創りになられたペロロンチーノ様がどういう性格かまでは……。あくまで私の印象のみの意見しか述べられそうにないでありんす……」

「それを言えば私の性格をロクに知らないアウラ達も居るって事よね」

 ぶくぶく茶釜が作り上げた魔導国側のアウラ達にも一度は会ってみたい、と思わないでもない。

 同一の存在が居るとほぼ確定しているけれど、彼らが望むなら友好的に触れ合ってもいいと思った。


 ペロロンチーノを含む至高の存在がほぼ居ない魔導国に自分たちが乗り込めば彼らに甘い夢を見せる事になる。

 それは希望を叶えると同時に取り返しのつかない結果に繋がらないか。

 シャルティアの様子からも一様に混乱が広がる気がする。

 魔導国側が今まで築き上げてきた秩序の崩壊が起きる可能性もある。そして、それをアインズ・ウール・ゴウンが良しとするはずが無い。

 神経質で冴えない主人公だ。

 奪われる事を一番恐れる筈だ。

「……とはいえ、一生出会わない選択は取れない」

「同じ世界に来たんだし、仲良くはなりたいわね」

 ペロロンチーノとぶくぶく茶釜は同じ発想に行き着いた事に互いに驚き、苦笑する。

「さて、姉貴。困った事態になったようだよ」

「……マジでどうしようか。長い検討に入りそう……」

「でも、禍根を残さなければいいなら、そういう発想で事を進めた方が正しい解答になるんじゃねーの?」

「我々はそれでいいかもしれないけど……。魔導国側は禍根が残りそうだ」

「全ての組織の面倒を見るなんて無理だよ」

「……まあ……、そうなんだがな……」

 と、姉弟のやりとりの内容が急に難しくなったようにアウラ達は思い、口出しできなくなった。

 なにやら難しい会話をしている、というのは理解した。

 禍根を残すとか、魔導国側の事情とか、まだろくに分かっていないのに話しがどんどん進展している。

 二人のシャルティアも黙って聞き入っているほどだ。

「互いのナザリックに大した差異が無いなら連れて帰っても仕方ないよな」

 特に中身が一緒なら。

 違いは人員くらいの筈だ、と予想する。

 それでもシャルティアにとっては本来あるべき姿のナザリックを見る事になるのではないのか。真実のナザリック地下大墳墓、という意味で。

「いやいや待て待て、弟。ここは意外な一手に出てみようか」

「意外な一手と言われても……。すぐには浮かばねーぞ」

 通常ならば互いに引き下がって終わりだ。ならば、それを覆す手段を講じればどうなるのか。本筋たるストーリーを捻じ曲げる時、新たな未知の冒険が自分達の前に広がるのではないか。

 ぶくぶく茶釜としては素直に終わらせたくない気持ちがある。

 なにより自分の想像した相手方のアウラ達の姿も見てみたくなったので。

 至高の存在がアインズただ一人ならば、こちらから乗り込んでみるのも悪くは無い。

 互いのギルドマスターが同時に悶えるかもしれないけれど。

 時には崖から転げ落ちてみるのも悪くは無い。

 そのまま死ぬかもしれないけれど、恐れてばかりではプレイヤーとして何も出来なくなる。

 ぶくぶく茶釜は相手方のシャルティアの腕に取り付く。それだけで暴れだしそうなほど興奮したが、落ち着くまで待った。

 アウラは少し羨ましそうに眺めていたが、今回は特別なので我慢してもらう。

「今回は大人しく引き下がってもらおうか。いきなり怒涛の新展開は精神的にもキツイだろうから」

「……はい」

「実際問題として……。仲良くなるには課題がある」

 いくら同じ存在とはいえ平行世界の同一存在というに過ぎない。

 先に来ていたギルドの時間軸に後から来た別の時間軸の存在がすんなりと仲良くなれる話しは聞いた事が無い。

 そこら辺を破壊神とやらが微調整したというのならば、それはそれで凄いのだが。

 それでもやはり今回の邂逅はあくまで面通しで終わらせた方がいい、という予感がある。

「そういえば、この世界に全然モンスターが居ないんだけど、それはお前たちが原因なのか?」

「えっ? ああ、いえ、そういう事はありません」

 ペロロンチーノの言葉に素直に応じるシャルティア。そこまで見ると本当に可愛いNPCだ、と思った。

「数年前に世界規模で厄介なスキルを発動した敵が現れまして……。小動物たちが現れ難くなっているんでありんす。来年辺りには少しずつ出てくるかと思いんす」

「世界規模のスキル?」

 なんじゃ、そりゃ。と思わず叫びそうになった。

 一定範囲のフィールドに影響を及ぼすスキルというのは見た事がある。だか、世界規模はゲームの世界でもなかなかお目にかかれない。

 それに似た言葉としては『大型アップデート』ではないか、と。

「ああ、あれじゃない。ヘレティックなんとかってやつ」

「そうでありんす。ぶくぶく茶釜様」

「それって聞き覚えが無いけど、敵なの? 世界とかナザリックとか敵対プレイヤーって意味で」

「敵でありんす。我々とこの世界全ての……。姿はモンスターでありんすが……。一言で言えば敵対プレイヤーがモンスター化した存在……、としか言えません」

「はあ!? なにそれ!」

「詳しい話しを当人から聞ければいいのでありんすが……。言葉が通じない相手ばかりで……」

 言葉が通じない相手から詳しい情報を聞き出すことは難しい。というか無理だ。

 少し驚いてしまったが、冷静に考えれば当たり前のことだった。

 しかし、それでもプレイヤーのモンスター化とは驚いた。

 呪いでボス化する話しは聞いた事があるけれど、それと同一なのか。

「分かっている事はこの世界には一定数のモンスターが現れる地点があり、そこで規定の数以上のモンスターを倒すと現れる事でありんす。本来は現れるはずの無いレベルの高いモンスターを見かけたら怪しむように、と……」

「そういう条件付けがされたフィールドがあるのね。それは興味があるけど……」

 レアモンスターの出現条件みたいで行ってみたくなる。

 だけれど行くと厄介なモンスターが現れるフラグが立つ。つまりはそういう事だ、と。

 それでもヘレティックなんとかは見てみたい。それは純粋にプレイヤーとしての興味からだ。

「……レベルの高いモンスター……。……おや? ……それはうちのナザリックに放置された窮奇キュウキとかじゃないのか?」

「確かにあのモンスターは通常の数倍以上のレベルがあるみたいでした。正確な数値までは……、分かりませんでしたが……」

 と、アウラが答えた。

「……きゅうき、でありんすか? 毎回現れるモンスターはどれも違うもので……。私にも正確なことはわかりんせん」

「つまり……なんだ? その敵は現れる度に違う姿とか。同じ敵が現れない特別なイベントボスって事か?」

「……たぶん。いやでも、中には同じものも居るかもしれません。比較的怪しいのが影の国の女王スカアハでありんす」

「はあ!?」

 そうシャルティアが言った途端にペロロンチーノとぶくぶく茶釜が叫んだ。

 突然のことだったのでアウラ達どころか相手方のシャルティアもびっくりした。

「す、スカアハが出て来たの!?」

「は、はい。割りとよく見かけるタイプのようでありんす」

「バカっ! そんなにポンポン出るわけ……って、確認したんなら嘘とも言えないか……。いやまあ、しかし、あれがポンポン出るとは思えないんだけど」

 バカと言われてシャルティアは身体を縮めるように小さくした。まさか怒られるとは思っていなかった。

「イベンドボスだしね」

 赤い魔槍『ゲイ・ボルグ』を持つレベル90超えのエネミーだ。

 敵専用の超位魔法を持つ強敵でもある。

「レベルの割りに強いのよね、あいつ」

「イベンドボスの影の国の女王スカアハなら世界規模のスキルなんか使わないだろう?」

「……それがその影の国の女王スカアハは変身するんでありんす」

「……え? マジ?」

「マジでありんす」

 ペロロンチーノ達が知る影の国の女王スカアハは変身したりはしない。

 自分たちだけが知らなくて、実は色々と隠し要素が実装されていた、という話しならば理解出来るのだが。そうであってもにわかには信じ難い事だった。

 一般的には影の国の女王スカアハの弟子が変身するのだが、師匠が変身するとは意外だ。

「第一の変身でレイドボスとなり、第二の変身で星の守護者ヘレティック・フェイタリティになりんす」

 星の守護者ヘレティック・フェイタリティもレイドボスと変わらない気がしたが、シャルティアはあえて区別するように言った。

 この世界では影の国の女王スカアハはイベントボスではなく、高レベルの雑魚モンスターという認識だったのでペロロンチーノ達の言葉に驚いた。

 影の国の女王スカアハが本当はイベントボスだったとは知らなかったので。

「なんじゃそりゃ」

「出来る限り、変身する前に倒すのが基本です」

 それはそれで勿体ない、と思うペロロンチーノ。

 実際にどういう事になるのか確認したいけれど、その時に世界が危険に晒されるかもしれない。そうなるとたぶん、色んな人に怒られそうだ。

「……そんな実装は聞いたこと無いけど……。転移後の世界ではそういう事もありえると……」

 ただでさえ強い影の国の女王スカアハがレイドボス化し、更に上に行く、と。

 もし、能力が飛躍的に上昇するならば一人で戦うのは絶対に避けなければならない相手となる筈だ。

 興味はあるけれど、ぶくぶく茶釜とて無謀な選択は選びたくない。

「一度は戦ったんでしょうね」

「ナザリック勢が全滅に近いありさまとなりんした」

「……うわ……。NPCを動員して、その結果なら酷い事になったんでしょうね」

 階層守護者達を動員して軽く全滅に近いイメージを思い浮かべてみた。

 高笑いする影の国の女王スカアハの足元にNPC達が倒れているところは想像出来たが、どういう倒され方をしたのかは中々浮かばない。

 レベル100が全滅に近い、と言っているのだからとんでもない事が起きたのは確かだ。

「すっごい興味あるわね。でも、倒したから今があると……」

「はい」

 倒せなかったら世界は廃墟になっている、ということもあるかもしれない。

 先に転移した彼らが無事なら幾多の困難くらいあっても不思議は無いけれど。

 想像絶する戦いがあったというのは実感は無いけれど、驚いた。

 嘘だとは思いたくない。雰囲気的にシャルティアはきっと本当の事を言っている。いや、そう思いたいだけかもしれない。

「倒した影の国の女王スカアハって今も出てくるの?」

「出てくるみたいです。でも、変身するかどうかは分からないとのことです」

「……まあ、あいつは気分屋なところがある敵だからな……」

 ペロロンチーノ達が知る影の国の女王スカアハは傲慢な女王様のイメージそのままだった。

 色々と専用のセリフがあり、プレイヤーを小バカにする。

 たまに撃ってくる超位魔法に戦々恐々としたり、戦闘民族には好かれるタイプだ。

 槍使いのプレイヤーだとダメージが増えたりする仕様だった、気がするとぶくぶく茶釜は影の国の女王スカアハの情報を思い出そうとした。

 ちなみに倒すと彼女の持つ槍が貰えたりする。

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オー●ー●ー● 【カクヨム版】 Alice-Q @Alice-Q

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