056 ペロロンチーノVSシャルティア

 よくあるシチュエーションに相手の名前を意味も無く聞く、というものがあるけれど今回は聞かなかった。

 絶対に聞かなければならないならカルネ国に居た村人全員が名乗って来る事になる。

 とてもじゃないが覚えれない。

 おっさん連中のモブキャラは正直どうでもいい。

 ただでさえ一般メイド全員の顔と名前を覚えるのが困難なのだから絶対に覚えなければならないイベントは勘弁してほしい。

 そんな事を思いつつ建物中をチェックしていく。

 日用品は一通り揃っていて、中は比較的清潔だった。

 トイレにびっしり虫が湧いていることも無く、風呂場も綺麗だった。

 よく利用されるのか、外のメイド達が掃除をこまめにしているのか。

 見た感じでは掃除などしているようには思えないのだが。

 分からない事をいつまでも考えているよりは夜空の観賞を続けるべきか。

 折角案内されたんだし、と。

 建物の上に上がるとよりはっきりと空が一望できた。丁度、周りの木々の邪魔にならない吹き抜けになっているようで、一段と迫力がある。

 周りに明かりを配置していないことも関係するのかもしれない。

「……圧倒的だな」

 建物があるなら人跡未踏ではない、ということだ。

 場合によれば勝手な拠点作りは出来ないことになる。

 人の往来があるならば別段、不思議ではないかと思った。

 この世界に自分たちだけしか居ない、というシチュエーションであればいくらアバターで異形種でも寂しさに悶える自信がある。

 それにしても成人女性と思われる森妖精エルフは美しさと迫力があった。

 あの人はプレイヤーなのか。それとも現地の森妖精エルフなのか。もし、後者ならもっと話しを聞きたいところだ。

 この際、プレイヤーでもいい。

 折角の異世界だから。


 ◆ ● ◆


 薄っすらと空が青みがかったところで建物の中に入る。

 外に居たメイドは不眠不休なのか、まったく微動だにしていなかった、ように見える。

 明るい時に調べるか、と思いベッドに飛び込む。

 ほこり臭い事はなく、清潔そのもの。毎日、洗っているのかは分からないけれどフカフカだった。

「……近くに屈強なモンスターが居るんだっけ」

 外のメイドより弱いらしい、とはいえ興味がある。

 一先ずアイテム類を外して眠る事にする。もちろん、警戒は怠らない。

 ゲームの中の睡眠はほんの一瞬。暗い画面にランダムに画像が出ることもある。

 この世界に転移して色々と確認した上では異常事態と思える現象は確認できなかった。

 ログアウト出来ない以外は普段通りと言ってもいい。

 自分だけではなく他の者も同様だという。

 完全に精神がアバターに固着し、元の身体の感覚はほぼ消失している。これで元の身体に戻ればすぐに社会復帰できる気がしない。

 長期のゲームプレイは危険である。

 そして、今はその危険域を大幅に過ぎてしまった。この反動はとても大きい筈だ。

 このままこの世界で一生を迎えるのは正しい事なのか、分からないけれど。戻ってもいい事は無い、という気もする。

 考えても仕方が無いのは分かっている。

 それから黙って静かに精神を落ち着かせていると朝になったようだ。

 正確な体内時間というものがあり、意図して時間通りに行動できる特殊技術スキルのようなものだ。

 四時間多い世界なので色々と訓練した成果、とも言える。

 一部の種族も意図した時間を体感的に感じ取れるらしい。

 それで時計要らずかと言われると、あればあったで助かる。

 身支度を整えて洗面台に行き、蛇口をひねる。

「………」

 普通に水が出てくるけれど、この世界に蛇口なんてあるんだ、と少しだけ驚く。

 剣や鎧のように金属を精製する技術があるならば作れなくは無いか、と納得する。

 井戸水を汲む文化ではなかったか、と後になって思い出したので。

 水が出ているので使わないと勿体ない。

 兜を取れば鳥人バードマンの姿が現れるが、アバターで顔を洗うことに意味があるのか、今もって疑問だ。

 もちろん、顔は洗った。

 口臭はよく分からない。指摘されたら考えようかな、という具合にしておく。

 食卓に朝食は並んでいなかった。それは少し残念だ。メイドが居るのに。

 食べない種族が居るから作ったとしても処分する事になるだろうし、食材が勿体ない。

 一応の睡眠のお陰か、気分はすこぶる良かった。

 外に出るとメイド達がまだ立っていた。

 微動だにしないのか、と思いきや。

 一定距離を行ったりきたりしている。プログラムされた登場人物のようで滑稽だが。

 放っておけば一生同じ行動をし続けるのかと思い、言い知れない不安を感じる。

 人気ひとけの無い地域に放置されて可哀相、と。

 つい自分達のNPCノン・プレイヤー・キャラクターの末路を思い浮かべてしまった。

「おはようございます」

「………」

 ペロロンチーノの挨拶に言葉は無かったがお辞儀してきた。つい条件反射的に一礼する鳥人バードマン

 声には反応するんだ、と少しだけ安心した。

 名前を聞いてみたが、こちらは答えない。

 後ろから触ろうとすると後ろ蹴りの体勢を取り始めたので急いで距離を取る。

 触ってはいけない相手だと認識する。

「……誰がこんなメイドを配置したんだ?」

 ペロロンチーノが疑問に思っているともう一人のメイドが建物の中に入っていった。

 どうやらベッドメイキングをしているようだ。

 一定時間、交代で建物の管理をしている模様。


 不思議だなと思いつつ建物の周りを観察する。

 木造建築であること以外は特に特別なものとは思えない。

 森の奥まった場所にあり、ちゃんと休憩所らしき立て看板があった。文字は現地の言葉だったが多分あっている。そうでなければ昨日の森妖精エルフが勧めたりしないはずだ。

 気配から察するに盗賊という訳ではなさそうだ。

 明るい日中なのでまた会いたいな、と思っていると近くに転移門ゲートが開いた。

 アウラ達かなと思ったら背中から白い翼が出ている赤い全身鎧フルプレートに物騒な槍を持つ完全武装したシャルティアが姿を表した。

 声をかけようかと思ったが手を止める。

「………」

 白い顔が僅かに見える以外は赤い色がとても目立つ。

 見慣れた筈のNPCが遠い存在のように感じられる。

 偽装しているペロロンチーノは息を呑む。

 直接確認して初めて分かる緊張感というものを。


 こいつは敵だ。


 そう全身が訴えかけている。

 自分が生み出した筈のNPCなのに敵だと思う自分が居る。

 満足な武器はあまり持ち合わせていないが、戦えない事はない。だが、それでもペロロンチーノ側に戦う理由は無かった。

 黙ってアイテムを置いていけ、とか言おうものなら殴ろうかな、と思わないでもない。

 ジロリと睨み付ける様なシャルティアの視線がとても痛々しい。

 そんな子に設定した覚えはありません、と言いたかった。

「……色々と……」

 と、シャルティアと思われる相手が喋りだした。

「聞きたい事がありんす。もちろん、この会話はアインズ様には届かないんえ、遠慮は要りんせん」

 聞きなれたシャルティアの声は紛う事なき自分のシャルティアと同一。つまり同じ声優だ。

 ロ●●語まで言えたらいいのに、と思わないでもない。

「……仲間が来るかもしれないが……。それでもいいか?」

「!?」

 ペロロンチーノの言葉に対し、シャルティアは赤い瞳を大きくした。

 仲間が来る事に対して驚いたのか、それともペロロンチーノの声に驚いたのか。という選択肢が浮かんだが当然、後者だ。その確信がある。

 自分でもシャルティアの声に驚いたのだから。

「べ、別に構いんせん! どうせ、全部分かってるで。今更隠し立てしても無駄でありんす」

 と、口を尖らせて駄々っ子のように不機嫌を表す。

 それはそれでとても可愛く見えた。これで本性だったら気持ち悪いんだろうな、とも思ってしまったけれど。

「そうか。全部分かっているのか」

「カルネ国から全部でありんす。何も対抗手段を取らなかったのが不思議でありんすが……」

「冴えない主人公が身近に居るからな。疑心暗鬼だけで充分なのさ」

 とはいえ、ナザリック周辺は偽装しなれば色々と不都合なので最低限の隠蔽はしてある。

 それ以外は姿の偽装くらいだ。

 それでも何の接触もしてこなかったのは相当な慎重派としか言えない。

 逆にやたらとフレンドリーだと気持ち悪くて接触は控えそうだ。

 気軽に友達になれるような雰囲気ではなかった気がするし、モモンガの慎重さが仇になっているとも言える。

「それで? 武装してまで俺に何の用だ?」

「こ、これは油断しない為の装備でありんす。べべ、別に……お、お前の為に装備したわけじゃあ……」

 創造主を『お前』呼ばわり。それは少し腹立たしいが仕方ない。

 目の前のシャルティアは自分のシャルティアではないから。

 同一にして別人。

 それでも胸に刺さるものがある。

 NPCに拒絶されるのは他人であっても悲しく思う。

 すぐに割り切れなかった自分の責任だけれど。

「……ごく個人的な事だから……。ナザリックとか関係無しにしておくんなまし」

 それはつまり、と思いつつ気が付くペロロンチーノ。

 本来ならば居なければならない存在が居ない、ということだ。

 ペロロンチーノがもう一人居るならばどういう対応に出るだろうか、というもの。

 面白半分に偽者にぶつけるだろうか、と。

 自分対自分は想定していないが鳥人バードマン対決であるならば多少は興味がある。

 実力が拮抗しているなら無理に戦闘に入っても消耗戦になるだけだし、何だか不毛だ。

「聞いても不毛だとは思っていんすが……」

 槍を下に向けたままシャルティアは言葉を紡ぐ。

 ペロロンチーノは大方の予想はついているし、内容も大体想定内だという事も。

 何しろ、こちらにもシャルティアが居る。

 会えて嬉しいです、という感動は無い。

 彼女の居場所はには無い。それははっきりしているから。

 そうであるならば何を聞きたいか。自ずと答えは一つに絞られる。

「……妾をお捨てになったのは何故でありんす?」

「自分の生活があるから仕方が無い」

 簡潔明瞭にペロロンチーノは即答した。

 引退組みが多数居るギルド『アインズ・ウール・ゴウン』なのだから質問内容は自然と絞られる。これ以外に聞きたい事などNPCには無い、筈だ。

 なにしろここは『ifの世界』だ。

 平行世界の一つなのは分かっているし、現にもう一人のシャルティアが存在している。

 自明の理だ。

「語弊がある言い方をしたようだが……。それ捨てた、という話しはお前たちが自我を持つとは思っていないからだ。今だからこそ、そういう風に思っているんだろうけれど」

「今?」

「ゲームは終わった。それにゲームデータであるお前達を現実世界には連れて行けない。ならば当然、置いて行くしか無い。仮に一緒に居たところで我々の本体はゲームサーバから弾き出される。これが有名な堂々巡りというやつだ」

 一息で紡がれる言葉をシャルティアは果たして理解出来るのか。それはペロロンチーノには分からない。

 一回で理解出来れば賢いと誉められるけれど。

「そ、それは捨てた、と同義では?」

「連れ出せる技術があればいいが……。いかんせん、それが出来なかった」

 データだけ持ち出せるタイプであれば不可能ではない気がするが、持ち帰ったデータをどう扱えばいいのか分からない。

 メインとなるゲーム本体は運営会社にあるので。

 一人で遊ぶタイプであればまた違っていた。

「要らないから捨てた、は飛躍しすぎだな。そうであれば何もかも消しておくさ」

 あえて残した事に大した意味は無いけれど、結果的には捨てたも同然かもしれない。NPC側の理屈としては。

 自我を持つとは思っていないから、これ以上の弁明は出来そうにない。

「では、持ち出せる技術があればどうしたでありんす?」

「……どうしたのかな」

 新しいゲームの可愛い子に心変わりしそうだ。

 ユグドラシルのゲームだからこそシャルティアは映えた、とも言えるし。

 ずっと一緒に暮らすほどの愛着があったかと言われれば、きっと『無い』と答える。

「可能性の話しは大抵が不毛だ。最初から分かっていればそれなりの扱いはしていただろうさ」

 あまり希望を持ちすぎても仕方が無い。

 ゲームの制約がもっとゆるく、多機能であればいいのに、と思うようなものだ。

 それとは別に異世界に転移すると分かっていれば、という事もある。

 人生は思い通りに行かないものだ。

「他の至高の御方もそうでありんすか?」

「それはそれぞれに直接聞けばいい。……まあ、だいたい似たような答えが返ってくると思うけどな」

 NPCが嫌いならなんで作ったんだよ、と突っ込まれるし。

 腕を組むペロロンチーノに対してシャルティアは戦意を消失しているのか、小刻みに震えてはいるが武器は下ろしたままだ。

 怒りたいなら好きにすればいいし、迎撃する用意はあるけれど。

 シャルティアには怒る理由がある。権利もある。

 実際には無関係だが、彼女の怒りは受け止めてやろう、という気持ちはある、男だから。

「気は済まないと思うが……」

 シャルティアの前に立つペロロンチーノは本当の意味で自分の創造主ではない赤の他人。

 無数の平行世界に居るペロロンチーノの一人でしか無い。

 そして、シャルティアの話しぶりで確信する。

 魔導国にモモンガ以外のギルドメンバーは皆無であると。

「これからどうする? 勧誘でもするのか?」

「……最後に一つだけ……」

「最後と言わずに遠慮なくどうぞ」

 質問は一回っこっきりという条件は無いのだから。

「わら……、私は要らない子でありんしたか?」

 うん、そうです。と、うっかり言いそうになったが言葉は飲み込んだ。

 自分的には新しい子が欲しくなるので過去の遺物はついつい捨てがちだ。なにせ、こちらにもシャルティアが居るのだから。保存用は想定外だし。

 という事を言えば泣くだろうな、と。

 すまない。日本人は新しいものに目が行く悲しい生き物だから。と、ペロロンチーノは仁王立ちしたまま思った。

 だいたい他人の子だ。そんな事を言われても平行世界の当人と同じ気持ちとは限らないわけだし、答えにくいよ。

 はい、とも。いいえ、とも言えない。

 迂闊に答えて後で実は違いました、と本物が言ったら物凄く傷つく筈だ。それを冗談でも言う状況ではない事くらい分かる。

 少なくとも俺は空気が読める男だ、と。

「俺の言葉で聞きたいのか?」

 この言葉に対し、シャルティアは頷いた。

 そもそも自分の創造主は居ない。たとえまがい物でも同じ姿の者から聞きたい。

 そう願って何年も経っている。いつまでも待てるとも思えないし、もどかしい月日を過ごしてきた。

 理想と現実は違う。だからこそ聞きたい気持ちと真実を知る怖さが内在している。

「俺の意見でいいなら……。要らないから捨てた、というNPCはおそらく居ない。それが答えだ、と思う」

「……そうでありんすか……」

 本当にそう思って捨てるようなギルドメンバーは見た事も聞いた事も無いけれど。

 ペロロンチーノの中では妥当な解答ではないか、と。

 雰囲気として配置しただけで愛着まで持っているかは分からない。特にモモンガはNPCよりギルドメンバーを優先していた人間だ。

 NPCに要らない子か聞かれたら『別に』と素っ気なく答えしまうかもしれない。可愛い子ならまた違う答えかもしれないけれど。

 自我を持つとは思っていないし、もし彼らの本当の主が真実を知れば何人かは会いたいと思っても不思議ではない。

 中には想定外と思って敬遠するかもしれないけれど。

 本当に要らないならデータごと消すんじゃなかろうか。

 自分一人ならありえるけれど、メンバー全員が同じ気持ちか、というのは飛躍しすぎだ。


 主を失ったNPCの寂しさ。


 自我があるなら様々な感情を持っていてもおかしくはない。多少の疑問点はあるけれど、ゲームデータが生命体の振る舞いを見せるのは色々と知りたくない真実のような気持ちにさせられる。

 まさかログアウトした後に国を作るとは思っていない、みたいな感じだ。

 自由意志に目覚めたのなら祝福すべきだ。だが、それを知らないままギルドメンバーは居なくなってしまった。

 そういうになっている。

「それで……。満足したのか?」

「……わかりんせん」

 それはそうだろう。俺はお前の本当の創造主ではないのだから。

 似た存在というだけだ。聞くだけ意味があるのかも不明。

 ただの自己満足というオチになる事もありえる。

「……それでも、直接聞きたかったでありんす……。そのお声で、直接……」

 正座するように座り込み、何かに耐えるように震えるシャルティア。

 後ろから斬首して下さい、という意味だったら怖いなと思った。

 というより自分のところにシャルティアが居るから捨てる、とか聞かれても困る。それではまるで、これからうちのシャルティアを捨てようとしている事になってしまう。

 何となくで答えたもののこの世界に先に来ていたシャルティアに満足のいく返答など出来たのだろうか、と少しずつ不安に感じた。

 別の世界のペロロンチーノが戻れば解決する事案だが、それはおそらく不可能に近い。

 ゲームを引退した人間が急に心変わりするとは思えない。

 たかがゲームキャラクターの為に。

 それが一般的であり、当たり前の事だ。

 運営が終了したゲーム個人がどうこうできるわけがない。

 多くのオンラインゲームの全てのキャラクターが自我を得て、我々プレイヤーに何か直訴したい事でもある、というネタであれば凄いと感心するけれど。

 そこまでの規模ではなく、あくまで一つのゲームの中の話しだ。

 シャルティア達『ユグドラシル』の登場人物だけを特別扱いなど出来はしない。

 だからこそ、自分に言える事などたかが知れる。


 泣いている女の子に手を差し伸べないのは男としては最低だが。


 ペロロンチーノとしてはNPCに過ぎないシャルティアとて可愛い一人娘だ。本性は気持ち悪い化け物だが。

 さすがに人間として化け物は化け物と認識している。それは一般プレイヤー全てに共通すると思う。

 そういうゲームだから、それは指摘してほしくない。答えに窮する自信がある。

 俺はタブラじゃない、と。

「……一応、確認するがお前の創造主はペロロンチーノだよな?」

「……は、はい。その通りでありんす」

 平行世界なので実は弐式炎雷です、とか言われる可能性がある。

 確認は大切だ。

 これで創造主が違ってたら全てが台無しだ。

 ふう、と大きくを息を吐いて安心するペロロンチーノ。びっくりするような失態を犯さなくて良かった、と。

「当人が来ないことに寂しい思いを抱いていると思うが……。それでどうする? 聞く事は聞けた。それで何か得るものはあったのか?」

 完全武装してまで来た相手だ。

 これで終わる気がしない。

 この後の流れでは恨みつらみを晴らすか、涙の再会に抱き締め合うか、だ。

 どちらでもなく、ただ嗚咽するだけで満足して帰るパターンもある。

「……わかりんせん……。……勧誘したい気持ちが無い、わけではありんせんが……」

 所詮は別の世界の他人だ。それをおいそれと自分達の拠点に連れて行けるわけが無い。

 というか、その権限がシャルティアには無い筈だ。

「このまま帰すのも……面白くない。もう少し待てば面白い状況になるが……。お前は忙しいのか?」

「……それなりには……」

 いくら他人とはいえ自分の創造主と同一の存在だからか、とても大人しく対応するシャルティア。

 逆にペロロンチーノから見る彼女は生命体と遜色のない、経験を色々と積んだNPCに見えて驚いている。

 自分のところのシャルティアよりも柔軟性に富んでいる、と。

 十年以上も前に転移した相手のようだから当たり前か、と思わないでもない。

 これがうちのモモンガならシャルティアとの対話に持ち込むまで小説本十五冊分約200万字相当くらいの分量がかかるのではないか、と思わないでもない。

 自分だからすんなりと進んでいる、気がする。


 世間話しを聞きたいところだが、それはナザリック地下大墳墓に招待した時にみんなで聞いた方がいいと判断する。それまではこちらから魔導国の情報は調べられるだけ自分達でおこなう事にする。

 別にすんなりと情報が聞けるとは思っていない、とかは考えていない。

 自分で調べる楽しみを残したいだけだ。

「階層守護者であるお前が外で活動するとはな」

「外敵に対処する為に色々と情報収集などが必要でありんしたから」

「それはシモベにやらせれば良かったんじゃないか」

 それが賢いやり方だろう。と、自分達の事は棚に上げてみる。

「そ、それは……、アインズ様にも色々と事情が……」

 モモンガではなくアインズ。

 どういう心境でギルド名を名乗ったのか、大方の予想はつくがすっかり定着したようで驚く。

 先に転移した者を後から文句を言っても仕方が無い。

 こちらにもモモンガが居るので、どうしようもない。

「それ以前に……。俺が本物か偽者か。声だけ同じの全くの他人とか想定していなかったのか?」

「ナザリックから出て行くところは確認していんすし……。そうそうお声が同じ方はいんせん。なにより……、貴方が本物であると私は確信しております、ペロロンチーノ様」

「……さっきまでお前呼ばわりしてたクセに」

「そ、その場の勢いでありんす!」

 慌てふためく姿はNPCというよりは自分の娘のように見える。

 これほど柔軟な表情を表現出来ていたら、もっと色々と愛着を持っていたかもしれない。

「とはいえだ。俺は結局、他人だ。そして、お前の疑問である、捨てた。とかだが。他の平行世界の俺に同じ質問をしても結果は同じだ。中にはへそ曲がりが居るかもしれないが……」

「……何となくは分かっていたでありんす」

 聞いても不毛だ、と言っていたし。

 とはいえ嘘を言っても仕方が無い。

 誠心誠意の解答としては現段階で言える範囲だったと思う。

 都合よく綺麗な解答など出せる訳が無い。

「その武具を見る限り、お前に色々と残したペロロンチーノとやらは悪い人間では無かったようだな」

「人間ではなく、鳥人バードマンでありんす。それより、そのお姿は偽装で?」

 ペロロンチーノは全身鎧フルプレートの冒険者風のいでたちで翼などが無いので人間と言われてもおかしくない姿だ。

 ちゃんとした武具はナザリックの宝物庫に保管しているから、取りに帰るのが面倒臭いし、光っているので目立つ。

「異形種だからな」

 兜を脱いで素顔を見せる。

 人間離れしたくちばしのある顔。羽毛に覆われた頭部にシャルティアは両手で口元を押さえて嗚咽する。

 『思っていたより気持ち悪いでありんす』とか言われると覚悟していたが、感動に打ち震えているようだ。もちろん、ペロロンチーノの思い込みだが。

 これで『化け物でありんす』と言ったら殴る。たとえ自分のシャルティアでも。

 まさかと思うが、鳥人バードマンだけど顔が違う、とかだったらどうしよう、と思った。

「自分の知っているペロロンチーノとあまりにもかけ離れていてびっくりしたような顔だな」

「そ、そんな事はありんせんっ!」

 それはつまり、どういう事だ、と。

 言い返す分、至高の存在に反抗する意思があるという事か。

 自分の知らないシャルティアの反応は中々に新鮮だ。というより側に居る筈のメイド達は一切、こちらに関知しないところが凄い。

 ナザリックでも見かけた事は無いし、どういう存在なんだろうか。

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