悪いんですの
二石臼杵
悪との遭遇
「ねえ、そこのあなた。私の軍門に下りません?」
「はい?」
「ああ、失礼。端的に言うと、私の下で働いてみませんか? ということですの」
「いや、僕の高校、バイト禁止なんで」
「私の下に付くと、世界の上に立てますよ。要するに、私と世界の間に挟まれるわけです。そう、さながらサンドイッチの具のように」
「わかりやすそうでわかりづらい例えだなあ! さっきから何の話をしてるんですか?」
「悪の組織」
「?」
「悪の組織ですよ。よく漫画やテレビに出てくる。私はそういうものにあなたを引き入れたいのです」
「宗教か何かの勧誘ですか? すみません、僕、そういうのはちょっと……」
「あなた、何か欲しいものはありませんか? お金とか、恋人とか」
「まあ、あるにはありますが」
「私の組織に入れば与えます。全てを」
「悪魔みたいなこと言いますね」
「悪という点では似たようなものです。『
「あのやたら大きな企業ですか? よくCMとかで名前を聞きますね」
「今あなたの持っている腕時計、財布、携帯電話、チューインガム、それから下着など、全て我が社が携わっている製品なのです」
「なんでそこまで知って――――我が社?」
「ええ。私、その水鏡グループの総帥の一人娘をやってます」
「普通の女の子に見えますが」
「確かに私が女の子なのは否定しませんが、普通の人がこんなことをすると思いますか?」
「痛っ! いや、そこまで痛くないけどなんで急に叩いたんすか!?」
「お嫌いでしたか? 札束ビンタ」
「札束ビンタ!?」
「ちなみにこれが私の組織に入ったときのあなたの給料になります」
「軽く百万以上ありますよねそれ!?」
「信じていただけましたか? 私が本気だということを」
「とりあえずお嬢様ということだけは確信しました」
「では本題に戻りましょうか。私、悪の組織というものに憧れていますの。それで、いっそのこと自分で作ってしまおうと思いまして」
「なんでまたそんなものを……」
「私、悪いんですの」
「頭が? 趣味が?」
「失礼な。思想が、という意味です」
「思想?」
「野心とも言えますね」
「はあ」
「目標は、そうですね……ひとまずは市内征服ということで」
「小っさ!」
「世の特撮の悪の組織たちを見てください。いきなり世界征服などという無謀な目的を掲げるからつまずくのです。野望というのは堅実に着実に進めていくものですよ」
「お嬢様の割には結構俗っぽい番組を見てるんですね」
「これでもだいぶ勉強しましたの」
「特撮を?」
「帝王学を」
「そこはやっぱりお嬢様!」
「もちろん、特撮番組もあらかた参考にしました。そして、数え切れない悪の組織が壊滅させられていくのを見て、決意したんです。この人たちにできなかったことを、私が成し遂げてみせよう、と」
「どこ目線で特撮を観てるんすか」
「しかし、名だたる悪の組織というものは、なぜ非効率的な方法で世界征服を狙うのでしょうね?」
「しょせんはお子様向けですから……」
「しかも必ずと言っていいほど一枚岩ではなく、組織間での対立や裏切りも多い。せっかくの素晴らしい技術力も、あれでは宝の持ち腐れです。私ならもっと現実的かつ効率的な方法で世界を掌握してみせますのに」
「あの、特撮評論はそれぐらいにしてもらって、なんで僕をスカウトしたのか教えてくれます?」
「失礼ながら、事前にあなたのことを調べさせていただきました。
「……はい」
「悪の使いさんですよね?」
「名前の語呂を採用基準にするような人が、よく効率うんぬん言えましたね!」
「なにごとも形から入るのが重要です」
「あっさりヒーローにやられる典型的な悪の組織の考えですね」
「ヒーローなど登場させません」
「はい?」
「私の目的は人類を絶滅させることでも、奴隷化して支配することでもありません。裏から世界を動かせる存在になりたいのです。世界中が私に操縦されていると思いもしない、そんな世界征服を志しています。世界征服が行われていることに気づかれなければ、敵対勢力など出てきようがないでしょう?」
「そうかもしれませんが、それを僕に話しちゃってる時点で計画は台無しですよね」
「あなたはいいのです。仲間を全面的に信頼し、助け合い精神をモットーにする職場にしたいので」
「アットホームな悪の組織!」
「信頼関係を築けば、裏切りや仲間割れの起こる可能性を減らせます」
「僕が組織に入るのがすでに決定事項ですね」
「それはもちろん。仮に勧誘に失敗した場合のプランも想定しています。もっとも、取り越し苦労だったようですが」
「ずいぶんな自信ですね」
「だって、あなたはこうして私の話を聞いてくれているではありませんか。たいていの人は適当にあしらうものでしょうに」
「お人よしだとはよく言われます」
「そこです。いい人こそ、悪の組織に必要な人員です。いい人は与えられた仕事に責任を持って真面目にこなし、他人を気遣い、慎重に動きます。どんなに優れた能力を持っている人でも、性格が悪ければ調子に乗ってミスを犯し、最悪の場合利己的な理由で裏切って敵となり、組織を破滅へと導いてしまいます」
「でも、いい人だったら世界征服なんかに手を貸さないでしょう」
「私は世界征服をするつもりですが、犯罪を起こす気はありません。当人に『悪いことをしている』という自覚さえなければ、善人でも動かせます。清く正しく、真っ白な手で世界を掴むのです」
「それはもう、悪の組織とは呼べないような……」
「いいえ、悪の組織です」
「え? なんでですか?」
「言ったでしょう? 私、悪いんですの」
「意味がわかりません。どうしてそこまで悪にこだわるのか」
「悪の方が有利だからです」
「有利?」
「正義の味方は、多くのものに縛られます。自己犠牲、倫理観、ジレンマ、孤独etc……。それに対して、悪は基本的に自由に行動できます。例えば、人質を取られただけでヒーローが手も足も出せなくなる、そんなシーンなどはよく見られますよね」
「でも、なんだかんだで最後に勝つのは正義じゃないですか」
「それは作り物の話だから都合よくそうなるだけです。悪側が圧倒的に有利なことには変わりありません」
「要するに、合理的、ということですか?」
「そうなりますね」
「極論すぎる」
「それに、悪のみが存在することはあっても、正義のみがあることなどありえません。悪は常に自立しているものなのです」
「まあ言われてみれば、ヒーローは後手に回ることが多いですよね」
「旧約聖書でも、神は天と地を造ったあとに光を造りました。闇の方が先に生まれ、世界を支配していたのです」
「またえらく話がぶっ飛びましたね!」
「もっとも、私は『光あれ』などとは言わせませんがね」
「お先真っ暗! なんすかその黒い笑顔は! 怖っ!」
「ともかく、私は世界征服がしたいのです。そしてそのために必要なのは、ロボットや怪人や怪獣などではなく、経済力と人材と綿密なプランです」
「なんでそこまでして世界を征服したいんですか?」
「そうですねえ……どんな理由ならいいでしょうか?」
「僕に訊かれても!」
「誰かに『世界征服をしろ』と強要されたわけでもありませんし、来たるべき敵に備えるために世界中を統率する必要があるわけでもありませんからねえ。かといって道楽のつもりでもありません」
「もしかしなくてもからかってます?」
「いえね、この場で説明可能かつ阿久津さんが納得できるような動機をちょっと思いつかないだけですよ」
「やっぱりからかってたんじゃないすか!」
「いえ、理由はちゃんとあります。ただ、話すのに少しためらわれるので」
「あれだけ信頼関係が大事とか言っておきながら?」
「だからこそ、その場しのぎの嘘の理由でごまかしたくないんです」
「それはそうですけど……」
「申し訳ないですが、こればかりは私を信じてもらうしかないですね」
「そんなこと言われても、いくら僕がお人よしだろうが、さっき会ったばかりの人を信じるってのはさすがに無理ですよ」
「では、どうしたら信じていただけますの?」
「あなたの計画には具体的な手段がありません。どうやって世界征服するっていうんですか?」
「サブリミナル効果はご存じですか?」
「ええと確か、映像の中に一コマだけ別のカットを入れて、無意識に影響を与えるとかいうやつですか? あれは都市伝説でしょう?」
「いいえ。実際は悪用を防ぐために、科学的な効果はないと公表させられているだけです。ちゃんと効果はあるのですよ」
「はあ。そのサブリミナル効果を使うんですか?」
「ええ。しかし私の場合はテレビなどではなく、この市全体を使います」
「この市を?」
「はい。例えば、我が社の携わったガラスやプラスチックの使われた製品には、表面にミクロ単位の凹凸が刻まれてあって、条件を満たした太陽光を受けることで一瞬だけ水鏡グループのマークが浮かびます。また、その商品を通して生まれた影にもそのマークが現れます」
「そんなバカな」
「光や紫外線の量と種類などが細かく決められているので、このマークを出現させる太陽光の差す時間帯は、ほんのコンマ1秒以下に限られています。視認されることはほぼないと言っていいでしょう。これを、車のガラスやカーブミラーやビルの窓ガラスなどに仕込むとどうなるか……想像に難くないでしょう?」
「だけど、そんなことで」
「事実、我が社の製品は売れています。そのことはあなたもご存じなのでは?」
「ええ、まあ……」
「それに、こうして見知らぬ私と会話していることも不自然に思いませんか? 本当ならもっと警戒されてしかるべきです」
「そうかも、しれませんね」
「もし、あなたのその腕時計が、常日頃から気づかぬ間に一瞬だけ私の顔を映し出していたとしたら、初対面よりは少し話しやすくなるとは思いませんか?」
「…………っ!」
「他にも音や電波など、サブリミナル効果の割り込む余地はいくらでもあるのですよ。この市内をとっくに包囲していてもおかしくないほどに」
「本気、ですか?」
「もちろん、最初から最後まで。どうです? 少しは信じていただけたでしょうか」
「…………僕に、何をしろと?」
「ご理解いただけたようで何よりです。阿久津さんにやってもらいたいのは、郵便配達ですね。ポストに我が社の広告ハガキを投函するだけの簡単なお仕事ですよ」
「当然、ただのハガキじゃないんでしょう?」
「はい! 印刷されているイラストに隠し絵の要領でメッセージを忍ばせています!」
「そんな声高々と言うことですか!」
「一通につき一万円、でいかがでしょう」
「喜んでやらせていただきます大首領閣下」
「よろしい。――では、ご協力ありがとうございました」
「は?」
「レポートですよ。学会に提出する論文です。テーマは『いかにして人の心理は操縦されるのか』。あなたの反応は実に良いデータになりました」
「えっと、つまり……」
「水鏡グループの製品にサブリミナル効果など使われていませんし、そもそも私はあの企業とは何の関係もありません。水鏡グループの一人娘を
「世界征服というのは」
「征服したじゃないですか。あなたの心の世界を」
「信頼が大切なんじゃ……?」
「データの裏付けによって研究の信頼性を高めるのはとても重要な事です」
「そんなあ……」
「それに、最初に申したはずです。私、悪いんですの」
「人が悪いにもほどがありますよ。人の心を試すなんて」
「でも、あなたもなかなかのものでしたよ?」
「え?」
「この調査をするにあたって、あらかじめその人のことをある程度は知っておく必要があります。信用されなければいけませんからね。そこで適当に選んだら、阿久津さんが候補に挙がったんです。まったくの無作為に選んだ中に、あなたの名前があったのです」
「ひどい偶然じゃないですか!」
「ええ、つまり――あなた、運が悪いんですの」
「…………」
「でも、まったくの嘘というわけではありませんよ? この研究がもっと信憑性のあるものだと証明されれば、私、本当に世界征服しちゃうかもしれませんから」
「はい?」
「今だから言えますが、先ほどお話しできなかった世界征服の理由は『果たしてそんなことが可能かどうか確かめるため』なんですよ」
「……世界征服は、目的じゃなくて手段だったってことすか」
「ええ。もしもそのときがきたら――阿久津さんにも声をおかけします。いつの日か、一緒に世界を征服してみせましょう!」
「どうせそれも嘘かもしれないじゃないですか」
「さあ、どうでしょうね」
「そうやって変に期待を持たせるのやめてくださいよ……」
「それは難しいですね。――だって私、悪いんですの」
悪いんですの 二石臼杵 @Zeck
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