オカルト研究会の野望 3

 翌日。

 真鳥は喫茶店で亜紀を待っていた。かれこれ二十分ほど前に店に入った彼は、ウェイトレスに案内されるまま奥の席についている。普段から挙動に不審なところがないとは言えない彼だが、この日は殊更、実に落ち着きがなかった。窓の外を眺めたり、おしぼりを意味もなく丸めたり、ストローの袋を指に巻き付けてみたり。そわそわと視線も忙しく、たまに貧乏ゆすりをしてみたりもしている。

 スマートフォンの時刻を何度も確認し、ドアベルの音が店内に響くたびに入口の方へ視線を向けては落胆していた。

 やがて待ち合わせ時間の少し前になり、店内に亜紀が姿を見せた。その瞬間、真鳥の顔がパッと明るくなり、恥ずかしげもなく手をぶんぶんと振って見せた。

 それをみた亜紀の顔が瞬時に赤みを帯びる。口元にははにかんだ様な笑みが浮かんでいた。

 亜紀も小さく手を上げると、そのまま真鳥の座っているテーブルへと近づいて行った。

「あ、あの、お待たせしました?」

「ううん、今来たとこ」

 お定まりの様にそう言って、亜紀を向かいに座らせる。

 すかさず水とおしぼりをウェイトレスが運んでくる。それを受け取ってから、亜紀はメニューに目をやり、ケーキセットを頼んだ。一礼して去っていくウェイトレスを見送ってから改めて二人は話を始めた。

「突然呼び出してゴメン」

 真鳥が軽く頭を下げると、亜紀は小さく頭を振った。

「ひ、暇していたので、嬉しかった……です」

「そ、そか……。うん、良かった」

「は、はい……」

 しばらくの沈黙。

 ウェイトレスがケーキセットを運んできた。ガトーショコラを見た亜紀の口元が嬉しそうにほころぶ。ウェイトレスは再び去っていく。

「頂きます」

 小さなフォークを手に取り、ガトーショコラに早速手を伸ばす亜紀。小さな一切れを口に運び、幸せそうに眼を細める。

「美味しい……」

「ガトーショコラ、好きなんだ?」

「というか、チョコレートは大体好きです。先輩は?」

「美味しい甘味を少量なら好きだよ」

「私はある程度量がある方が良いかな」

「そのケーキだと?」

「二つは余裕です」

「俺は半分ぐらいかな」

「じゃあ、いつでも私が半分貰いますよ」

 そう言って、亜紀は胸を張るような仕草を見せた。

「頼もしいな」

「余裕ですよ」

 亜紀が食べている間、二人はそんなふうに何でもない会話を楽しんだ。


 食べ終え、食後のコーヒーを飲みながら、亜紀は改めて真鳥に尋ねた。

「ええと、今日のご用は?」

「会いたいなと」

「ええっ」

 真っ赤になる亜紀。

 コーヒーカップを持つ手が震えたので慌ててソーサーの上に置く。口に含んでいたら、間違いなく噴き出していただろう。良かった。喋る時にはものを食べない癖をつけていて本当に良かった。亜紀は只管母親に感謝した。

「せ、先輩?」

「そんなに驚かれるとは……」

「ほ、ほんとですか?」

「もちろん。まあ、他にも要件はあるんだけどな」

「な、なんです?」

「これ」

 亜紀の方に差し出したのは、真鳥のスマートフォンだ。

「これ……は?」

「昨日さ、写真撮ったろ?」

「ああ、撮ってましたね」

 書庫で適当にシャッターを切っていた真鳥の姿を、亜紀は思い出した。

「その後、面倒だったのと喫茶店で話に夢中になったせいで、確認して無かったろ?」

「そういえばそうですね」

 亜紀は神妙な面持ちっぽくして頷いたが、思い出すのはカップを忘れてしまった事ばかりだ。ポットまで持っていっていたのにカップがないなんて。近年における完全に忘れたい記憶第一位的な出来事だったので、極力考えないようにしている。

「んで、昨日返ってから確認してみたわけだ」

「ほうほう」

「見てこれ」

 そう言って真鳥が画面に出した写真には、その場にいなかったはずの人影が写っていた。最新の制服に身を包んだ女子。半透明の上、完全に浮いているという点を除けば、校内でよく見かける女子の姿ともいえる。

 その女子は般若のごとき様相で、ファインダーめがけて思い切り中指を突き立てていた。

「……うーん」

 それを見て、眉を顰める亜紀。

 その亜紀を見て、真鳥もまた苦笑いを浮かべた。

「そういう反応になるよな」

「……はい」

 本来であれば、思わず顔を覆ったり、絞り出すような悲鳴を上げて仰け反ったりするところなのだろう。だが、この写真を見ても鳥肌の立つような恐怖にはとらわれなかった。まあ、怖い事は怖い。

 なにしろ、あの場に二人以外いなかったことは二人が一番よく知っているのだ。つまり、これはれっきとした心霊写真であり、あの時鳴り響いていた音はラップ音だったのだ。間違いなくオカルト研究会は心霊現象に遭遇した。

「しかし、説得力がなぁ」

「そうですねぇ」

 どう見ても合成チックだ。

 幽霊がカメラ目線で中指おっ立てている心霊写真なんて、誰が納得してくれるだろう。最近の技術をもってすれば、こんな加工ぐらい容易いことはみんな知っている。

「それに……この人、見覚えありませんか?」

「へ?」

 亜紀に言われてまじまじとその顔を眺める真鳥。

 半ば白目をむき、額に思いきりしわを寄せ、大口を開け、ベロを伸ばしすような女子の知り合いは確かいなかった。

「いや、ない」

「そうですか……」

「どこで見たんだ? リンチ現場?」

「何でそんなところに私がいるんですか。私みたいなか弱いのがそんなところに行ったら……ふぅん」

 妙な声を上げ、自分の世界に飛んでいく亜紀。

 しばらくは眺めていた真鳥だが、やがてそれにも飽きた。

 真鳥はフォークを手に取り、そっとガトーショコラにその手を伸ばした。後少しでチョコレート面に触れるや否やのところで腕を鷲掴みにされる。

「それ以上は、血を見ますがよろしいか?」

「チョコレートで?」

「チョコレートを馬鹿にしてはいけない。ご存じありませんか? 一枚のガラスから始まった、洋菓子屋と子供達との血で血を洗うあの戦争の物語を」

「馬鹿にはしてない。後、あれは無血戦争ではなかったか? しかも、チョコレートの味関係ない奴だよな?」

「だとしても、私は先輩と戦争をしたくはありません」

「うん、俺も」

「では、そのフォークを引いて下さい」

「仕方ないな」

 素直に手を引くと、亜紀もその手を放してくれた。

「欲しいんですか?」

「旨そうだなと思って」

「言ってくれれば差し上げます。横取りはいけない」

「肝に銘じるわ」

 食べ物の恨みは恐ろしい。殺気を秘めた亜紀の瞳を真鳥はしばらく忘れない事だろう。

「で、件の幽霊ですが」

「おお」

 そんな話もあったっけ。

「どこで見たのか思い出しました」

「どこだった?」

「校内です。元部長と仲良さげに歩いてました」

「なっ!?」

 驚愕的な言葉だった。

「み、見間違いでは?」

「いえ、あのひょろんこ青白イケメンは部長に違いありません」

「ふむ、言い得て妙だな」

「えへへ」

 亜紀の照れ笑いを見て、真鳥も思わず口元を緩めてしまう。

「可愛いなぁ」

「えっ!?」

「あ、いや……その……」

「ほ、ほんとですか? 今の?」

「も、もちろん」

「えへへ」

「えへへ」

 幸せな時間。最近彼氏と別れたウェイトレスは、その光景を見ながら金属製のトレイを二枚ほどへし曲げて給料から天引きされたが、それは全く別の話。

「しかし……あの部長が生身の人間となぁ」

「生気は無いほど良い、が好みのタイプでしたのにねぇ」

「限りない変態なんだがなぁ」

「黙ってりゃイケメンなんですけどね」

「そんな衝撃的なのに忘れてたの?」

「衝撃が過ぎて。ほら、頭を強打すると一瞬何かが飛んでいきません?」

「それほどの強打をしたことが無いからなぁ。でも、何となく分かった」

 見た光景がそれほどまでに衝撃的だったという事を真鳥は深く理解した。

「ふむ、とすると事情は本人に聞くしかないな」

「そうですねぇ」

「んじゃ、後日呼び出そう」

「呼び出そうって……えーと、受験生的な配慮は……」

「どうせ、合格圏内にはいないんだし、別にいいだろ」

「先輩」

「ん?」

「人としてダメな奴です」

「ダメか?」

「ダメダメです」

「ダメダメか……。それはいかんな」

「はい」

「じゃあ、電話で話を聞くぐらいにしよう」

「そうですね。それが良いと思います」

「亜紀は優しいなぁ」

「えへへ」

「可愛いなぁ」

「えへへ」

「えへへ」

 優しい空気。

 それを見ていた最近彼氏と別れたウェイトレスは、謎の痙攣を始めて強制的に休憩をとらされる羽目になったが、それはもう全く別の話。別の時にも語らないこととしよう。

「ところで先輩、クリスマスの話なんですが……」

「ああ、えーと、調査的な」

「そう、それです」

「やっぱり、朝からずーっと調査が良いよな」

「もちろんです。朝からずーっと。できれば……その……夜まで」

「お、おう……」

 二人は書庫の幽霊の事も忘れ、ショッピングモールにおける怪異調査の予定をとても綿密に話し合った。頬を赤く染め、時折見つめあい微笑みあう二人の仲睦まじさは、端から見ていても十分に伝わり過ぎるほどであったという。


 その様子を休憩室からのぞき見していた、最近彼氏と別れたウェイトレスはそのまま気を失い、一日をふいにした挙句、店長にみっちりと怒られた。その夜、ウェイトレスはやるかたない憤懣のあまり、真鳥と亜紀を思いながら一人呪詛を吐き散らしたが二人には何の影響もなかったという。

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オカルト研究会の野望 那由多 @W3506B

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