オカルト研究会の野望 2

 冬休みのある日。

 真鳥は校門前に制服姿で立っていた。

 空は晴れ渡り、運動部の声がグラウンドからは聞こえている。

 時間は一時過ぎだったが、相当に寒かった。

「やっぱり、止めとけば良かったかなぁ」

 真鳥はぽつりとつぶやく。

 先日、亜紀の話を聞いた時には確かに悔しかった。他の一般人は何人も見ているというのに、オカルト研究会所属の自分が書庫の幽霊に出会ったことが無い。その事実は果てしなくショックで、幽霊を見るためだけに休日の学校へ出向いてきた。

 しかし、冷静になってみればあほらしい話でもある。こんなことをしたって部室は手に入らない。しかも、こんな冷え切った空気の中でいつまで耐えられるものか。一応ダウンジャケットは着てきているが、たかが知れているという気がしてならなかった。

 少なくとも、こんな事に亜紀を巻き込むのは良くない選択だったのではないか。

 彼があの時抱いたオカルト研究会員魂はすっかりしぼんだ。ここにいるのは後輩に恋している冴えない一人の男子であった。

「あ、せんぱーい」

 亜紀の声に振り向くと、そこにはきっちり防寒具で身を包み、さらに大き目のリュックまで持っている亜紀の姿があった。

「な、なんだあの荷物……」

 手を挙げて応じるのも忘れ、真鳥は亜紀の姿を凝視していた。

 亜紀はニコニコとした笑顔で真鳥の前に立った。

「おはようございます」

「お、おう……」

「どうかしました?」

「いや、その荷物……」

「ああ、ちっょと多かったかも」

 ちょっとの概念に果てしない隔たりを感じる。

「何が入ってんの?」

「えーと、毛布とかポットとか紅茶とかカイロとか……」

 暖を取るものが次々に列挙されていく。

「先輩は? 身軽ですね」

「えーと、カイロとレコーダーとスマホと……」

 全てポケットに収まっている。

「あ、レコーダーですね。さすが先輩、えらい」

「お、おう……」

 褒められたのだが、なんかこうフワッとした気持ちになる。

 これが覚悟の差か。

 後輩に教えられるとは。

 背負った子に教えられるとはこのことだ。

 あー、亜紀をおんぶしたいなぁ。弾力はあまりなさそうだけど、幸せだろうなぁ。

「なんか、エロいこと考えてます?」

「な、何で!?」

 エスパーか。

「何となくですが。まあいいです。先輩なら多少は許します」

「お、おう。ありがとう」

 どういうわけか許された。

 なんか亜紀の頬が赤いのは寒いせいだろう。

「い、行きましょう。書庫の幽霊が待ってます」

「あ、ああ、そうだな」

 何となくギクシャクしつつ、二人は校舎の方へと向かって歩き出した。


 問題の書庫は図書室の隣にある。

 今日は冬休みなのでこのフロアは無人のはずだった。

「図書室、誰かいますね」

「冬休みに開館日ってあったっけ?」

「いえ、閉館の札も下がってますし」

「じゃあ、なんか作業でもしてるのかな?」

 そろそろ昼にしようとか聞こえ、図書室の刷りガラス越しに人影が見えた。

「隠れろ」

「書庫の中へ」

 慌てて書庫の中へ引っ込む二人。

 書庫のドアをそっと閉めるのと同時に図書室のドアが開く音がした。

「弁当楽しみだなぁ」

「あまり期待しないで……」

 男女の声が通り過ぎていく。

 やはり図書委員が作業していたらしい。

 薄暗い部屋の中で二人は声をひそめて話しする。

「弁当ですって、先輩」

「手作り弁当って奴か。青春だな」

「羨ましいですか?」

「それなりに。女子の手作り弁当とか食べた事ないもんなぁ」

「今日は昼ごはん食べてきてしまいましたね」

「そうだな。腹は減ってないな」

「カップスープありますよ。ポットもあるのでお湯も沸かせます」

 そう言いながら亜紀は背負っていたリュックを床に下した。

 フワッと埃が舞う。

 あまり使われていないだけの事はあって、全体的に埃っぽい部屋だった。部屋の壁はぐるり本棚になっており、手に取る気も起きないような題字の背表紙が並んでいた。

「二階のトイレで水も汲めます」

 そう言いながらリュックの中から小さな電気ポットとカップスープの素が入っているアルミ袋を引っ張り出す。

「私がお湯を注いだら、手作りって事になりますかね?」

「全国手作り審査委員会の判断によるが、概ねぶん殴られるんじゃないか」

「くっ、全国手作り審査委員会めぇ……。あの暴利を貪る悪徳組織……」

 拳を握り締め、体を震わせる亜紀。

 二秒前に真鳥が思い付いたこの組織は、どうやら何かしらあくどい方法で利益を得ているらしい。それが亜紀にどのような不利益をもたらしているのかは全く持って不明だ。だが、こういうノリのいいところも可愛いなと思う真鳥であった。

「トウモロコシの栽培からやればいいのかしら……」

 それは確かに手作りだな。真鳥は大きく頷いた。

 それを目指すために足りないものが随分あるが。例えば土地とか。

「ていうかさ、カップ無くない?」

 真鳥の突っ込みに目を見開きガタガタと震えだす亜紀。冷汗が噴出し、彼女の額にびっしりと水玉模様を作る。

「わ、私の手で……」

「そんな痛々しいカップスープいらん」

「うう……。何と間抜けな失敗……」

「まあまあ、別に今のところ寒くないし……」

「今度っ!!」

 くわっと目を見開き、亜紀は真鳥に詰め寄った。

「わっ、びっくりした」

「今度、お弁当作ります。作って差し上げますから、食べてください!!」

「お、おう……ありがとう」

 え、亜紀の手作り弁当貰えるの?

 なんかこれ、嬉しい流れじゃないか?

 真鳥は小躍りでもしたい気分だった。

「い、いつがいいですか?」

「え?」

 そうだ。

 いつにしよう。

「三学期、入ってからじゃないのか?」

「あ、そ、そうですね……」

 なんとなく手遊びをしながら、亜紀は苦笑いを浮かべた。

「ひょっとして、冬休みの間に作ってくれるつもりだったとか?」

「あ、いや、まあ、ほら、暇なんで」

「ま、まあ確かにな。短い休みだし」

「どこに行くにもねぇ、中途半端ですよね」

「そ、そうだなぁ。でも、どこで食べる?」

「そ、そりゃあ……」

 亜紀は何か言いかけてそこで言葉を止めた。

 顔が真っ赤だ。

 真鳥は亜紀の次の言葉をワクワクしながら待った。

「え、えーと……、ほら、公園ですよ」

「公園?」

「そうです。我々はオカルト研究会ですもの。近場のミステリーを求めて出かけるのは立派な活動じゃないですか」

「あ、ああ……なるほど」

 なんとなく、話し合いの時とは意見が違っているような気がしたが、真鳥はそれ以上突っ込みはしなかった。

 それよりも彼は軽く落胆していた。

 活動の一環かぁ。そうだよなぁ。二人で遊びに出かけるような仲じゃないものな、今はまだ。

「活動なぁ。じゃあ、どこに行く?」

「ええと、ショッピングモールなんてどうですかね」

「ショッピングモール? あんなところに怪談みたいなのあったっけ?」

 隣町にできた大きな商業施設だ。

 買い物の他にレストランや映画館、お洒落な庭園やら謎のモニュメントやらがあったりして、人気のデートスポットになっている。今の時期は確か巨大なクリスマスツリーが建てられているとか。

「えーと、ありませんでしたっけ? まあ、でも、ああいう人の多いところでは怪奇現象も起こりやすいはずですよ」

「そういうものか」

「ええ、だから、人がたくさん行く時期に行ってみちゃうというのはどうですか?」

 人がたくさんモールに集結するとき。

 考えるまでもない。

「つまり、クリスマス……だな」

「そ、そうなっちゃいますね」

 二人とも口を閉じてしまった。

 妙な沈黙の空気がその場に漂った。

 二人ともちらちらとお互いの顔を見ては、目が合うと何となく逸らす、というようなことを繰り返している。

 パシッとガラス窓に小石が当たったような音が響いた。

「キャッ……」

 亜紀が首をすくめ、目を閉じる。

 真鳥はその亜紀をかばうような姿勢で辺りを見回す。

 特に何かが落ちたり当たったりしたような形跡は見られない。

「な、なんですかね?」

「窓に、小虫でもあたったんじゃないか?」

「あ、ああ、そうですね」

 このくそ寒いのにガラス窓を震わせるような虫?

 そんな疑問がちらりと湧いたが、そのまま胸の奥へと沈めなおした。

「大丈夫だ」

「あ、ハイ……。アリガトウゴザイマス」

「あ、いや、その、先輩として当然だ」

「う、嬉しいです」

「ああ、ありがとう……」

 再び、場が静かになる。

「と、ところで先輩。私達はどうしてここに来たんでしたっけ」

 突然、亜紀がそう言った。

 あまりにもわざとらしいタイミングだ。

 だが、このおかしな空気を吹き飛ばすチャンスだと見た真鳥はそれにかぶせていく。

「えーと、あ、幽霊だ。書庫の幽霊」

「あ、そっか。なんか、あれでしたね。一瞬忘れてましたね」

 アハハ、とこれまたわざとらしく二人同時に笑う。

 パシィッと少し鋭い音が二人の耳に聞こえた。

 だが、二人はそんな音も無視してわざとらしい会話を続ける。

「なんか、あれだったな。完全に遊びに来てた的な」

「そうですね。なんか、あれでしたね。二人でお出かけ的な」

「いわゆる、あれなんだよな。仲良し的な」

「ええと、だからあれです。ほら、んーと、楽しくって的な」

 ピシ、パシと小刻みになりまくる音。

 二人は気にする素振りも見せない。

「えーと、あれだな。少し真面目に活動のこと考えるか」

「あ、そうですね、それですよね。賛成です」

「調べないといけないよな」

「え?」

「ショッピングモール。怪しいよなぁ」

「あ、はいっ!!」

 ヘッドバンキングのごとく大きく頷く亜紀。

 それにつられて、真鳥も何度も頷いた。

 しばらく二人はバブルヘッド人形のごとく頭を振りあった。

 いい加減ふらふらした辺りで、なんかおかしくなって二人でひとしきり笑った。

 

 笑い終わって、ふと亜紀が呟く。

「それにしても、出ませんね書庫の幽霊」

「ああ、そうだなぁ」

 そういやそれを見なきゃいけないんだった。

 また忘れていた。

 ていうか、もう良いな、どうでも。

 適当にスマホのカメラで書庫の中を写す真鳥。

「心霊写真ぐらい撮れないかな」

「写ってたらどうします?」

「びっくりする。それから倉田に見せるよ」

「あはは、楽しみにしてますね」

「それにしても寒いな。幽霊も出ないし、帰るか」

「そうですねぇ」

 そう言いながら出したものをリュックに戻していく亜紀。

 やけに素直だな、と思ったがごねられるよりましなので真鳥は何も言わない。

 活動実績だの何だのと気になっては見たものの、何というか今日はもう満足だった。どうせ長居するなら、もうちょっとムーディーなところが良いし。

 そんなことを考えているうちに、やがて荷物はまとまった。

「さあ、行きましょう」

「おう、そうだな」

「喉がカラカラです」

「埃のせいだな。可哀想に。喫茶店でもよるか」

「良いですねぇ」

 そんなこと言いながら、二人は揃って書庫から出た。

「二度と来るなよ!!」

 背後から突然そんな声がしたような気がした。

 思わず振り返ったのは二人同時だった。

「聞こえた?」

「ええ、なんか怒鳴り声が」

 だが、二人の目線の先には半開きになった書庫のドアしかなかった。

 やがてそのドアは二人の目の前でゆっくりと閉じた。

 二人は顔を見合わせ、それぞれ首を傾げた後、結局そのまま学校を後にしたのだった。 

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