第8話『休まらない休日:後編』
スラム街。通りで焚火をしていたり、すれ違うごろつきたちが皆、少年マガジン風に『!?』みたいなガンをつけてくる。早くも僕は生きて帰れる気がしない。
「モブはこの辺りに住んでいるんですか?」
「タメ口でいいぜ、相棒」
「OKモブ」
いつから相棒になったのかは知らないが、モブはすっかり僕のことが気に入ったようだ。道中スケベな話をしてやったのが功を奏したのだろうか。
「着いたぜ相棒。ここが俺のホームだ」
といってモブが入っていったのは、スラムに似つかわしくない教会だった。RPGゲームなどでよく見る外装、内装であったが随分ボロい。教会の中に神父ないしシスターの姿は見えなかった。
「ここは、教会だよね?」
「そうさ。俺たち貧乏人が神様にすがりつくための場所さ。懺悔したり、お祈りしたりな」
「でも神父やシスターの姿が見えないけど」
「ああ……あんたに頼みたいのはまさにそれだ」
聞けば、この教会にはシスターがいたそうなのだが、突然失踪してしまったのだという。
「要するに人探しだね。でも、それなら警察に頼んだほうが―――」
僕は言いかけて、口をつぐむ。モブの悔しそうな表情が物語っていた。
「俺たちスラムの住人の頼み事なんざ、警察は聞いちゃくれねえのさ……! 困り果てていたところに、仲間からあんたの店の噂を聞いたんだ」
モブはシスターがどこかの悪いやつにさらわれたのだと考えているらしかった。
「ちなみにシスターは失踪する前に、何か気になるようなこと言ってなかった?」
「『一発デカイの当ててくる』みたいなことは言ってた気がするが」
「なんだそのシスターらしからぬ発言は」
「あいつは根っからのギャンブル好きだからなあ」
「……ちなみにモブとそのシスターはどんな関係なの?」
「ど、どんな関係ってそりゃあ……お布施を払えばデートしてもらえるような関係よ。言わせんな恥ずかしい!」
ばしばしとモブに肩を叩かれながら、僕はそのろくでなしシスターがずっと見つからなければいいなんて思ったのだった。
***
「賭場……ですか?」
「ええ。おそらく一攫千金が狙えるような賭場に、失踪したシスターの手掛かりがあると思うんですが」
僕は一旦桃色ピクシーに戻り、ママに依頼内容を話した。
「この辺りで賭場といいますと、おそらく東地区の競馬場のことでしょうか。そこでは毎日レースが行われ、一攫千金を目指す人々で溢れかえっていると聞きます」
「間違いなくそこですね。ちょっといってきます」
「わかりました。ただ気をつけてください、そこの運営会社からはあまり良い噂を聞きませんので……」
競馬場経営の他に、風俗経営、高利貸し等も行っているらしく、狙いをつけた標的(主に女性)に言葉巧みに貸し付け、返せなくなったら自分のところの風俗に沈めるのだとか。
「まあ、そんな大げさな事態には発展しないはずですよ―――たぶん」
嫌な予感を抱きつつも、僕は東地区の競馬場へ向かった。
馬車で1時間。街灯が灯り始める頃、巨大なドーム状の建造物が見えてきた。
「うはー、ずいぶんでかいな。この中から見つけられるかなあ」
入場料を払い競馬場の中へ入ると、ビールやつまみを片手にレース情報誌と睨めっこする香ばしい風貌のオヤジ客がいるわいるわ。だめな大人の見本市のようだ。僕はこういう雰囲気は嫌いじゃない。なぜか心が安らぐのだ。仲間意識かな? 僕も傍から見ればだめな大人のひとりだろうし。
さて、モブから聞いたシスターの容姿は、この中からなら簡単に見つかりそうなものだが、とにかく会場の規模が半端ではないのだ。しらみつぶしに探すしかないか。
「うお~い、シスターさんや~い」
などと呼んでみても。
「いげええええー! そのまま逃げ切ってぐれえええ! だのむうううう!」
「差せ…! 差せ……!」
そんなオヤジたちの魂の叫び声にかき消されてしまう。1レース終わる毎に観客席から歓声やらため息やら、投票券が桜吹雪のように舞う。
「僕のいた世界を思い出すなあ……」
少しアンニュイな気持ちに浸りながら会場を半周ほど周ったところで―――見つけた。観客席の中に、ベールを被った修道服の女性を。きっとモブの探し人に違いない。
「あの~」
僕が声を掛けるとシスターはびくっと肩を震わせた。
「待って! 違うの! 今のレースはきっと八百長だから! 『立ち合いは強めに』とかそんな感じの八百長なのだから!」
「なんのことです? 僕、モブに言われてあなたを探しにきたカズキといいます」
「へ? な、なんだおどかさないでよ。てっきり黒服の仲間かと思ったわ。あたしはアリス。スラム教会のシスターよ。よろしくねカズキ」
ベールを脱ぎ、笑顔で挨拶するシスターに僕は驚いた。金髪碧眼の美少女―――というか、幼女といっても過言ではないくらい見た目が幼いのだ。
「失礼ですけど、シスター……アリスはまだ未成年では?」
「そうだけど?」
「いや、そうだけどって、未成年がこんなところにいちゃマズいですよ」
「別にマズかないわよ。競馬に年齢制限なんてないもの」
そうなのか。いや倫理的にどうなんだこれは。まあ、僕も人のことは言えないか。それはさておき。
「モブがアリスのことを心配していますよ。帰りましょう」
僕がいうと、アリスは自虐的に笑った。
「ふ……もうあたしに帰る場所なんてないわ……」
「どうして?」
「『ニコニコ金融』から、とんでもない借金こさえちゃったんだもん」
どうやら嫌な予感は的中してしまったらしい。僕は手をぱちんとおでこに当てて天を仰いだ。
「一体どうして借金なんか……」
「教会の維持費が厳しくて……」
「モブはアリスのことを『根っからのギャンブル好き』と言っていましたが」
「どきっ」
僕が半眼で見つめているとやがてアリスは観念したのか、
「……わかった、わかったわよ! だからそんな目で見ないで。カズキの言う通り、あたしはギャンブル好き。わかっちゃいるけどやめられないの。だから、これは神様があたしに与えた罰なのよ。だからもうほっといて」
といじけながら言った。
「そんな。仮にも神様に仕える人が自暴自棄にならないでくださいよ」
「だってもう、借金したお金もやられちゃったし……」
今度はうるうるするアリス。感情表現豊かな娘だ。
「地道に返済していけばいいんじゃないですか?」
「そんなナマッチョロイ額じゃないのよ……耳貸して」
アリスに借金額を耳打ちされ、目ん玉が飛び出す僕。だからせめて彼女のために祈ってあげた。
「アーメン」
「ううぅ……やっぱりもうどうにもならないのね。このままとんずらしちゃおうかな……」
「それは感心しませんねえ」
いつの間にか、黒いスーツにサングラスという恰好で統一した男たちが僕らを取り囲んでいた。その中から三日月のような笑いを浮かべた男がずい、と前に出る。
「シスター・アリス。神様に仕える人間が借金を踏み倒すというのですか? それは神様への冒涜につながるのでは?」
「アリス、この人たちは?」
「……コンスタンチンと愉快な仲間たちよ」
「チンではありません。私の名前はコンスタンティン。どうぞお見知りおきを」
と言ってコンスタンティンは僕に名刺をよこした。『ニコニコ金融:代表取締役』とある。なるほど、こいつらがアリスのいう黒服か。
「さて。シスター・アリス。見たところオケラのようですが―――私と交わした契約、覚えてらっしゃいますよねえ?」
「くっ……」
「借金のカタに私の紹介する風俗店『らりるれろり♡』で働くか、もしくはあのオンボロ教会を私たちに引き渡すか―――今すぐ選んでもらいましょうか?」
「………」
アリスはうなだれてしまった。もうこうなったらいっそ、教会を手放してしまえばいいのではないだろうか。
しかし、彼女は首を横に振る。
「あの教会は……お父さんの形見だから、譲るわけにはいかないわ。だから……『らりるれろり♡』で働くわ」
「くっく……名士キングの娘が、風俗堕ち! なんたる滑稽! なんたる悲劇! けれどご安心ください、シスター・アリス。あなたのプロフィールなら多くの紳士が救い(性的な意味で)を求めて大枚をはたいてくれることでしょう。そうすればあなたの借金は減り、お店も儲かる―――これつまり、ウインウインの関係というものです」
「あ……」
ギャンブル狂にありがちな、借金を負った者にありがちな、これはもしかしたら夢なんじゃないかという妄想から、一気に現実を突きつけられるアリス。ようやく目が覚めた彼女は絶望に身を震わせ、泣き出してしまった。
「ぐすっ……うあああああん」
「いいですねえ! 乙女の涙! ですがそういうのはプレイ中にやって頂かないと一銭にもなりませんので……」
コンスタンティンは大げさに頭を抱えてから、優しくハンカチを差し出した。こいつは多分、屑だ。ぶっとばしたいが、ぶっとばしたところでどうにもならない。
「では参りましょうシスター・アリス。早速本日から研修に入って頂きます。具体的に言うと、こすったりこすられたりしゃぶったりしゃぶられたりします」
「やぁっ……研修やだ、こすったりこすられたりしゃぶったりしゃぶられたりするのやだあ!」
「喚くんじゃねえよガキが!」
「ひぃっ!」
柔和な態度から一変、額に青筋を立てて怒鳴るコンスタンティンにか細い悲鳴をあげるアリス。
「おっと、つい地が出てしまいました。あなたが大人しくいう事を聞いていれば優しくしてあげますから……わかったら返事しろや」
「………ハイ」
そして連れていかれるアリスを僕は見届けることしかできなかった。涙を浮かべて僕を見るアリスを、黙って見届けることしか―――。
「ちょっと待ったあああああ!」
突如響いた絶叫。
見ると、そこにはぜえぜえと息を切らしたモブがいた。
「モブ!? どうしてここに」
「よう相棒。だが話はあとだ。やい黒服ども、アリスを離しな。その娘はおれのもんだ」
「突然現れて何を言い出すのかと思えば。一体あなたはなんです? そういう台詞は『らりるれろり♡』の常連になってから言ってくださいね」
「これで、アリスの借金に足りるだろうが!」
「なッ……!?」
モブが見せつけたのは、勝ち馬投票券―――配当5万倍当選の、超万馬券だった。驚愕するコンスタンティン。
「ば、ばかな! そのレースを当てただと……」
「どんなもんよ! さあ、アリスを離しやがれ!」
モブはアリスを黒服たちからひっぺがすように奪い取った。モブ、あんた最高だ! 名前はモブだけど、最高のヒーローだ!
「モブ……来てくれたんだ」
アリスもうっとりした様子でモブを見つめている。良かったねモブ。
黒服たちがすごすごと退散したあと―――なぜかアリスに引っぱたかれるモブの姿があった。
「いってえ! なにすんだアリス!? 俺は命の恩人だろ!?」
「このおバカ! どうしてあの万馬券そのまんま渡しちゃうのよ! あたしの借金はあれより少ないんだから換金してから借金額ちょうど返済すれば余った分でまた勝負できたのに!」
「そ、そんなあ……!」
僕はそんな二人をおいてさっさと家に帰ったのだった―――。
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