第7話『休まらない休日:前編』
怪盗天使チェリーへのお仕置きが終わった頃、ママも『桃色ピクシー』に戻ってきた。首尾を報告するとママは満足そうに頷いてくれたので、僕はほっと胸を撫で下ろした。そして二人してチェリーを見送る。
「それではチェリーさん、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんようじゃにゃくて、あたしの服返しにゃさいよ!? この恰好で追い出すつもり?」
『黒猫ツール』が発動し身体の一部と化した猫耳、猫尻尾に、マイクロビキニという姿で抗議するチェリー。猫言葉になってしまったことには既に気付いているはずだが、指摘してこないのは気に入ったからだろうか。
「ああ、そうでしたね。あなたの服はこちらです」
「にゃ!?」
「うっかり白濁液で汚してしまいました」
どろりとした謎の白濁液まみれの服を受け取り、チェリーはぷるぷると震え出した。さすがにこれは泣くよなあ……。ママ曰く、チェリーの着ていた服は魔力増幅の効果があるらしく、まともな状態で返すわけにはいかなかったのだそうだ。『黒猫ツール』が発動しチェリーの力が制限されたとはいえ、ママにぬかりはない。
「あ、あんたたち……絶対、許さにゃいんだから! 覚えてにゃさいよ!」
そう宣言し、夜の街に走り去っていくチェリー。僕はそれを見送ってからひと息ついた。
「ふいー……」
「カズキさん、お疲れ様でした」
「いえいえ、ママこそお疲れ様でした。大したことない相手で良かったですね」
僕が言うとママは首を横に振った。
「いいえ。彼女は決して弱くありません。普通に戦っていたら私が負けていたと思います」
確かに、チェリーから感じた魔力の奔流は凄まじいものだった。彼女と対峙したママもそれを察していたのだろう。僕も仮とはいえ魔法使いの端くれだから、今ならわかる。チェリーは強敵だったのだ。まともに戦っていたら、僕なんぞ瞬殺も良いとこだろう。そう考えると彼女に好き勝手してしまった自分の無謀さにぞっとする。
「私を卑怯だと思いますか?」
「いえ、勝負に卑怯もへったくれもありません。僕の国には『勝てば官軍』という諺がありまして、要するに何事も最終的に勝った者が正義ということです」
「なるほど……ありがとうございます」
例えとして合ってるかは自信がなかったが、ママは微笑んだ。
「でも、彼女を逃がして良かったんですか? 復讐宣言してましたけど……」
「私たちの仕事は前にも説明した通りですから。お仕置きが終われば解放して然るべきです。怪盗天使を警察に引き渡したら公開処刑されてしまいますので……いくらなんでも可哀そうじゃありませんか。怪盗天使も人の子ですから。復讐という形で彼女たちの標的が『お宝』から私たちにすげ替われば、それはそれで良いのですよ」
甘いというか、優しいというか。ミイラ取りがミイラにならなければいいのだけど。しかし僕もチェリーが公開処刑されるなんて嫌だ。敵とはいえ、憎めない奴だったし。
「ママの意見に賛成です。そういえばあのハゲ―――ディルティさんは無事だったんですか? 彼も屋敷にいたんですよね?」
「傭兵さんたちと同じくぐっすり眠っておられましたので、報告書を書いて置いてきました」
「ちっ、無事だったんですね。良かった」
「舌打ちが気になりますが……はい、依頼主が無事で良かったです。とりあえず大きな仕事が終わりましたので、明日はお店を休んで一緒にどこか出掛けませんか?」
「おお、いいですね! ママとならどこへでもお供しますよ!」
「よかった、断られたらどうしようかと心配していたんです。それでは、明日はデートということで」
「は、はい!」
密かに思っていたフレーズがママから飛び出したので驚いた。ママとデート。プライベートな彼女はどんな感じなんだろう。今から楽しみだ。
そうして、僕とママの長い夜は終わりを告げたのだった。
***
翌日。ゆっくりめの朝食をとり、僕らは11時に『桃色ピクシー』を出発した。
向かったのは街の劇場だ。なんでも有名な旅の歌劇団、
「へえ、ママって意外とミーハーなんですね」
「あう……やっぱり変でしょうか?」
「いや、全然アリですよ。僕の国でもオタクという、アイドルの応援に人生を掛けている人種がいますので」
「オタク……なんだか素敵な響きですね」
今日のママはすっぴんにピンクのワンピースといういで立ちだ。どこかの令嬢に見える。
「すいません、チケットください」
「大人1枚と子供1枚で!」
「あら、お嬢ちゃん今日はお父さんとデートかい? いいわね~♪」
「はいっ!」
僕が窓口のおばちゃんに声を掛けると横からママが割り込んで言った。令嬢はそんなことしないな、うん。
「なんというか……ママってちゃっかりしてますよね」
「うふふ、褒めても何も出ませんよ?」
聞けば、グッズが高値なのでチケット代は毎回こうやって節約しているそうだ。涙ぐましい努力である。
「平和なのは良いことですけど、平和すぎると夜の依頼も減って収入が減ってしまうので、こういった贅沢もできなくなってしまうんです。ですから今回は怪盗天使に感謝しなければですね」
確かにこの一週間、『桃色ピクシー』に客はほとんど来なかった。僕へのお給金だっていらないと言ってるのにママは健気に払ってくれる。それが僕には辛かったので、ママが楽しんでくれることはとても嬉しかった。
「席は中ほどですね。というか、既にオールスタンディング。すごい熱気だ」
「AGTのコンサートは毎回こんな感じなんです。初めて来た時は驚きました」
背中に『○○推し』などと手書きで書かれたはんてんを着た客が多い。
「ちなみにママは誰推しなんですか?」
「私はなんといっても『ミネるん』です!」
「みねるん?」
「はい。AGT結成当初からメンバーたちを導いてきたリーダーなんです。そろそろ卒業ではと噂が立っているのが心配なのですが……」
「僕の国の有名なアイドルグループでもそういうのあります。なんだか切ないですよね」
「全くです。もし『ミネるん』が卒業したら、私旅に出ますから」
「勘弁してください……」
そうこうしている内に会場の明かりが消え―――舞台がライトアップされた。会場が静寂に包まれる中、
『街に明かりが灯る時間……どこからともなく泣き声が聞こえてくる』
舞台袖から黒ローブで全身を纏った人物が語りながら登場してきた。
『どうしたかと声を掛けると、その人は言った』
『ああ、私の大切なものが奪われてしまった』
『もうおしまいだ、もうおしまいだ』
一人、二人、三人、四人と……次々と黒ローブの人物が舞台に集まってくる。
『ああ、こんにゃ時、彼女たちがいてくれたにゃら』
『彼女たちとは?』
『彼女たちの名は怪盗天使。貧しき我らの、力なき我らの味方……ああ、神様』
『どうか嘆かないで』
『どうか悲しまないで』
『あなたの祈りはきっと届く』
『あなたの願いはきっと叶う』
黒ローブ全員が舞台に集合すると、センターに立つ人物にライトが照らされた。
『この世に悪がはびこる限り―――怪盗天使は滅びない!』
ばっと黒ローブを脱ぎ捨て、現れたのはまばゆい天使のような美少女だった。
『いくぜ!《怪盗天使》!》
金色を基調とした制服風コスチュームを纏った彼女が曲名を叫ぶと、他の全員も黒ローブを脱ぎ捨てた。激しいロックチューンな一曲目が始まる。
うおおおお! と怒号のような歓声が観客から沸き起こった―――。
***
嵐のような激しいコンサートが終わり、お待ちかねの握手会が始まった。
僕はすっかりAGTの虜になっていた。全員可愛いし、ダンスも上手いし、歌も上手いし、制服も可愛いし、スカートも短いし。
「今日は来てくれてありがとですう♡」
「い、いやあ! 応援してます、これからも頑張ってください!」
AGTのメンバーもコンサート直後で汗だくなため、ブラが透けてて眼福である。
「初めて来てくれた方ですよね? とっても嬉しいです! 良かったら総選挙でも投票お願いしますね♡」
「は、はい! 喜んで!」
総選挙なんてあるのか。聞けば上位メンバーに選出されないとこういった大きなコンサートには出られないのだそうだ。前年度の栄えある1位は今日のコンサートでセンターを飾ったあの美少女らしい。ママが推している『ミネるん』のことだ。
だから僕も次の総選挙までに誰に投票するか、誰推しにするかを決めなくてはならない。今日のコンサートで特に印象的だったのは―――。
「にゃ!?」
「どうしたんです? 僕の頭に何かついてますか?」
「い、いえ……にゃんでもにゃいです」
この美少女―――『チエリ』さんだ。ひとりだけ猫耳と猫尻尾つけてるしにゃーにゃー言ってるしカピカピの制服着てるし。なぜ僕と目を合わせようとしないんだろう。照れているのかな?
「チエリさんて猫好きなんですか?」
「……どっちかというと犬派にゃんですが」
「でも猫のコスプレしてるし猫言葉喋ってるじゃないですか」
「これは不可抗力というかにゃんというか……」
もごもご言うチエリさん。
「すみませんお客様、後の方が待っておりますのでそろそろ……」
係の人にせっつかれたので了承する。
「僕、次の総選挙ではチエリさんに投票します! これからも頑張ってください! 応援してます!」
「……ありがとうございます。握手、しましょうにゃ……」
僕はおずおずと手を差し出すチエリさんの小さな手をぎゅっと握ると、彼女もきゅっと握り返してきたのだった。
「いやあ、AGT最高でした!」
「そう言ってくださると嬉しいです……」
ふらふらのママに肩を貸しながら劇場を後にする。彼女は興奮し過ぎて鼻血を出して失神してしまい、コンサートの後半は医務室で過ごした。握手会にも参加できずガッカリしていたところ、なんと『ミネるん』本人が見舞いに来てくれたらしく、そこでまた失神してしまったという。可愛い人である。
ママの体調が心配なので、早々に家まで帰ってきたのだが―――、
「遅えじゃねえか! どこ行ってやがったんだ!?」
『桃色ピクシー』の入り口の前でヤンキー座りしながら貧乏ゆすりをしていた例のごろつき一味の一人が、僕を見つけるなり血相を変えて飛んできた。
「そう言われましても。本日は休業日ですと入り口に紙が貼ってあるでしょう?」
「んなもん見りゃわかってる! とにかく来てくれ! 緊急なんだ! これからその娘とパツイチ決めるつもりだったのかもしれねえが、ほらアンタいつだったか俺のくつ踏んで俺ケガしただろ? その慰謝料代わりってことで頼む! マジで!」
「パツイチってなんですか?」
「ママは知らなくていいです」
「そうですか……。カズキさん、ごろつきさんの様子にただならぬものを感じますし、お話だけでも聞いてあげてはどうでしょう?」
「そうですね。じゃ、ちょっと行ってきますのでママは家で休んでいてください」
「すまねえ。あと俺の名前はごろつきさんじゃなくてモンスティオ・ブータンだ。モブって呼んでくれ」
「OKモブ」
僕はモブに案内され、ごろつきたちの巣窟―――スラム街へと向かったのだった。
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