プレゼント

『トナカイ、募集します』


 そんな貼り紙が毎年サンタの国の至る所に貼られる。

 子供たちにプレゼントを配るために、サンタさんがソリを引くトナカイを探しているのである。

 サンタの国に住むトナカイのトイは、初めてその仕事に応募してみることにした。

 結果は、採用。案外人手不足だったのかもしれない。いや、トナカイ不足というべきだろうか。意味が伝わればどちらでも構わない。

 何はともあれ、無事に採用されたトナカイのトイは、クリスマスの日の前までに仕事についての情報収集をしておくことにした。

 実際に仕事をした経験のある仲間に話を訊くと、兄貴分のトナカイであるノッツは自慢げにこう言った。


「あの仕事はきついぜ。俺みたいに力のある奴だったら平気だけど、お前じゃちょっと大変かもなぁ」


 ノッツは体が大きくて、トイの二倍ほども長さのある立派な角を生やしている。仲間たちの中では一番の力持ちだ。

 トイはたちまち不安になった。けれども、すぐにノッツが「でもサンタさんは優しいから大丈夫だ」と付け足したので、トイは多少の安心感を得ることができた。

 仕事を選んだ基準も「自分に務まるかどうか」だったのだ。

 サンタさんが優しいのなら、あまり怒られることはないかもしれない。

 そう思うと、気持ちはだいぶ前向きになった。


   *


 そしてクリスマスがやってきた。

 例年通り、サンタの国はてんやわんやの大忙し。世界中の子供たちに贈られるたくさんのプレゼントがここに集まるのだから大変だ。

 サンタさんの家に着いたトナカイのトイは、自らが運ぶプレゼントの山をしげしげと眺める。綺麗に包装されたリボン付きの箱は次々とサンタさんの手によって白い大きな袋に入れられた。

 これからこの袋いっぱいのプレゼントを自分が届けるんだな。

 役割の重大さを理解し、責任感から自然と身が引き締まった。

 陽の高いうちから準備をし、忙しく働いているうちに時間は過ぎていった。もちろん、本格的な仕事が始まるのは子供たちが寝静まった深夜なので、仮眠をとることも忘れない。トイはドキドキを感じながら、しばしの間、瞼を閉じて休息した。

 やがて夜になった。人々が豪華なご馳走を食べ、大切な人とかけがえのない時間を過ごす頃、トイは腹ごしらえをしながらサンタさんと作戦会議をしていた。


「いいかい? 私たちはこのルートで行くよ。ちゃんと全部の家にプレゼントを届けなければならないからね」


 トイは静かに頷いた。プレゼントが届かなかったらその家の子供はきっと泣いてしまうだろう。

 だから、しっかりとやり遂げなければ。


   *


 出発の時刻となり、サンタさんを乗せたソリは勢いよく走り出した。

 ソリを引くのはトナカイのトイだ。白い雪の積もった道の上を一歩一歩力強く駆けていく。

 雪が舞う夜は寒い。でも、向かうところがあるから、足は止まることなく進む。

 街が近づいてきて、サンタさんはトイに向かって言った。


「今から空を飛ぶよ」


 言葉とともにサンタさんが指をパチンと鳴らす。すると、地面を蹴っていたトイの足が見えない階段を登っていくように徐々に地表から離れていった。


「わぁ、浮いてる」

「大丈夫。落ちやしないよ」


 思わず声を出したトイに、サンタさんは後ろから優しく言葉をかける。

 空飛ぶソリのことは予め説明を受けていたが、実際に自分の体が宙に浮いてみるとびっくりする。でも、恐怖は自然とすぐ消えた。

 雪の中をトイは走る。文字通り雪の中だ。上を見ても横を見ても下を見ても柔らかな雪が舞っている。生まれたときから雪国に住んでいるトイにとっても、今自分の目で見ている光景は見たことがないものだった。

 まるで星が集まる銀河の中を走っているようだ。

 トイが引っ張るソリは、やがてゆっくりと高度を下げた。

 サンタさんはソリから降り、家の屋根の煙突から屋内へとプレゼントを届けに入る。

 そこからは何軒もその繰り返しだった。けれど、同じ家というのは一つとしてなく、その大きさも形状も、そして何よりそこに住んでいる人たちがそれぞれ異なった。

 だから、願うものだってバラバラだ。

 そんなすべての一つ一つの願いに、サンタさんは『プレゼント』という形で応える。

 トイは夜空を見上げた。

 無数の雪の粒がキラキラと輝きを放って地上に降り注ぐ。

 そのうちの一粒がトイの鼻先に音もなく着地した。


「トイ、暖かいお家に帰ろう」


 最後の家にプレゼントを置いてきたサンタさんが優しく微笑む。

 トイは大きく頷いた。

 クリスマスの夜、空飛ぶソリがサンタの国へと帰っていった。


   *


 暖炉の火が明るい光を放って燃えている。

 外は寒かったが、家の中は暖かい。帰ってきてすぐ、サンタさんが火をつけてくれたのだ。

 サンタさんの家には大きなクリスマスツリーがある。飾り付けられたオーナメントを眺めているだけでも楽しくて、トイは体を休めながらツリーの上から下まで何度も視線を動かした。


「今日はどうもありがとう。さあ、ケーキでも食べようか」


 くつろいでいるところに、サンタさんがロウソクを立てたクリスマスケーキを運んできた。ジュースも用意されていた。目を丸くするトイにサンタさんは続けた。


「遠慮なく食べておくれ。私一人じゃ食べきれないからね」


 トイは頷き、席に着いた。ケーキはトイの大好物だ。思わずよだれが出そうになる。


「いただきます」


 トイはお皿の上のケーキを、フォークで器用に口に運ぶ。


「おいしい!」


 トイの顔が綻ぶと、白いひげを生やしたサンタさんも嬉しそうに笑った。

 あまりのおいしさにトイはあっという間にケーキを平らげた。ジュースもゴクゴクと飲んで、もうお腹いっぱい。気づけばサンタさんの分のケーキも食べていた。


「もう動けないや」


 トイはテーブルから離れてソファーへ。サンタさんが後片付けをしている間、お腹を突き出して食休み。でも、他所の家でこんな格好をしていたらお母さんに怒られるな、と反省したトイは体勢を立て直して起き上がった。

 すると、ちょうど片付けを終えて戻ってきたサンタさんが、両手で箱を持って立っていた。


「メリークリスマス、トイ」


 リボンで結ばれた箱がトイの前に差し出される。


「僕にくれるの?」

「トイのために選んだプレゼントだ。開けてごらん」


 リボンを解き箱を開けると、中から真っ赤なマフラーが出てきた。


「わぁ、すごい。巻いてみてもいい?」

「もちろんだとも」


 ぐるぐると首に巻くと、もふもふとした柔らかな感触に包まれて、ほかほかと心も体も暖かくなった。

 サンタさんの服や帽子と同じ色の赤いマフラー。トイは誇らしい気持ちになった。

 でも……。

 トイは目を伏せた。サンタさんへのプレゼントをトイは用意していなかったからだ。


「私はいいんだよ」


 サンタさんは落ち込むトイの心を見抜いて、優しく微笑んだ。


「私はみんなに喜んでもらえることが何より幸せなんだ。だからプレゼントはいらないよ」


 丁寧に諭されて、トイは頷くほかなかった。

 今日はクリスマス。朝、目が覚めてサンタさんからのプレゼントを見つけた子供たちは、きっと大喜びするだろう。

 そういう仕掛けを僕たちは施したのだ。

 真っ赤なマフラーに顔を埋めながら、ふとトイは来年のことを思った。

 来年のクリスマスも、サンタさんと一緒に子供たちにプレゼントを届けよう。

 そして暖かい家に帰ってきて、二人でジュースで乾杯して、ケーキを食べて(サンタさんの分まで食べたりしないで)、後片付けして……。

 それから、こっそり用意したプレゼントをサンタさんに渡すのだ。

 そこで僕はこう言うのである。「プレゼントはいらないよ」と。

 でもきっと、サンタさんは僕の分のプレゼントをちゃんと用意していて、そのときの僕にぴったりな何かをくれるだろう。

 それでいいのだ。そういうのがいい。

 トイは来年のクリスマスが待ち遠しくなった。

 けれども、今年のクリスマスもまだ終わったわけじゃない。

 だから、今年は何も準備できなかったけど、せめてこの言葉を大切なあなたにプレゼントしよう。


 ーーメリークリスマス。

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遥石 幸 短編集 遥石 幸 @yuki_03

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