最終章 始まり
最終話 我こそは魔王
目が覚めた。長い眠りからようやく目を覚ました。だが、魔王からすれば、長い眠りなど一瞬のことであった。
辺りを見渡す魔王の視界に入ったのは、見慣れた景色。魔王城玉座の間である。どうやら魔王は、玉座に座ったまま眠っていたようだ。
「魔王……様? 魔王様!」
おっとりとしながらも、嬉しさを隠そうとしない聞き慣れた声が、魔王の鼓膜を震わせた。声のした方向に目を向けると、そこには、赤みがかった長い髪を持つ大人の女性が、土でできた小さな椅子に座り、満面の笑みを浮かべている。
よく知る女性だ。だが、その見た目は魔王の知っている彼女ではない。言葉を失った魔王に、女性は抱きつく勢いで近寄り、自分の名を名乗った。
「私です私です。ラミーです!」
やはりそうであった。女性の正体はラミーであった。美しく立派な女性となったラミーではあるが、白を基調とした服装や口調は、変わらない。
まだ目覚めたばかりで何も分からぬ魔王にとって、ラミーの存在は頼もしい。魔王はすぐさま、ラミーに質問した。
「我はケーレスで封印されたはず。何故、魔王城で眠っていた?」
「あの時あの時、ヤクモさんが魔王様を連れてきてくれたんですよ。魔王様は魔界に必要だからって」
「フン、彼奴はどこまで馬鹿なのだ」
何もかもを守ると言っても、やりすぎだ。魔王は呆れ果ててしまった。魔王がこうして目覚めた時点で、ヤクモが馬鹿であることを証明している。
さて、魔王は目覚めたのだ。魔王にとっては一瞬の眠りも、世界にとっては長い時間であったはず。
「ところでラミーよ。我が眠りこけている間、何年の月日が経った?」
ラミーがここまで大人になっている時点で、かなりの月日が過ぎ去ったことは容易に想像できる。ラミーは魔王に微笑みながら、質問に答えた。
「150年です」
魔王は驚いた。150年とは、寿命の長い魔族にとっても長い年月である。魔族の中でも特に寿命の長いヴァンパイア族のラミーにとっても、150年間は長い。
「ずっとずっと、この日を待ってました。魔王様が目覚めるのを、ここで待ち続けていました。おかげでおかげで、私は魔王様よりも年上になっちゃいました。もう、私の方がお姉さんです」
微笑みの奥にある、150年もの間のラミーの寂しさを、魔王は見逃さない。ラミーは150年間、魔王の側で、魔王の目覚めを待ち続けていたのだ。
「魔界はどうなっている?」
さらなる魔王の質問。150年間、魔王不在の魔界は無事でいられたのか。魔界の王としては気になるところだ。対してラミーは、胸を張る。
「ご心配なく! 私やダートさん、ドラゴン族の皆さんで協力して、なんとかやっています!」
「ほお、やはりラミーに任せたのは正解であったか」
魔王の期待に見事に応えてみせたラミーを褒め称える魔王。魔王に褒められ飛び跳ねそうなラミーは、しかし傲るようなことはしない。
「ありがとうございますありがとうございます! でも、魔王様のおかげですよ。もし魔界を裏切るようなことをすれば、魔王様が目覚めた時に、身震いするような恐ろしい罰が下る、っていうことで、魔族の皆さんはお行儀よくしてましたから」
玉座で眠る魔王。彼が目覚めた時、悪事を働いた者は地獄を目の当たりにする。そんな恐怖による支配が、魔界の秩序を維持した。
「そうか。魔界の象徴としての魔王、うまく機能したようであるな」
「はい!」
まさしく魔王の狙い通りである。象徴としての魔王は、魔族の心を支配することに成功したのである。
魔界が安泰であるのに喜んだ魔王は、今度は魔界の
「魔界と人間界の関係は、どうなっている?」
戦争中に封印され、長い眠りについてしまった魔王。東方大陸南部での戦いに勝利した後、戦争はどうなったのか。少なくとも、ラミーの表情を見る限り、心配はなさそうだ。
「魔王様が封印されてから、南部地峡条約の再発効を行いました。それから、ずっとずっと、魔界軍と共和国軍が南部地峡で睨み合いです」
「つまり、魔界と人間界の対立は続いていると。そういうことか?」
「そうですそうです! 最近は魔界軍と共和国軍の小規模な衝突があって、魔界と人間界の関係は最悪です! でもでも、ウォレス・ファミリーの尽力で復興を果たしたケーレスだけは、中立な立場を維持していますけど」
5000年間も変わらぬ対立関係は、150年程度の期間では変わらないようである。むしろ、ケーレスが復興を果たしたという情報の方が、魔王を驚かせた。同時に、魔王の頭にある疑問が浮かび上がった。
「……ヤクモはどうした?」
魔王の封印が解けている時点で、ヤクモがこの世にいないのは確定しているのだ。それでも、魔王は己と対等な人物について興味を持った。これにラミーは、玉座の間に射し込む太陽の光を眺め、ポツリと答える。
「75年前、95歳で亡くなりました。老衰、だったそうです。ルファールさんやリルさん、パンプキンさんよりも長生きしたんですよ」
「あの者たちの中で最後まで、寿命を迎えるまで生き延びたのか!? 死後75年間、彼奴の魔力は我を封印し続けたのか!?」
開いた口が塞がらない魔王。彼は思わず、呟いてしまう。
「やはり悪い奴は死ねない、か」
魔王がたどり着いた真理は、間違っていなかったようである。数えきれぬ魔族や人間を殺したヤクモは、老衰するまで死ぬことができなかったのである。
呆れか、驚きか、愉悦か、笑みを浮かべた魔王。そんな彼のもとに、鎧に身を包んだ動く岩がやってくる。ダートだ。
「あれ? 魔王様、起きてる。魔王様、封印、解けてる」
予想だにしなかった、まさかの光景にきょとんとするダート。魔王はダートの到着を喜ぶ。
「ダートか。ちょうど良いところに現れた」
玉座に腰掛けたまま、魔王はダートの顔をじっと見つめ、曲がった口を開いた。
「お主、まだ魔界軍を率いる立場か?」
「違う。魔界軍、率いるの、おいらの、息子」
「そうであったか」
あのダートにも息子がいるのか、などという感想は魔王にない。魔王はダートの言葉に構わず、質問を重ねる。
「魔界軍は、いつでも人間界に攻め込めるのか?」
「作戦、決まってる。準備、できてる」
いついかなる時も、魔王の命令に従い人間界に攻め入る準備を怠らぬ。魔王が眠っていた150年間も、魔界軍はそれを守り続けていたようだ。魔王はニタリと笑い、言葉を続けた。
「では命令を下す。お主の息子に伝えろ」
「おいら、魔王様、目覚めて、嬉しい! どんな、命令、でも、従う! 魔族、みんな、そう!」
久方ぶりの魔王の命令に、ダートは遅れてきた喜びに浸っている。魔王はおもむろに立ち上がり、マントをひるがえし、手を掲げ、力強く命令を下した。
「魔界軍は人間界への侵攻を開始せよ! 人間共に、我が目覚めたことを知らせてやるのだ。人間共を、恐怖に陥れてやるのだ。魔界が、我が、この世界を支配する時が来たと、人間共に教えてやるのだ!」
魔王が封印され中断していた戦争は、魔王の目覚めと共に再び幕を開ける。魔界と人間界の対立は、終わることはない。
「分かり、ました。おいら、魔王様、がっかり、させない」
忠実な僕として命令に従うダートは、闘争心を胸に頭を下げ、踵を返す。彼が玉座の間を去り魔界軍司令部へと向かう時点で、人間界への侵攻ははじまったのだ。
ラミーは魔王の命令に驚き、魔王の横顔を見つめている。そんな彼女の反応に魔王が構うことはなかったが、ラミーは何度もまばたきをしながら魔王に聞いた。
「随分随分、いきなりですね。魔王様、何かあったんですか?」
「ヤクモは勇者らしく、何もかもを守ってみせた。ならば、魔王である我も、魔王らしく世界を支配してみせよう。そう、思ったのだ」
紫色の瞳を輝かせ、ケーレスでの戦いに想いを寄せる魔王。魔王はラミーの顔を見つめ、小さく笑って言う。
「何より、150年間もこの玉座で眠っていたのだ。寝相が悪く、気分が悪い」
冗談めいた魔王の軽口に、ラミーは魔王のよく知る無邪気な笑みを浮かべ、子供のように宣言した。
「魔王様が目覚めて、私、とってもとっても嬉しいです! これからも、ずっとずっと魔王様の側にいます!」
側近主席として、1人の女性として、魔王を支え続けるラミー。だからこそ、彼女は早速、魔王に尋ねる。
「ところでところで、魔王様は戦いに参加するんですか?」
戦争中、魔王はどこで何をするのか。戦いに参加し、人間を蹴散らすのか。それとも魔界軍の司令部に赴き、魔界軍を直接率いるのか。玉座に深く腰掛けた魔王の答えは、すでに決まっている。
「我は玉座で待ち続ける」
「待つ? 何を待つんです?」
「97代勇者だ。ヤクモの後を継いだ勇者が、ここまで来るのを、待つ」
魔王の敵は、勇者のみ。果たして97代勇者は、ヤクモのように我を楽しませることができるのだろうか。そんな期待を胸に、魔王は玉座の間にて、97代勇者の挑戦を待ち続けるのである。
「我こそは魔王、魔王ルドラである。人間共よ、我に抗ってみせよ」
魔王ルドラの闇が世界を覆い尽くし、魔王は厄災として人間を苦しめる。その時、勇者の光が世界を救おうと立ち上がるであろう。それがこの世界の理。故に魔王は、玉座に腰掛け笑みを浮かべているのであった。
魔王は魔王の座を目指す ぷっつぷ @T-shirasaka
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